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11月13日……4

「あはははははは! あっはははははは!」


 ドロセラは駆ける。

 秋丁字を背に乗せ、電信柱も乗用車も薙ぎ倒しながらどこまでも走り続ける。


「ねぇ! あいつ、どこに行こうとしてるの!?」

『決まっているだろ! 皿久米高校だ!』


 追い風で自転車の走行を最大限援護しながら、柚彦は叫ぶ。


『あそこには一般人がまだまだ残っている。あいつらはそれを狙ってるんだ!』

「つーかアイツ、何がしたいの!?」


 吐き捨てるように言ったのは、屋根の上を飛ぶように移動しているリコだ。

 その横ではコルちゃんが、学校を守備している仲間に連絡を送っている。


「面倒臭い手順を踏んで蠱毒を発動させたのに、土壇場になって人間も器に突っ込んじゃうわ、追加呪文を全部消しちゃうわ、顔出しして個人情報もオープンしちゃうわ……! マジ意味分かんないっつーの!」


 リコの愚痴を聞いて、僕はふと思い出した。


「そういえばあいつ、人間を器に入れたのは『守る必要がなくなったから』とか言ってたよ」

「どういう意味よ、ソレ!?」

「さ、さぁ……?」


 そんなことを聞かれても、秋丁字が何を望んでいるのかなんて僕には分からない。


『ただ一つ言えるとするなら……』


 そこで柚彦が、独り言のようにつぶやく。


『人間を器に突っ込んだ後の秋丁字は、自暴自棄に陥っている。私への無意味な八つ当たりに嫌がらせ、そして今現在のこの行動……まるで整合性がない』

「そうなのよね。あんなのただのガキの癇癪だわ」


 いい年して情けない、とリコは吐き捨てる。


「つーかアイツ、マジで何のために蠱毒を発動させたわけ? あの犬を最強にして何すんの?」

『それは私も聞いてないな。ただ、研究のためと言っていたが……』


 そんなことを話していると、遠くに皿久米高校が見えてきた。

 同時に、ドロセラが校庭へ降り立っている姿も……。


   ◆◆◆


「さーあ、出てきなさい。力無き愚民共」


 ドロセラの背の上から、秋丁字は芝居掛かった仕草で両腕を広げていた。一般人と話すためだろう。焼け焦げた手袋もそれを元にした装飾品を取ってしまっていた。


 ……だが、真っ暗になった校舎から返事は返ってこない。学校を守備していたはずの異端審問官も、一般市民も無言のままだ……。


「おやおや。もしかして、かくれんぼのつもりですか? 私には分かりますよ。校舎の中にたくさんの人が隠れているのが……」


 秋丁字はくすくすと笑いながら校舎へと近づいてゆく。


「だって、美味しそうな香りがここまで漂ってきていますから――」

「秋丁字、やめるんだ!」


 ――間に合った!

 大きく旋回をしながら、僕達は秋丁字の前に割り込む。

 もちろん、銀の膜を全力で展開しながら――


 ……だが!


「うるさいですね。羽虫の分際で」


 秋丁字は、軽く小石を弾いただけで膜を貫いてきた。大した衝撃もないのに、自転車の前輪が派手な音を立てて吹っ飛んでしまう。


「っ……!?」


 それと同時に、痺れるような感覚が右足に走った。

 な……なんだ? 攻撃が掠ったのか?


『お、おい貴様! 足が!』


 震えるような柚彦の声に釣られて、視線を下げてみる。

 するとそこには……真っ赤な血でびしょびしょになった、右足がぶら下がっていた。


「……あれ?」


 確かめるように太ももを持ち上げてみる。だけど、膝から下はぶらぶらと揺れるだけで。


 ……ああ。右足が拉げている。

 なんだ。さっきの一撃は掠ったんじゃなくて、直撃していたのか……。


「ぐ、ぅう……!」


 傷を認識した途端、全身からぶわっと汗が湧き出てきた。それまで一切感じていなかった痛みも一気に広がっていく。


 ……そうだった。

 普段は退魔の手袋で姿を消し。それが無くても、銀の膜に包まれて。その二つさえあれば安全は確保できていたんだ。

 だから僕は、これまでに一度も敵から攻撃を受けたことがなかった。

 周りの人間がどれだけ死のうと。蟲が何匹滅びようと。僕達だけは無傷だった。


 でも、それが今――壊れた。

 僕も柚彦も、他の蟲と同じ舞台に引きずり降ろされてしまった。


 ……柚彦だけは、絶対に守ろうと思ったのに。

 柚彦の体だけは、絶対に傷付けたくなかったのに!


「秋丁字……!」


 血塗れの足をなんとかペダルに固定すると、僕は片足だけで自転車を漕ぎ出していた。

 ドロセラが無理なら、秋丁字を狙う。


 ――轢き殺す。


『椿、落ち着け! あいつは今、オオスズメバチの力を吸収して――』

「やってみなくちゃ、分からないだろ!?」

「おやおや。躾のなっていない蟲ですね」


 パシンッ――


 その時僕の耳に届いたのは、小さな破裂音だけだった。

 だがそれは、見事にペダルを吹っ飛ばしてしまい――


 僕は、なす術もなく落下するしなかった。


 ……嘘だろ? 今、全然動きが見えなかった……!


「パパ! うしろから異端審問官が……!」

「ドロセラ、大丈夫だよ。黙って見ていなさい」


 自転車ごと花壇に墜落する僕達を放置して、秋丁字はくるりと振り返る。

 その視線の先に居るのは――リコだ。


「ようやく追いついたわよ、クソ異端者! 死んで償ええええええ!」

「下品な人ですね。私、そういう方は苦手です」


 言い捨てるのと同時に、秋丁字は周囲に多数の小石を展開する。

 それは閃光のように飛び交うと、一撃の元に異端審問官達を貫いた。

 その威力は、柚彦の放つ銀色の矢より数段上のようだ。異端審問官達は、血をまき散らしながら墜落してしまう。


 なんと彼は、一瞬にして異端審問官部隊を戦闘不能に陥らせたのだ。


「パパすごいの! さいきょーなの!」

「ありがとうドロセラ。これも全て君のおかげですよ」


 秋丁字は、ドロセラの毛並を愛おしそうに撫でている。


「っ、はぁ……うぅ……」


 そんな中、地面に倒れているリコが呻き声を上げていた。

 体の中心を打ち抜かれ、腹からは血があふれ出ている。だが、辛うじて意識を保っているようだ。ぴくぴくと身体を震わせながら、拳をぎゅっと握りしめていた。

 他の異端審問官も、肉体が消滅しないところを見ると命までは燃え尽きていないらしい。


「おや。ここまで生き残ってきただけあって、皆さんしぶといですね。早く始末してしまわないと」


 そう言いながら、秋丁字は迷わずこちらに歩いてくる。

 どうやら、最初に僕達から始末することにしたようだ。


 ……逃げなきゃ。あいつがこっちに来る前に、飛ばなきゃ……!


 でも、地面に落下した時の衝撃で体が動かなかった。右足だってもうボロボロで……。ただ唯一の救いは、自転車が半壊しているのにも関わらず、柚彦の幻影が変わらず隣に在ることだった。

 そんな柚彦を見て、秋丁字はにやりと微笑む。


 ……余裕、ぶっこいてやがる。


「――許さない」


 気付いたら喉の奥から、言葉を吐き出していた。


「……え?」

「お前は、絶対に許さない。柚彦を利用するだけ利用して、傷つけやがって……。柚彦がお前のせいで、どれだけ苦しんだと思っているんだ?」


 真正面から秋丁字を睨みつけ、歯を食いしばり、呪詛を紡ぐようにつぶやく。

 秋丁字は返事をしない。ただ、ぽかんと僕を見つめるだけだ。


「殺してやる……。生まれてきたことを後悔させてやる。手足をもいで、目玉を抉って、耳を削いで肺に穴を開け臓腑と血を絞り出して……お前が大切に想っているものを全部壊してやる! ぶっ潰してやるよ!」


 なんとか身を起そうと拳を握ると、そこから血が一筋流れてきた。どうやら爪が食い込んで、皮膚が避けてしまったらしい。

 そんな僕を見て、秋丁字は不思議そうに首を傾げていた。


「ええと……貴方、夏見君とはいつからのお付き合いなのですか?」

「……はぁ!?」


 秋丁字の問いかけに、頭に血が上るのが分かった。

 僕の中身が蟲だと分かった瞬間から、僕のことなんか度外視していたはずなのに。意味不明な質問してきやがって……!


「貴方は昆虫だから、夏見君と意志疎通ができるようになったのも蠱毒が発動してからですよね? だとしたら最長でも一か月程度のはず。……随分、短い付き合いですよね?」


 意外だ、と言いたげに秋丁字はつぶやく。


「私とドロセラのように、長い時を共に過ごしたわけでもない。そしてドロセラのように、調教されたわけでもない。だって貴方、哺乳類でなくてただの昆虫類ですもんね?」

「そうだよ。それが、どうかしたのかよ!?」

「ならば貴方は、何故そこまで夏見君に献身的なのです? 何故尽くそうとするのです? そこまでするほど、貴方達の間に絆はあるのですか?」

「あるに決まってるだろ!? だって、これまで一緒に戦ってきたんだから――」

「そうでなくて」


 噛みつくような僕の台詞を、秋丁字が遮る。


「そう思うきっかけは、何だったんですか? どうして貴方は、彼を守ろうとするのです? 昆虫類の脳の構造から言って、そのような感情が発生するとは考えにくいですよね。というか昆虫類は、学習能力こそありますが情動の発生機能がないから、自意識を持てないはずですし」

「……は?」


 秋丁字の追及に、僕は咄嗟に言い返せなかった。

 柚彦を守ろうと思った、きっかけ……?


 彼と初めて話したのは結界の中でいいんだよね? あの時の会話は今でも覚えている。初対面なのに僕は、柚彦のことを「この人は本当は優しい」「この人は絶対僕が守る」って当たり前のように思っていたんだ。


 ……待てよ。「柚彦は優しい」なんて情報、僕はどこから仕入れたんだ?

 あれ? あれ……?


「ああ、可哀相に。貴方、自意識の刷り込みをされてしまったんですね」


 混乱して黙り込む僕に、秋丁字は同情するような視線を送ってくる。


「そのひた向きな献身さに、記憶の曖昧さ。きっと貴方は、知らぬ間に夏見君の『式』として契約されてしまったんでしょう」

「……『式』?」

「簡単に言えば、道具みたいなものですよ。その契約を結ばれると、『式』は主に逆らうことができない。主に忠実なしもべとなるのです」

「僕が柚彦の、しもべ……?」

「ええ。ですから貴方は、夏見君に利用されていたのですよ。本当だったら、生存本能にのみ忠実な一個体として生きることができたのに、夏見君に契約を強いられたせいで偽物の感情を埋め込まれ、昆虫としての尊厳を奪われてしまった」

「……つまり僕は、本当だったら柚彦を想ったりするはずがないってこと?」

「そうです」

「でも僕、これまでも……泣いたり怒ったり、色々な感情を持っていたよ。それすらも偽物だっていうの?」

「昆虫類にも擬態能力を持つものがいるでしょう? 貴方が夏見柚彦として生活をしていたというなら、それは夏見柚彦に成りすますために擬態をしていたに過ぎません。貴方自身の感情ではありませんよ」

「僕のものじゃない……?」


 不安になって、つい柚彦を見てしまう。

 柚彦は何も言わない。迷いのない目で、僕を……僕だけを、じっと見据えている。


 彼が黙っているということは、秋丁字の主張は間違っていないのだろうか? つまり僕は、柚彦の道具だったのか? そのために、感情まで作られた……?


「どうです? 良かったら今からでも復讐してみませんか?」

「ふく、しゅう……?」

「そう。今まで貴方を縛り付けてきた男を……殺すのです」


 囁くように、秋丁字はつぶやく。


「憎くないのですか? 貴方、ただの道具として利用されたんですよ? 本能まで冒涜されてしまったんですよ? 殺したところで、誰も貴方を咎めませんよ」

「…………」


 秋丁字に返事をすることなく、僕は黙り込む。

 多分秋丁字は、僕に裏切らせて柚彦を絶望させたいだけだろう。だったら、そんな話を聞く必要はない。


 彼には悪いけど、僕はもう知ってるんだ。柚彦が、秋丁字の言うような屑じゃないってことくらい。

 確かに僕は、柚彦に『式』として利用されたのかもしれない。でも、それは仕方のないことだったんだ。だって柚彦が蠱毒の器の中で生き抜くには、従順な蟲の存在が必要だったんだから。


 柚彦は優しい人だ。

 だってそうじゃなかったら、記憶喪失の僕に謝ったりするはずがない。「守ってもらう価値なんてない」なんて、泣きそうな顔で言ったりしない。

 それは、これまでの短い付き合いで十分理解してる。だからいいんだ。


 ただ……。


「……僕は?」

「うん?」

「僕は……『式』にでもならなきゃ……」


 ――人を、好きになれなかったのか?


 その考えに行きついた瞬間、思わず自転車から手を離してしまった。途端、柚彦の姿は霧となって消えてしまう。


 そうだ。人間の体に入っていたから忘れていたけど、僕はオオミズアオなんだ。


 僕は柚彦が好きだ。好きで好きで大好きで死ぬほど愛している。

 でも、秋丁字が言っていた。ただの昆虫にそんな気持ちが芽生えるはずがないって。

 柚彦に『式』として感情をいじってもらわなければ――人間の体を借りなければ、僕はここまで柚彦を想うことなんてなかったんじゃないか?


 虫けらに、恋なんてできないのか……?


「やはり、貴方にも思うところがあるのですね?」


 秋丁字の言葉も、右耳から左耳に通り抜けていく。


 ああ……どうしよう。自分が、ありえないほど気持ち悪い。

 僕なんて、今まで潰してきた蟲達と何ら変わりないじゃないか。あの物言わぬダンゴムシも。ゴキブリも。女郎蜘蛛も。ムカデも。ゲジも。オオスズメバチも。全部全部、僕の同類だ。

 僕ってば、本当の意味でクソ虫だったんだ。


「ははっ……ははは……」


 あまりの馬鹿らしさに、口から勝手に笑い声が飛び出ていた。

 ……痛い。声が骨に伝わって傷に響く。体が震えるたびに、血がじわじわ溢れている。

 なのに僕は、何故か笑い声を止められなかった。


「なにこいつ。あたまおかしいんじゃないの?」


 そんな僕を、秋丁字とドロセラは冷めた目で見下ろしていた。


「やはり、虫は虫なのでしょうね。少し矛盾を指摘しただけで、こうも自意識が崩壊するとは……」

「ねぇパパ。こんな虫、放っておこうよ。もうたたかえないみたいだし」

「ええ、そうですね」


 と、そんなふうに、僕が完全に自暴自棄に陥っていた時だった。


「ひっ!」


 ガサガサッという音と共に、一人の男が草むらから校庭に転がり出てきた。

 ボロボロのスーツに、男らしい端正な顔立ち。あれは……。


「ひょっとして貴方は、立花市長ではありませんか?」


 まさかの闖入者に、秋丁字も調子を取り戻したらしい。まともに動けない僕を放置して、市長へと歩み寄って行く。


「こんなところで何かお探しですか? 良かったら、手伝って差し上げましょうか?」

「っ……!」


 巨大な犬に見下ろされて、市長は顎が外れんばかりに口を開けて驚いていた。全身をガタガタと震わせ、顔面蒼白になっている。


「ま、まさか……き……君が……術者か……?」

「ええ、そうですよ」

「い、一体、何が目的で……こんな、ことを……!? 何の、ために……?」


 その質問に、秋丁字はふと顔色を曇らせる。


「大切な人を、助けるためでした」


 それは秋丁字が、初めてまともに動機を話した瞬間だった。


「き、君は、一体……?」

「そんなこと、どうでもいいじゃないですか。どうせ貴方、死んじゃうんですし」

「ひっ……!」

「怖がらないでください。大丈夫。痛くないようにしてあげますからね……」


 にこにこと胡散臭い笑みを浮かべながら、秋丁字は小石をポケットから取り出した。あれで、市長の脳天に風穴を開けるつもりらしい。


 ……なんだろう。

 さっきから、大変なことが起きているのに何もする気力が起きない。

 興味のない映画を、無理やり見せられているような感覚だ。そこに僕は何の感慨も覚えない。まるで、植え付けられた感情の種が一気に消えてしまったようで……。


「だ、だったら……選ばせてくれ」

「何を?」

「こ、殺され方を……」


 市長が、声を震わせながら提案する。


「最期に見るものが、人間の歪んだ顔なんて嫌だ……。どうせ殺されるなら、相手は人外のものがいい……。だから、私を殺すのなら、君じゃなくてそちらの獣にお願いしたいのだが……」

「おお、素晴らしい! この蠱毒の器の中に在りながら、最期まで人間としての感情を優先させるとは!」


 秋丁字は大げさに腕を広げて、慈母のように微笑む。


「分かりました。貴方の願い、叶えてあげましょう」

「あ……ありがとう……」


 と、市長が安堵の笑みを浮かべた瞬間だった。


「どっごおおおおおおおん!」


 ドロセラが、何の躊躇いもなく太い腕を振り下ろした。


「ひいいいいいいいいい!」


 だがそれは、条件反射で後ずさった市長に掠りもしない。


「あ、外れちった!」

「こらドロセラ。ゴミ相手だからと言って油断してはいけませんよ」

「ごめんなさーい!」

「……ん? 市長の姿が見えませんね」


 あの渾身の一撃を避けたことから、生存本能が復活したのだろうか。なんと市長は、一目散に逃げ去ってしまった。

 その行先は――


「ふむ、体育館の中ですか。確かにそこなら、ドロセラは体が大きすぎて入れない……考えましたね」


 僕のすぐ後ろにある、体育館裏口の奥。そこに、市長がうずくまっているのが見える。ステージ裏に逃げる余力もないのか、市長は壇上の真ん前でぶるぶると震えていた。


「でもまぁ、顔面から突っ込めばいいだけですが」

「ずっどおおおおおおおんっ!」


 なんて豪快なんだろう。ドロセラはわざわざ正面入り口に回り込むと、その馬鹿でかい顔を体育館に突っ込んだ。

 裏口からは、ドロセラの顔面とその上の秋丁字。そして、その鼻先で震えている市長が見える。


 多分僕が柚彦を呼び出せば、術なりなんなりを使ってドロセラの攻撃をけん制できるだろう。それくらいの距離ではある。


 ……でも、面倒くさい。やる気が出ない。


「おや。ここにも何名か人間が隠れているようですね」

「あ、パパもきづいた? どうする? さきにころす?」

「…………」


 ごくり、と市長が唾を飲み込む。


「別にいいでしょう。匂いからすると、ただの一般市民のようですし。とりあえず市長を優先的に」

「うん! わかったの!」


 秋丁字の指示に、ドロセラはカパッと大口を開ける。

 そして、あの時と同じように吹雪を吐き出した。

 普通だったら、これで即死だ。生きているはずがない。


 ……だが。


「うん?」


 秋丁字が違和感に気付いたその時、勝負は終わっていた。


「……嘘でしょう。何故、生きているのです……!?」


 吹雪のブレスの中、高々と掲げられた手。

 そう。市長は退魔の手袋を装備していたのだ。一度だけなら、その攻撃を防ぐと実証済みの手袋を。


 瞬間、体育館の中に銃声が響き渡る!


「ギャアアアアアアアア!!!」


 途端、ドロセラが首をガクンガクンとさせながら暴れまわる。

 体育館の上層に隠れていた自衛隊員が、眼球目掛けて発砲したのだ。

 それまで鉄壁の防御を誇っていたドロセラも、急所には弱かったらしい。


「そ、狙撃だと!? まさか、ただの市民が……!?」


 ドロセラから振り落とされないようにしがみ付きながら、秋丁字はポケットを探る。小石を取り出そうとしているのだ。

 しかし、それでは遅い!


 ――パァンッ。


 今度は秋丁字の脳天に、ライフルが炸裂した。

 それは額にかすり傷を負わせる程度の威力だったが、けん制効果はあったらしい。その反動で、秋丁字はドロセラから転げ落ちてしまう。


「パパ!?」


 さすが獣だ。片目を塞がれながらも、気配で主人の異変を察したようだ。

 すぐに顔面を体育館から抜き出そうとするが――


「今よ、アンタ達!」

「はっ!」


 カツンッと鋭いヒールの音が鳴り響く。

 途端、体育館を中心に光の柱が天に伸びていった。


 ……異端審問官の、封印の陣が発動したのだ。


「あーっはっはっはっはっはっは! かかったわね秋丁字琢磨ぁ!」


 その魔法陣の間際。ちょうど秋丁字が倒れている真ん前で、リコが高笑いを上げていた。

 致命傷だと思われていた腹の傷は、火傷の跡に代わっている。出血を抑えるために自分で焼いたのだろう。怪我なんて元々してなかったのでは? 思われるくらいピンピンしている。


「人間だって、束になれば強いのよ!」


 そう。これも全て作戦通りなのである。


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