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Parent or al  作者: 有馬千
1/10

いち

12/11/07 時代変更 19世紀末→20世紀半ば



 はっはっはっは、

 石畳の道を少年が走る。

 黒っぽい、茶色の髪を風になびかせて、頭に載せた大きな黄色い猫帽子を押さえながら。

 きぐるみを連想させる、ふかふかの服。手の甲までを覆うそれは、フェルトのツメがくっついている。

 膝小僧を覗かせる、折りたたまれた紺のジーンズ。地面を蹴る革靴。黒の小さなリュックがぽんぽんと背中で跳ねている。

 けれども、それらすべてはあくまでオプション。

 少年のことを尋ねたなら、皆一様に同じ特徴をあげるだろう。

 片目が猫科の不思議な瞳。ズボンからトラの尻尾を覗かせる―― 黄金瞳(おうごんどう)の、少年だ、と。

 はっはっはっはっ。

 規則正しく呼吸を繰り返し路地裏を走る。

 背後から迫る追っ手から逃げるために、走る、走る。

 路地裏の先。光が差すほうへ。

 走って、走って、走って、走って!!

 クゥ――と。

 かもめが高く鳴いた。

 眼下――長い階段と、春の暖かな太陽の日差しが差し込む港町。

 青い海は美しく。白い町並みは絵画のよう。

 おー、と。

 少年は瞳を輝かせた。口を開いて、悪戯っぽい八重歯を覗かせて。けれども、

「待てー!!」

 という怒鳴り声に、にゃっ、と一瞬気を付けするように小さく跳ねて、少年は階段の手すりにおしりをのせて滑り出す。

「やーだよー!!」

「ふぅ、ひぃ、まて、まってってぇー!!」

 ぜいぜいと息を荒げて追いかけてきたのは、くたびれたスーツの男。

 なんだか良く言えば優しそう――或いは頼りなさそう――に感じる顔の、若い男、オゥルウェイ=スミス。

 安物のスーツとズボンはくたびれているし、顔にも疲れや苦労が滲んで30近くに見えるのだが、これでも警察学校卒業したての新人警官。

 成績はいいし良い学校も出て、警部補からの出世街道まっしぐら――のはずなのだが、とてもその顔からはエリートらしさや"冴え"というものが見当たらない。

 まだ一年しか警部補をやっていないのに、 万年(always)警部補呼ばわりされるのはどういうことだ、愛称までが「アル」なんて。Oulwayなんだから、せめて梟ってよんでくれ。

 彼が酒に酔うたびに言う常套句。そして同僚は決まって同じセリフを言うのだ。

――いいニックネームじゃないかアル!俺なんか 警察官(ニック)だぜ!面白みがなさ過ぎる。

 或いは、"| always miss《アルウェイス=ミス》"じゃないだけマシさ、とか。

 そうやって、しかもうれしそうに言うんだ。くそう。

 つまみ食いばっかりするから| 盗むと捕まえるという意味のスラング《ニック》と奥さんに呼ばれているのをいつか言ってやると思いながら、いつも言えないでいるアル。

 だってほら、貴重な飲み仲間だし。

 冴えないエリート警部補に、仲のいい友人は少ない。

 ともかく、その冴えない警部補は息も絶え絶え、少年が滑り降りて行った階段へ向かう。

 少年は既に階段をずいぶんと下りて小さくなっていたが――それでも、少年の背にゆらゆら揺れる尻尾は確かに見えた。

「なんなんだ…物語じゃあるまいし、あの尻尾は本物か?」

 最近読んだファンタジー小説みたいだ。だがそんなはずはない。ここは現実の20世紀の半ば、車は走っても獣は決して喋らないし、人に尻尾は生えてない。

 それにしたってあの少年の体力や足の速さは獣じみてる。そう心の中で愚痴りながら、よろよろ進む。

 まさか少年のように滑り降りるわけにも行かない。

 アルは大人だし、安物のスーツに汚れがつくと、きっと幼馴染の妻がぷりぷり怒るし。

 そういうわけで、肩を上下させながら手すりをつかんで、階段へ一歩。

 ずるっ。

「あれぇ?」

 踏み出した足が滑って、空が見えたと思った次の瞬間、視界が真っ暗になっていた。



 [>



「――あ」

 アル…冴えない警部補が目を覚ますと、金色の瞳の少年がこちらをのぞきこんでいた。

 太陽が眩しい。

 片目が猫目の、黄金瞳の少年が、ひらひらと目の前で手を振っている。

 アルが太陽の眩しさに目を細めながら、その手を捕まえようとすると、にゃ!と猫みたいな声をあげて飛びのいた。

「生きてた」

 ちょっと怒ったような色が混じる少年の声。

「…あぁ、生きてる」

 アルが起き上がると、額の上からハンカチが落ちた。アルのだ。確か何かのお祝いでもらった、趣味の悪い花柄の。そうだ、更に悪いことに上司からのプレゼントだった。

 触れるとそれは冷たく湿っていて、どうやら目の前の少年が冷やしてくれたのだと納得する。

 びったびたに濡れている所為でアルの前髪や額は濡れていて、ついでによりによってそのハンカチはアルの股間に落ちたのでまるでもらしたかのような痕がついたが。

「なんていうか、色々言いたいことはあるが、とりあえずありがとう」

「どーいたしまして」

 案外丁寧に、ぺこりと少年はお辞儀して、なんだ結構いい子じゃないかとアルが思った直後に、

「じゃ、ごはんちょーだい」

「――何だって?」

 思わずアルが首をかしげる。

 黄金瞳の少年は、その金色の瞳をキラキラと輝かせながら、

「いいことしたらご飯もらえる!だからちょーだい」

 言った。

 みれば虎のような尻尾がふりふり、踊るように揺れている。思わずアルはその揺れる尻尾を目で追いながら、

「…あ、あぁ…間違いじゃないような、間違ってるような…」

 あれぇ?と考え込むアルに、ごはーん!!と少年は大きな声で催促する。

「そうだね。まぁお礼はしないとね」

 おかしいなぁ?と首を捻りながら街で一番大きな時計塔に視線を向ける。

 丁度時刻はお昼時。ズボンも乾かしたいし、一旦家に帰るとしよう。実を言うと、というか当然のように職務中なのだがそれについては横に置いといて。

 アルは少年の手を引いて歩き出す。

「どこいく?」

「僕の家。僕だけならまだしも二人分を外食で済ましたりしたらローラに小遣い減らされちゃうよ」

「ローラ?」

「僕の奥さん」

 少年はよくわかっていないようだったけれど、アルは気にせずにずんずん進む。

「そういえば君の名前は?」

 そういえば…と、アルの問いをたどたどしく繰り返す少年。

 そんなに早口で言ったつもりはないのに。とアルは若干気を悪くして、

「き、み、の、な、ま、え、は?」

 わざと一文字ずつ言った。

「タイガ!!」

 そんなささやかなアルの皮肉なんて通じない、とでもいうような、素直で元気な声。

「虎?」

「タイガ!!」

 そっか虎かー。そいえば虎っぽいしな尻尾。

「タイガ!!」

「あぁはいはいわかった虎トラー」

 なんて騒ぎながら、二人は大通りを行く。

 行き交う人たちが少年とアルの股間に視線を向けるのをできるだけ意識しないようにして。

 お昼時、しかも大通りにきたのは失敗だったかな、とアルは思った。

 薄暗い路地裏なんて仕事でなければ絶対に避けて行くのがアルの人生で、性格だ。

 それでも、今だけはちょっと細くて人通りのない道を行くべきだったかもしれない、と後悔してしまう。それくらい人通りが多く、それでいてアルとタイガの二人連れが目立つ程度には少なかったから。

 ランチにでかけに、恋人や会社勤めの人々がそこここから湧き出すように増えてきて、アルの股間をみてよりによって美しい貴婦人がくすりと笑った。

 思わずアルの顔が真っ赤になる。タイガが、アルの顔を覗き込むようにして見上げ、不思議そうな顔をした。

 なんでもないよ、とそう言って、アルはまた歩き出す。

 タイガはいつのまにかアルの手から離れて、通りの店々をもの珍しげに覗き込み、遅れそうになるたびぱたぱた走ってアルのそばに戻ってくる。

「ほら、あんまりうろちょろするなはぐれるだろ!」

 と叱り付けるが、タイガはやっぱりよくわかっていないような顔をする。

 今度は恋人達に笑われた。

「きっと子連れみたいに見られてるんだろうな…」

 はぁ。とため息一つ。そんな年じゃないのに僕。っていうかタイガの年齢は少なくとも一桁には見えないのに一体何歳にみえてるんだ、僕。

 アルは嘆き、タイガは、すぐに落ち込むアルをこーいう人なんだー、と理解してもうアルが落ち込んだって気にも留めなくなっていた。

 人の流れに逆らうように歩いていって、少し寂れた通りへ出る。

 住宅街だ。寂れた感じがするのは人通りが少ないからで、多くの人が家の中で昼食の準備をしているから。

 特に安月給な住民が住むエリアなので、余計に顕著。

 立ち並ぶアパートの窓からは湯気が立ち上り、昼食を作るいいにおいが周囲に立ち込める。匂いにつられる様に、少年が空を見上げて嬉しそうにひくひくと鼻を動かした。

 そんな少年にアルが思わず笑いをこぼして、あれぇ?そういえば僕は少年をなんでおいかけていたんだっけ?と根本的なことを思い出そうとした時、ちょうどアパート前についてしまった。

「…家の中で考えればいいよね」

 ガタガタと音を立てるエレベーターに二人で乗って、3階へ。

 鍵を開けて家の中に入る。

「ただいまー」

「おじゃましまーす」

 あら、オゥルどうしてこんな時間に…とアルの妻――カールしたブロンドの髪と水色の瞳。気の強そうな顔をしている――はぱたぱたと玄関に来て、股間をぬらした自分の夫と、黄金瞳の少年を見て。

「…」

 固まった。

「いやー、ちょっとこの子はなんていうか…なんだろう」

「おなかすいたー!!」

 思わずローラは無言で旦那を追い出した。

 ドンドン。冴えない警部補が扉をたたく。少年はパチパチ瞬きをして、冴えない警部補の妻はため息を一つ。

「おなかすいたー…」

 タイガが指をくわえて悲しそうな顔をするのを見下ろし、

「そうね、お昼時だものね」

 ローラはタイガの背に手を置いて、いらっしゃい、とリビングへと案内する。

 ドンドン。

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