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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第二部 現と虚ろ
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閑話 声を大にして言いたい(エド後編)

 数日前、俺は確かに死にかけた。


 実験のためだと荒地で十メートルはあろうかという魔物相手に戦わせられ、ズタボロにされ倒れた俺。

 全身が痛み、呼吸することすら苦しく、最後はいっそ一思いに殺してくれと心の中で懇願した。

 そんな痛みで立ち上がることすらできない俺の目の前に現れた人影は、魔物と俺の間に立ちはだかると、その人物と同じくらいあろうかと思われる武器を片手に魔物に立ち向かい、そして倒した。

 通常、あれだけの大物を倒すには十人近くが必要な所を、たった一人で倒しただけあって時間はかかった。しかし、そう、確かに時間はかかっても倒したのだ。


『ふう、相手が一匹で良かった』


 その人物は体力を消耗はしていても大した怪我すらしていない。しかも、声からそれが女。それも、まだ少女に近い年齢であろう事が分かって愕然とする。


『あ、そうだ……おーい、生きてる?』


 声と共に近づいてきた少女は仰向けに倒れこんでいた俺を上から覗き込んでくる。

 間近で見た少女は、声から想像した通りの年頃で、何の変哲もない何処にでもいるような少女に見えた。

 その体に自身のものか魔物のものか分からない血を滲ませ、硝煙の匂いを纏わせていなければ…の話であるが。


『ど…して、助けた?』


 声を出した瞬間に、ヒューと嫌な呼吸音とともに血が喉で詰まって大きく咳き込んだ。途端に全身を巡る痛みにのた打ち回りながら、言うべきことはこんな事じゃないという事は分かっていた。

 頭の隅で命を助けてもらった礼を言わなくてはならないと分かっている。少女が居なければ、絶対に自分は魔物に喰われていた。それくらい分かっている。

 だが、当時の、いや、多分今の俺も素直に彼女に礼など言えないだろう。助けてもらっておいて、まるでそれが余計なお世話だと言わんばかりの物言いは、自分で自分が最低な人間だと突き付ける。

 そんな言葉を投げつけられて、少女は少し目を見張った後に冷たい表情で笑った。


『誰かに助けられるくらいなら、死んだ方がマシだって感じ?』


 言い当てられた虚勢を鼻で笑われて、カッとなり体を動かそうとしたが、痛みに体はいう事をきかずに呻くしかできない。


『じゃあ、ここで一思いに殺してあげましょうか?』


 言いながら銃口を眼前に突き付けられて、思わず息を飲む。


『死んだ方がマシなんでしょう?』


 濃い硝煙の匂いに、普通の銃口とは比較にならないほど大きなバズーカにも見紛うほど大きな銃口。その先には感情の色をなくした少女。彼女が本気で俺を殺そうとしているのが分かった。


『や、やめ―――』


 死ぬことを本能的に恐れ、出た声は自分でも反吐が出るほど弱々しい。それを聞いて、それ見たことかとため息をつかれたことも屈辱だった。


『プライドが高いことは悪い事じゃない。だけど、無駄に高いプライドは命を縮めるだけ。あんたが何処でどれだけの強さを誇っていたかはしらないけど、私から言わせてもらえば貴方は弱い。言っておくけど、私が強いんじゃなくてあんたが弱いの』


 悔しさに涙が滲んだ。身体的にも精神的にも弱すぎる自分を否応なしに突き付けられて。


『ぐ…うぅぅ』


 呻くように泣くしかない俺に再び呆れたような溜息が降り、次いで遠くからいくつかの叫ぶような声が耳に入った。


『研究員どものお出ましか。追いかけられるのも面倒だし、さっさと逃げるか。ちょっと、あんた?』


 言いながら再び顔を俺に近づける少女。

 そこには冷めたでもなく、感情をなくしたでもない、だが、どう見たって年頃の少女がするはずもない凶悪な笑顔があった。


『悔しくて泣く根性があるなら、拾った命でもう少し強くなる努力をすることね。せっかく助けてあげたんだから、あの最悪な研究員どもに命を捧げるだけの人生を送るのはやめてよね』

『な…そんな・の、あんたに関係ないだろう?』


 近づく気配。怒号。

 だが、そんなもの気にならないくらい、俺の視界と思考は少女に支配されていた。


『いいえ、関係あるでしょう。わざわざあんな手強い魔物を倒してまで助けた命よ?精々、恩着せがましくさせてもらうわ。いつか十倍返しくらいしてもらわないと気が済まないわ。よろしくね』


 などと勝手に言い放って、こちらの返事など最初から聞く気もなく、すぐに身を翻し俺の視界から消える。

 言い方というものがある。

 この時、普通ならば助かった命を無駄にするなとか色々な言葉有るだろうに、少女が告げたのは凶悪すぎるほどの言葉と表情。それは脅しにも似て、俺のプライドと自尊心を粉々に壊して、俺に刻み付けたのだ。

 それだけ言って去って行った少女……二度と会う事はないだろうと思っていた。

 なのに、彼女がNo0だという事実を知り、彼女を近くで見ることもあり、直接知り合う事もないままに、俺はレディール・ファシズへ移住。そして―――



▼▼▼▼▼



「ねえ、もし、フィリーがこんな写真が出回っているなんて知ったら、しかも、貴方が後生大事にそれを持ち歩いているなんて知ったら…どうなるかしら?」


 過去の陛下の写真をひらつかせながら、あの時と同じような笑顔で俺を脅迫する女。

 始めは他人の空似だろうと思っていた。だが、ここ数日で疑惑は確信に変わろうとしている。

 認識していた性別が変わろうとも、なおも慕わし―――いや、敬愛すべき陛下が娶ったオルロック・ファシズの人間である王妃アイルフィーダ。彼女が過去、俺を助けたNo0であるという事実。

 普段の平凡な女ぶりからはかけ離れた、戦っている時の表情と雰囲気。先日の舞踏会で垣間見た王妃の姿は、俺が数年前に見たその姿にダブった。

 陛下とは違った形で、それでも十年近く前だというのに、今でも鮮烈に思いだされる少女の表情。

 顔は変わった…と思う。

 顔そのものというよりは、あの時のイメージが強くて細かい当時の王妃の顔までは正確に思いだせない。それでも、あの頃の王妃は今より髪が短く、痩せていた、少女というよりまるで少年のような姿をしていたように思うのだ。

 だが、今、目の前にいるのは年齢的には妙齢…よりは少々年嵩だが、確かに普通一般に言う所の若い女性にしか見えない。髪は長く、化粧だってしているし、着ている洋服も似合っている物を身に着けていると思う。

 だが、この女の近くにあってからというもの、俺はずっとその姿に違和感を感じていた。その理由が分からなくて、平凡な女が陛下の傍にあることも苛立って、彼女に冷たくあたってしまったことは否定しようもない。

 そして、ここにきてやっとその違和感の正体だけは分かった。


―――ああ、俺は王妃にあの時の少女のままであって欲しかったのだ


 王妃が少女であり、No0であることは間違いない。

 だけど、今の王妃はそのどちらとも似ているようで似ていない。俺はそれが嫌だったのだ。

 彼女に強くあって欲しかった。ただの女のようでいて欲しくなかった。

 俺が敵わない程に強く、近寄りがたいほどに孤高な存在。

 そんな彼女にいつか、本当の意味で出会う事ができたなら『恩を十倍にして返したい』。その気持ちもあって、陛下の元で俺は強さを磨いていた部分もあったのだ。

 辛くて苦しい出来事にぶち当たった時、励みしたのは陛下への忠義心と、こちらを馬鹿にしたように笑うあの少女の言葉への悔しさ。

 少女は、俺にとって陛下とは全く別の意味で特別であったのだ。なのに―――


「返してほしい、エド?」


 恩を返すどころか、あの時の再現のように脅され従わされようとしている自分に涙が出そうになる。

 しかし、この状況で確信もないまま、この女に自分の弱味を見せる訳にも…いや、弱味は今既に握られているのか。


「……」

「返事はなし?ふーん…プライド高いのね。だけど、高すぎると寿命を縮めるわよ?」


 過去のと同じような言葉を言いながら、考えるようなそぶりをする王妃。


「まあ、難しく考えないでよ。別に私は貴方が嫌いなわけじゃないから、弱みを握ったからって貴方を苛めようなんて考えてないのよ?私が望むのは、貴方がすこーしだけ私の願いを聞いてくれればいいだけ。それでフィリーから侮蔑の目で見られないんだから安い物よね?」


 明るく言いながら、それは彼女の中で既に決定事項というか、俺が逆らえないと思っているのだろう。いや、実際、この状況で逆らえない。

 写真を返してもらったところで、俺がこの写真を持っているという事実を陛下に言われてしまえば同じこと。証拠がないとしらばっくれる事は可能かもしれないが、それでも陛下に少しでも疑われるのは辛い。

 ここは王妃の言う所の『すこーし』という願いの内容は恐ろしいが、彼女に従う他はないのだろう。渋々ながらに頷く俺に、王妃は殊更嬉しそうにはしゃいだ声を出した。


「ありがとう、エド!!」


 にっこり笑って俺の手をとった王妃は、俺が知るつまらない王妃でもなければ、俺を助けた少女でもない。何となく遠い存在から、急に近くにやってきたアイルフィーダという名の一人の女だった。

 かくして、その日から『すこーし』という言葉など忘れた様に、彼女にこき使われつつ、それでもやはり陛下を優先させながら(実はこの間、王妃に化けた時、王妃がアイン枢機卿の【告解の儀】に行ったことを俺は陛下に報告していた。王妃に協力を約束していても、それを陛下に報告しないという約束はしていなかったからな)、隠密として生きていくことになる。


 ちなみに、その後、色々確証が持てたので過去の助けられた事実を話したことで更に図に乗り、俺に対する態度を更に強めた王妃と行動を共にすることが多くなるにつれて、陛下が俺に対して微妙に冷たくなったような気がするのは、俺の気のせいなのだろうか?

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