リュカの船
カイルお兄様とリュカは
簡単に打ち合わせをし、 リュカの部隊は小さな馬車と大型の馬車4台の計5台。
私達の馬車をリュカの部隊で前後に挟み、リュカ達に先導してもらいながら進むことになった。リュカ達なら通れる最短のコースをとるらしい。
馬車はまたかなりのスピードで走りだした。
ファビアン王子は小窓の外をずっと見ている。どのルートで進んでいるのか確認しているようだ。
「ねぇドリー、ファビアンとあなたはどうしてあの拘束を解けたの?」
ファビアン王子がいち早く自らの拘束を解いて皆の拘束も解いたから今こうしていられるがあのまま捕まっていたらとぞっとする。
またドリーも難なく自分で自由になっていた。
「縄抜けと関節技は俺達の必須科目だよ。捕まってしまった時に道具も何も要らず自分の身ひとつで逃げて戦える方法だからね。音も比較的でない…とにかくあらゆる場面で有効なんだ」
ファビアン王子は真剣な面持ちで答えてくれる。
「特に時間をかけて技術を磨いておりますが、ファビアン様が一番よく習得されております。」
ドリーも大事なことだと言わんばかりに頷く。
「ほんとにどうしてよいかわからなかったし皆が捕らえてるのを見て目眩がしたわ…」
人心地ついてまた震えがくるような気がする。
「リアお嬢様、本当にお疲れになられたことと存じます。ですがまだ事態は終息を迎えておりません。眠れる時に眠っておいたほうがよい状況になってまいりました。殿方がいらっしゃいますがお顔をこちらのストールでお隠しになられてお休みくださいませ」
とドリーが気遣ってくれればファビアン王子が
「リア、眠ったほうがいいね。ドリー、リアをこちらへ…横になったほうが楽だからおいで…膝を貸すだけだから心配いらないよ」
と言ってくる。ドリーは渋々頷いて
「横になられた際にクッションが必要ですし、私がお側におりますのでお許し申し上げるだけでございますから」
なんて言ってくれちゃうけどいや、王子の膝枕なんて畏れ多くて無理っ!
かえって眠れませんて!
「だ、大丈夫ですっ!私このまま眠れますから…それより二人こそ眠って?ね?ねっ」
「とにかくおいで…」
手をひかれてあっという間にファビアン王子の隣に納まり膝の上に頭をのせていた。長い指で結い上げていた髪を解かれストールをかけられる。
「驚くことの連続だった上に二度も襲われてしまった…何があっても必ず守るから…安心して眠って」
長くて繊細なファビアン王子の指は何度も私の髪をすいてゆく…
何もできないながら極度の緊張下に置かれていたらしくだんだんと気持ちが凪いでゆくのがわかる。
馬車はひどい揺れだったがファビアン王子の温もりを感じ思うより早く眠りに落ちていた。
白々と夜もあけるころ馬車は川幅も水量もある川の側に止められた。見ればマストが数本立ち白い帆を張った大きな船が停泊している。このまま航海にもでられそうな立派な船だ。
「船旅はお好きですか?」
感心して船を眺めているとリュカが声をかけてきた。昨日鮮やかに切って落とした黒髪は毛先に自然な遊びがあり、彫りの深い顔立ちを彩っている。静かに目の前までくるとこちらの手をとり口付け初対面の挨拶をする。
「はじめまして、リア・アルベルティーヌ・ギーズ様。昨夜はご挨拶できずに失礼いたしました。リュカ・ヴァンソン・デザルクと申します。姉よりリア様のことを聞きお目にかかりたいと願っておりました。ここよりは船でまいります。船室は馬車よりはおくつろぎいただけると存じます。どうぞお手をご案内いたしましょう」
リュカがダンスに誘うかのように流れるような所作で手を差しのべてくる。野性味と優雅さをあわせ持ち独特の色気が漂う美しき若き長。思わず見惚れてしまう。
「恐れながら、リアお嬢様のお世話は私とこのファブにて執り行うようファビアン王子より直々のお申し付けでございます。ファブは口がきけませんがご承知おきくださいませ」
ドリーがリュカと私を近付けまいと間に入って来たかと思えば、後ろにはただならぬオーラを発してファビアン王子ことファブが控えていた。
「これは失礼いたしました。もちろん無礼を働くつもりは毛頭ございませんがこのリュカもリア様をお守りする所存であることをお心にとめておいていただければありがたい。さあどうぞお進みくださいませ」
甘く微笑むと私達を船へと促した。
甲板にはリュカの別の従者達がおり出航の準備を整えるのに忙しい。リュカはその間を抜け船室があるとおぼしき扉をあけさらに奥へと進む。一番奥の扉をあけ振り向き無言でまた微笑む。
一歩入って驚く、贅沢にしつらえられた部屋はとても船の中とは思えない。小窓にかけられたカーテンもベッドカバーもグレイッシュなピンクの小花柄の布でフリルがふんだんにあしらわれている。ピンクとグレーを基調とした様々な大きさのクッションが落ち着いた銀色に光る糸が織り込まれたダークグレーの布張りのソファーに置かれている。ソファーの前のテーブルやベッド、備え付けのクローゼット等はマホガニーで出来ている。テーブルに飾られているのは見事なピンクの薔薇だ。
「リア様の為にあるような部屋ではございませんか?ゆっくりおくつろぎくださいませ。川を下れば今夜にはユレヒト港に着きます。少しですがお湯も用意させます。馬車は馬車で走らせておき、私達は船で進み、敵の目をくらます予定です。カイル様は既に船室のひとつにご案内させていただきました。
少しお休みされましたら食事にしましょう」
リュカはそう言うと再び甲板へと出ていった。




