12-6
そうして、私とファイリーンが向かい合って椅子に座ると、当たり前のようにお茶が出てくる。
ついさっきまでサーシャさんとお茶をしていたけど、走ったからか喉の渇きを感じて私は迷いもなくカップに口をつけた…途端に『アツッ』と思わず叫んでしまう。
「も、申し訳ありませんっ!」
それを見てお茶を淹れた女官が慌てて顔を青ざめて駆け寄ってくる。
「あ、ううん!大丈夫だよ!ごめんね?熱いお茶ってことを忘れて勢いよく飲もうとした私がいけなかったんだよ」
「で、ですが…」
オロオロと大げさに身を縮めてしまう彼女に、私はひたすらに大丈夫だと言い聞かせるようにすると、彼女より上の身分の侍女も飛び出してきてくれて事態を収拾してくれた。
それにほっとしていると、ファイリーンがこちらをじっと見ている事に気が付く。
「ご、ごめんね?騒がせちゃって、私ったらそそっかしくて」
へへへと笑うと、ファイリーンも美しく笑い返してくれる。
その笑みを浮かべる様子も何だか気品があって、同じ女の子同士なのにドギマギとしてしまう。彼女の綺麗さは憧れよりも、何となく触れる事すら躊躇ってしまうような近寄りがたさを感じた。
「構いませんわ。巫女様はお優しいのですね」
当たり前のことをしただけで褒められて、照れが先だってやっぱり笑ってしまう。
そんな私を笑顔で見つめながら、ファイリーンは後ろにいる侍女を振り向いて言葉をかけた。侍女はそれに頷くと、私に一礼をして部屋を出て行ってしまう。
「?」
どうしたのだろうと、不思議に思いながら侍女を見送ると、その視線に気が付いたファイリーンが口を開く。
「少しだけ用事をお願いしただけですわ。急ぎの用事だったので、巫女様の前だというのに失礼いたしました」
「ううん!全然、気にしていないからっ。それにより用事があるんだったら、私の事は気にしないでそっちに行っても…」
『構わない』と続こうとした言葉は、ファイリーンが笑みを浮かべながらもきっぱりと首を横に振ったことで拒否された。
「それはいけませんわ、巫女様。この国において貴方様より優先されるものは、神と陛下以外にはないのですから」
「えええ!?私なんかそんなのじゃないよ!」
ファイリーンの言葉に大げさに首を振る。
「ですが、貴方は巫女ですから」
「た、確かに巫女だけど、えっと、私は私でしかなくて…私はただ、フィリーの、この陣営に住む人たちの役に少しでもたてばいいと思っているだけだからっ!!」
力のない私にはできることが少なくて、無力な思いに悔しくなることも少なくない。そんな私が巫女だからというだけで、色々な人に優先される理由はないのだ。
それだけは間違いなくはっきりしているから、きっぱりと言い切ると、ファイリーンは少しだけ考えるような素振りをした後、静かに一つ頷いてくれた。
「分かりました。貴方は巫女ではなく、リリナカナイ様と言う一人の女性としての自分を大切にされている…そういう事なのですね」
「あ―――」
自分ではうまく言葉にできない感覚的なものを、ファイリーンがするりと口にする。
そう言われれば、それほどしっくりする言葉もなかった。
「…そう、だね。私は巫女っていう遠い存在じゃなくて、私っていう個人として色々な人のために何かをしたい。役に立ちたいって思っている…のかも」
その方がより自分の気持ちが伝わるような気がするから。誰かに寄り添える気がするから。
「素晴らしいお考えだと思います」
にっこり。
微笑まれて言われた言葉が掛け値なしの褒め言葉だったので、私はとても照れて思わず俯いてしまう。優しい人々は拙い私の一挙一動にさえ、こんな風に褒め言葉を言ってくれるし、それを重ねてくれる。それは嬉しいようで、少しだけ…重い。
だからとファイリーンの言葉を無理に否定することも何となく偽善者っぽくて躊躇してしまう。結局、私にできるのは曖昧に笑うことくらい。
「偽善者っていう言葉は知っているのね?」
耳に届く、私以外に見えない女の声。
ここ数日、現れなかった彼女に完全に油断していた私は、冷たい笑いを含んだその声に大きく身を震わせた。
そんな私にファイリーンが首を傾げる。だけど、それを気にする余裕なんて私にはなかった。丁度、ファイリーンの真後ろに立っているのは、私にしか見えないあの女。
彼女は私以外には見えないとは思わないほど、はっきりと実体を持ってそこに存在していた。
「あら、今日は私を見て泣きそうな顔はしないのね?」
突然現れた女に驚きはしたけれど、私は不思議と落ち着いていた。
数日前と変わらず、私を嘲笑うかのような態度の女に怯える気持ちは今はない。私はただ真っ直ぐに彼女を見据えるだけだ。
そんな私に彼女は少しだけ苛立ちを見せるように表情を歪めた。
「……つまらないわね」
声を出して話せば周りが何事かと思うだろうから、心の中で言い返す。女にはこれで思ったことが通じる。
(貴方と言う存在が何かは分からないけど、貴方が言っている事は正しいから…私、もうそれから目を背けないって決めた)
「へえ…じゃあ、認めるの?貴方と言う人間が無知で卑屈で浅ましくて…どうしようもない人間だって?」
彼女の言葉は刃だ。
私を傷つける為だけに紡がれる言葉は、私の心を確実に抉っている。だけど、決めたの。それに傷つくだけじゃ駄目なんだ…と、それを認めて受け入れる自分でなくては…と。
(認めるわ。私は貴方が言うように素晴らしくて清らかな巫女なんかじゃない。分かっていたはずなのに、周りの皆が優しくて見えなくなっていた本当の自分…私はそれを見て見ぬふりをする訳にはいかない)
それに気が付かせてくれた彼女には本当は感謝をしてもいいのかもしれない。私は彼女が言う自分を受け入れる強さを持たなくてはいけないのだ。
「貴方って本当に救われないわね」
だけど、そんな私の心を打ち壊すように女は、心の底から私を軽蔑したような顔で言い切った。
「『素晴らしくて清らかな巫女なんかじゃない』?私は貴方が無知で卑屈で浅ましいっていったのに、そんな生ぬるい言葉で言い繕うなんて、底の浅さが知れるだけだからやめて頂戴」
誰かにこんな風に表立って、自分を否定される言葉を今まで言われた事なんてなかった。
「貴方は結局、自分の事をそんな風には思っていないのよ。一見、自分の悪い所を受け入れたようなふりをして、誰かがそれを否定してくれるのを待っている。自己を憐れんでいるだけの、自分のこと以外何も考えていないような底が浅いただの女」
ショックに呆然とした後は、羞恥と怒りが込み上げてみて自分が震えているのが分かった。
女の言葉を受け入れて強くならねばと私は願った。だけど、その言葉が私を強くするものではなく、ただの悪意だとしたら、それまで私は受け入れないといけないの?
…ううん。真実ではないことまで受け入れる必要はない。
見失った自分を取り戻して、私は強くありたいと思った。強くなって、皆の役に立ちたいと思った。私ならできるはず。
なのに、その全てをあまりに酷い言葉で否定されて、そんな事を言われる理由も分からなくて、言われる筋合いもなくて、
「あ、あ、あ」
ただただ、混乱して言い返したい言葉が出てこない。
「巫女様…どうかされましたか?」
明らかにおかしい私の様子にファイリーンが声をかけてくる。だけど、その声にこたえる余裕どころか、私はその声にすら気が付かない。
ただ、目の前でこちらを見下すようにする女だけが映っている。
「あんたみたいなっ―――」
目の前が真っ赤になったような気がして、感情が爆発するような感覚を覚えた次の瞬間だった。
―――ヴァアアアン
何かが爆発するような音と共に、部屋の中が粉塵で覆われたのである。