ファビエンヌのお支度
「私が女装など無理じゃないだろうか?」
静かにファビアン王子がだれとも無しに問う。
「大丈夫です。ファビアン様ほどレースの似合う方はいらっしゃいませんわ!それに小顔でらっしゃるし」
私が自信を持って答える。
馬車で仮眠中のファビアン王子にストールをかけた時あまりにも違和感なくストールのレース飾りがその寝姿を彩り、このヒトの麗しさは女の子でも通用しちゃうなぁと思って眺めたのは記憶に新しい。
「れ、レース…!」
リュカがたまらないといった様子で身をよじって笑いをこらえながら呟く。
「皆様!笑い事ではございません。面が割れておらず戦闘能力無しと認定されて奇襲をかけられるのはファビエンヌしかおりません!リアとファビエンヌのペアなら捕らえられたふりをして、さらに3日の時間稼ぎができます。その間に援軍もくるでしょうし何らかの攻撃の糸口も見つかるのではないでしょうか?」
「なるほど、リア様があちらへ行くとファビアン王子があちらへ行く猶予がさらに3日伸びるんでしたね。3日の時間稼ぎは我々には有利。もちろんリア様を仮にも差し出すのは本意ではないがファビアン王子が護衛につくなら考えられなくもないですな」
リュカは笑うのをやめて真顔にもどる。
カイルお兄様もディミトリも微妙な面持ちのまま発言できずにいる。
「わかった。捕らえられたふりで3日の時間稼ぎもよし、できるようならそのまま私が奇襲をかけてもよしだな。ま、その私の仕上がりをみて決めようか。リア、ドリー、ファビエンヌに化けさせてくれ。残念ながらこの案は成功するなら非常に有効と言わざるを得ない…。皆、私が化ける間に他の方法がないか考えていてくれ」
なんともいえない顔をしながらファビアン王子が立ち上がり部屋をでる。
私とドリーも慌ててファビアン王子の後を追う。
私にと当てられた部屋に入るなりファビアン王子は上着をベッドに投げシャツのボタンを手早く外しぬぎすて上半身をあらわにして振り返る。
「リア!名案だけど、喜べないよ?俺そんなに女っぽい?」
う、わぁぁ。みごとな細マッチョ!素敵なシックスパックですね?!
素晴らしいっ!前世の私なら間違いなく美味しくいただ…いやそうじゃないっ!
とにかくその状態で悲しげにこちらを見ないでくださいぃっ
眼福いや目の毒!わぁーん
とにかく早く隠してっっ
「す、凄いですからっ何かお召しになってくださいませっ!!」
そこへドリーが無言で甲冑コルセットをファビアン王子が呻くのもかまわずに装着する。続いて袖がたっぷりふくらんだお仕着せを被せるように着せ、フリルとレースが沢山ついたエプロンをしめるととたんにファビアン王子の顔の甘さが際立ってくる。有無を言わせず椅子にかけてもらい黒い巻き毛のつけ毛をつけ白粉をはたいて軽く紅をさす。ボンネットを被せてきれいなラインの顎の下でリボンを結べばなんとも美しい女性が現れた!黒髪の巻き毛が白肌の回りを取囲みサファイアブルーの瞳に柔らかそうなピンクの艶やかな唇。袖のふくらみが肩から腕の筋肉を隠し、エプロンのフリルとレースが胸のなさをカバーしている。
「素晴らしいできだわ!なんて美しいのかしら?黒髪にブルーアイなんてそそるわ」
「はい、とりあえずはこれで、お髪はすぐに黒く染めていただきまして、つけ毛をしっかり編み込めばボンネット無しでもいけます。リアお嬢様の護衛問題はこれで解決ですね」
ドリーがほっとしたようにファビアン王子の出来を眺める。また微妙にベクトルずれてますよドリーさん。
当のファビアン王子はあさっての方向を見ながら憮然としている。
「ファビアン!皆様に見てもらいましょ?」
「…」
「さあ、行きましょ」
嫌がって項垂れるファビアン王子はまるではじらっていやいやをしている女性にしか見えない。
思わず手をとりひっぱって連れて行く。
「さぁ皆様、ファビエンヌですわ」
皆息を飲んで見つめるのがわかった。カイルお兄様はまた頭を抱えている。
ディミトリなんか目を皿のようにしてためつすがめつしている。
「なんと見事な化けっぷり。この作戦決定と言わざるを得ない」
リュカの感心した一言で決まった。即座にできたてのファビエンヌを部屋に連れ帰る。髪を染め完成度を高めなくてはならない。
ドリーに髪染めを任せて私は恐縮するドリーからお仕着せのワンピースを奪い取り裾だしに取りかかる。とにかく時間をかけるわけにいかないから裾の始末のかわりにレースを縫い付けてゆく、さらなる丈だしにもなっていい感じだ。
それと気転を利かせて
シャツに二つ穴を開け袋状の布を継ぎ足しそこに男性用のパンツとシャツを詰める。
万が一の着替えを仕込んだ胸の模造品、私よりずっと豊かだけど。素肌に甲冑コルセットではあんまりにも可哀想だものね。それが済むと髪染めからつけ毛を編み込む段階に入ったファビアン王子の爪の手入れに入る。長い指が官能的な手だけどやっぱり男性、手が大きいし手のひらにはマメまである。
思わずしげしげと眺めていると
「普段は手をつないでもくれないのにずいぶん念入りにふれてくれるんだね?」
「っ!違うでしょ?爪のお・て・い・れです!
マメなんてあるからちょっと驚いただけです」
「リア、もしかして俺のこと全然見てないの?
剣も握れば馬にも乗るし、留学中はいつもよりスイーツ作りに凝ってたらさらに力仕事多かったぐらいだよ。
事業レベルで試作するから個人の店より作る量多いからね!」
「そういうのをこれから知る予定なのにこんな事が起きてしまったんじゃないですか!
早く解決させる為にこんな準備してるんですよ?
まぁのほほんとしたぼんぼん王子じゃないことぐらいはもう十分理解してます。
でもこんなきれいな顔で手のひらにマメってなんか似合わないなって…」
「女顔だとほめられてるみたいで全然嬉しくないな。俺、男だからね。それになんかリア急に振り切れてない?大丈夫?
怖すぎて過剰適応してるとかじゃないの?
囮役買ってでるなんて無理しなくていいんだよ?」
んー、さっきの皆をまとめる挨拶であなたの王の片鱗を見せつけられて急に奮起したら前世のバリキャリキャラが押し出されてきた…とは言えないしな。
っていうか本気になればこの感じが通常運転。
公爵家の経営改革以来の久々本気モードですっ!
前世の世界が平和と言ったってビジネスの場は戦場、刺すか刺されるか、なのはかわらないですし。
このミッションをクリアしないと私のひっそり計画は砕けちる!それは嫌だし!!それにこんな大胆な手段にでられるのもファビアン王子あなたが美形でありながら使えるヤツだからだわ!
「あの、ファビアンが必ず守ってくれると信じられるのと奇跡的に女装をこなせる美形だからできる
作戦ってわかってくださいませ」
「ん、え…っと…男方面のスキルでも信用されているならいいけど…」
あら、こちらに手を預けて赤くなっちゃった。
そんな風にされたら私も意識しちゃうじゃない…。
「信用も何も、リアお嬢様をお守りするのは最低条件で当たり前でございます。ファビアン様の命にかえてもお守りくださいませ」
わっドリーあなた本当に進む方向を間違いすぎ!




