12-5
さて、さてさてさて…と、フィリーと話をしたいと部屋を飛び出した私。
だけど、それ以外は何も考えていなかったので走りながら『フィリーは何処にいるんだろう?』なんて初めて思ったり?
私を監視していた兵士たちは突然の事に呆気にとられて私を追ってくる様子はないけど、だからって立ち止まっていては連れ戻されてしまうにきまっているので、私は走りながらうーんと一つ唸った。
時刻は丁度午後のティータイムの頃。普通ならフィリーはまだまだ仕事しているはずなので、私はとりあえず彼の執務室へ足を向けた。
残念なことにそこにはフィリーはいなかった。だけど、執務室にいた秘書官の男の人がフィリーが何処にいるか教えてくれた。
「陛下でしたら後宮に行かれました」
その言葉に動揺しなかった…なんて、もう、言わない。
会いたいと思った、願ったフィリーを探し求めた先が、アイルフィーダのいる後宮だと知って、自分の中の醜い心が溢れてくる。
だけど、それをなかったことには、しない。私はそんな醜くて弱い自分を受け入れるって決めたから。受け入れて、そして、もっともっと強くなるって決めたから。その為に―――
「そう、ありがとう。じゃあ、行ってみるわ」
突然現れた私に呆気にとられた秘書官たちに笑顔を向けると、再び走り出した。フィリーに会うために、フィリーと話すために後宮に向かって。
「み、巫女様?!」
その途中で城内を走る私に目を丸くする人々。その中に巫女付きの騎士であるランスロットとグレイもいて、二人は護衛もいないで走り回る私の事情を知らないだろうに、躊躇いもなく私を追ってきた。
「何をしているんだ?!」
「何って、見て分かるでしょう?走っているのよ!ランスロット!!」
部屋に籠って鬱々としていた気分が嘘のように軽かった。
「リッ、リリナカナイ様!体調は…よろしいんですか?!」
「ふふふ、まあまあかな?」
そう言えば体調が悪いことになっていたはずなのに、こんなに走り回っていては、後からどんな噂が立つだろう?ついさっきまでの私なら、それをうじうじと悩んでいたかもしれないけど、今は何だかどうでもよかった。
「っていうか、止まれ!何処に向かってるんだよ!」
のらりくらりと彼らの質問をかわしていると、いい加減に苛っときたのか、人前では礼儀正しい騎士の仮面を被っているランスロットが突然喚く。
私は彼らを振り返らずに走っているのでどんな顔をしているか見れないのが残念だけど、きっと、いつものかっこいい顔が残念に歪んでいるだろうと想像すると楽しい。
それを更に歪めてやろうと私はその問いにはきちんと答えた。
「後宮よ!」
『はあ?!』
ランスロットとグレイの声が同時にハモった。
そうして、騎士二人を従えて勢い勇んで辿り着いた先にいたのは探し求めたフィリーでも、ほんの少しだけ会いたくないと思ったアイルフィーダでもなかった。
「ご機嫌よう、巫女リリナカナイ様。まさか、このような所でお会いするとは思いませんでしたわ」
城内と後宮の間には後宮の唯一の出入り口には、いわゆる待合室のような場所があって、そこに通されれば眩しいほどの美少女がいたの。
後宮の女官によればフィリーとアイルフィーダは連れ立って出かけてしまったらしく、女官では二人の行き先が分からないと言われてしまったので、そのうちに二人が戻ってくる可能性を考えてここで待たせてもらう事にした。
だけど、まさか先客がいるとは考えていなかったので驚いて目をぱちくりさせると、美少女を知っているらしいランスロットが私より先に声をかけた。
「これはアルマ博士、ご機嫌麗しく…珍しい場所でお会いしますね」
「ああ、ロバルデ公爵の…そういえば、貴方は巫女付きの騎士をされているのでしたわね。ご機嫌よう」
顔も化粧もスタイルも洋服も見る限りに僅かな隙間もないほどの完璧な美しさで、目の前の貴族らしい少女が挨拶をする。あれ?だけど、ランスロットはいま彼女の事を『博士』と呼ばなかったっけ?
「ですが、『珍しい場所』という言葉は肯定いたしかねますわ。ご存じないかもしれませんが、私、アイルフィーダ様の教師をさせて頂いておりますの。後宮にはよく参りますのよ」
年の頃なら私よりも下のように見えるけど、その喋り方は大人びている。彼女の言葉になるほど、アイルフィーダの教師と言うのもうなずけると思っていると、グレイがこっそりと彼女がファイリーン・アルマという名前で、貴族でありながら高名な学者であることも教えてくれる。
「ああ、でも、今の私の立場を考えれば、ここにいることは不自然ではありますものね。でしたら、貴方のお言葉もご尤もですわ」
「え?」
ファイリーンの言葉の意味が分からなくて、思わず声が出てしまうと彼女はにっこりと私に微笑んだ。その微笑は美しくて柔らかなはずなのに、何となく心がザワリと騒ぐ。
「改めましてご挨拶が遅れましたが、私、ファイリーン・アルマと申します。こうして直接お言葉を掛けさせて頂くのは初めてですね。よろしくお願いいたします」
「あ、えっと、こちらこそ、初めましてリリナカナイ・デュヒエです!」
そういえば、ランスロットが間に入ったせいで、ファイリーンに挨拶を返せていなかったところに重ねて挨拶をされて、焦って言葉を返してしまって言葉が早くなる。
若いはずの彼女だけど、さすがに教師をしているだけあって、こちらが緊張してしまう空気を纏っている。
「私がここにいることが不自然だという言葉の意味が分からなくていらっしゃるようなので、自己紹介を付け足させていただきますわね。私、先日まで巫女様と親しくさせていただいていましたマリア・アルスデンの実の妹でもありますの」
「あ―――」
言われて気が付くくらいだけど、確かにファイリーンにはアルスデン伯爵夫人の面影がある。
先日の舞踏会の一件に関わっていると思しき夫人は、公にされていないけど数日前に教会が事情聴取しようとしたところで何者かに攫われたらしいとランスロットが情報を教えてくれた。
その時、彼女の妹も一緒にいたと言っていたはずで…なるほど、その妹がファイリーンと言う事なのだろう。公にしていない以上、本当だったら教会は彼女を監視していても可笑しくないけど、それをフィリー辺りがアイルフィーダをだしにして引っ張ってきたに違いない。
「それでリリナカナイ様はどうしてこちらに?体調がお悪いとお聞きしていましたが?」
「あ、え、うん…そのフィリーと話をしたいと思って探していたんだけど、そうしたら、こっちにいるって聞いて」
私が体調が悪いという話は広く知られている事らしい。実際の事実とは違うので、咄嗟に言葉を濁して話題を避けてしまう。
元々、嘘をつくのは苦手なのに、更にファイリーンの前では嘘をついてはいけないような気がして何となく身が縮む。
「そうでしたか」
だけど、ファイリーンは気が付いたふうでもなく、にっこりと笑顔を見せる。
「ですが、残念でしたね。陛下でしたら、先ほどアイルフィーダ様と出ていかれてしまったのです。私もアイルフィーダ様との講義中だったのですが、今は一時中断しておりますの」
「そうらしい…ね」
探しても探しても、会いたいと思った時にはなかなか会えないものなんだと、出る声は自分でもとても覇気のないものになって、思わずため息までついてしまう。
「暫くすればお戻りになるとのことでしたから、こちらでお待ちになってはいかがでしょうか?私も待たせて頂いていますので、よろしければご一緒いたしましょう」
「うん…そうしよう・かな?」
返事をしながら、待っていると追手がくるかなという思いも過るけど、それならまた逃げればいいし、ランスロットたちがいるからどうにかしてくれるに違いないと私はファイリーンの言葉に従う事にした。