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Parent or al  作者: 有馬千
7/10

なな



 暗い。

 夜の闇が、港町をすっぽりと包み込んでいる。

 遠く海鳴りの音がする。タイガの耳――獣の耳が、ぴくぴく動いて潮のざわめきを聞き取った。

 入り組んだ道の先。建物と建物の隙間にある、光の届かない細い裏路地。

 白の町並みは黒に溺れて、月明かりだけが寄り添うように落ちていた。

 暗いはずなのに、暗くなかった。

 暗闇の中なのに、物の輪郭がはっきりと見える。

 そんな特異な視界。

 けれどタイガにとって、その感覚はそれほど特異なものではなかった。

 虎の尻尾と、虎の瞳に自分の体が変わったときから――右目はいつもこんな視界を映していたから。

 ただ、それが。

 今は両目とも、同じように映っているだけで。

 タイガが自分の手を見つめると、そこに既に人間の手はなく。

 肉球のある、虎の手のひら。

 まだ二本足で立っているけれど。髪の毛はまだ人のものだけど。

 肌からは柔らかな毛が隙間なく生えている。ローラの作ってくれた服の下、お腹の辺りにはふかふかの白い毛も。

 その毛のおかげで、寒くはなかった。

 人のままならきっと寒かっただろう。海風は夜になると、一層冷たさを帯びて吹き付けるから。

 くぅ――とさびしくお腹がなった。

 あれから、二日がたっていた。

 その間、水以外何も口に入れてない。

 タイガが旅を始めたのは、そんなに昔のことではなくて。

 獣の姿をしていても、食べられる草は知らないし、狩…どころか釣りさえした事がない。

 生まれてから給金というものをもらったこともなく。

 タイガは、本当にただの少年でしかなくて。

 野宿の経験はあったけど、たったそれだけ。

 自分一人では、ご飯にありつくこともできなくて。

 それでもいままでだったら、掃除をして、頼まれた事をして、その日のご飯をもらえていた。

 そうしてタイガは生きてきた。

 けれど、もう。

 人前に出るだけで悲鳴を上げられる。

 こんな姿じゃ、もう。

 物陰にうずくまって、体を丸めた。

 立ち寄ってくる足音に気づいて、顔を上げたけれど――その人はまだ遠く。

 確かめるように、一歩一歩近づいてくる。

 おっかなびっくり、怯えるように。

 タイガは逃げようと思ったけれど…逃げようとしていたのだけれど。

 動けなかった。

 お腹がすいていて。誰かがくるたびに出ていたから、疲れていて。

 そして何より――寂しくて。

「お、おーい、タイガ?タイガいるか?」

 だから。

 アルのそんな、おっかなびっくりとした小さな声に、思わず涙がこぼれ出て。

 そうして思わず笑ってしまった。

 人を探すのにそんな小さな声で呼びかけたって。

 きっと人の耳でなら、聞き取れなかった。

 そんな小さな、小さな声。

 タイガの出した笑い声に、アルがうひゃわぁっ、と情けない叫び声をあげた。

「な、なんだタイガか。くそ、いるならいるって言えよ!!怖いだろ泣くぞ僕、ホントに泣くからな!?」

 なんていいながら、既に半泣きで。

 きょろきょろ忙しなく周囲を見回しながら、タイガの前へと歩いてきて。

「言いたいこととか、わかんない事とかたくさんあるけど」

 そう言って、アルが手を差し出した。

 その手に何かがあるわけでもなく。

 ただの手のひらを。

 けれど手のひらを。

「お前を家族と思ってるって、どんなになっても家族だって、そう伝えろってローラからの伝言」

 ぶっきらぼうにいいながら。

 おそるおそる伸ばすタイガの手を取って。

「帰るぞ、タイガ。あと――」

 あと、と。

 言った後で、アルはしばらく言葉を濁して、ものすごく嫌そうな、恥ずかしそうな顔をして。

 きっと暗闇で、タイガからアルの顔は見えないだろうと思ったから…その表情を隠さずに。

「嘘をつけなんて言ってごめん。お前は何にも悪くないのに」

 謝った。

 ぽろぽろ、ぽろぽろ。

 タイガの獣の頬を涙が伝って。

「―――うんっ」

 嬉しそうに、頷いた。

 それを横目でアルは見て瞬きをした。ほんの一瞬。

 その、一瞬で。

「あれ?タイガ、お前」

 タイガが不思議そうな顔をする。

 ぱたぱたと尻尾を振って。

 人間の――そう、アルとはじめてあったあの日と同じ。

 "片目"が猫科の不思議な瞳。ズボンからトラの尻尾を覗かせる――"少年"に、なっていた。

「まぁ、いっか」

 虎になったのがファンタジーなら、戻るのだってファンタジーだ。

 アルはそう結論付けて、タイガと二人、大通りへと向かっていった。

 そうして二人で家に帰ると、ローラがリビングで待っていて、両手を広げて二人を抱きしめ迎えてくれた。

「おかえり、タイガ。おかえり」

 おかえり。

 そう繰り返すローラの言葉が優しくて、暖かくて。

 タイガはまた、ぽろぽろ泣いた。

 泣きながら、

「ただいま」

 ただいま、と。タイガも何度も繰り返した。

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