12-4
それから、お父さんは全てを有言実行した。
すぐに監視が付いて、私は自分の離宮から出られなくなり、軟禁状態となった。
ただ、【神籠りの儀】を一か月後に行う事は秘密裏にされているらしく、私の世話をしてくれている護衛の騎士や侍女も知らないようで、この軟禁状態の理由は私の体調不良が原因とされていた。実際、体調が悪かったこともあり、その理由を疑う人もいなかった。
それとは別の話になるけど、お父さんが来てから、毎日のように現れていた私にしか見えない女性は姿を見せなくなった。
それは私が限りない絶望と、悲しみに陥っていて、彼女が現れる必要がないだけなのか、それとも偶々なのかは分からない。だけど、おかげで、私はただ自分の不幸を嘆いて泣き叫び続けた。
それでも、巫女であるからの不幸であるはずなのに、私は巫女である自分を捨てられなくて、『巫女様』と呼ばれれば巫女の仮面を被って心配してくれる周囲に大丈夫だと気丈にふるまい続ける。
そんな私にビビアンだけが眉を顰めて、何があったのだと聞いてくれたけど、私は彼女にも言えなかった。ううん…言いたくなかった。
そんな状態が続いて数日後、私にとって救いの女神が現れた。
「リリナ。久しぶりですね」
穏やかに微笑む美しい女性。
さらりと煌めく輝きを秘める銀色の髪、私のより少しだけ暗いけど深みのある赤い瞳、年齢を感じさせない清楚な姿は、暫く会っていなかったけど全く変わっていない。
その懐かしい姿を見た瞬間、私は巫女じゃなくて彼女に縋りつく少女に戻った。
「サ…サーシャさぁんっ!」
あふれる涙、こみ上がえる嗚咽を我慢することなく、私は感情のままにサーシャさんに抱き着いた。彼女は少しだけ驚いた表情を浮かべたけど、何も言わずに私を抱きしめてくれた。その暖かさに私はただただ縋るしかできなかった。
彼女の名前はサーシア・ロバルデ。
ロバルデ公爵様の奥方で、ビビアンとランスロットのお母さんでもある。そして、私の巫女としての教育係でもあった人だ。
巫女としての知識や心構えなどを教えてもらった事や、故郷やお母さんから離されて不安だった時に心の支えでもあったサーシャさんにだけは、私は巫女としての自分を装う事ができない。
だから、今回も彼女にだけ自分の心を素直に出せた。巫女として装わなくてもいい。それと同時に、彼女は巫女というものの多くを知っているから、ビビアンにも言えない事を吐き出せた。吐き出した途端に軽くなる心、止まらない言葉と涙。
誰にも言えなかった、私以外には見えない女の事、お父さんの事、醜い自分の心の事、それから…【神籠りの儀式】の事。後から、後から溜めこんだ不安や爆発しそうだった感情が溢れてくる。
サーシャさんは私の言葉を黙って、私を抱きしめながら聞いてくれた。その暖かさと優しさに、私はより一層に泣いてしまった。
「いきなり、泣いてしまってごめんなさい」
泣きすぎて目元やら鼻のあたりが微妙にひりひりとする。鏡は見ていないけど、顔は見られたものじゃないだろう。
そんな状態のまま、とりあえず落ち着いた私はサーシャさんとティータイムをとっている。
ビビアンが私を心配してサーシャさんを呼んでくれたようで、あの時に話していたように私の大好きなアップルパイを焼いて持ってきてくれたのだ。
恐らくビビアンから私の話を聞いていて、来てみればいきなりあんな風に泣かれては、サーシャさんをどれだけ心配させている事だろうと、私はひたすらに小さくなって謝るしかない。
巫女は皆の不安や恐れを、安心や穏やかな気持ちに変えるのが仕事だと教えられたはずなのに、きっとサーシャさんを呆れさせてしまっているに違いない。
「いいえ。謝らないでリリナ。辛かったわね…一人でこんなに泣くまで耐えて」
俯いてテーブルを見るしかない私の頬にそっと伸ばされる手は暖かく、その手に促されるように顔を上げれば慈愛に満ちた表情でサーシャさんが微笑んでくれる。その表情に再び涙腺が緩みそうになるのを耐えて、私は首を横に振った。
「いいえっ。私は巫女です…だから―――」
「巫女だって人間よ」
そんな私の手を取ってサーシャさんは優しく言い聞かせるように続ける。
「確かに私は巫女教育の時、貴方に巫女の役割について色々教えたわ。巫女は、世界王と並んでこの陣営全ての拠り所だもの…その存在に対して妥協は許されない。だけどね、だからといって、貴方が人間である事を否定してはいけないわ」
私の手を両手で包み込んでサーシャさんは笑った。
「むしろね、巫女は人間であることを忘れてはいけないのよ。弱くて、醜くて、愚かで…そんな小さな人間であることを忘れないから、巫女は弱い人の希望であり続けられるの。その人たちの気持ちが分かるから、その人たちと同じだからこそ救えるものだってあるのよ?」
「あ……」
言われて、サーシャさんにそう教わったことを思い出す。
神の子であり、全能の力を持つ世界王の強さに人々は惹かれる。だけど、その強すぎる力は、時として畏怖の対象にもなる。
そのため巫女は畏怖される世界王の横で、人々に近く、寄り添う存在であることもまた役割なんだと教わった。絶対的な希望でありながら、人間であり続ける必要がある。この両立をすることは難しい。だけど、それができる人でなければ巫女にはなれない…と。
私はその矛盾する二つの両立を少しでも実現させるために、親しみやすい巫女を心がけていたつもりだ。巫女として人々のために働きながら、それでも、人々と同じ悲しみや苦しみを一緒に乗り越えられていけたらと。
だけど、巫女としての時間が過ぎて、私はそのころの初心を忘れていたのかもしれない。
巫女だから、苦しんでいる姿も、悲しんでいる姿も見せていけないなんてことはないんだ。苦しくったって、悲しくたっていい…それでも、希望を忘れない強さを持ち続ける。それが巫女としてあるべき姿なのかもしれない。だけど……
「サーシャさん。ありがとうございます…でも、この話は【神籠りの儀式】の話は皆には話せません。これは教会の極秘情報だし……それにお父さんが―――」
「貴方はどうなの?リリナ、儀式を受ける覚悟が貴方にはあるのですか?」
「覚悟…しようとしました。いつかはしなくてはいけない事です。だから、フィリーにもそれを伝えました。でも、フィリーは儀式を受けなくてもいいってっ!彼は私のためにそう言ってくれたんです」
それを聞いて嬉しかった。
歴代の巫女たちが通ってきた儀式だとは分かっていても、私にとってそれは耐え難い苦痛でもあった。それは私がオルロック・ファシズで生まれ育ったことも大きな理由かもしれないけど、今までの巫女たちは果たしてそれを本当に喜んで受けてきたのだろうか?
「そう…陛下と巫女が相思相愛の場合、そうやって儀式が拒まれてきた例は隠されているけれど、少なからず今までもあったわ。貴方たちがその道を選ぶというのであれば、それも選択肢として存在するのでしょう」
初めて聞いた事実だった。私はそれに目を見開いた。
「本当に?でも、そんな話…お父さんはしていなかった」
「デュヒエ枢機卿はどうしても貴方に次代の世界王を産んでほしいのでしょう。だから、違う選択肢があることを話さなかった」
愕然とした。確かにここ数年のお父さんは、ただ私に次代の世界王を産むことだけを求めていたと思う。だけど、それだって、私の事を思えばこそだって思ってた…ううん、思いたかった。
だけど、サーシャさんの言っていることが本当ならば、お父さんはもう私の事なんて微塵も考えてくれていないということだけが浮き彫りになってくる。
私が次代の世界王を産めば、お父さんは次の世界王の祖父と言う事になる。お父さんは出世を望んでいるのだ。そのために私を……。
ジワリと新しい涙が滲む。
「ごめんなさい。こんなことを言っても貴方には一つ選択肢が増えただけで、その悲しみも苦しみも取り除いてあげられるわけではないのに」
「あ、いいえ!私っサーシャさんのおかげで何となくわかったんです。私は巫女なんて大きな看板を背負っちゃっているけど、何処にでもいる普通の娘でしかなくて、本当なら皆に崇められる存在じゃなくて…だから、それが分かってしまうのが怖くて、今まで不安や動揺しても誰にも何も言えなかった」
一息ついて私は何も手にしていない自分の両手を見つめた。
「だけど、それじゃダメなんですよね。巫女だからって殻に閉じこもっていたのは私だけで、ビビアンやサーシャさん、フィリーだって私を心配してくれる。それを拒むんじゃなくて、私はその手を取って助けてもらったっていい。それで助けてもらった分だけ、皆に何かを返せるように頑張ればいい。弱さを隠すんじゃなくて、それを乗り越えないといけない。それが巫女のあるべき姿、ううん、私が目指す巫女の姿。だから…お父さんの事も儀式の事も、私、皆に相談してみます。皆と一緒に私の事、皆事、考えていきたいから」
言って無理やり笑ったら、サーシャさんが小さく笑い返してくれる。それに大きな勇気をもらう。
「そう。貴方はそう考えられる子なのね…良かった。私も嬉しいわ。だけど、どうするの?貴方、この部屋から出られないんじゃ―――え?」
サーシャさんの言葉の途中で私は立ち上がると、部屋の片隅に追いやられていた自分の杖を手に取った。
杖に名前はない。ただ、代々の巫女が受け継いできた重要なもので、巫女の証のようなもので先端部分が刃になっていて、槍のようにも使える。
(さて、どうやってここから抜け出そうかしら?)
扉の前にはお父さんに命令されて私を守っているという大義名分のもとに、私を閉じ込めるための兵士が二人。
彼らを倒して堂々と部屋を出るという選択肢もある。だけど、それだと彼らに怪我をさせる可能性があって、何だか申し訳ないような気もしちゃう。お父さんには腹が立つけど、彼らはただ命令を聞いているだけなんだし。
そこまで考えて、クルリと扉に背を向けて室内を囲むガラス張りの窓を見た。
一見すると普通の窓だけど、安全のためと言って外から開けたり、壊したりできないだけではなく、内からも同じような効果を発揮する魔導術をかけられている。
なので、結果としてはやっぱり兵士さんが立ちはだかっている扉からじゃないと、外には出られないのだろうけど…私はその扉には背を向けたまま杖を構えると、両手に魔導を込めて魔導の塊を杖の先端に造り出すとそれを窓に向かって発射した。
ドオォォン
轟音と共に爆風が私を突き抜けて、煙の先には窓が破れて私の大好きな庭が広がっている。ふふん、私を本気で閉じ込めるなら、もっと強力な魔導術を使う事ね。
思いながら驚いた顔をしたサーシャさんに笑って見せて、それから爆音に驚いて部屋に飛び込んできた兵士たちにはににやりと笑ってやってから、私は思い切り駆け出した。
その行先は私をきっと待っていてくれる。私がたった一人追い求める人。
(フィリー!!)
私は彼の名を何の迷いもなく心の中で叫んだ。