10-6
どれくらい泣いたか分からないけど、一頻り泣いて顔を上げた時には、明かりをつけていない室内は夕日の赤から夜の暗闇に変わろうとしていた。
私以外は誰もいない室内に長く伸びる家具の影。不思議と風すら吹かずに物音すらなくて、私はとても寂しい気持ちになる。
だけど、怖いくらい寂しくて、痛いくらい静かな場所に一人。そんな孤独感に晒されることで、これまでにないほど落ち着いて自分自身と向き合えるような気がした。
ここしばらくずっと感じていた違和感。
自分の言葉と、心の食い違い。そこから派生したぐらぐらと揺れる不安。せめぎ合う焦燥。そして、その元凶はアイルフィーダに対する嫉妬。
巫女としてみっともないほど呆れた感情。自分の心だというのに、何一つままならない不甲斐なさ。
私は今までそれらを見て見ぬふりをしていた。無理やり違うものだと自分自身を納得させようとしていた。
(ホント、サイテイだよね)
アイルフィーダが何も悪くないことは分かっている。ううん。それが分かっているからこそ倍増して襲いかかってくる自己嫌悪。
(もっと、もっと強くならなくちゃ)
自分勝手で醜い心は、きっと私が弱いせい。巫女として、女性として未熟なせい。
だけど、こんな風に自己嫌悪に負けて、しょげているだけでは何も始まらない。弱い自分をどうにかしてもっと強くならなくちゃ。そうして、こんな自分勝手で醜い自分なんていなくなってしまえばいいのだ。
だけど、今はまだまだ理想とする自分は遠すぎて…ともかく、まずは明日にでもビビやアイルフィーダに謝らなくてはと気持ちを新たにする。
(うん。分かってる。頑張るよ。私、ちゃんとした巫女になれるよう。頑張る。だけど―――)
明日から頑張れるように、もう少しだけ弱い私のままでいさせてほしい。
椅子に深くもたれ掛け、私は再び瞳に溢れてくる悔しい何かを自分の腕で覆って、上を向いた―――その時だった。
「ねえ、それは貴方の本心?」
私以外誰もいないはずなのに、背後から聞こえてくる声にはっとする。
「誰!?」
椅子から立ちあがり振り返れば、そこには見覚えのない一人の女性。明かりをつけていないため薄暗い中でも爛々と輝く赤い瞳に笑みをにじませた。
世界塔の中にある巫女の離宮といえば、世界王のそれに匹敵するほどの厚く鉄壁の警護の中にある。だから、自室にいるときは、いつも近くに武器を置いておかない。
突如として現れた侵入者に驚くとともに、冷静な自分がまずはここから逃げて助けを呼ばなくてはと、走り出しながら声を出そうと大きく息を吸っ―――。
「ダーメ」
女性は一瞬で私の前に現れるとその手で私の口を塞いだ。
その目にも止まらない速さと、口に触れた手の冷たさに私は大きく目を見開く。
「心配しなくても、貴方に何かをしようと思ってる訳じゃないのよ?ただ、貴方があんまりにもいい子ちゃんな事ばっかり考えているから、イライラしちゃって起きちゃったわ。本当はもう少し眠っている予定だったのに」
明るく歌うようにそう告げてくるりと身を翻す女性からは、確かに物騒な気配は何も感じない。だけど、この状況で物騒な気配がない事自体が異様としかいえないし、彼女の言っている事も訳が分からない。
「な、何を言ってるの?」
「何って…だって、貴方、王妃に嫉妬しているくせに、それは自分が弱いせいだって思っているんでしょ?だから、もっと強くならなくちゃーなんて思っちゃっているんでしょ?」
『いい子ちゃんぶりっ子すぎて、私、つまんなーい』とキャハハと女性は、多分私より年上のように見えたけど、幼い少女のように笑う。
私を馬鹿にするような言葉。だけど、その言葉以上に、声にも出していない私の考えを、まるで聞いたかのように告げるその言葉に混乱する。怖くなる。
「巫女って、本当、どいつもこいつもそういうタイプばっかりでやんなっちゃう。王妃を蹴落とすくらい気持ちがあった方が面白いのに」
にこにこと邪気のない表情で笑う彼女の顔にかかる髪の色は輝く銀色。
私はその事に大きな胸騒ぎを感じる。
「やっぱり、母様の影響なのかしら?ま、どうでもいいか!」
異様な状況。可笑しな女性。
声も出ずに、金縛りにあったかのように動けずにいる私の顔を見てにやり…と不気味に女性が笑う。
「私の事、ちゃーんと楽しませてよね。いい子ちゃんな巫女様?」
ヒヤリ…と人差し指で顎を撫でられて、寒気が走った。
そして、びくりと震える私を見て再び楽しげに笑い出した彼女は、そのまままるで霞か幻のようにスーッと消えてしまったのである。
短くて申し訳ありませんが、これにて第十章は終了となります。
次からは再びアイルフィーダ視点へと戻ります。