とんだ休憩
昨夜の出来事の驚きが大きくて結局うつらうつらしただけで寝ていられなかった。まだ暗いけど今日も出発は早いから起きてしまおうとガウンを手に取ったところで控えめにノックがある。
「おはよ、昨夜は俺ちょっと先走っちゃったよね?」
「…!」
朝イチはさすがに無理!
「驚かせてゴメン。朝ごはん作ったから食べて。じゃあとで」
「…?」
おそるおそるドアを開けるとバスケットが置いてある。真っ白なナプキンをめくるとパンケーキに別添えでたっぷりの生クリームとジャムが三種類、イチジクにりんごに何かベリー系のもの。ポットには熱い紅茶。これはテンション上がる!こぼれそうなほど生クリームとジャムを載せてぱくついていると、
「お嬢様、おはようございます。朝食をお持ちいたしました」
ドリーがワゴンを押して入ってきた。
「おはようドリー、もう食べてるんだけど…?」
「は?まさかファビアン様ですか?お嬢様、お部屋へ入れたんですか?まだ夜着のままですのに?」
なんかドリー怒ってる?
「朝はさすがにお断りしてるわ、昨夜はしかたがなかったけど…」
「夜!お夕食は私も食べてしまわないと片付かないと言われまして、かわりにこちらのメイド頭のマリアがお持ちするはずでしたし、お持ちした後はすぐにお休みになりたいとお嬢様がおっしゃったから下げものは朝でよいと…従者の真似事をしてぶらついていたファビアン様が二度共私に直接おっしゃったのですが…」
ドリー、手を握りしめて歯ぎしりしちゃってるよ?
「私にはドリーにご自身でもう休むようにご指示されたと…」
「騙されるとは不覚、
私が甘かったですね、お嬢様、今後はいかにファビアン様と言えどもお休み前の姿をさらしたり私室に二人きりになるなんて愚行をおかされませんようお願い申し上げます。」
「…。ファビアン様を疑えと?」
「はい、若い殿方は時に信用なりません。ご結婚前のご令嬢たるものご自身の身を守るのに用心しすぎることはありません」
「わ、わかったわドリー」
ファビアン王子はあなたのボスでついでに将来国のトップですけどねっ!
もっと言えば通常自分の家より格上の相手に見初められちゃったら断るなんてありえないから『お試しお付き合い期間の後にお返事&返事がノーでもお咎め無し』なんてありえない思いやりだし、なかなか民主的な考えをお持ちだと思うわ。しかもそれをわかっていながら結婚を即OKせず
本当にお試しからスタートさせるなんてこの貴族社会じゃありえない主張しちゃってるも同然ですけどねぇ…
「ところでもちろん何もございませんでしたでしょうね?!」
ドリーが必死の形相で寄ってくるので
「うん、ない、ないわよっ」
思わず即答。
「それでしたら今回はよしとしましょう。リアお嬢様、そんなふわふわしたものばかりでは力がつきません。こちらのチーズ入りオムレツにベーコンも召し上がってくださいませ。お茶もいれなおします。きっと冷めてますわ」
ドリー、あなたのベクトルはだんだん軌道修正がきかなくなってるよ。
私サイドなのはありがたいですけど。
それにしてもファビアン王子がスイーツ作りに長けてるとはどうしてかしらん。
首をかしげていても仕方がないのでドリーに聞いてみよう
「ファビアン様はどうしてあんなにお菓子作りがお上手なの?」
「王子には必要のない特技ですけどね、あの方はなんでも器用にこなされてしまうんです。ただ剣術にダンスは覚えは早かったですが努力もされてましたね。お菓子作りはご自身たってのご希望でなさりだし、まるで初めから全て知っているような手捌きで今ではむしろ料理人達に教えているくらいです。他には銃の腕もズバ抜けてますし、語学も色々お話されますよ。」
「さすが一国の王子だけあるわね」
「ええ、どの国も王子や王女には特別に教育を施しますがファビアン様は本当に才気煥発な方です。ただし、リアお嬢様はまったく負けてません。王族に生まれ最高の恵まれた教育機関で学ぶのに比べ、公爵家とはいえ王女でもない女性には学びの機会が限られておりますのにどこでそこまでの見識を得られたのか、お嬢様の能力の高さには驚くばかりです。私お嬢様にお仕えできて幸せでございます。ですからお嬢様をあらゆる事からお守りしないと」
「とんでもないレベルで守ってもらってます。朝からお褒めに預かり光栄です」
「わかっていただけましたらいいんです。今日はサルマリンド王国とわが国の辺境をたどるように進みまして宿はサルマリンドに入ったところでとります。ここからは絶対安全とは言えませんのでお心構えをお願い申し上げます。お一人で動かれてはなりません」
なんだかぼーっとはしてられなくなってきちゃったな…。
「お嬢様、こちらにお召しかえをどうぞ」
ドリーの手にあるのは私の銀髪にそっくりな白に近いグレーのドレス。かなり薄手の艶のある絹地でスカートの裾と袖口に物凄く贅沢にレースが重ねてある。
首元には共布でボウを緩く大きく結ぶようになっていて、ボウの内側に同じレースが縫い付けてありさりげなくレースが見え隠れする。程よい甘さのデザインの上品で贅沢なドレスだ。
「こんなに質の良い材料でお昼間のドレスなんて贅沢ね?」
「全てファビアン様のお見立てでございます。」
着付けてみるとぴったりだ。
「センスいいのね。できない事無いのかしら?弱点とか?」
「弱点はもうおわかりでごさいましょう?」
ドリーが呆れた顔で私を見る。
「お嬢様のその殿方方面に鈍感なところも免疫の無さも好ましくはありますが、こればかりはファビアン様もお気の毒でございます。ま、好条件だからと気安く飛び付かないのがリアお嬢様の良いところですわ」
勝手に自己完結して手早く私の髪を結い上げると
「今日は寝られませんよ。不本意ですがファビアン様も同乗されますので」
「カイルお兄様とご一緒ではないの??」
「はい、万が一の襲撃に備えカイル様の馬車にはカイル様とテオ、ファビアン様のふりをした護衛の者を乗せます。お嬢様とファビアン様は昨日の一番地味な馬車に乗っていただきます。もちろん私もご一緒いたしますのでお二人きりにはなりません」
「そんなに深刻に狙われているの?」
「王子ですからこんな事はしょっちゅうですが、今回は狙っている黒幕が誰なのか突き止めようとされてますので」
「本当に襲われたらどうするの?!」
護身術のスキルはまったくございませんが…。
まだ死にたくありません。
せめて前世年齢の40代以上は生きたいですぅ。
「日常茶飯事でございます。ご心配には及びません。特に今回のメンバーは全て従者や御者に見えて一流の護衛でございます。御者三名にファビアン様役の護衛一名にテオに私で六名、三百人の兵団より良い働きをいたします」
「…。ドリー目がこわい」
「失礼いたしました。もうご出発の時間でございます。階下にまいりましょう」
下のエントランスにはファビアン王子もカイルお兄様もお揃いで少し待たせたらしい。
「おはようございます。ファビアン…様、カイルお兄様、お待たせして申し訳ございません」
「リアお嬢様、おはようございます。私はあなたの忠実なる下部のファブでございます。」
ファビアン王子は寸分違わず身体にぴったりとあった一目で良い仕立てとわかる随分派手なお仕着せを着て前髪で隠れた目を見せず口元だけで笑う。
なにかもうはじまってますね。
「リア、ばれたら困るんだよ。たのむよ」
カイルお兄様が苦笑しながらも真剣な面持ちで諭すように言う。
「リアお嬢様、馬車へまいりましょう」
ファビアン王子はすっかりファブになりきって馬車へ向かい、ドアを開けて待っている。
「お嬢様、お手をどうぞ」
「ありがとう」
必要以上に長く手を支えられつつ座ると当たり前のように隣に陣取るファビアン王子にぎょっとすると
「ねえ結婚したらこうだよ今から慣れといた方がよくない?」
前髪をかきあげて目だけで笑う。か、顔も近い。
「それは、そうなったらそのようにすれば良いのです。」
なんだこのヒト昨夜はチョコ食べさせようとして赤くなったり、私を抱きしめておきながら逃げていかなかった?
余裕があるイケメンキャラと手は出しちゃうけどシャイボーイ風のスイッチの切り替えがわかんないです。
「まぁ我慢してよ。馬車での長距離移動は危険だから隣にいた方がすぐに行動に移れるからね。ドリーもそんなに怒らないで」
見ればドリーがワナワナしてファビアン王子を睨んでる。
「ファビアン様、昨夜私を騙してお嬢様に近づきましたね?」
「これからそうそう二人きりになれないから大目に見てよドリー」
「今後はそうたやすくはいきませんので」
そう言うとドリーは外を見たまま無言になってしまった。
ドリー隣に座るのはいいんですかー?
「リア、今朝のパンケーキ食べてくれた?」
「はい、美味しくいただきました。生地が軽いのにもちもちとしているのと、ジャムの自然な甘さが素晴らしかったです」
「あのジャムはぎりぎりまで糖度を落としてるんだ。わかってくれて嬉しいよ」
ファビアン王子、両手を胸の前で組んでうっとりしてますけど大丈夫ですか?
「生地だって俺じゃなきゃ焼けないし」
その後はファビアン王子のスイーツ講義が続き馬車は順調に進んでいった。
もうお昼も随分まわった頃ようやく小さな村に入りちらほらと家が見えてきた。
村の中ほどにある宿屋と食堂を兼ねているらしい建物の前で馬車が止まる。
「ここで一旦休憩だ」
ファビアン王子が短く呟き
馬車を降りる。
「リア、部屋をとってあるから少し休むといい。私はカイルと護衛を一人連れて出掛けてくる。二時間ほどで戻るから」
「はい、お気をつけていってらっしゃいませ」
こんなところで誰かに会うのかしら?聞いてもしかたがないけど…。
「お嬢様まだこの先長いですから休みましょう」
ドリーに促され馬車を降りる。宿屋の主人が丁寧に二階の奥の部屋へ案内してくれた。その後すぐに先ほどの宿屋の主人がお茶を運んできて愛想よく笑いながらお茶を注いでくれる。。さっそく飲もうとカップに手を伸ばすとドリーに止められる。
「ここはあまり信用できませんので冷えていて申し訳無いのですがこちらをどうぞ」
手持ちのバスケットから瓶に入ったお茶を新たなカップに注ぎ、同じくサンドイッチもバスケットから取り出し並べる。
「ファビアン様お手製でございます。安全です。」
「ちょっと大袈裟じゃない?」
「このお茶は頼んでませんし宿屋の主人の気働きで入れてくれたにしては早く出てきすぎです。念の為に持ってまいりましたが、こちらを召し上がってくださいませ」
国のVIPと共に行動するということはこんな不便もあるんだな。
「召し上がられましたら少しお休みになられるとよろしゅうございます」
「それよりドリーも食べてよ。これ挟んである具のコンビネーションが最高よ」
「ありがとうございます。お嬢様がお休みになられましたらお相伴に預かります。」
相変わらず固いんだからなどと思いつつ、もう一切れに手を伸ばした時、階段をかけ上がる足音が聞こえドアが乱暴に開いた。覆面を被った黒ずくめの男がナイフを手に立っている。
ドリーが瞬時に私の前に立ち、椅子を盾に男を突き飛ばしナイフを持つ手首を踏みつけ、お下げを結んでいたリボンで男の両手を縛り上げてしまった。
「外に出ます」
ドリーは呆気にとられる私の手を引き階段をかけ降りる。階下には宿屋の主人が大ぶりの牛刀を手に待ち構えており不敵な笑みを浮かべてにじり寄ってくる。
私はドリーの背中から信じられない気持ちで宿屋の主人を見ることしかできない。ドリーは静かにスカートの中に手を忍ばせて何かをさぐっている。宿屋の主人が牛刀を振り上げたと同時に主人の後ろの扉が開き、
ファビアン王子が飛び込んできて、主人を羽交い締めにしそのまま関節技を決め主人は気絶した。
「大丈夫か?リア、ドリー?」
「ファビアン様、お手を煩わせまして申し訳ございません」
「ドリーこちらこそすまない。まさかここでくるとは思ってなかった。リア驚いただろう?」
「…!!!」
これはなに!!驚きすぎて
声にならない。
「本当にごめん。早く奴らがなんなのか突き止めるから。もう少しだけ待って」
「は、はいぃ」
腰抜けるよ!怖いよ!
「おいで馬車に戻ろう」
ファビアン王子は私を引き寄せると抱き上げて扉を蹴ってあける。
「リア、目を閉じてて」
ファビアン王子が低い声でささやく。
そう言われても怖さのあまり逆に確かめたくてそっと見てしまう。
外にはなんとざっと二十五、六人の男が倒れている。ファビアン王子はその中を私を横抱きにしたまま進む。昨日はわからなかったけど胸板しっかり、腕も以外とたくましくて困ってしまう。
「リア、みんな急所は外してて倒れてるだけだけどこういうのはあんまり見せたくないな…。」
「あ、ごめんなさい。だけどこんなこと初めてで怖いけど事実を知りたいです。またこんなことがあったら私どうしたらいいですか?命がかかってるのに何もできなかった」
「リアはね…ただ守られてればいいかな」
イヤ!この状況でそれは反則です!
なんかどうしよ…。
「あれ、顔赤いよそんなの俺困る」
ファビアン王子もみるみるうちに顔が赤くなってしまった。と、ドリーの冷静な声が後ろから聞こえる。
「お取り込み中申し訳ございませんが、かなり急ぐことになりました。お早くお乗りくださいませ」
ドリー助かったわ。