第十一章 現11-1
突如、執務室に現れたリリナカナイが嵐のように去った後、目前の不貞腐れた顔に思わず笑いが漏れる。すると、それを見とがめるように睨まれた。
「ごめんなさい」
とりあえず、謝っておく。
「アイル、全然反省していないだろう?」
すると、不貞腐れた顔をしたフィリーが間髪入れずにそうツッコんでくる。どうやら『とりあえず』感を拭い去る事ができなかったみたい…だけど、ここでそれを肯定してはいけない。
「まさか、反省しているわ」
「棒読みだぞ」
「え?そう?私としては心をこめて反省して―――」
「………もういい」
諦めたようにため息をつくフィリーに、
(大体、私だって言いたいことがあるんだから)
なんて考えは、やっぱり『とりあえず』心の内だけに留めてにっこり笑っておく。
そもそも、どうして私が司教の姿のまま神殿に戻らずこの場所にいるかと言えば、あの告解の儀が終わった直後、何故だかとっ捕まってしまったから。え?誰にかって?
『…あの子ったら、どうしてわかったのかしら?はっ!いえ、何でもないです。まあ、私が何を言いたいかはお分かりですよね?大人しく、一緒に来てくださいますね?』
流れていく人の波に紛れて転移できる場所まで移動しようとしていた所、そう言ってにっこり笑うオーギュスト。彼に腕を掴まれた時は、ここ最近にないほど驚いた。
同時に柔らかい口調な割に、有無を言わせぬ圧力を背負って告げられて、逃げられないことを悟った私である。
どうして?どうやって、私があの場にいた事に気が付けたのかは不明だけど、その後はフィリーにいかに自分がしたことが危険であったかを散々解かれ(まあ、右から左に聞き流していたけど)、いい加減反撃に転じようかと思っていた所に現れたのがリリナカナイ。
(ある意味、ナイスタイミングだったわよね)
思いながら、彼女が知らせてくれた教会の新たな一手にどうしてくれようと、久々にやる気を漲らせているとフィリーがそれに水を差す。
「言っておくけど、アイル一人で教会に乗り込むようなことだけはやめてくれよ」
「なんで?」
考えを言い当てられて、更にはそれを咎められて少々ムッとする。
心配してくれるのは有難いけど、使える者は親でも使わないと、フィリーのような立場の人は苦しくなる一方だ。私が構わないと言っているのだから、『乗り込む』とまではいかなくても、その司教が持ってきた話には乗るべきだろう。
「なんでって―――リリナは簡単に君に教会と話してこいといったが、そう簡単に済まないことは分かっているだろう?それに教会は何をするか分からない。せめて、俺が傍にいればその辺りは牽制できるだろうから、行くなら一緒に」
「教会の人形を装っている世界王相手に、教会がそこまで気を遣うかしら?」
言い募るフィリーをバッサリ切れば、愕然とするフィリーを茶化すように彼の秘書官らが笑う気配がする。
「それに私と貴方は冷めた政略結婚をしたと思わせておいた方が、今は良くない?教会がオルロック・ファシズをどう思っているかはっきりしない内は、フィリーは表では私に近づかない方がいいわ」
では、本当はどんな結婚なんだ?と問われても、今は私もその答えを知らない。
だけど、お互いにこうして考えている事や、感情を表に出せる夫婦…でいられることは、少なくとも『冷めた政略結婚』じゃないと思いたい。
「それに教会が私…というか、オルロック・ファシズをどう考えているか、一人一人の枢機卿を確認するよりその大きな流れを確認するにはちょうどいいのかもしれない。そのためにも世界王同伴より、枢機卿たちに対するように私一人の方がいいわ」
枢機卿に個人的に会っているより、公式に教会対王妃という場になれば、教会の態度も変わってくる可能性が強い。それが強硬になるか、表面上だけでも敬ってくるか…中々楽しみだったりもする。
「ともかく、フィリーがいた方が面倒よ。教会が何と言ってくるかは分からないけど、もし、彼らが私一人を寄越せと言ったら、その条件を飲んだ方が面白いと思う」
「まあ、仰ることは分かりますよ」
いよいよ声も出なくなってきたフィリーを見かねて、彼の忠実な秘書官オーギュストが口をはさむ。
この男も見た目と物腰の柔らかさに騙されてはいけないタイプなのは、私をここまで連れてきたあの妙な気迫から理解した。
私はフィリーからゆっくりとオーギュストへと視線を移す。かち合ったお互いの視線は、見た目は穏やかな雰囲気だけど、ぴりりとした緊張感を孕んでいた。
「ですが、それは貴方がフィリーにとってただの臣下であったなら当然の言い分。貴方がフィリーにとってたった一人の妃である以上、心配することは当然だと思いますよ」
ほうら、痛いというか反論し辛い所を突いてくる。こんな言い方はズルいだろう。
ここで下手なことを言えば、フィリーの好意からの心配を袖にしてしまう形になるし、かといって、受け入れるのも私の心情的に嫌だ。
考えるために僅かに黙れば、フッとこちらを小馬鹿にしたようにオーギュストが表情をつくる。
「まあ、王妃様の実力のほどは先日、嫌というほど分からせていただいておりますので、フィリーは過保護というか、恋は盲目と申しますか。私としては王妃様には一人で教会の事情聴取を受けてもらう事には問題ないと思います。何かあったらすぐ駆けつけるところに、牽制として近くに護衛を配置しておけば…それでいかがでしょうか?」
なら、最初にそう言えばいいものを、私と恐らく横でオーギュストを睨みつけているフィリーをやり込めるために、先の発言をした彼を私もフィリーに倣って内心で睨む。(実際は表情を変えないわよ?)
フィリーと彼の付き合いは長いようだけど、二人の関係性については単なる主従関係というだけでは説明が付きそうもない。
こんな面倒な相手とこれから付き合うのかと憂鬱な気分になっていると、フィリーが唸るように言う。
「過保護で悪かったな…それより、いい加減、その改まった口調はやめろ。お前が始終そうだとどうも調子が狂う」
過保護は認めるのね…と思いつつ、その後に続く言葉には頷いた。
「あ、私のせいで改まった口調なのでしたら、いつも通りにしてください」
別に私としては改まっていてもらって一向に構わないけど、妙にフィリーに砕けきったレグナがあるように、オーギュストにも彼のスタンスというものがあるのだろう。
「そうですか?では、王妃様もどうか私に敬語を使わず、オーギュストとお呼びください」
「分かったわ、オーギュスト。じゃあ、貴方も王妃様ではなく、名前で呼んで?」
「あら、そう?じゃあ、アイルちゃんって呼ばせてもらうわね」
(……あれ?)
何だか聞こえてくるはずのない言葉が聞こえたような気がする。
疲れているのかな?と僅かに首を傾ければ、表情は変わらずこちらを小馬鹿にしたような笑みを浮かべたままオーギュストが口を開く。
「あたしもこっちの話し方のほうが調子でるから、そういってもらって嬉しいわ。これから、よろしくね」
うふっと、妙に婀娜っぽく微笑みながら発せられた声は、間違いなくオーギュストのもの。低―い男の美声で紡がれる淀みない女性の、それも何だか色っぽい言葉遣いに呆気にとられて一瞬だけ思考が飛ぶ。
だけど、周囲に目をやれば特段驚いた様子もないことに、これが彼の自然体であることは容易に想像がつく。
「……よろしくお願いします。あの、一つだけ聞いていいですか?」
こんな異常な状況なのに、驚いているのは自分だけという何となしに納得いかない気分を味わいつつ、あまり取り乱さないようにしつつ質問する。
「もちろんよ!なあに?」
「オーギュストは女性ですか?」
敢て『女性になりたい人ですか』とは聞きません。
言い方は悪いかもしれないけど、その手のお人はそう言われると、そもそも『私は男じゃない!』と反論されたりする。
だったら、オーギュストは見る限りはどう見たって男性なのだから、後は自身が自分の事をどう思っているか確認したほうが穏便だろう。
趣味趣向、生まれ持っての性質というのは人間、誰しもがどうしようもないものだ。女装していたフィリーに気が付いた時にも思ったことだけど、別に迷惑が掛からないなら、それは誰に咎められたものでもない。
ただ、彼、いや、彼女?がどちらだと思ってるかで、私の対応だって変わる部分が出るだろうから、そこだけ初めに確認しておいた方がいいと思ったのだ。
「うふふ。アイルちゃんは優しい聞き方をするわね。だけど、その優しさはあたしには不要よ。あたしは男!しゃべり方だけがこんな感じだけどねぇ」
「そうですか」
それはそれで非常に変だと思うのだけど、突っ込んで聞いてはいけない気がして私はとりあえずそう言うだけに留めた。
更新方法を変えるかと打診していましたが、中々準備が進んでいないので、とりあえず、一話ずつの更新をしばらく継続します。コロコロと言っている事が変わってしまって申し訳ありません。