ファビアン王子との初逢瀬
お兄様は不自然さを感じさせない速度でステップを踏みながらホールを横切って行く、中庭へ続く出口の人溜まりに鮮やかに滑り込んだ。
私達はすっと人垣に囲まれ守られる。
「さあ、リア中庭へ行くんだ。私達がうまく出口をふさいでいる間に…」
驚いてるうちに押し出され、足は芝を踏んでいる。
広い中庭の左手には白樺に囲まれた東屋があり、ガゼボが据えられている。
けっこうなスピードで踊った後で息をはずませたまま
一歩一歩進む
夜空を見上げると満月に近い月だ。
あー、ヒールが芝生にささるっ。なんとか白樺の幹に手をかけて、一息つく。
「ごめんね?大丈夫?」
ふわっとシトラスとベチパーをブレンドしたような香りが鼻先をくすぐる。
見上げると月明かりを背に、黒い夜会服に身を包んだファビアン王子その人がいた。
透き通るようなプラチナブロンドにサファイアのようなブルーアイを長いまつ毛が彩り、すっと通った鼻筋でおまけに小顔。
身長も高く長い足をもて余しているかのように白樺の幹にもたれている姿は、
ため息をつかないわけにはいかないくらいの美しさだ。
いや、違った意味でも息があがるわ…
どっと疲れる、
一瞬にして色んな思考が頭を駆け巡る。
「なんだかもう疲れさせたかな?とにかく座って?ほらイチゴ水があるよ?」
はぁ美しい方から優しいお言葉、とりあえず喉カラカラ、ありがたくいただきます。
二人でガゼボに腰をおろすと、ファビアン王子は私にグラスを手渡す、そしてイチゴ水を注ぎ、もうひとつのグラスにも注ぐと、カチリとグラスをあわせキレイな赤色の液体を飲み干す。
前世風に言うと、なんかのCMかいな、なんて思うほどひとつひとつの仕草が絵になる。
「飲まないの?喉かわいてない?…さっきから俺ばっかり色々きいてるよ?」
「…っ!も、申し訳ございません。あまりにも美しいので見惚れてしまいました、いっ、いただきます。」
ごくごくと一気に飲み干してしまう。なんて爽やかな甘酸っぱさでしょ。
「もう一杯どう?」
「よ、喜んで…」
王子にサーブさせて申し訳無いが、気が動転しているからされるがままだ。
「…惚れたってことは、俺に望みがあるって事?」
王子、そこだけ切りとらないでいただきたい。
「いや、み・と・れ・る、くらいお美しく、所作もキレイですが、即、惚れたと短絡的につなげるものではありません」
大真面目に言うと、
口に手を当て笑いを堪えきれず、肩を揺らす王子。
何が可笑しいの?
「いいね。その冷静で率直な感じ。」
ふわっと甘やかに笑う王子。うわぁ破壊力あるぅ…
「美しいなんてよく言うよ、君、自分で鏡見ないの?カイルだっているし、キレイな人間なんて見飽きてるんじゃないのか?今夜なんてあまりにも可憐でまいるよ」
王子の頬にわずかに赤みがさして、長い指で髪をかきあげている。
「こんなところにいると人間とは思われないくらいだよ…」
へ?大丈夫?王子?
「…今おっしゃったこと、とりあえずそのままお返しいたしますわ」
「なるほど…じゃあひとまず、ルックスは合格?」
は?なんの審査?
この人大丈夫かしら。
思わずまじまじと王子を見ると、王子は急に私の前にくると片膝を折り、
下から私を見上げながら
ゆっくりと言う
「リア嬢、私と結婚を前提に真面目につきあっていただきたい。私は今すぐにでもあなたを妻に迎えたい気持ちだが、あなたにも選択権があるし、突然のことで驚いていることと思う。だから今回の社交シーズンはあなたに私をよく知ってもらえるよう、私達の交際期間としたいが、同意してもらえないだろうか?」
っええ!直球!
「私はあなたに受け入れてもらえるよう全力を尽くすが、あなたに受け入れてもらえなかった場合、公につきあっていてはあなたのその後の選択肢を奪いかねない、だから、これからの交際期間、私の留学先に来ていただき、異国の地で学びながら、私を知ってもらいたい」
王子はさらに言葉を重ねる
「想像もしたくないが、あなたが私を受け入れずとも、あなたやギーズ公爵家の今後に何の影響もないことを保証する。むしろ今まで以上の重用を約束しよう。留学はあなたにとってよい刺激になると思う。カイルも一緒に行ってもらうから心配いらないよ?
もちろん、あなたが嫌になったら期間を待たずに打ち切ってかまわない。」
目がまんまるになってしまっている私の手をとり
「私は二年以上待った、これ以上待つのはもう限界だ、リア、イエスと言ってくれないか?」
サファイアブルーの目に苦悩を滲ませながら見つめられると、知らず知らずのうちにコクコクと頷くしかなかった。
「よかった!嬉しいよリア!楽しい留学にしよう!」
王子は一転、甘やかに笑い、私の手を握り、その端正な顔を手に近付け唇を落とす。
「手袋に邪魔されてるね」
なんと、破壊力抜群、甘すぎるっ
いや、見てる分には大好物ですけど、自分の身に起きてしまうと、心臓に悪いっ!
「わ、わかりました、とっとにかく手を、手を」
これ以上の至近距離は心臓が持たないわっ
「リアってすごーくシャイだよね」
もいちどぎゅうっとされてから、やっと手を解放して
隣に座り直す王子。
「緊張したよ俺、お腹すかない?」
緊張してる人は手を握ったり、甘いセリフを吐いたりしませんよ。
…は?また俺?この人プライベートは「俺」なんだ。
オフィシャルは「私」なのね。
王子はイチゴ水の入っていたバスケットから、プチシューが盛られたお皿を取り出す。
「シュークリームが好きだって聞いたから、特別に作らせたんだ」
言いながら一つを私の口に持ってくる、手で取ろうとすると私がつまんだとたんに、王子が食べてしまった。
王子はまた一つプチシューをつまみあげ私の口に持ってくる。
「はい、口あけて」
なんの罰ゲームですかとは言えず、ぱくん。
「美味しい?」
わっ恥ずかしい食べさせ方!はさておき、たしかにシュー皮の焼き具合といい、中のクリームの絶妙な味といい文句無く美味しい。
「とっても美味しい」
「俺ももっと食べたい」
は?なんのプレイですか?
と王子を見れば
その辺の女子よりよっぽどキレイなピンクの口あけて待ってらっしゃる…
しかたなく、もひとつ、つまんでお口に入れてあげました。
「幸せ」
「それ、普通、女の子のセリフです」
「っく、やっぱリアそのセンス最高、女の子はそんなの気にせず、私も、とかいうんじゃないの?」
「凄いシャイかと思えば、老成した宰相みたいな感覚あるよな」
「はあ、それに関しては反論いたしません」
私の言葉にまたもや肩を揺らし笑う王子を尻目に
もひとつシュークリームをいただく。
「よかった、リアといると俺、素でいられるよ、リアもそう見えるけど違う?普段はルックスとマッチした素敵令嬢を演じてあげてるよね?」
はっなぜか見透かされている。ん?私の普段なんて見たことある?
「夜会にでてる、リアが心配で時々、従者に化けて会場にいたりしたんだ俺。本来の情報収集とかあったし」
涼しい顔で大変なことをさらっとおっしゃる。
「物は言い様ですが、ご自身でも諜報活動されるなんて危険極まりないですよ、ついでに私の観察もしてたという訳ですね」
「いやいや俺にとっては両方重要だった」
「とにかくファビアン様は私について予備知識がおありですのね」
「リア、ファビアンだ」
「畏れ多いことでございます」
「二人の時はお互い公の場を忘れて一人の人間として付き合いたい。だから呼び捨てでいい」
真剣な面差しで言われるとこれまたコクコクと頷いてしまった。
「よし、今夜はこれまでだそろそろ迎えが来る。留学については三日後に出発だ。詳しいことはカイルを通じて連絡するよ」
そう言うとファビアンは
私の髪にキスをした。
「おやすみリア、名前を呼んでもらえるかな」
「おっおやすみなさいませ、ふ、ファビアン」
ファビアンは甘やかに笑うといつの間にか側にきていた五、六人の従者に囲まれその中に隠れ去っていった。