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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第二部 現と虚ろ
84/113

11-5

 フィリーに連れられて辿りついたのは、世界塔の中の一室。

 窓も家具もほとんどなく、薄暗い埃っぽい部屋。中には私たちを待っていたらしく、オーギュストを始めとするフィリーの部下というか、仲間たちが揃っている。

 成人男子が何人もいると部屋が狭いような気もするけど、贅沢は言っていられない。

 オルロック・ファシズと連絡を取っていることは、教会関係者には絶対にばれる訳にはいかず、そのため誰一人その正確な内部情報を持たない世界塔の中でも、公の地図に載っていないこの部屋は密会にはうってつけの場所で、私も何度か連絡を取るのに利用させてもらっている。

 その場所を見つけるのにはある程度のリスクと労力が必要となるが、細い一本道や、何やら魔導力を必要とする仕掛けなどが道すがらにいくつもあり、後を付けられてもすぐに分かるし、追ってきたとしても振り切ることも難しくないのだ。

 私はそんな近いようで、中々到着しない世界塔のとある一室への道すがら、フィリーにファイリーンとの会話を伝えようかどうか迷ったが、とりあえずは黙っていることにした。ファイリーンの話を最後まで聞いてない以上、憶測を話した所で仕方がないと思ったのだ。

 かくして、辿り着いた部屋の中心に鎮座するその物体越しに、私はとある人物と対面した。


「『はじめまして』アイルフィーダ」


 オルロック・ファシズと連絡を取る専用にヤウが魔導力で造った鏡のようなもの、それに映るその人物を見るのは確かに『初めて』だった。だけど、私はそれが誰なのかすぐに理解する。


「ドクター・サルマン」

「ええ、私が現在のサルマン。貴方が知るサルマンは数か月前、突然死されたの。次に選ばれたのが私」


 言ってニコリと笑う女は私より少し年上くらいの知的美人。メタリックなメガネに、白衣、そしてぷっくりとした唇。何とも言えない漂う大人の女の色気がある。


「そう…突然死ね」

「ふふふ」


 『ドクター・サルマン』というのは個人の名前ではなく、オルロック・ファシズを支える科学技術の責任者としての固有名詞のようなものだ。ある意味、自治議長よりもその役割は大きいかもしれない。

 オルロック・ファシズに関する重要な知識をドクター・サルマンは代々受け継ぎ続け、それがなければオルロック・ファシズの生命線である【緑土】の維持もできないというのだから、その大きさは語る必要もないだろう。

 ちなみに、私が知るだけでもドクター・サルマンは今回を入れて三回変わっていることになる。

 一人は年若い少年だった。

 一人は彼女が突然死したという人物で、確かにいつ死んでもおかしくないような老人だった。

 そして、今回、私にとっては初めてとなる女性のサルマンが登場した訳である。

 男女も年齢も境遇も何も関係ない。ただ、彼らが『ドクター・サルマン』に必要な知識さえ持っていればいいのだ。


「私に用があると聞いたけど?」

「ええ。貴方の能力の事を詳しく聞きたいと言われたから、同席してもらおうと思って。自分のいない所であれこれ言われるのは嫌でしょう?」

「……お気づかい痛み入るわ」


 サルマンの言葉に苦い気持ちが溢れ、それを隠すことなく言葉にすると、突如として違う声が割って入ってくる。


「後は私が呼んでほしいってお願いしたのよー!!」


 何となく緊張感を孕んだ空気を一瞬で破壊する底抜けに明るい声。その声と同時に画面一杯だったサルマンが消えて、満面の笑みを浮かべる女の顔がドアップになった。


「クレミン!?」

「キャー!アイルゥウウウ、ひっさしぶり!!!元気にしてた?!」


 テンションフルスロットルなその女に見覚えがあるというか、忘れたくても忘れられない存在感に私は一瞬たじろぐ。同様にレディール・ファシズ側の皆も顔を引きつらせているのが、横目で確認できた。


「会えなくて、すっごい寂しいかった!ドクターがレディール・ファシズと連絡を取るっていうから、私も同席させてもらっちゃった!!もう、アイルが足りなさすぎて私、どうにかな―――ヘギャ!!」


 どう考えても画面に近づきすぎて、顔の全容すら分からないほどの距離で捲し立てるクレミンであったが、その言葉と姿は突然の奇声と共に消えた。


「失礼した」


 次いで響くのは落ち着いた男の声。画面に適正な大きさで映し出される男にもまた、見覚えがあって私は苦笑する。


「イクシズ」

「ああ。アイル。クレミンを野放しにして済まなかった。さっきまで押さえつけていたんだが、お前が現れて急に暴れだして取り逃がしてしまってな」

「ちょっと!!!いきなり、背中を蹴り倒すことないでしょ!!それにその言い方!まるで私が動物みたいじゃないっ」


 急に画面からいなくなったと思ったら、イクシズに蹴られていたようだ。まあ、蹴られてもあれだけ元気なら、大して強く蹴られた訳ではないようだけど。


「黙れ。獣でも教えれば『待て』ができるというのに、それすらできないお前ははっきり言って獣以下だ」

「キー!何ですって!!」


(相変わらずだなぁ)


 淡々と冷静に話すイクシズに対して、只管にテンションが上げていくクレミンの会話を何となく懐かしい気持ちで眺めていると、フィリーが少しだけ躊躇うように聞いてくる。


「知り合いか?」

「研究所での知り合い?というか、仲間かな?今は女性の方のクレミンは研究員として、男性のイクシズは軍部に属しているわ。この間、転移装置を融通してくれたのも二人よ」


 言えばフィリーが納得したように頷く。


「そうなのか。俺とは面識がないな…」

「……面識があったら、大変だったわよ」

「何か言ったか?」


 色々と昔の事を思い出して呟いた独り言に首を傾けるフィリーに、私は慌てて首を横に振った。


「何でもない!面識がないのも仕方ないわよ!研究所は広いし、被験者も多かったしね」


 そもそも私とフィリーだって同じ場所にいた時期もあろうが、研究所での面識は一切ないのだ。

 研究所は広大な上に、目的別に細分化され、管理も行き届いていた。もし、八年前の事がなければ、未だに私やクレミンやイクシズも被験者から脱することは難しかったかもしれない。

 それを思えば時代も変わったものである…なんて少々年寄っぽい事を考えている間に、いつの間にかクレミンは下がらされたようで、サルマンだけが画面に映し出されている状態に戻っていた。


「うふふ。彼女達とは相変わらず仲が良いのね。だけど、再会の喜びは後にしてもらって、とりあえず話を進めさせていただくわ」

「ええ、勿論。どうぞ」


 止める理由はない。だけど、私のいない所で話してほしかったというのが正直な感想だったりする。

 私の力について隠しているのでも、知られたくないのでもない。ただ、その後の反応を直接見たくなかった。


(それを知っていて、わざわざ私を呼びつけるなんて、変わらず良い性格しているわよ)


 苦々しく思いながらサルマンを睨み付ければ、うっすらと彼女が微笑む。その笑みに背筋が震えるほどの嫌悪感を感じた。


『生きたければ、僕の言うとおりにするんだね。可愛い可愛い僕の実験動物モルモット


 甦る声が木霊する。響く声に吐き気がする。

 それを飲み込むように大きく息を吸って、私は拳を握りしめた。


「彼女の能力を既に目の当たりにしているなら分かると思うけど、その力は大ざっぱにいえば周囲の魔導力を吸収する力。見た目が強烈だから怖がられるかもしれないけど、その原因は恐れるようなものでも、特別なものでもないのよ?」


 安心させるような口調で言いながらも、サルマンの言葉は毒を孕むものだ。だけど、その毒は事実でもある。

 私の能力は確かに恐れられることもしばしばある。何しろ生物相手に殺す気で能力を発動させれば、ミイラのように干からびさせてしまうのだ。

 私の力を知らない人がそれを見れば、私の事を『化け物』と罵ろうが、蔑もうが、恐怖しようが、致し方のない事だと思う。


「その原因は彼女が神に見捨てられた人である故なのよ」


 『神に見捨てられた人』…か。

 久々に聞いた言葉に特段心が動くことはなかったけれど、それを聞いたフィリーたちの反応が怖くて私はそっと視線を床に落としたのであった。

更新に時間がかかってしまい、申し訳ありません!しばらく、不定期の更新になるかもです。

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