第一話「漂流」
〓 都内 高層ビルオフィス群 早朝 〓
情景
〓 オフィスビル内 〓
徹夜の仕事を終えて、机の周りを片付け始める雄治。
壁時計。
午前4時前。
窓から夜明けの薄ら明かりが差し込んでいる。
パソコンのスイッチを切り、無造作に机上の書類を鞄の中に詰め込む
鞄を抱え込みながら立ち上がり出口へ向かう。
照明のスイッチを切り、部屋を出て行く。
退出後の誰もいない薄暗く、ひっそりとしたオフィス。
エレベーター
一人エレベーターに乗り込む。
徹夜明けでかなり疲労しており、体調が悪い(立っているのも辛そうな様子)。
1階でエレベーターを降りて会社を出る。
〓 外 〓
まだ外は薄暗く肌寒い。
通りまで出てタクシーを拾おうをする。
早朝の通りは閑散としており、タクシーはなかなか来ない。
仕方なく通りに沿って歩き始める。
何台かの車が通り過ぎる。
ようやく一台のタクシーがやって来る。
手を挙げてタクシーを拾って乗り込む。
〓 タクシー 車内〓
雄治「府中までお願い」
運転手「はい」
雄治「高速で行って下さい」
運転手「かしこまりました」
乗り込むとすぐに深々と腰を沈め少しでも体を休ませようとする。
走り去るタクシー。
やがて高速道路に入る。
車窓から街並みをぼんやりとながめている。
すでに夜は明け始めている。
遠くの山並みに朝焼けが映える。
その光景を目を細めて吸い込まれように見入ってしまう。
しばらくしてつぶやく。
雄治「奇麗だ…」
運転手「はあ?」
雄治「…」
運転手「???」
怪訝そうにルームミラーで後部座席の雄治の顔をうかがう。
雄治「…(ぼんやり外をながめている)」
かすかに首をかしげる運転手。
しばらく雄治が口を開く。
雄治「上野…(ボソっと)」
雄治「…」
雄治「…上野へ行ってくれますか(窓の外を見たままボソボソと)」
運転手「はあ?(聞き取れず尋ねかえす)」
雄治「すいません…上野へ行ってくれますか?」
運転手「また、戻ってしまって宜しいんですか?」
雄治「はい…戻って下さい…」
運転手「わかりました」
再度、怪訝そうにルームミラーで雄治の顔を確認する。
しばらくして高速を降りて車を都心方面に向ける運転手。
車窓から新宿副都心の高層ビル郡を見上げる目線で無機質な都会の情景。
雄治の超繁忙な仕事振りが次々と展開。
例えば《オフィスで忙しなく電話の応対をしている》
例えば《会議でプレゼンテーションをしている》
例えば《出張途上の飛行機内でラップトップのパソコンで仕事をしている》
等々。
〓 上野駅 〓
到着するタクシー。
運転手「お客さん、着きましたが」
雄治「…」
運転手「お客さん?」
雄治「…」
運転手が後部座席を振り替えると雄治は眠っている。
運転手「御客さん、上野駅ですが…(たたみかけるように語りかける)」
雄治「(ハッっと目を覚まして)…あっ…すっ、すいません…御世話様でした(料金を支払う。過労と睡眠不足でかなり体調が悪そう)」
タクシーを降りるとそのまま上野駅の構内へ向かい切符売場を探して窓口で切符を買おうとする。
〓 上野駅切符売場 〓
直樹「…(窓口で目的地を考えあぐねている)」
駅員「どちらまでですか?」
雄治「(一瞬戸惑って)あっ…っと…終点まで…」
駅員「???」
雄治「(気を取り直して)いえ…すいません、新幹線の…終点まで…」
駅員「どの新幹線ですか?」
雄治「はっ、はい?」
駅員「東北か上越か長野か?」
雄治「... 」
駅員「... 」
雄治「…東北で…」
駅員「新青森ですか、秋田ですか?」
雄治「... 」
駅員「... 」
雄治「… じゃっ…新青森まで…」
駅員「自由席でよろしいですか?」
雄治「はい…」
切符を手にして改札口を抜け、新幹線ホームへ降りてゆく。
間もなくホームに滑り込んで来る下り新幹線。ドアが開き、乗り込む直樹。
〓 新幹線 車内 〓
早朝の下り新幹線はほとんどが空席で、適当な座席に腰をおろす。
連日の過労と徹夜明けで疲労はピークに達しており、鎮痛の表情の直樹。
暫く窓にもたれかかり、外の景色を眺めているがやがて眠り込んでしまう。
《夢の回想シーン》開始
深夜にタクシーで帰宅する雄治。
都心の高級高層マンション。
エレベータを降り、自宅のドアの前に立つ。
腕時計を見る。
午前1時を回っている。
鞄から鍵を取り出し、ドアを開け室内に入る。
真っ暗で何もなく殺伐とした室内。
リビングからの眺望は素晴らしく夜景が美い。
《夢の回想シーン》終了
車窓にあだたら連峰がくっきりと美しく映し出されている。
雄治の様態はかなり悪そう。
額に脂汗をかいている。
それでも車窓の眺めに圧倒されて山々の風景に見入っている。
雄治「…」
突然車内アナウンスが入る。
アナウンス「間もなく、福島、福島に到着です。山形新幹線、奥羽本線御利用のお客様は御乗り換えでございます。御忘れ物、落とし物ございませんよう御注意下さい」
福島駅ホームへ滑り込む新幹線。
車窓の美しい景色にとりつかれたようにフラフラっと席を立つ。
デッキ(出口)へ向かう。
列車を降り、他の乗客に交じって下りエスカレータへ乗る。
連絡通路を抜ける。
改札を通り出口へ向かう。
咳をしながら、時折額に時に手を当てて様態は更に悪そう。
〓 駅前ロータリー 〓
フラフラと駅前のロータリーまでたどり着く。
ついに耐えきれなってその場に不自然にしゃがみこんでしまう。
前方に雄大なあだたら連峰が見える。
鞄を抱え込んで、うずくまるように腰をおろしている雄治。
通りすがりの人々は誰もが一様に関心を示すがそのまま通り過ぎてしまう。
直美(28歳、看護師)が駅に向かって歩いてくる。
他の人々と同様にチラッと雄治のほうに目を止めるがそのまま通り過ぎる。
通り過ぎた後で気になって振り替えるがやはりそのまま行こうとする。
しかし、どうしても気になり、暫くその姿を観察する。
職業柄、容体の悪さを直感し、ついには意を決し、ゆっくりと雄治のもとに歩み寄る直美。
身をかがめて直樹に話しかける。
直美「あの…」
雄治「…」
直美「大丈夫ですか?」
雄治「…」
直美「御気分が悪いんですか?」
雄治「…ちょっと…だるくて…(やっとのことで答える)」
雄治の顔は汗で一杯(かなり重体)」
とっさに雄治の額に手を当てて熱をはかる直美。
直美「まあ、大変!すごい熱!」
雄治「…」
直美「歩ける?」
雄治「…」
直美「…無理みたいね…ちょっとまってて」
大急ぎでタクシー乗り場に駆けてゆく直美。
一台のタクシー運転手と暫く話をしている。
その運転手と二人で雄治のもとへ駆け寄ってくる。
直美「この人なの」
運転手「わかりました」
二人で雄治を抱えてタクシーへ乗せる。
直美「それじゃ総合病院まで御願いします」
運転手「わかりました」
タクシーが総合病院に着く
〓 総合病院 玄関 〓
直美「すぐ戻りますからこのまま待ってて下さい」
運転手「はい」
運転手にそう話した後、小走りに院内へ駆けてゆく直美。
暫くして病院のスタッフとともに戻ってくる。
直美「どうも有難うございました」
運転手に礼を言い、スタッフとともに雄治を院内へと運びこむ。
〓 総合病院 診察室内 〓
診察室に入ると年輩の医師が待っていた。
雄治を診察室のベッドの上に横たえる。
医師「この人かい?」
直美「はい、無理申し上げてすみません」
医師「別に無理してないさ。しかし、直ちゃんらしいね。見ず知らずの人を親切にここまで連れてくるなんて」
直美「すみません」
医師「なに言ってるの。誉めてるんだよ」
恐縮する直美。
医師「どんな調子なのかな(雄治に話しかけてみる)」
雄治「…(答えられる様態でない)」
聴診器をあてながら診察を始めるが、次第に表情をこわばらせる医師。
医師「うん…かなり悪いな…肺炎になりかけてる」
直美「本当ですか!」
医師「一応、応急処置をしておきましょう。
直美「はい」
医師「あとは安静にしてないといけないね」
直美「はい」
雄治「…」
医師は注射をうつ等のひとしきり処置を終える。
医師「この人の家は近くなの?」
直美「いえ、何も聞いてないんです」
医師「見たところ出勤途中の様だけど…」
直美「ええ、後は私のほうで調べて送りとどけようと思いますので…先生、本当に有難うございました」
医師「いやいや、それじゃ御大事に…あなたも夜勤明けだし無理なさんな」
直美「本当に有難うございました」
深々と頭を下げて医師を見送った後で、診察室のベッドに横たわる雄治のもとへ歩み寄る直美。
直美「具合はいかがですか?」
雄治「…有難う…」
雄治は薄目をあけながら辛そうに答える。
直美「少しは楽になった?」
雄治「すっかり…迷惑をかけてしまって…」
直美「それはいいの。私がこの病院の看護師でよかったわ。
雄治「…」
直美「ところでお宅はどちらなんですか?」
雄治「…」
直美「家族の方に迎えに来てもらえるのかしら?」
雄治「…東京…」
直美「…」
雄治「東京から…来たんです…」
直美「じゃあ、こちらにお知り合いの方は?」
雄治「…いえ…」
直美「仕事か何かでいらしたんですか?」
雄治「…」
直美「?」
雄治「本当に…すみませんでした…」
直美「…」
雄治「…後は…大丈夫ですから…」
直美「知り合いとか居らっしゃる?」
雄治「…」
直美「仕事か何かでいらしたんですか?」
雄治「…」
直美「泊るところとか決まってるんですか?」
雄治「いえ…」
直美「しょうがないわね…」
雄治「…」
直美「(ちょっと思案してから)ちょっと待ってて」
診察室から出てゆく直美。
一人とり残された雄治。
目を閉じるとそのまま寝入ってしまう。
《少しの間》
直美が戻ってくる。
直美「少し動けますか?」
雄治「(気が付いて)はい…」
直美「それじゃ一緒に来て」
雄治「?」
雄治に肩を貸しながら再び病院の外へ連れ出す。
〓 病院 玄関 〓
玄関でタクシーが待っている。
〓 タクシー 車内 〓
直美「それじゃ信夫屋旅館まで行って下さい」
運転手「かしこまりました」
雄治「あっ、あのっ…どこに?」
直美「兎に角、安静にしてなくっちゃだめだから」
雄治「…」
〓 旅館 〓
信夫屋旅館に着く。
タクシーから降り、雄治を旅館内へと案内する直美。
直美「おじさん、直美です(大声で旅館の主人を呼ぶ)」
旅館主人「(奥から出てきて)この人かい?突然電話で泊めてあげてくれって言うからびっくりしたよ」
直美「ごめんなさい、急用なの」
旅館主人「出張で来られて倒れたんだって?」
直美「そうなの、兎に角休ませてあげてくれる」
旅館主人「はいはい、布団もひいてあるから」
二人で雄治を奥の部屋へ連れてゆく。
ドアを開くとそこには布団がひかれ、まくらもとには氷の入った洗面器に手拭いが用意されている。
雄治を寝かせる。
旅館主人「大丈夫かい?」
直美「気分はどう?」
雄治「…すっかり迷惑かけてしまって…」
直美「ここは私の知り合いの旅館だから気を遣わないでいいの。とにかくゆっくり休んで」
雄治「本当にすみません…」
直美「会社か家の方には連絡しなくていいのかしら?(雄治の額に絞った手拭いをのせながら)」
雄治「…」
直美「…」
旅館主人「…」
瞬間直美と旅館主人が顔を見合わせる。
直美「まあ、とにかく今は安静にしていて下さい」
雄治「すみません…」
直美と旅館主人は雄治を寝かせて部屋を出る。
旅館主人「何か訳ありみたいだねえ、大丈夫かい?」
直美「大丈夫よ、すぐよくなって帰られるわ」
旅館主人「直ちゃんも夜勤明けできついんだろう。少し休んでいくかい?」
直美「ううん、ちょっとやらなきゃいけないこともあるから帰る。おじさん、本当にありがとね」
旅館主人「なんも、そんな、こっちは商売だもの、全然気にせんでええよ」
直美「とにかく、今は安静第一だから十分に休ませてあげて。薬が効いて明日には回復して帰れるようになるはずだから」
旅館主人「わかった、わかった、それじゃ気をつけておかえり」
直美「ありがとう、おじさん」
旅館主人に見送られて帰る直美。
雄治の客室。
すやすやと眠っている雄治。
その表情がクローズアップ。
すこぶるおだやかな表情の寝顔。
ここから時の経過とともに部屋の中の様子と雄治の寝顔がタイアップして効果的に展開する
《日中の強い日差しがカーテンごしに感じられる》
《外から蝉の声が聞こえている》
《やがて日差しが弱まり遠くで豆腐屋のラッパの音》
- 懐かしくホッと する感じ -
《夕日が差し込み始める》
- ひぐらし蝉の鳴き声が夕暮れののどかさを演出する -
すやすやと安らかに眠りつづける雄治。
旅館主人が様子をうかがいに部屋にやってくる。
手には新しい氷入りの洗面器をかかえている。
そうっとドアを開け、部屋に入る。
眠っている雄治。
古い手拭いを取り去り、そっと手を当ててみる。
すこし顔をほころばせ、二三度うなずく(熱は下がったようである)。
新しい手拭いを絞って雄治の額にのせてやる。
布団をそっと整えて、起こさないように静かに部屋を出てゆく。
翌日、朝
窓からカーテンごしに朝日が当たり、鳥のさえずりとともに朝のシーン。
眠っている雄治。
旅館の玄関に直美がいる。
直美「おじさん!(中の様子を伺いながら小声で呼ぶ)」
旅館主人「おや?直ちゃん、おはよう(奥から出て来る)」
直美「様子はどう?」
旅館主人「昨日からずっと眠ったままだよ。よっぽど疲れてたんだね。でも熱もひいてるし、もう大丈夫そうだよ」
直美「そう、よかった」
旅館主人「今日は早番かい?」
直美「そうなの、ちょっと気になったから寄ってみたの」
旅館主人「ちょうど朝食をだそうと思ってたところだから会っていったらいいさ」
旅館にあがり、雄治の部屋へ向かう二人。
旅館主人「お客さん、失礼しますよ」
雄治はまだ眠っていたが、その声に目を覚まして起き上がろうとする。
直美「そのままでいいの」
雄治「この度は本当にお世話になってしまって…(上半身起き上がった状態で恐縮しながら)」
直美「いいから、いいから、休んでいて」
旅館主人「大分良くなられたようですね」
雄治「本当に何てお礼をいっていいか…」
旅館主人「よかったら食堂に朝食用意してあるからおあがんなさい。お腹もお空きでしょう」
旅館主人は部屋から出て行く。
直美「…もう熱も下がったようだし、顔色もいいみたいだから大丈夫ね。すぐに帰れるようになるわ。わたしはこれから仕事があるので、失礼するけどお大事にね」
立ち上がり部屋を出ていこうと背を向ける直美。
雄治「あっ、あのっ…」
ぼそぼそっとつぶやく感じで背後から声をかけるが伝わらず、直美は部屋を出ていってしまう。
雄治「…」
布団の上に起き上がる。
あぐらをかきながら、暫し物思いにふける雄治。
しばらくして、服を着替え始める。
着替え終わって洗面所に行き、髭をそり、髪を整える。
そのまま、宿の玄関に行く。
雄治「あの…」
旅館主人「おや、もう大丈夫なのかい?」
雄治「はい、おかげさまで、本当にお世話かけました」
旅館主人「なんも、それより本当によかった」
雄治「できれば、もう何日かお世話になりたいんですが」
旅館主人「そりゃ、うちは商売だもの何日いてくれてもかまわないよ」
雄治「有難うございます」
旅館主人「お出かけかい?」
雄治「はい、その辺を散歩してきます」
旅館主人「あまり歩き回って疲れないように」
雄治「はい、それではちょっと出てきます」
旅館主人「行ってらっしゃい」
宿を出る雄治。
なんとなく街を散策する。
地方都市ののんびりした町並。
商店街を抜けてブラブラと駅まで歩いてきた.
〓 ローカル電車 〓
雄治の目に2両編成の飯坂線が目に入る。
続いて行き先表示板がクローズアップ。
『飯坂温泉行』
雄治「温泉…か…」
温泉の名前にひかれて、切符を買い電車に乗り込む雄治。
電車は、小さな二両編成で車内には殆ど乗客が居ない。
空いた席に腰をおろすと、程なくドアが閉まる。
トコトコとホームを離れる飯坂線の二両の車両。
市街地を過ぎるとしばらくして車窓には一面に桃畑が広がる.
さらにその先には雄大な山々がそびえ、美しい田舎の風景が続く。
その牧歌的な風景とは対照的な東京でのあわただしい職場の情景が脳裏を横切る。
《通勤途上の電車内で真剣に書類に目を通しながら書きこみなをしてる》
《喫茶店でラップトップパソコンに懸命にデータを打ち込んでる》
《緊張しながら会議室でプレゼンをしている》
《職場の電話で相手と怒鳴り合っている》
《荷物を抱えて必死の形相で空港へ駆け込む》等など。
〓 飯坂線 車中 〓
車窓をながめる穏やかそうな顔の雄治。
<<つづく>>