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11月8日……2

 そして、放課後。

 雪柳との待ち合わせのために、僕は裏門前にある自転車置き場でしゃがみ込んでいた。

 正直、寒い。冬も本番に近づいてきたせいか、冷たい風がもう……ありえないほど吹いている。


 二人きりになれる場所で話そうと提案してきたのは、雪柳だった。

 なんでも、僕以外の人には話を聞かれたくないらしい。

 そう説明していた時の彼女は、随分神経質そうだったっけ……。


「でも、そこまで警戒する必要なんてあるのかな? なんだか変じゃない?」


 まるで、友人に話し掛けるようにつぶやく。

 振り向いた先に居たのは、友達――ではなく、赤い塗装が施されたママチャリだった。

 この自転車は事故当時、僕に寄り添うように倒れていたものらしい。

 そして、記憶喪失である僕が唯一執着を見せるものでもある。


 昨日、帰宅してこの自転車を見た瞬間に僕は悟ったのだ。

 病院に居た時、どうしてあんなに帰りたかったのか。

 なぜ僕は、あそこまで焦っていたのか。

 それは全部、この自転車が原因だったんだ。


 ずっと自転車の傍に居たい。

 触れていたい。

 視界から自転車が消えるだけで不安になる。


 この自転車を見ていると、単なる愛着とはまた別の感情が湧きあがってくるんだ。

 自分でも不思議なんだけどさ。


 ……それにしても雪柳、遅いなぁ。

 このままだと夜になっちゃうよ。外出禁止時間が近いのか、歓楽街ではネオンも点いてるみたい。『アレ』が出てくると困るから、早く家に帰りたいんだけど……。

 そんなことを考えながら顔を上げると、


「……っ!?」


 驚愕のあまり、口の端から声が漏れ出た。

 先ほどまで、ごく普通の住宅街でしかなかった裏門の外。

 そこで……黒ずくめの怪しい集団が、一糸乱れぬ足さばきで行進していたのだ。


 人数は三十人くらい。胸元で揺れ動いている大きな十字架を見るに、聖職者……かな? 全員、ローブもブーツも手袋もお揃いのものを着ている。

 だが、手にしているものはそれぞれ違っていた。

 先頭を歩く男達は、木で作られた槍。中列の男達は、黒い布で覆った十字架。そして後列は、黒灰色の布地に緑の十字架が染め抜かれた幟を持っている。


 その中列と後列の間に、見覚えのある姿があった。


「雪柳……?」


 そう、僕と待ち合わせをしていたはずの雪柳。

 彼女が、そいつらに包囲されながら歩いていたのだ。

 彼らがはっきりと前を見据えているのに対し、雪柳はぼんやりとしてるっていうか……なんだか、正気じゃないみたい。

 あまりの異様さに、僕は声を掛けることすらできなかった。

 ただただ、謎の集団を見送ることしかできない。


「ね、ねぇ……どうする?」


 無意識の内に、隣に寄り添う自転車に呼び掛けていた。

 もちろん、ただの自転車から返答なんてあるはずがない。

 だけど――


「……追ってみる?」


 そう問いかけてみると、自転車が微かに動いたような気がした。

 まるで、僕の言葉を肯定するかのように。

 多分、風で揺れただけだろうとは思う。でもその動きが僕に勇気を与えてくれた。


「分かった、行こう! 雪柳を助けなきゃ!」


 自転車のグリップを握りしめると、僕はゆっくりと前に踏み出した。


   ◆◆◆


 そんなふうに、尾行を開始して何分か経った頃だった。

 住宅街からも歓楽街からも遠ざかり、工事途中のビルが多く建ち並ぶ開発地区を歩いていると……


「そろそろ日が沈むな。もうすぐ『アレ』が出てくるんじゃないか?」

「もうそんな時間か。早いな……」


 声のする方に振り返ると、迷彩服を着た男が二人、こちらに向かってくるのが見えた。


 げっ!? もしかしてアレ、巡回中の自衛隊員!?

 こんな時間に出歩いているのを見つかったら、絶対に補導される!


 僕は咄嗟にハンドルを切ると、近くにあった茂みに身を隠した。


「『アレ』に触らないように気を付けろよ」

「ああ、何か変なもんに感染したら困るからな」


 自衛隊員達は、真剣に会話をしながらこちらへと近づいて来る。

 しかし謎の集団は、その接近に気付いていないようだった。

 というより、興味がないらしい。先ほどとまったく変わらぬ速度、表情で行進を続けている。


 どうするつもりなんだろう? このままだとあいつら、間違いなく自衛隊と鉢合わせしちゃうよね?

 そうしたら職務質問されちゃうんじゃ……。


 しかし、僕の考えは杞憂に終わった。

 なんと自衛隊員達は、謎の集団を無視して通り過ぎてしまったのだ。


 嘘でしょ!? 目の前に、あんなに怪しげな奴らがいるのにスルー!? 例え声は掛けなかったとしても、普通だったらチラ見するよね!? むしろ、二度見するくらいのインパクトだよね!?

 それなのにあの人達、謎の集団が見えていないかのように振る舞って……。


「……もしかして、本当に見えてないの?」


 疑問を口に出した瞬間、腹の底にじわりと嫌な感覚が広がった。

 そうだ。あの自衛隊員達の態度……どう考えてもあれは、謎の集団を認識していなかったとしか思えない。それによくよく考えたら、あんな怪しい集団誰かが見かけた瞬間に通報するに決まってる。それなのに今も堂々と出歩いていることを考えると……。


 あいつらが見えているのは、僕だけなんだ。


 ……僕、幽霊でも見ているのかな。それとも事故の後遺症で幻覚でも見ているのかな。

 なんだか、すごく不安になってきたよ……。


   ◆◆◆


 自衛隊員達が通り過ぎるのを待ってから、僕は自転車と共に茂みから姿を現した。

 謎の集団は、ちょうど建設途中のビルへと入って行くところだった。もしかしたらあそこがアジトなのかもしれない。


「……行くか」


 彼らが完全に姿を消してから、僕はそのビルの裏側に回り込んだ。

 中に入るなら……自転車は置いていかなくちゃいけない。

 自転車のグリップから名残惜しげに手を離すと、僕はゆっくりと階段を上り始めた。


 コンクリートで作られた階段は、少しでも気が緩めると足音が響いてしまいそうだった。踵に体重を掛け、足の裏を床とくっ付けるように慎重に上って行く。

 そして二階まで上がると――


「ご苦労様。随分早かったじゃない」


 部屋の中から甲高い声が聞こえてきた。

 反射的に体を壁に張り付け、ドアの隙間からそっと中の様子を窺う。

 すると……


「じゃ、ソレはソコに置いといてくれる?」

「畏まりました、オジョーサマ」


 ……なんだ、あれ?

 男達を従えるように仁王立ちしているのは、これまた妙な格好をした女だった。

 頭に被った黒い頭巾や、胸にぶら下げている十字架だけを見ると修道女みたいだ。

 けどその女は、黒いマントの中にボンテージとしか形容しようのない服を着ていた。グラビアモデルのような豊満な体にその服装は、あまりにも目に毒すぎる。


「目覚め次第、尋問を開始するわよ。準備しておきなさい」

「はっ!」

「うんうん、いいお返事じゃん?」


 頭巾から覘く栗色の毛をかき上げながら、修道女は満足げに微笑んでいた。

 見た目や声から察するに、結構若いようだ。そんな子が、屈強な男達に顎で命令している――その様子はかなり違和感があった。


「さぁて、次はっと……」


 独り言のようにつぶやきながら、修道女はしゃがみ込んで何かを掴み上げた。


「ねぇ、早く起きなさいよ。みんな待ってるんだからさー」


 その腕の先に居たのは、雪柳だった。

 修道女はニヤニヤと口元を歪めながら、手袋を嵌めた手で雪柳の首を締め上げている。

 もちろん、本気で殺そうとは思っていないんだろう。時折手の力を緩め、雪柳が必死に息を吸い込む様を楽しそうに観察していた。


 なんて残酷な女なんだ。見ているだけでムカムカしてくる……。

 と、顔をしかめていると、


「――ソコに居るのは、誰?」


 思考を遮るように響き渡った声。

 それまで玩具のように弄んでいた雪柳を床に投げ、修道女がこちらを睨んでいた。その視線を追って、男達も一斉に振り返る。


 ……嘘だ。そんなことあるはずがない。

 だって僕は今、足音も立てていないし声すら上げていない。あいつらに気付かれるようなことなんて、何一つしていないんだ。

 それなのに……冷え切った藍色の瞳がまっすぐ僕を射抜いていた。


「ねぇアンタ達。アソコに居る奴、さっさと引きずり出して来てくれる?」

「はっ!」


 修道女の命令に、男達は一斉に動き出した。

 僕はそれを一瞥すると、すぐさまドアから体を放した。そのまま転げ落ちるように階段を駆け下りる。

 だってもう、これは逃げるしかないでしょう!


 しかし、次の瞬間。


「そうはさせないっスよ!」


 男の怒号が聞こえてきたかと思ったら、突然、部屋の中からロープ――いや、蔦のようなものが襲いかかってきた。

 最初は、逃げようと必死に動かしていた足を。次に、蔦を解こうと抵抗する腕を。最後には体全体を。

 それは意志を持った生き物のように僕を拘束してきた。そのあまりにも強い締め付けに、骨が悲鳴を上げている。


「オジョーサマ! やりましたよ! ネズミ、捕まえたっス!」

「バぁーカ! 喜んでる暇があったら、さっさと連れて来なさいよ!」

「あっ、そうか……了解っス!」


 コントのような会話が途切れた直後、両足がふわりと持ち上がる。体が蔦に引っ張られているんだ!

 そしてそのまま、思いっきり全身を叩き付けられて――


「ったぁ……」


 頬に、冷たいコンクリートの感触。

 その感覚で、自分が床に倒れていることはなんとか理解できた。まだ自由にならない体を捻り、緩慢な動きで顔を上げると、


「こんにちは、幇助者ファウトーレス。ご機嫌いかが?」


 ニィッと微笑んでいる女と目が合った。

 気が付けば僕は修道女達に取り囲まれていた。しかも全員、僕を拘束している植物と同じものを持っていて……。

 あまりにも絶望的な状態に、頭の中が真っ白になった。

 と、とにかくこの拘束を解いて逃げないと……!


「あっははは! 解こうとしても無駄無駄ぁ! この木はね、マジ特別性なんだから!」


 修道女が腕を振り下ろすと、シュルシュルと音を立てて木の枝が形を変えてゆく。長さは二メートルほどだろうか。先端が鋭く尖ったその形状は、まるで槍のようだった。


「だから、アンタみたいな凡夫には絶対に解けない。おーけぃ?」


 にっこりと微笑みながら、修道女は僕の顔面目掛けて槍を構える。

 その風圧だけで、頬に小さな痛みが走った。

 視界の隅で、真っ赤な液体がつぅっと地面に落ちるのが見える。


 ……動けない。


 動いたら、この女は容赦なく僕を突き刺すだろう。

 雪柳に対する加虐行為からも、それは容易く予想できた。


「でもおかしくない? なんでこの凡夫、こんなとこまで付いて来られたワケ? ねぇアンタ達、表を歩いていた時もちゃんと手袋を付けてたんっしょ?」

「はい、それは間違いないっス」

「本当にほんとう? 嘘付いたら、どうなるか分かってるわよね?」

「そ、それは勿論っスよー! オジョーサマに誓って嘘は付いてないっス! な、お前ら!」

「はっ! お嬢様に誓って!」


 隣に立つ男の宣誓に合わせて、全員が姿勢を正して声を上げる。

 示し合わせたかのようなその行動に、思わず鳥肌が立った。なんて言うか……怪しい宗教団体とか、行き過ぎた体育会系のような気持ち悪さだ。


「あっそ。じゃあ信じてあげる」


 だが、修道女はそれで納得したようだった。にっこりと、花が綻ぶような笑みを男達に向ける。


「でもそれなら、どうしてこの凡夫がアタシ達を認識できるのかしら? アタシ達にミスがないとしたら……コイツが、何か特別な力を持っているとしか考えられないよねー!?」


 言い切るのと同時に、修道女は大きく槍を薙ぎ払う。

 瞬間、槍の先端から炎の渦が噴き出てきた。それは僕の鼻先を掠めると、何事も無かったかのように宙に消え失せてしまい――


「アタシは『火刑台上のリコリス』。リコリス・トルケマダ。リコって呼んでくれてもいいわよ?」


 混乱の極みに達する僕に、修道女は再度槍の先端を向けてくる。


「で……アンタはどこの誰なのかしら?」


 正直に名前を答えればいい。たったそれだけのことなのに唇が動かなかった。なんとか声を発しようとしても、口の端がピクピクと痙攣するだけで。


 リコはそんな僕を見て肩を竦めた。

 答えないなら仕方ない。殺しちゃおっか。

 張り付いたような薄ら笑いから、そんな意志が読み取れた。


 ……嘘でしょ? 僕、こんなところで死ぬの? まだ、失った記憶も取り戻していないのに?

 そう絶望をしかけた――その、刹那。


 轟音と共に、壁の一部が吹っ飛んだ。


 瓦礫がガラガラと地面に落下し、粉塵が視界を遮るように立ち上がる。

 目を凝らして破壊された壁を見上げると、ぽっかりと開いた穴の外に……大きな黒い影が見えた。


 茶色い毛並の、堂々とした体躯の犬。


 馬並の大きさを誇るそいつは、自身が粉砕した穴の淵に足を掛け、こちらを見据えていた。

 動物特有の黒々とした瞳には、はっきりとした敵意が宿っていて――


「ワオオオオォォーーン!」


 地の底から湧き上ってくるような咆哮を上げ、そいつはビル内へと降り立って来る。

 途端、リコは弾けるように男達へと振り返った。


「総員、戦闘準備! 迎え撃つわよ!」

「はっ!」


 バタバタと聖職者達が駆けて行くのを、僕は別世界の出来事のように眺めていた。


 ……『アレ』だ。


 昨日、母さんに教えてもらった――クラスのみんなや、巡回中の自衛隊員が噂していた『アレ』が、ついに姿を現したのだ。


 記憶喪失になって、たった一日。

 普通の生活に慣れるだけでも困難だった。知らない物、知らない人達の中で生活するのはかなりのストレスだった。

 なのに……何コレ。ここまで来ると、もう意味が分からない。

 キャパシティを凌駕する事柄の数々に、頭がパンクしそうだった。


「……家に帰りたい」


 もう僕には、両手で顔を覆うことしかできない。

 しかしそこまでやっても、瞼の隙間から滲み出てくる涙は止められなくて……。


 ――って、ちょっと待って!

 なんで僕、腕を動かせるの!? どうして身体が自由になってるの!?


 慌てて立ち上がると、僕はすぐに状況の確認に移った。

 僕を拘束していた男は、リコの命令遂行を優先したようだった。僕を捕えるのに使っていた木の枝を、武具に変形させて犬に立ち向かっている。そのリコも、今は犬の相手に忙しいみたいだし……。


 これはチャンスだ。

 僕はすぐに、地面に放置されている雪柳に歩み寄る。


「雪柳、雪柳?」

「ん……あれ、夏見君……?」


 軽く頬を叩いてみると、雪柳の目がうっすらと開く。まだ意識がはっきりとしていないのか、焦点の合わない目を虚空に泳がせていた。


「ここは……どこ……なんですか……?」

「後で説明する。とにかくここは危険だから、僕と一緒に来て!」

「ん……はい……」


 雪柳の体をそっと支えると、僕は脇目も振らずに出口へと駆けて行った。


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