ほのぼのキャンプ
馬車はかなりのスピードで走りだした。
ファビアン王子とドリーは渋い顔で話し合いを始めた。
「あの宿屋ではおそらく薬をリアお嬢様に盛ろうとしていたようです。頼んでもいないお茶を待ち構えていたかのように給仕してまいりました。私の目視では眠り薬の類かと…」
「私達はこの村にしかないハーブの商談にここから歩いて五分とかからない農家にいったんだ。農家の敷地内に入ったとたんに十人くらいの集団に襲われたよ。とりあえずカイルと護衛のマシューに任せて戻ってみたら、倍の集団がいて中の一人が宿屋に入ったのを見た。あとはわかるよね?」
「あの、カイルお兄様とそのマシューさんは大丈夫なんですか?皆さん全員ケガなどないですかっ?」
ファビアン王子とドリーは一瞬何の話かわからないという顔をしたが
「ああごめんリア、カイルも俺も学院時代に鍛えられてるから多少は大丈夫、伊達にカイルを選んでない、あいつの頭と剣の切れにかなう奴はそういない」
とファビアン王子が言えば
「もちろんマシューだけでも問題なかったと思われますし全員無事でございます」
とドリーも当たり前の事のように言う。カイルお兄様頭は良いと思ってたけど結構他も頑張ってらっしゃるのね。都合の良い虫避けイケメンだとばかり思ってたわ。でもそうなると…
「もしかして足手まといは私だけ?」
わーん一番弱いなんてイヤだ!
「リアには俺がついているから!」
食い気味に叫ぶファビアン王子
「リアお嬢様、身の回りのお世話も含め片時も離れずお守りできますのは私でございます。何分私も女性でございますから、殿方にはここまでの警備は難しいでしょう」
ドリーがなんとなく勝ち誇ったようにファビアン王子を見る
「俺だって近い将来ずっと側にいられるようになる為の今なんだ!」
「何をおっしゃってるか分かりにくいですね、ファビアン様。ところでこれからのルートはどうされますか?」
「そうだ、予定のルートは使えないな。リアに薬を盛るようじゃ全ての情報が漏れていると思ったほうがいい、今までは私だけが狙われていたからむしろ簡単だったがこれからは厄介だ。リアやカイルを人質に私を誘き寄せようとしてくるだろう。この後のポイントにも色々と仕掛けられているだろうから、通りたくなかったが、エバイラ国を突っ切っていくのがいいだろう」
真顔に戻ったファビアン王子がさらに眉間にシワを寄せる。
「はい、たしかに治安は悪いですが、当初の旅程よりは短くなります」
「うん、決まりだな」
そう呟くと馬車の小窓を開けて御者に行き先変更を伝えている。
「エバイラ国って統一されてなくて大小の部族が常に争っているところでしょ?」
「残念ながらそういうところでございます。」
「リアごめんエバイラじゃ宿屋に泊まるのもかえって危険なんだ。だから、その…急にワイルドなキャンプを楽しむ会になってしまうんだけどいい?」
すっごく言いにくそうにしながらこちらを見る
「つらい野宿だとありのままおっしゃってくださいませ。」
ドリーがバッサリ。
なるほど野宿ね、たしかにワイルドだわ。
「キャンプは経験ないですが大丈夫だと思います。私が自分の面倒を自分で見られるなら多少危険でも設備の整った宿に泊まるでしょうに申し訳ないです。」
「いや、俺さえいなければリア達が標的にならないと過信しすぎた俺のミスだ。本当にごめん」
「もう何もおっしゃらないでくださいませ。何事も経験ですわ」
足手まといには発言権などございませんよファビアン王子。
馬車の小窓から外を覗けば鬱蒼とした森の中を進んでいる。そろそろ日も暮れる頃だ。
馬車の揺れが少しおさまり道が平らになったかと思うと道の両端に広々とした草地が続く土地にでた。そばには川もある。
川の近くの大きな木の下に三台の馬車が静かに止まる。野宿ってどうするのかな?とにかくお尻が痛くて馬車を降りる。
ちょうど川の向こうに山々が連なり夕陽が沈まんとするところだ。
「リア、これに似た景色をちょっといい宿から見る予定だった」
ファビアン王子が残念そうに後ろで呟いた。
「じゃあ今見られてよかったです」
「無理しなくていいよ。そんな風に言ってくれると嬉しいけどさ。今夜、お風呂もベッドもなくてごめん。せっかくの初デートなのにな」
初デートなの?これ?
「ファビアン様、デートじゃないですよ。れっきとした国費留学でございます。リアお嬢様に少しでもおくつろぎいただく為にはせめてスープでもお作りくださいませ」
「わかってるよドリー、このメンバーじゃ俺が炊事係だ」
「ファビアン様にさせるの?」
「はい、ファビアン王子は不味い物食べさせられるくらいならご自身でお作りになられます」
「まあ何かお手伝いできないかしら」
「お嬢様は馬車の中でお休みくださいませ」
ドリーは何もさせない気でいる。
ファビアン王子は焚き火の側でナイフを片手に何かをカットしては鍋に放り込んでいる。
御者の皆さんは水汲みにいったり、テーブルがわりに使うトランクを運びだしたり忙しそう。
カイルお兄様とテオは薪拾いにマシューは周辺調査にそれぞれ出かけたらしい。
「ドリーテーブルクロスになるようなものはある?」
「はい何にでも使える布があったはずです」
「じゃ、それをトランクにかぶせて、このへんのクローバーのお花でリースを作って。それからこの木の小枝を若葉が少しあるところを折ってナイフレスト代わりにしましょ」
「さすがお嬢様、素晴らしいです!こんな野宿でも素敵なピクニックのようですわ」
「キャンドルをリースの真ん中に置けば完成よ」
「なんだか和みますなぁ」
「野外レストランですな」
「わしらではこんな事思いつきもしないですよ」
今までろくに話もできなかった御者の皆さんが声をかけてきた。
「皆様はじめまして、お昼間はお疲れ様でした。リアと申します。どうぞよろしくお願いいたします。」
「リアお嬢様、わしらの中で一番若くて背の高いのがジャンで、彼は銃の名手でピストルでもライフルでも的を外しませんです。足も速いですしね。この筋肉バカはリオネルで剣の達人です。こいつは長剣を持たせてやれば百人くらいの隊に飛び込ませても平気です。いや、短剣を投げさせても上手いもんですけどね。りんごを木から落としたいときなんか便利ですよ。」
感心して紹介を聞いてるとファビアン王子が慌てて
間に入ってくる。
「リア!なんて素晴らしいテーブルセッティングだろう!俺が一番喜んでるから!ディミトリ、
そんな無粋な紹介リアが怖がるだろ。リア、
このディミトリが俺達の教官だ。この二人はもちろんマシューに俺。リアを見初めてからはカイルと
テオにもディミトリが銃も剣も教えてる。あと、
ドリーはディミトリの娘だ。ドリーこそ短剣の名人だよ。知ってた?」
「ええーっドリーなんで教えてくれないのっ?
ディミトリさん、いつもドリーに助けてもらってます」
「もったいないです。リアお嬢様、ドリーは喜んでお仕えしておりますよ」
ディミトリが目を細める。
「ファビアン様も皆様もお嬢様に近すぎます。美しいからって寄らないでくださいよ。もう少し散ってください」
「ドリーが側にいれば安心だね?リア。僕達は薪を拾ってきたよ」
カイルお兄様とテオが戻ってきた。続いて馬に乗ったマシューの姿も見える。
「ファビアン様、この辺は特に民家も無いようです。」
マシューがファビアン王子に簡単に報告する。彼は寡黙なタイプらしい。
「そうか明日はエバイラの中でも大きい街を通るから昼間だけでも宿で休んで湯を使うなり仮眠をとるなりしよう。今夜は交代で見張りを立てて夜明けに出発だ」
「「「「「承知いたしました」」」」」
「さて、スープとパンだけど食べようか。リアすぐにこんなセッティングをアレンジできるなんて本当に素敵だよ」
「さっきも褒めてくださいましたよ。」
「うん、野宿なんてイヤだろうに前向きに協力してくれて嬉しいから二度言ってみた」
ファビアン王子は心底嬉しそうに微笑む。
「お嬢様スープをどうぞ」
「ありがと、ドリー」
「あ、美味しい。こんなに少ない材料でよくできますね」
ドライソーセージと玉ねぎのスープだ。
「旅の日持ちするものって限られるからね。ドライソーセージからよくだしがでてなんとかなるんだよ」
「温かいものがいただけるだけで幸せですなぁ。それにこんな風に野宿しますと昔軍隊の訓練で何日も野営したことを思いだしますよ。まだファビアン様が十二歳でしたからね…」
ディミトリがファビアン王子をはじめとする教え子の訓練時代の思い出話を興味深く聞きながら、和やかに時は過ぎた。
私とドリーは荷物を沢山積める一番大きい馬車の中を空けてもらい、簡易ベッドで眠った。
寝不足と馬車の揺れの疲れでよく眠れ、朝、ドリーよりも早く目が覚めた。
そっと起きて馬車の外にでると。朝靄の中にファビアン王子だけが剣を杖に立っている。
すぐに私を見てゆっくりと側に来る。
「おはよ、眠れた?」
聞こえるぎりぎりの声でささやく
「はい、よく眠れました。ファビアンだけ起きてるの?」
様無しで名前をナチュラルに呼んでしまいながら同じように小さな声で問う
「俺は昼間馬車の中で眠れるからね。御者をする者はそうはいかないから寝てもらってる」
ファビアン王子って主君と従者って感じではなく、
いつも対等の仲間として尊重した付き合いをしてるんだなぁ。
このメンバーの雰囲気はすごくいいし温かいものね。
「リア、おめざにあげる」
そう言って一粒のキャラメルを渡してくれた。
自身も一粒口に入れながらもう火をおこしてお湯を沸かすみたいだ。
「このキャラメルもお手製?朝ごはんはなんでしょう?」
ファビアン王子の横にしゃがみこみ聞いてみる。
「うん、疲れた時用にいつもキャラメル持ってる。朝ごはんはお茶とクッキー。念のため積んでた食糧だから少ないんだよね。補充できるまでは最低限の食事でごめん」
「ファビアンの作るものはなんでも美味しいし、外でいただくとさらに美味しいから問題ないですよ」
「やっと名前呼んでくれてるね。次はファブって呼んでよね。留学が終わってもリアだけはファブがいいな。」
「いきなりは無理です」
「うん、俺待ってる」
お湯が沸いて丁寧にお茶を淹れてくれる。二人で熱いお茶を飲んでるとみんなが起きてきた。