薔薇ジャムのシャルロット
「ドリー、カイル呼んでもらえる?」
ドリーが出て行きファビアン王子と二人きりになったとたん無造作に前髪をかきあげ悲しげに眉をひそめ深いサファイアブルーの瞳でこちらを見る。
「リュカはリアの好み?」
ち、直球だ…王族とか貴族にはこんな風にはっきり聞いたり言ったりする人いないよねぇ?っていうかそんなに見つめないでほしい…
「え…っと、彼が特別好みかどうか以前に美しいものや美しい人を眺めるのが好きでつい見てしまうの…。なんというか目の前で繰り広げられることが演劇でも見ているように感じてしまって…観客のようになってしまっていると言えばわかってもらえる?」
この世界が全体的にハー○ク○ンとか、乙女ノ○ルそのままみたいにに見えちゃってるんです~っ大好物でうはうはなんですっ!て言えればこんな楽なことはないんですけどっっ。
美しい人を眺めるのが好きとか変な説明だよね。痛い奴でいい。なんなら頭にお花咲いてるからとキプロスに帰してくれてもいいよっ!
ハー○ク○ン(以下略)の意味わかったらそれはそれで痛い感じ否めませんけどぉ…
「ふーん。それで夜会では目立たないところから踊る人を眺めたりしてたの?俺、リアに思い人でもいるのかと思って必死で視線追ったことあるよ。そんな奴がいたら俺もリアのこと見てる場合じゃなくなるからさ」
いつどれだけ見てたのーっ
王子!それも痛いっちゃ痛いよ?
「あ、何が言いたいかと言うと、思いを寄せる人ができた時には教えてほしいんだ。俺はリアを諦めるつもりはかけらもないけど一番願っているのはリアの幸せだから…」
「それでどうするの?」
え?身を引くの?
「リアに選んでもらえるよう正々堂々と参戦する。」
は?参戦…
「そ、それで?」
「俺を選んで絶対後悔させない」
お顔が全開の状態で距離距離をつめてくるファビアン王子。そんなにせつない顔しないでっ近いっ
「…わぁ…。」
思わず手を伸ばし前髪を元にもどす。危ないっ目力凄すぎっすいこまれるっ!
す
「あ…っ、いやリアがあんまりにもリュカに見入ってたからちょっと言っておこうと思ったんだけだから」
いやぁ…言っても結果あなたを選ばせる自信満々ですよねっ??だから前髪かきあげないでくださいぃ~っ!!
「ファブ、この船の装備を視てきた。ただの贅沢な船じゃない。このままちょっとした戦争に突っ込んでいけるな。大砲まである。リュカの従者や兵は船も操れるし海上戦にも長けている精鋭揃いだ」
カイルお兄様が興奮気味に入ってきた。よかった心臓が限界でした。
「…。」
ファビアン王子が無言で頷く。
お二人ともすっかり主人と従者モードね。随分用心深いなと思いきや後ろからリュカの従者がドリーと共にお湯を入れた桶をそれぞれ持って入って来る。
「リアお嬢様お湯をいただきましたのでお召し替えをなさってくださいませ。皆様どうぞお外へ」
ドリーはみんなを追い出しさっさとドアを閉めると奥の続き部屋がバスルームのかわりになっているからと手早くバスタブがわりの大きめのたらいに湯を浅くはり簡単に湯浴みができるようにしてくれた。
ざっと髪の毛と身体を洗うと残りのお湯をうまく使って流してくれる。私をタオルで包んでおいて、 トランクからサックスブルーの絹地で仕立てられた豪華な外出用のドレスを出した。
「こんな時だし簡単な室内着でいいんじゃない?」
ドリーはため息をつきつつ
「もう内輪のものだけの移動ではございません。お嬢様の地位を示す装いをしていただきます。それから、私がこの命にかえてもお守りはいたしますがこれからはこちらも身につけてくださいませ」
ドリーが私に見たことのないガーターリングを着けるよう促す。
「ドリー、何これ??」
「はい、右足にはこの短剣を左足にはこの薬を忍ばせておいてくださいませ。私もこのようにいつも装着しております」
ドリーがためらいなくスカートをたくしあげると片方の太股に極細い短剣が数本ガーターリングで留められている。もう片方には同じくガーターリングで香水瓶のようなものが挟んである。だから初めて襲われた時スカートに手を入れてたんだ!と妙な合点が行く。
「万が一の護身用でございます。私の短剣は投げて攻撃する用ですが、お嬢様のは宝石で飾ってありまして売るとかなりの金額になります。この香水瓶には涙とくしゃみがとまらなくなる薬が入っております。吹きかけましたら相手はひとたまりもありません」
「ドリー、私こんな大事に巻き込まれたくないっていうか…全然この事態についていけてないんだけど…」
「おっしゃる通りでございます。今回の護衛はファビアン様が万が一に備えてと選んだ者ばかりでお嬢様の守りにつきましてご心配には及びません。ただこの時点でここまでの事態は想定しておりませんでした。一国の王子とお付き合い、ご結婚となれば遅かれ早かれ何かしら起こることと思われます。あくまでもお付き合いが公的になってからと考えておりましたが王族と同様の備えと心構えを早急にしていただきます」
ドリーの有無を言わせない態度に黙るしかない…
しぶしぶガーターリングを着ける。
ガーターリングには短剣を差し込む穴がありぴったりと納まって着けてしまうとあまり違和感が無い。
それにしても…
ファビアン王子の真剣直球の熱意に負けて(ファビアン王子の美しさとスイーツ攻撃はそりゃ強力だったし…外堀はめちゃくちゃ埋まってましたし…)話を受けたけどゴージャス留学できちゃうどころかとんでもない方向にいっっちゃってますけどっ!!
私の「ひっそり計画」はますます遠い…それどころかリアルに命の危機さえ感じるよ!
どうするの私?!
「お嬢様っ?はやくコルセットを…」
いかん、現実逃避するところだった…
「んっ?何このコルセットっ!硬い?」
「ファビアン様考案の甲冑コルセットでございます」
「甲冑?コルセット…」
「はい、いずれ諸国の王族等に販売したいとお考えのようですが薄い鉄板をしこんだ特別なコルセットで銃の弾や剣の攻撃から身を守る画期的なものです。殿方用にはベストのようなものを開発されて普段から気がつかれずに身を守るのに役立っております」
防弾チョッキみたいなものか?こんなのあるんだ…
感心してる間に着付けが終わり髪の毛を結い上げられる。
「さぁできました。今日もお美しいです」
今日のドレスはふくらんだ袖には小粒のパールがところどころに縫い込まれ、スカートの前部分は何段もの細かいレースのフリルで飾られそれを横から後ろにかけサックスブルーのたっぷりの布地が大きな三段のフリルで覆う凝ったデザインだ。もちろん袖のパールに合わせてジュエリーもパールにした。
「リアお嬢様この部屋にくる途中の少し大きなお部屋でお食事だそうです。まいりましょうか」
ドリーはもう船内を把握してるようだ。
ドアの外にはファビアン王子が控えて待っていた。
すっかりファブになりきっている。ほんの短い距離だがファビアン王子とドリーに付き添われ部屋に入る。
長い大きなテーブルに真っ白なクロスがかかり黄色い薔薇が飾られている。
リュカとカイルお兄様はもうテーブルについていて私が来たのを見て二人とも席を立つ。
「リア様、ようこそアシル号へおいでくださいました。なにぶん船の上、お口に合うものがだせるとは思いませんがこの先の海のものと地のものを取り混ぜてご用意いたしました」
リュカはそう言って微笑むがなんだか無駄に色気がだだ漏れだ。す
「お招きありがとうございます。素敵なお部屋でくつろがせていただいておりますわ」
ひさびさの落ち着いた食事だ。座るとさっそく料理が運ばれてくる。サーモンの軽い燻製。サワークリームのソースがよく合う。生牡蠣も山盛りでた。次によく澄んだ琥珀色のコンソメスープ。メインは子牛肉のポーピエットで詰め物にフォアグラとどこでこんなに早く採れたのかサマートリュフが入って家庭料理とは一線を画していた。チーズはかなり珍しいものも含め八種程でたけどパスした。
デザートには薔薇のジャムのシャルロット。薔薇の花びらもデコレーションされそれをぐるっと囲むビスキュイは赤のリボンできれいに結ばれている。
「リア様は甘いものはお好きですか?こちらは特に手をかけてまして姉のアレグラ自慢の薔薇ジャムを使ってますよ」
「素晴らしいですね。お姉様の薔薇ジャムは滅多に口に入らないものだと伺いましたわ」
「リア様は既にお召し上がりでしょう?」
リュカが野性的な黒い瞳を輝かせながら聞いてくる。
「はい、貴重なものとは知らずにいただいてしまいました」
「姉が薔薇ジャムのお茶を差し上げた方は私共にとっては特別で親密な客人です。問題が起きている渦中で申し上げることではございませんが、何かお困りのことなどございました折にはいつでもお力になります。もちろん此度の件に関してもリア様におかれましてはご憂慮にはおよびません。ところで姉はカイル公使にはご挨拶させていただいておりましたでしょうか?」
「残念ながら広間でお見かけしてご挨拶させていただく程度ですね。妹ながら羨ましいですよ」
なるほど…国の代表ってお父様が言ってたのは公使だからね、表向き外交官になったのはわかってたけど大使の次だったとは!二階級の昇進でそこまでいくのか…元々がすごいな。
それにしてもカイルお兄様ったら嫌みなくらいそつがないのね。
「このシャルロットは姉の薔薇ジャムのお茶と同等の意味を持ちます。どうぞお召し上がりください。そちらのリア様付きの従者様もぜひ」
は?何て言った?なぜ従者に食べさせようとする?
「ファビアン王子どうぞお召し上がりくださいませ。昨夜はわかりませんでしたが、今はわかります。どうかこのリュカを信じていただきたい」




