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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第二部 現と虚ろ
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閑話 声を大にして言いたい(エド前編)

 そもそもの始まりは俺の油断が招いた事。

 数日前、後宮の警護にあたっていた俺が王妃に呼び止められた時、とあるモノをポケットから落としてしまった。それが俺の不幸の始まりだった。


「エド、少し話が…ってあれ?これ―――」


 恐らく好意から拾ってくれたであろう王妃は、そのとあるモノ…いや、モノ自体はありふれたカードケースなのだが、その中にしまわれていたソレをみて言葉を途切らせた。

 咄嗟に奪い戻さなくてはと、命を懸けた勝負をしている時以上の素早さで王妃が持つカードケースへと手を伸ばす俺。だが、それをヒラリと躱す王妃。


「か、返せ!!」


 焦りのあまり声はつっかえるし、顔が火のように熱くなるのを感じた。

 それとは対照的にとてつもなく冷めた表情で、だが、酷く楽しそうに王妃は俺を見て、それからもう一度カードケースの中にあるものを見る。


「へえ、エドったら。普段からフィリーに厚い忠誠心を持っているなぁ…なんて思ってたけど、それって純粋な忠誠心ってだけじゃなかったのねぇ」


 その言葉に完全に思考が停止した。

 王妃が告げている言葉は、すなわち、この女がカードケースの中のモノが何であるかを正確に理解している事を示していた。

 言葉もなく、動けなくなった俺にカードケースに仕舞われているソレを見せつけつつ、王妃は凶悪に笑った。

 幸いに今、俺の他の護衛や彼女付きの侍女が席を外しているため、部屋には王妃と俺しかおらず、俺の秘密が他に漏れる事はないだろう。だが、不幸な事に誰もいないために王妃のこの凶悪な本性を他の誰も知ることはないのだ。


「この頃のフィリーって、本当にもんのすごい美少女よね?」


 カードケースに収められた写真に写る亜麻色の髪の美少女。


「だけど、勿体ない事にフィリーって写真にその姿が残ることは極端に嫌がったのよねぇ。結構、楽しんで女装してたくせに。これも撮るのが大変だったんじゃない?明らかに視線がレンズに向いてないから盗撮でしょう?」


 にこやかに話しているのに、その言葉の一つ一つは明らかに俺に向ける脅迫だった。


「ねえ、もし、フィリーがこんな写真が出回っているなんて知ったら、しかも、貴方が後生大事にそれを持ち歩いているなんて知ったら…どうなるかしら?」


 さらりと言われた言葉が全身に鳥肌を立たせる。

 反射的に『それだけはやめてくれ!』と恥も外聞もかなぐり捨てて、王妃に纏わりつきそうになる。だが、その衝動以上の衝撃がこの時の俺を支配していた。

 この時の王妃の表情を見て、俺は自分が少年だった頃に出会った人物の事が走馬灯のように思い出されていたのだ。



▼▼▼▼▼



<数年前>



 少年時代の俺に強い影響を与えた人物は二人いる。その一人は……


「女を力づくでモノにしようなんて、下種が」


 冷たい言葉と冷たい視線。俺が床に這いつくばって見上げるしかない【彼女】。


「聞こえているのか?」


 ドスが効いた声、凄味の増す表情。繊細で儚げな美少女とは思えない声と形相に、仲間が後ろで悲鳴を上げるのが分かった。

 当時の俺はオルロック・ファシズで魔導研究所なる場所でいっぱしの親分気取りだった。まあ、親分といっても、飼いならされたモルモットの中のリーダー格にしか過ぎなかったのだが。


 オルロック・ファシズにはレディール・ファシズのような身分による差はない。だが、貧富の差というのは埋めようもなくあった。

 生まれた家が貧乏なら、大抵の者は貧乏なまま一生を終わり、逆もまた然り。

 それはその後の本人の努力次第で改善されることもあるだろうが、そんなものは万に一つと言っていいほどの僅かな可能性でしかない事は子供でも理解できることだった。

 だから、俺も幼い頃に親に連れられて魔導研究所に売られた時は、特段それを理不尽だとは思わなかった。

 俺を売ったことで親の懐が温まるならそれで良い…なんて親想いな訳じゃない。単に研究所にいる間は、自分が食べることに不自由する訳でもなく、寝る場所に困る訳でもないという事に、寧ろほっとしたくらいだった。

 研究所には俺と似たり寄ったりな境遇の子供たちが集められ、モルモットとしての扱いに鬱憤をためつつ、次第に集団を形成するようになった。俺は気が付けば、その中で比較的力が強かったためにリーダー的な存在になっていたのだ。


 そんな中に突然、現れた輝くばかりの美少女。それが実は性別を隠していた美少年時代の陛下であったことを知るのはそれから数年先の事。

 当時の愚かな俺は陛下を美少女と思い込み、今となっては恐れ多いにもほどがあるが、彼女を自分のものにしようとして、それを拒否されると力づくでそれをなそうとしたのだ。

 結果、俺の数倍強い陛下に呆気なく倒され、蔑まれるという醜態を晒す事となった。


「あの狂科学者が強い被験者だというから期待したが、この程度ならレベルは知れているな。行くぞ、オーギュスト」

「家に戻るの?」

「ああ、久々に体を動かしたいと研究所に顔を出してこれでは、準備運動にもならない。やっぱり、荒地にでも行って魔物や野人とでも戦うか?」


 倒されて床に這いつくばるしかできず呆然としているしかない俺の存在など、もはやないものとして、陛下は傍に控えていたオーギュストと淡々と話し始める。

 だが、その会話の一部を聞いて俺はがばりと起き上がり、無意識に叫んでいた。


「やめろ!今、荒野に出るのは危険ッ…いてぇ!」


 声を出す途中で襲われる痛みに唸る。そんな俺の声に陛下は振り向かない。だが、オーギュストの方は幾分か興味を引かれたようだ。


「必死ねぇ?そんなにこの子の気を引きたいの?でも、残念だけど、こんななりをしているけど、この子、男には興味がないのよ?」


 どう見ても、自分より逞しい体つきをした男が突然女言葉でなしを作って話しかけてきたら、普通はビビる。絶対、ビビる。

 だが、その時の俺はそれよりも、この美しい少女が荒野に出るという事実をどうしても止めたかった。だから、少し考えれば、どうしたって可笑しいだろうその時のオーギュストの発言も大して気にならなかった。


「そんな事は知るか!今は魔物の繁殖期で、ともかく凶暴な奴が多い!!ここ数日、仲間も何人も実験中に死んでる。魔物の異常な強さに実験を中止しているくらいなんだ!!」


 研究者たちはこれ幸いと積極的に実験をさせたい気持ちもあるが、ここ一か月程で死んでいる被験体の数に、研究所を管理する議会がストップをかけたらしい。

 身売り同然で被験体になっている俺たちだが、近年ではオルロック・ファシズも豊かになり俺たちのような被験体を集めるのもだんだん難しくなっているらしい。そこでいきなり被験体の数を減らされて、後で同じ人数に戻すのは大変だという事だろう。

 どこまでも汚くて、胸糞の悪い話だが、そのおかげでここ数日は荒地に出ることもない平和な日々を送れている。


「あら、それは初耳。どうする?」

「別に直接それを止められている訳でもないし、関係ないだろう?」

「あら、よっぽど暴れまわりたいのねぇ」

「やめろ!」


 出した叫びは一切無視される。目の前の二人にとって俺という存在は、もはやないものなのだろう。それでも―――


「……俺はついこの間、荒地に駆り出されて死にかけた」


 一命を取り留め研究所の最先端の医療技術のおかげで体の傷は治ったが、未だにあの時の恐怖から抜け出せない俺がいる。


「俺は運よく助かった。だが、さっきもいったが何人もの仲間が命を落としているんだ。その誰もが今のあんたたちみたいに自分で望んで荒地に行ったわけでも、死んでいった訳でもない」


 口の中がカラカラで声は掠れていた。

 言いながら自分は何をしているんだろうという馬鹿らしい気持になる。目の前の二人は今さっき自分がちょっかいをかけて返り討ちにあっただけの良くも知らない人間だ。むこうにとっても同じだろう。

 そんな人間を心配する義理はないだろうし、心配される義理もない。分かっている…それでも、仲間たちの死を思えば、軽い気持ちでその場所に行こうとする彼らが腹立たしく思えた。


「……別にお前の仲間を軽んじたつもりはないんだがな」


 俯いて床しか見ていなかった俺に降りかかる言葉に、はっとして視線を上げた。そこには背を向けていたはずの陛下が俺を見下ろして立っていた。


「分かった。荒地に行くのはやめる。お前も今回に懲りたら、弱い者を力づくでどうこうしようなんてするなよ」


 侮蔑しか浮かんでいなかった表情が僅かに緩んだ表情は、繊細で儚げな印象そのままに強い意志すら覗かせて、凛とした美しさを湛えていた。

 こんなに綺麗なものを見たことがなくて、今度は見惚れて呆然と陛下を見上げていたら、言うだけ言って陛下はさっさとどこかへ行ってしまった。


「……おい、エド?」


 陛下たちの姿が見えなくなっても呆然とし続けている俺を心配して、傍にいた仲間が声をかけてくる。その恐る恐るといった感じが笑えたが、あまりの呆然自失ぶりにそれを表に出す事ができない。


「だ、駄目だ。エドの奴、全然反応しないぞ?」

「まじか?ま、まあ、あんな可愛い女の子にあんなに呆気なくやられたら、自信も無くすよな」


 ばっちり聞こえているが、そんなことは分からない仲間たちがやいのやいのと騒ぐ。

 心中では余計なお世話だと思いつつ、やっぱり体は衝撃から回復していないらしく何も言う事ができない。…と、とある仲間が続けた言葉が俺に更なる衝撃を与える。


「そもそも、この間、エドが死にかけた実験の後から様子もおかしいしな…ちょっと、俺たちも気にして見ていようぜ」


―――『死にかけた実験』


 さっきまでは必死で忘れていたが、その言葉に数日前の絶望が甦ってくる。巨大な魔物、圧倒的な暴力、下劣な研究者の笑い声、そして……


『言っておくけど、私が強いんじゃなくて貴方が弱いのよ?』


 満身創痍な俺に降るのは労りの言葉ではなく、あっけらかんとした軽くて、だけど、俺の自尊心をズタズタにする言葉だった。

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