and after...
サーカスで働く男の子。金色の瞳をしている以外は、どこにでもいる男の子。
男の子には両親がいなかった。
気がついたらサーカスで働いていて、団長は男の子を捨て子と呼んでいて。
男の子は両親の顔さえも知らなかった。
だからサーカスにくる子供達が、両親に甘える姿を、いつもうらやましそうに眺めていた。
男の子の仕事は、年老いた虎のお世話。
けれど、仕事としてではなく――何年も、何年も。
男の子は丹念に虎の世話をした。友人に語りかけるように、言葉をかけながら。
男の子はまだ小さすぎて、他にできることが少ししかなく。
団員からは、"ただ飯喰らい"と厳しい視線にさらされていた。
老いた虎は既に寿命が間近と言われていたから、余計に。
男の子はサーカスの団員として、才能に乏しかったから――余計に。
男の子の味方は、年老いた虎一匹だけだった。
彼が謂れの無い責められ方をしたときに、その老いた虎がいると喉を震わせて唸り声を上げ、男の子を庇ってくれた。
それでも彼も飼われる身であり――普段は檻に閉じ込められている。
今日も男の子は芸の練習中に失敗し、団長に怒鳴られ、殴られ、次に失敗すれば教会に捨てるぞ!!と威されて、とぼとぼと虎の世話へと向かった。
辺りは夜闇に包まれていて。
世話が遅くなったことを、男の子は虎に詫びてから、檻の中の掃除や水の入れ替えを行った。
寒い冬。
吐き出す息が白く濁り、水に触れた手が痛かった。
「もしも――」
と。
小さく掠れた、空気を振るわせる声がした。
周囲を見回すが誰もいない。
周囲には夜闇が立ちこめて、サーカスの団員達は夢の中。
「もしも、両親に会えるなら、お前は嘘をつかず、誠実な人であるという約束を守れるか?」
老いた虎だった。
勿論いままで喋ったことなど一度もない。ただの年老いた虎であるはずだった。
男の子はびっくりして、困惑して。
それでも、こくりと頷いた。
「嘘をついたら、一つつく毎に虎になるだろう。それでもか」
男の子は怯えて。
それでも、ゆっくりひとつ頷いた。
老いた虎は、そんな男の子を優しい瞳で見つめて。
悲しい瞳で見つめながら。
「人を信じろ。嘘をつかない、誠実な人であれ。そうすれば、お前がやむを得ずついた嘘も許されるだろう」
そうしたら――嘘を許されれば、許された分だけ人に戻れるだろう、と。
そうすれば、お前の両親に会えると約束しよう、と。
虎は言った。
たった一人の友達の言葉。
だから、そんな突拍子の無い言葉でも――男の子は信じた。
「旅に出て、様々な人に出会いなさい。お前にはまだ名がないな――ならばそう、お前がよければ…私の名前なんかでよければ、お前にやろう」
タイガ。
それが、老いた虎の名前。
虎だから、というあまりにも簡潔な理由でつけられた、異国の言葉が彼の名前。
それでも。
男の子にとって、唯一の友達の名前。
だから、男の子は頷いて。
「僕、戻ってくる。タイガに会いに、戻ってくるから」
友達とそんな、約束をした。
そうしたら、虎は悲しい顔をして。
口を開こうとして――言葉を発する、それさえもできずに。
瞼を閉じて、眠りについた。
二度と冷めない、永久の眠りに。
それが少年にも分かって――男の子の瞳からぽろぽろ、ぽろぽろ涙がこぼれて。
突然、男の子のお尻から尻尾が生えた。
男の子の片目が虎の目になった。
生涯許されることのない――優しい嘘が、形となった。
男の子はそうして、朝まで虎の側にいて。
そうしてその日。
男の子の旅が始まった。
街中を駆けて、いろいろな人と出会いながら。
走って、歩いて、船に乗り込んで。
そうして、やがて少年は。
青い空の。
青い海の。
白い町並みの。
白い雲の浮かぶ港町で――
―― ただいま ――
Thank you for reading.
いかがでしたでしょうか、Parent or al.
Parentとは"親"Parentにalをつけると"親になる"という意味だそうです。
この物語は、Twitterで繋がりのある人がシャーペンで絵を描いてくれまして、その絵を色塗りして、物語化したものになります。
精一杯愛を込めて作ったつもりです。
この物語を読んで、少しでも楽しんでいただければ、少しでも幸せな心地になっていただければ。
そして出来るなら、あなたの心の片隅に、この物語のキャラクターが"生きて"くれたなら。
至上の喜びです。
それではどうか、またの機会に。