静かな襲撃
館を後にしてから小さな村を二つ過ぎエバイラ国の中でもとくに危険度が高い地域に入った。森の中になんとか馬車三台が停められる平地を見つけ今晩の野宿ポイントにすることにした。火を起こせば盗賊等に見つかりやすいからと今夜は火を起こさない。私達が館で休んでいる間に御者の三人で買い出ししたそうで食料は補充できている。火を使わずに食べられるものも買い込んであった。ミートパイにパンとチーズそれにシードルが晩ごはんだ。
昨夜同様、大きい馬車に簡易ベッドが準備され早々に眠りについた。
どれくらい眠っただろうかふと首に違和感を感じて目が覚めた。
「動くな、首が切れる。傷はつけたくない」
男の声がする。
どうやら刃物が当てられているようだ。一気に身体が硬直する。
う、信じられない本当に襲われてる??
目だけを動かして周りを見れば簡易ベッドを少なくとも5、6人の人影が囲んでいる。両手を後ろに引っ張られ何かで縛りあげられ無理やり立たされる。
「リア・アルベルティーヌ・ギーズだな外へ出ろ」
馬車の外には月明かりの下12、3人の覆面の男達がカイルお兄様を筆頭にファビアン王子、テオ、マシュー、御者の三人組が両手を後ろ手に縛られ立たせている。
私の後ろにドリーも続けて引っ張り出されてきた。
ひときわ背の高い男がカイルに言う。
「カイル・セレスタン・ギーズ、二つ聞く。ファビアン王子は今どこにいる?貴公の妹は本当にファビアン王子の妃候補か?」
「二つ共に答えは否」
カイルお兄様は表情をまったくくずさない
「ふん、答えになっとらん。ファビアン王子にリア嬢を救いたくば出てこいと伝えろ。詳しくは『いばら姫館』に書状を届ける」
「リア嬢、その美貌なら我が主の目にもとまろうぞ?さぁ連れて行け」
「お嬢様は私がいないと何もできません!私もお供いたします」
「駄目よ!」
お供いたします!駄目よ!と言い合ってるうちに、ふっと両手が自由になる。視界を緑色の頭が横切る、ファビアン王子だ。王子は音もなく御者三人組の後ろにまわってナイフで拘束を解いて行く。カイルお兄様の後ろを通って同じように拘束を解いてから背の高い男の横に立つとすばやく間接技を決めた。気絶した男の両手を縛り上げ首筋にナイフをあてる。自由になった御者三人組は同じように間接技をかけて行きあっという間に全員を倒してしまった。
ドリーはなに食わぬ顔ですでに拘束を解いてしまっている。
ファビアン王子はカイルお兄様の耳に何かささやいた。お兄様は頷き背の高い男のボディーに一発拳を入れて無理やり起こして問う
「おまえの主は誰だ?言わねばどうなるかわかるな?」
「言うかっ我が主は神の手を持つお方お前達などすぐに始末される…ぐふっ…」
背の高い男はこう呟くと最後に声を絞り出すように呻いて完全に脱力した。
「毒だ死なせるなっっ!!」
ディミトリが叫んだ。
「リア目を閉じろ」
ファビアン王子が後ろから私を抱き込み私の目許を手で覆う。
覆面の男達は呻き声をあげ次々と脱力していった…
「『いばら姫館』が危ないかもしれない、引き返すぞ!」
…信じられない実際にこんなことが目の前で起こるなんて!!昨日の比じゃない一歩間違えば…死…
同じ馬車にカイルお兄様も乗り中は緊急会議室と化している。
「やつらは霧吹きのようなもので煙か液体かはっきりわからない何かを吹き付けてきて私達をほんの数分だったが眠らせ襲った…そして自らが捕らえられると即効性の高い毒で自殺した」
ファビアン王子は歯噛みしながら悔しがる。ドリーも私もでしたと一緒に項垂れている。
「何かとてつもなく高度な技術を持っていますね。吹き付けられただけで眠ってしまう薬なんて僕は聞いたこともない…毒も異常な速さの効き目です…」
「催眠スプレー?催眠ガス?…」
あ、あんまりにもカイルお兄様が深刻に言うから思わず呟やいてしまったっっ!
「リア!なんだそれは??何か知っているのかっ?」
「え?ええっとごめんなさいっっ!お兄様、何も知らないわ!あんまりにも怖かったから!昔読んだ魔法使いの話に似てるなっと…」
う、苦しい言い訳…
「大丈夫だよリア。あんなことが目の前で起きたんだ。無意識に何か言ってしまうことなんか気にしなくていいよ」
ファビアン王子は私の意味不明なワードはスルーして優しい言葉をかけてくれる。
「あ、あの大事なお話合いの最中に失礼いたしました…」
危ない、うっかり前世のワードを口にだしてしまった。それにしてもこの世界は前世の歴史に照らし合わせると18世紀の末期から19世紀中頃くらいがしっくりくる文化、科学水準に思う。刺激性の強い毒ガスなんかは作れたとしても相手を眠らせるだけの高度な化学兵器めいたもの作れるとは到底思えないんだけど…
「主を神の手の持ち主だと言っていたがそれと関連がありそうだな。奴らが使った霧吹きのようなものと奴らが覆面の下に口と鼻を覆うものを付けていたがそれを回収した。調べれば何か手掛かりがあるかもしれない…王宮に運ばせるしかないか…まずは館に行ってからだな…」
「あの、三人共、その不思議な薬を吹き付けられて身体は平気なの?」
「うん、目が覚めてからすぐに動けたし、特に身体がだるいとか何か不快感があるわけでもないんだ。かえって気味が悪い。カイルとドリーは大丈夫か?」
「僕も同じだよ」
「私も大丈夫です。気になるのは私に薬を吹き付ける際に中の一人がリアお嬢様は戦える力がないからまったく吹き付ける必要がないと言っておりましたことです」
「メイドや御者に見えて護衛もできることも漏れているのか。何もかも知られているのがよりはっきりしたな」
「私の屋敷と王宮をもう一度調べる必要もありそうですね」
「そうだな。ひとつ提案だ、俺、つまりファブが登場したのはこの旅が始まってからだ。サイグラの屋敷には古くからいる限られた人員しかいないからさすがにファブについての情報は漏れてないと思う、ファブは口がきけない男にしておこう。」
「だからさっきは僕に質問させたのか…無茶なことを考えてるんじゃ…」
「ちょっとした考えがあるんだ。とにかく頼むよ」
馬車はかなりのスピードで走り再びいばら姫館が見えてきた。どの窓にも煌々と灯りがともっている。
馬車をつけると館の主人が待っていたように飛び出してきた。