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11月8日……5

 リコ達を見送った後、僕は雪柳を送って彼女の自宅前まで来ていた。

 もちろん、自転車――花嫁も一緒である。


「……あのさ」

「は、はい!?」


 玄関に入ろうとドアを開ける雪柳に、声を投げかける。


「雪柳が僕に話したがっていた『夜中に見た不思議なもの』って……ひょっとして、リコ達のこと?」

「あ……は、はい、そうです。私だけしか見えないようだったので、気になって……。夜間外出したことのある夏見君に相談したかったんです」

「ふーん……そういうことだったんだ」


 リコがしてくれた、あの黒い手袋の説明を思い出す。

 一般人だけじゃなくて巨大生物からも知覚されなくなる手袋。そんなものを付けた奴、普通の人に見えるはずがないもんね。


「でも、どうして僕と雪柳だけ見えたんだろう。今日もリコ達、あの手袋をしていたはずなのに」

「……リコさんは『異端への耐性』があるからって言ってましたよね。それって多分、霊感みたいなものなんじゃないでしょうか」


 少し考え込んでから、雪柳は独り言のようにつぶやく。


「霊感がある人は幽霊が見える。無い人は、その存在にすら気が付かない。きっと、それと同じような現象がその黒い手袋で起こせるんですよ」

「ああ、そっか。なるほどね……」


 雪柳と話している内に、混乱していた頭の中が少しずつ整理されていくのが分かった。


「ありがとう雪柳。おかげでスッキリしたよ」

「い、いえ。私の方こそ、今日は本当にありがとうございました。その、ええと……う、嬉しかったです……」

「えっ、嬉しい? 何が?」

「な……なんでもありません!」


 僕の問いかけに答えないまま、雪柳はドアの奥に引っ込んでしまった。

 その場に残ったのは、いきなり会話を中断されて茫然としている僕と――


『…………』


 花嫁。

 彼女は、サドルの上で両足を組みながら座っていた。レースとフリルがたっぷりあしらわれたミニスカートから、ほっそりとした長い脚が伸びている。


「ええと……じゃあ、帰ろうか?」


 自転車を引きながら、僕は話しかける。


『…………』

「あの……聞いてる?」

『……チッ』


 し、舌打ちされた!

 いや、ここで臆しちゃダメだ。異文化コミュニケーションは、会話から始まるんだから!


「そういえば、自己紹介がまだだったよね。僕、夏見柚彦って言うんだけ――」

『黙れ。そんなこと聞いておらんわ、この戯けが』

「あ……そ、そう……」


 完全に出鼻を挫かれた。


「えっと……君の名前を聞いてなかったよね。良かったら教えて欲しいんだけど……」

『嫌だ』


 あっさり拒絶された。

 ここまで見事に拒まれると、さすがにイラッとしてしまう。


「な……なんだよ、カンジ悪いな! 名前くらい教えてくれたっていいじゃないか!」

『それはできぬな』

「どうして!?」

『貴様、ルンペルシュティルツヒェンを知っているか? 悪魔の名前当てだ』

「るんぺん……悪魔? なにそれ」

『真名には、その者の魂を縛り付ける効力があるという言い伝えだな。言霊信仰のある地域の昔話でよく取り上げられていたテーマだ』

「へー、そんなのあるんだ。で、それが君と何の関係があるの?」

『……愚鈍は罪だな。私は今、それを痛感した』

「ぐっ……!」


 なんで初対面の人にここまで馬鹿にされなきゃいけないの!?

 この短い会話の中で、花嫁に対する好感度は急降下していた。よくよく考えてみたらこの人、最初からカンジ悪かったよね。出会い頭に「間抜け面」とか言うし、シカトしまくるし。

 あれだけ愛おしかった自転車なのに、こんな無愛想な彼女と一心同体だと思うと微妙な気持ちになってきた。


『一つ聞く。貴様は本当に、私の名が分からぬのか? 知らぬと言うのか?』

「知ってたら聞いたりしないでしょ……」

『そうか。なら良い』


 意外にもその声音が柔らかで……安堵の感情が色濃く出ていたから、びっくりした。

 驚いて振り返ると、花嫁は偉そうに足を組み替えているところだった。表情の変化は特にない。

 ……あれ? あの穏和そうな声は、気のせいだったのだろうか?


『言っておくが、貴様がいくら臍を曲げようと私の名を教えるつもりはない』

「……うん、知ってる」

『しかし、それでは何かと不便だろう。だから私のことは、貴様の好きなように呼ぶが良い』

「つまり、僕が君にあだ名を付けなきゃいけないの?」

『そうだ』

「ええー……。いきなりそんなことを言われても、何も思いつかないんだけど……」


 そんな時だった。視界の端で何かが落ちたのは。

 ふと見やると、白椿の花が一輪地面に転がっていた。どうやら枝から落ちてしまったらしい。

 なぜか僕は、その花から目が離せなかった。その場から動けなかった。

 この椿を見ていると、何かが……何かが思い出せそうな気がする。

 瞬きもせずに凝視していると、後ろで花嫁がぽつりとつぶやいた。


『まるで……が切り落とされたようだな』

「え? 何か言った?」

『いや。別に』


 小さくかぶりを振ると、花嫁はすっと目を逸らす。何故か片手で、いたわるように首元を撫でながら。

 そんな彼女と地に落ちた白椿を交互に見ている内に、名案が浮かび上がってきた。


「そうだ! 君のあだ名、『椿』にしようよ!」

『……なんだと?』

「だって似てるじゃない。雌しべと雄しべみたいな黄色の触覚に、花びらのような白い羽根がさ」


 様子を窺うように花嫁の顔を覗き込むと、花嫁は複雑そうな表情をしていた。


「あ、もしかして嫌だった? 椿って名前」

『……別に。そもそも、好きなように呼べと言ったのは私だしな』


 花嫁は髪の毛を指先でいじりながら、つまらなそうにつぶやく。


『いいだろう。今後、私のことは椿と呼ぶが良い』

「うん。よろしくね、椿」


 そう言って僕は、そっと椿に手を差し出した。やっぱり椿のことは気に食わないけど、ここは形だけでも仲良くしておくべきだと思ったんだ。

 だけど椿は、差し出された手を冷めた目で一瞥するだけで。


 ……だよね。そういう反応をされるとは思ってたよ。

 僕は小さくため息を付くと、差し出した腕を自転車のグリップに戻した。

 もう、いいや。さっさと家に帰ろう。


「あのさ。椿は、この自転車と一心同体なんでしょ?」

『ああ』

「じゃあ、僕が記憶喪失になる前からの知り合いなんだよね? さっきリコに、僕の事情を話してくれてたし」

『……否定はせぬ』

「そうなんだ! ねぇ、記憶を失う前の僕ってどんな感じだったの? 君と僕は、どんな関係だったの?」

『それは……』

「そういえば、あの犬に乗っていた男も知り合いっぽかったよね。僕の命を狙っていたみたいだけど、一体何があったんだろう」


『何も考えるな。思い出すな』


 それまで以上に鋭い、椿の声。


『今の貴様には必要のないことだ』


 その言葉に僕は、心臓がぎしりと締め付けられるような感覚に陥った。


「ひ、必要ないって……どういう意味なの? 椿は何か知ってるの?」

『…………』


 問いかけても、椿は口を開こうともしない。どうやら何も喋るつもりはないらしい。


「あ、家が見えてきた……」


 記憶喪失になって二日目。ようやく見慣れてきた我が家を見上げてみる。

 その隣には、こじんまりとした小屋があった。


 ……あれは、車庫だ。

 父さんの車だけじゃなくて僕の自転車も入る、丈夫な車庫。

 ずっしりとしたコンクリートで造られたそれは、なぜか隕石でも降ってきたかのようにボコボコになっていた。

 きっと僕が入院していた間に、椿を狙った巨大生物が体当たりとかしていたんだろうな。


 ……そうだよ。こんな子でも、巨大生物に狙われているんだ。やたらとツンツンした態度には腹が立つけど、この子は絶対守らなくちゃいけない気がする。

 この妙な義務感は、失った記憶と関係があるのかな……?


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