1-4
「ねえねえ、ニーアはどの辺に住んでいるの?」
「ガディバ地区」
「おお!高級住宅街だ。お嬢様なんだねぇ。じゃあ、学校は何処?」
「レンブルトン学園」
「おお!お金持ち学校!じゃあ―――」
「いい加減にしろ!!!」
淡々と無表情で私の質問攻めに耐えていた、先日ローズハウスからの帰りにナンパした美少女ニーアが、我慢できないというように声を荒らげた。
その見た目は本当に本当に愛らしいのに、その大きな瞳から放たれる光は鋭く、荒らげた声はドスが効いていて、お近づきにはなった事がないので正確な所は分からないけど、きっと札付きの不良にもきっと引けを取らないと私は思う。
ただ、どうやら着ている服装やその所作から彼女がお嬢様なのは間違いないはずで……そのギャップが私には彼女をただの美しいだけのお嬢様じゃなく、とても興味深い存在に感じさせた。
ともかくお友達になりたいなと、私は思った訳だ。
なので、こうして奉仕活動に出向いてニーアに会う度に私は彼女に纏わりつき、質問攻めにした。
基本的に無愛想だけれど律義な彼女は私の相手をする度にこうして噴火する、だけどそうした所で私がにんまり笑うだけだと気が付くと、今度は憮然とした顔をぷいっと背ける。
「その表情、かっわいー!さすが美少女はどんな表情しても絵になるわぁ。」
「~~~このっお前はマゾか!!!」
私のそんな茶化しに、顔を真っ赤にするニーアは眼光鋭く口は悪くとも、偽りなく本当に可愛い。
口汚く罵られようともますますにやけ顔の私(う~ん、これじゃあマゾと言われても仕方ないのかな?)を、子供たちが興味深げに見つめていた。
「アイル姉ちゃん。どうして、この怖いお姉ちゃんをわざわざ怒らせるのぉ?」
「な!?怖い??」
悪意のない子供の言葉に傷ついたような表情を見せるニーアに吹き出す私。
最初は気が重くて仕方なかったローズハウスでの奉仕活動も、今となってはエリーが言っていたようにいい経験だなと思えるようになった。
最初は遠巻きにしか近寄ってこなかった子供たちに懐かれ、大人たちと会話を続けるコツを覚えてきて、本当に遊びと話相手しかしていないけれど、次第にそれが楽しいと感じられるようになってきたのだ。
だけど、それは私がとりたてて何かすごい事をした訳でも、私が人格者な訳でもない。
それはきっと、ここの子供と大人たちが誰にでも寛容な事が要因だと思う。
『私はここを誰もが受け入れられる場所にしたいの』
ユーナさんのローズハウスへのそんな信念が、ここの住人たちにきっと伝わっているんだろうなと思った。
そして、私がここに来ることを楽しいと感じられるもう一つの要因が、この美少女ニーア。
彼女は私みたいに奉仕活動で来ている訳じゃなくて、家族がこのハウスにいるから毎週お見舞いに来ているらしい。
そんな彼女とこうして怒鳴られつつも親交を深めていくのが、私の密かな楽しみだったりする。
「あははっ!別に怖くないんだよぉ。ただ、ちょーっと感情表現が苦手なだけ。そうだ、今日は一緒に遊ぼうか!!!」
「おいっ勝手に―――」
「わあい!!」
私が勝手に決めてしまうと、遊び相手が増えたことに子供たちが無邪気に喜び、この反応にニーアも怒るに怒れなくなり、真っ赤になりながら私を睨みつけた。
(だけど全然怖くないもんね)
ローズハウスに来る事、今回で5回目。(休みの度に来ているので、初めて訪れてから一カ月以上がたつ)
その度にニーアと出会い、纏わりつく度に睨まれ怒鳴られて続けている私である。いい加減、彼女の反応にも慣れて、何となくその扱いにも慣れてきた私である。
▼▼▼▼▼
こうして美少女ニーアに怒鳴られることがローズハウスでの日常になっている私だけれど、実際彼女との距離が縮み、親しくなったかと問われると否と断言するしかない。
はっきり言って彼女のガードは非常に固いのだ。
多分、私に許していい部分と、許さない部分がはっきりしているのだと思う。
質問一つとっても、かんたんに答えてくれることもあれば、きっぱりと言えないと断れることもある。いや、断られる方がかなり多いかな?
きっと彼女に対して興味半分で纏わりついている私を、彼女は本気で鬱陶しがっている。
だけど、根本の部分で律義で優しい彼女は本気で拒否できないんだろうなと…想像するのは難しくない。
それが分かっているなら、ニーアに近づくのは良くない事なんだろうとも思う。だけど…と、私は庭で子供たちと戯れながら上方を見上げる。(結局ニーアは子供たちと遊ばなかった)
ローズハウスの本館というべき食堂やリビング、住人の部屋がある建物の他に、その陰に隠れるように小さな塔があった。
本館と同じ白い石造りの塔の高さは、三階建ての建物より少し高いくらい。
入ったことはないので、中がどうなっているかは定かではないけれど、あの塔にはたったひとりの住人しかいないらしい。
―――それがニーアの家族…私が初めて彼女を見た時、押していた車椅子に乗っていた人
ニーアとその人が親子なのか兄弟なのかも分からず、いくつかの目撃証言からその人が女性だということは知っているけど、ローズハウスにいる理由も、どんな人物なのかも定かではない。(車椅子に乗っている時、私は見ているはずなんだけど、ニーアに見とれていて全く覚えていない)
塔には常に鍵がかけられ、その人はほとんどあの塔から出ることもなく、食事も食堂ではとらないので、子供たちの間でも謎の人物として有名らしい。
散歩も普段はしないということで、私が見かけたニーアが庭で車椅子を押す姿と言うのはかなりレアな事だったらしい。
(多分、何か複雑な事情があるんだろうけど、なんか変なんだよねぇ。)
知り合ってすぐに、とりあえず話題もないのでローズハウスにいるニーアに家族のことを聞いた瞬間、彼女の表情が普段の不良バージョンよりも凶暴なものに変化した。
いつものように怒鳴りもせず、静かな声と表情がより一層私の恐怖を増幅させた。
『それ以上私のことを詮索するなら、あんたが誰だろうが容赦しない。怪我をしたくなかったら、何も聞くな。』
いやいや…え?いきなりそんな展開?と特に深い意味もなくした質問に、あまりに強い拒否と威嚇を受けた私は情けないかな半泣きになるほどビビった。
そんな私の表情を見てニーアも気まずそうにしていたけれど、それ以降ニーアの家族については怖くて質問しようとも思わなくなった。
だけど、そう思う一方でその頑なさが痛々しく、いつも張りつめた様な様子の彼女が気になって、私は鬱陶しがられていると分かっていても彼女に纏わりついている。
(なんか放っておけないんだよね)
多分余計なお世話なのだろうし、放っておけないと言っても彼女に何ができる訳でもないと思うのだけれど、せめて少しでも気がまぎれればいいなと思ったりして……
(あはは、何かこれって恋みたい?)
なんて、独り言を心の中で呟いていた頃は気楽だった。
この出会いと彼女に興味を持った事が、私の運命の転機だとも知らなかったのだから。
そして、私の運命は音を立てて動き出す。私の知らない遠いところから、少しずつ。