夜会前 その1
カーテンの隙間から光がさしこむ、
いいお天気みたい、今日はお庭の薔薇でもお手入れしようかしら…なんて…。
小さいあくびをひとつして私はベッドからすべりおりる。
ナイトドレスの胸元のリボンをほどきかけたところでノックと共にドアが開いて、侍女のドリーが入ってくる。
「おはようございます、リアお嬢様、またご自身でお支度されるおつもりでございましたね?」
金褐色の髪をきっちりと結い上げ、パリパリと音がでそうなくらい糊のきいたエプロンをかけたドリーは今日も隙がない。
大げさにため息をつきながらバスルームへ私を引っ張って行く。
「お嬢様、本日は大切な夜会がございますから、
今朝は簡単にお召しかえいただいて、午後からしっかりと磨き上げますからそのおつもりでいらしてくださいませ。」
「…おはようドリー、わかってるわ。だからよけい朝はあなたの手を煩わせることないと思っただけよ」
顔を洗った私にそつなくタオルを渡してくれながら、ドリーは私を大きな茶色の目で私をじっと
見つめながら今日の装いについてあれこれ思案しているらしい。
私には前世の記憶がある、なんでも発達した社会からいきなり近世の貴族社会っぽい世界に転生してしまった。
前世では仕事に明け暮れる独身アラフォーで、
そのへんの男よりも稼ぎがよく、同世代からはライバル認定ばかりで、ついつい経営者のおじ様とのおつきあいが多く、普通の結婚からどんどん遠ざかり、
癒しといえば様々なロマンス小説で、
中でも見目麗しい王子や伯爵に主人公が見初められて…という○ーレクインの王道みたいな設定が大好物。好きすぎてドンピシャの世界に転生してしまったみたい。
好きな世界といえども当然ながら、読むのと実際生活するのは大違い。
情緒があるといえなくもないけど、
色々と大げさ、進みがのろい、…ああ。
今日の夜会にもまた大変な思いをしてドレスをきて
馬車に乗り、会場では頭を使った慇懃無礼な会話をし、適度に勝ち、適度に負け、ダンスもうまく踊ったり、踊らなかったりして、深夜に帰る。
ううーん疲れる。
見てる分にはとってもとっても楽しいの、
なんといってもリアル○ーレクインが目の前で繰り広げられるんだもの。
だからねもっとただ見てたいのよねぇ。
ここのお家がなかなかの名家でその他大勢に紛れられないほど注目度が高いのが難点だわ。
まぁ贅沢な悩みだわ、あまりにも貧乏だったり、とんでもない身分じゃなかったことを感謝するべきよね。…なんて思いをめぐらせていたら
「お嬢様っ?リアお嬢様っ、お嬢様のお好みもお伺いしておりますっ!本日の夜会のドレスはどちらになさいますか?」
ドリーが真剣な顔で、濃いローズピンクのシックなドレスと、それよりは明るいピンクで沢山フリルのついたドレスを見せる。
「…ラベンダーピンクのあれを着ようと思うの」
「お嬢様っ本日のドレスコードはピンクです
どのお嬢様も濃いピンクなら抑えめのデザイン、薄いピンクなら華やかなデザインでご自身の存在を示されるはずでございます。ラベンダーピンクのドレスは色が薄い上に装飾がなさすぎます。」
「ピンクのなかのつなぎか背景のようになってしまいませんか!?」
それこそ望むところ~わはっ
ドリーの片方の眉が上がっている。
「大丈夫、大丈夫っ!ちゃんとコーディネート考えてあるからっ」