02.彼女の悲しみ1(視点:七海)
彼女が涙を耐えているのが頭に伝わった。苦しみ、悲しみと言った感情だけでなく、恐らくは記憶だろう…それらが波のように押し寄せた。
豪華な煌びやかドレスを着た女がエレーゼに向かい罵声を浴びせていた。豊満な胸は溢れんばかりの肉感的な美女で、波打つ赤毛はつり目とよく似合う。ここはエレーゼの部屋だった。今より部屋に調度品が多いのは気のせいではないだろう。
「お前みたいなガキ、何でこの家に生まれてくるのよ。大人しいんじゃなくて暗いのよ、このトロッ。」
「お義姉様、お父様の下さった家具を持っていかないでください…」
彼女が抵抗しようとすると、この姉と呼ばれた女に頬を引っぱたかれ床へと倒れる。それを上から見てせせら笑いながら罵声を吐きながら足蹴にした。
「お前が食べていられるのは誰のおかげだと思ってるの?お母様の温情あっての事ですよ?お前たち母子は本当に図々しいわ。」
そういって次々と高価な家具を奪い取っていくではないか。
(何言ってんの、あんた姉でしょ?いいかげんにしなさいよっ!)
彼女の記憶が流れて来る。この家の前当主であったエレーゼの父、その前妻に当たるのが彼女の母だ。だが、彼女の母が身罷ると世間の目もあり、以前からの妾であった女を後妻に迎えたのだ。その義母は、今まで自分達を不遇の立場に追い込んでいたエレーゼの母をそれは恨みに思っていた。
それでも父親の子爵の居る手前、表面に出すことはなかったが――その子爵もつい1月前に他界してしまった。頼るべき子爵が死んだ後、後妻は後継者だった息子がまだ幼い理由から、その後見人としてこの家では絶対の立場になった。幸いな事だが、その息子はエレーゼを本当の姉の様に慕ってくれていて、彼女をいつも庇ってくれる。
「バルバラ姉さんっ!、また何てことしてるんですかっ!!」
華奢で金の巻き髪が可愛らしい少年だが、意志の強そうな瞳の少年が部屋に入って来て、姉と呼ぶバルバラに対峙した。
「あらアルベルト、お前居たの」
「エレーゼ義姉様が何をしたというのです!とっととその足引っ込めてください!!」
怒気と共に、彼を取り巻く空気が変化し、魔力が部屋に満ちていく。殺気とも呼べる魔力が放たれ、バルバラは悲鳴を上げながら後ずさって、呼吸がうまく出来ぬ様子で息を荒げながら忌々しげに呻いた。
「な……、にを…」
アルベルトはエレーゼを見て優しく立たせて、自身の後ろへと避難させた。鬼の形相となってる実姉の間に立ち、まるで汚物でも見ているかの様な視線で実姉であるバルバラに言い捨てた。
「全く…口答えできる立場ですか?この家での邪魔者は貴女でしょうに、落ちこぼれの糞女がっ。父上は教育熱心で、僕たち3兄妹に出来る限りの教育を施してくれました。僕は攻撃系、エレーゼ姉様は回復・補助系に置いて国の方でも誇れる程の才能があると父上を大変満足させていましたが…魔力量が人並みしかない貴女が父上の恥だったじゃないですか」
やれやれ、とアルベルト。
「だっ…黙りなさいっっ!」
「魔術どころかどの学問も苦手。社交の嗜みくらいはお上手でしたが。貴女、家庭教師に何て言われてたか分かってますか?胸に付く栄養が頭に付けば良かったですね。おまけに品性は派手…ではなく、下品。その上で、性格が最低ですよ。」
この小悪党がっ、と彼は見下し嘲笑った。
「くぅっ…!!」
最早憤怒が頂点まで来たらしいバルバラ。怒りで顔が真っ赤になり、波打つ髪を振り乱しながら弟を憎悪の目で見て絶叫した。
「お前は弟の癖に生意気なのよっ!何時も何時もーーっ!」