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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第二部 現と虚ろ
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第十二章 虚ろ12-1

 広い部屋には炎の光だけが灯され、人影が石壁にゆらゆらと揺れていた。部屋の中心には円卓が置かれ、二十人近くの人間が座っている。


「それにしても面倒なことになりましたな」


 大げさともいえる溜息をつきながら、男が言った。それに同調するように、他の男が続きを引き受けた。


「まったくです。先日の舞踏会の襲撃、アルスデン伯爵夫人誘拐とここ数日、我らを悩ます事件に両方とも第三の箱庭が関わっていようとは…ここ最近のあちらの動きにはこちらも警戒しない訳にはいきますまい」

「第七の乙女の覚醒はあちらにも知られていよう。そうである以上、あちらも指をくわえて待っているだけではいられないという事でしょうな」

「しかし、だとしても我らの優位が揺らぐことはない。寧ろここで我らが焦ることの方があちらの思う壺だ。我らは変わらず待てばよい」


 力強く最後に壮年の男の声が断言したことで、一同が納得したような声を出す。

 しかし、納得したような声を出しているにもかかわらず、円卓に座る人々は頷く動作一つしない。それどころか、彼らは微動だに一つしていないのだ。そうして、初めてその場の異様な様子に気が付く。

 人影はそれぞれが円卓に用意された席に座っている。だが、その座っている人々は、たった一人を除いて皆が皆、同じ姿をしていた。

 同じ姿。それは同じ服装を着ているとか、そういう次元ではなく大きさも姿勢も全てが同じ。よくよく見れば、それは人ではなく、人の形をした薄っぺらい板のようなもので、それが喋っている訳ではなく、そこから声が聞こえてきているといった感じだった。

 人の形をした板は全て黒で色を塗られ、目の部分だけくり抜かれていた。その形は円卓に座りながら、皆、横を向いて右隣を見ているような姿勢をとっていた。

 彼らは【円卓の枢機卿】と呼ばれる、教会の枢機卿の中でも数少ない選ばれた者たちの集まりだ。

 だが、彼らは公式の集団ではないため、集まる際はこうして皆が姿を現すわけではなく、声だけでやり取りをするのが専らなのだ。


 さて、たった一人を除いて人影の全てが人の形をした板であるのだから、除かれたたった一人は当然人間という事になるだろう。

 その人だけは右を向かずに正面を向いている。しかし、その顔の上半分は仮面に覆われて容貌は窺い知ることはできない。それでも服装とルージュに彩られた唇を見れば、彼の人が女性であることは容易に判断することができた。

 彼女は枢機卿たちの会話を邪魔することなく、色とりどりの羽で造られた豪華な扇を仰ぎながら聞いていたが、それ以上の意見が出ない様子を感じ取ると高い声で間に割って入った。


「仰ることはご尤もですわ。ですが、私たちも守ってばかりいては足元を掬われる危険もありましょう。ここは更に足場を盤石にする必要があるかと存じますが」

「ほほう?何か案がありますかな?」


 女性のすぐ隣にある人の形をした板から、興味深げな声が聞こえてくる。


「簡単なことです。次代の世界王の誕生ですわ」


 自信に満ち溢れた声に一同がざわついた。左から右、右から左へと様々な反応が走っていく。それを黙らせるかのように女が言葉を続ける。


「現世界王フィリー・ヴァトルは正しく機能し、レディール・ファシズに安定を齎してくれています。彼が真実の世界王ではないにしても、彼の資質については特段問題ないと思っております」


 言いながら優雅に煽いでいた扇を閉じる。同時にそこにいる訳もないのだが、動揺する枢機卿たちをジロリと仮面の奥から見渡した。


「ですが、所詮、彼は本物の世界王ではありません。オルロック・ファシズ育ちである事は彼の生い立ちを考えれば仕方ないと、目を瞑ってまいりました。しかし、娶られた王妃がオルロック・ファシズであることは彼が望んだこと。それも【円卓の枢機卿】の意見など一切聞かずに。このような事が今までの歴史上あったでしょうか?」


 閉じた扇でトントンと手のひらを叩く。その様子は仮面で表情が見えないためか、苛立っているようにも見えれば、何かを考えながら喋っているようにも見えた。


「私が申し上げたいのは、フィリー・ヴァトルという男の表面上の姿に騙されてはいけないという事です。彼は皆様が思うような愚鈍な世界王ではなく、こちらの隙を虎視眈々と狙い、いつ裏切るともしれぬ狡猾な男だという事。彼を世界王にし続ける事は私たちにとって、非常に危険因子だと言わざるを得ません」


 女の言葉はまるで原稿を読んでいるかのように迷いも淀みもなかった。


「勿論、彼が何をしようと神に逆らえるはずも、運命を変える事も出来ないでしょう。しかし、面倒な事になる前に危険因子は排除しておくべきなのです。正しき、私たちを裏切らない世界王の誕生が早急に必要だと私は考えます」

「なるほど…お考えは一理ありますな」


 女性の言葉に動揺していたうちの一人が感心したように言葉を漏らせば、他の人々もあっという間にその意見に同調していく。


「しかし、巫女が次代の世界王を孕むことを拒んでいると聞きますが…それは如何様にするおつもりか?」

「ならば、現巫女など廃してしまえばよいのです」


 伺うように出た意見は叩きつけるように否定された。


「そ、そんな乱暴な。それは世界王や巫女が黙っておりませんでしょう。巫女を選んだ教会の権威にも関わる」

「巫女の一番大事なお役目は次代の世界王を誕生させること。それを拒む巫女など、そもそも巫女として相応しくない証拠ではありませんか」


 真っ赤なルージュに彩られた口元だけで笑みを作って女は言う。優しく語りかけるように言いながら、その言葉には有無を言わせない力があった。そして、女はそれに…と続ける。


「私とて巫女を何の理由もなく廃するつもりはありませんし、そもそも、あの方が次代の世界王を孕んでくれさえすれば、そんなことするつもりもありません。ですが、現状では悠長に巫女の気持ちが変わるのを待っている暇はないのです」


 正直に言えばこうして下らない議論ばかり交わしている時間もない…女は笑顔の下で苦々しく思いながら、自分の意見に戸惑うような板の向こうの男たちに焦れた。

 【円卓の枢機卿】などと仰々しい看板をぶら下げている割には、あれこれと意見を述べても何もしない男たちの愚かしさに嘲笑半分、呆れが半分。そして、そんな男たちに伺いを立てなくてはならない自分にも嫌気がさしてくる。それでも―――


「復讐のためには手段を選んではいられない?」


 突然、耳元で聞こえてくる声にはっとした。

 声は出さなかったが、相当驚いて息を飲んで振り向けば、そこに立っていたのは美しい少女が1人。にこりと邪気のない笑顔を浮かべて立っていた。

 女は彼女に僅かに見惚れた。


「どうかしたかね?」


 黙った女を不思議に思って、板から男が訝しげに声をかけてくる。これが声だけの通信なのか、この場の映像も彼らの所に映っているのかは定かではないが、少なくとも突如として現れた少女に驚いている枢機卿はいないようだ。


「いいえ、何も」


 女は少女を見つめたまま、何事もないように言った。


「ともかく、私の意見は述べたとおりですので、巫女にもこれからは積極的に働きかけさせて頂きますが、異論はございませんでしょうか?」


 枢機卿たちはとりあえず、女の意見に賛成するつもりらしく反論はなく、その場は解散となり、先ほどまで枢機卿たちの声を伝えていた板は、本当にただの人の形をした板に成り果てた。

 女は少女に何も言わないまま、立ち上がると席を立ち部屋を出た。少女は女を追う事もなく、閉められていく扉をじっと見たままその場を動かない。


―――バタン


 扉が音を立てて閉まる。

 同時に部屋の中を照らしていた火が一斉に消えて、少女も見えなくなった。


いつも『愛していると言わない』を読んで頂いてありがとうございます。

第十二章開始しました。今回は第三者視点でしたが、次回からはリリナカナイ視点の予定です。

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