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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第二部 現と虚ろ
76/113

10-3

 その声に反応したのは、私よりビビアンの方が早かった。


「兄さん!!ノックなしに入ってくるなんて信じられない!」


 勢いよく椅子から立ち上がると、鋭い声で抗議する。


「ノックはしたぞ?」


 それに涼やかな笑みを浮かべて肩をすくめる彼は、ビビアンのお兄さんで、私付きの騎士の一人。


「ランスロット」


 カッコいい名前だなぁと、自己紹介された時から思っている。

 ビビアンを通じて彼とも人がいない時には、畏まらずに接してくれる数少ない友達になった。

 兄妹よく似ていて涼やかな銀髪と青い瞳もお揃いで、二人は美形兄妹として巫女付きの間ではちょっとしたマスコット的な存在でもある。


「例えノックしていても、返事がないのに部屋に入るのはマナー違反じゃない?」

「これは失礼いたしました」


 言いながら大げさに頭を下げるランスロットに、笑いを誘われる。

 こんな風に彼は私が何を言っても、笑っておどけてくれるって分かっているから、私もポンポンと軽口をたたける。

 明るくて、何も考えていないだろうそんな彼の能天気な部分は、巫女として張りつめ続けている私にとっては、ビビアンとはまた違う意味でほっとさせられる。


「兄さん、全然反省してないでしょ!!リリナも笑ってないで、もっとガツンと言っていいのよ?!」


 私とランスロットが笑い合う中で、一人いきり立つビビアン。


「そうガミガミ怒るなよ。将来、眉間に皺が残るぞ?」

「余計なお世話です!!」


 近づいて怒る妹の顔を覗き込むランスロット。そんな彼にビビアンは思いっきり顔を背けた。

 それを見て、また笑う。

 私の前では大人びている彼女もたった一人の兄であるランスロットの前では子供っぽく見えたりして、私はそんな兄妹の姿を見ていつも楽しませてもらっている。 

 だけど、あまり笑っているとビビアンがへそを曲げてしまうだろうから、私はランスロットに先を促した。


「何か用だった?」

「ああ。今、巫女に取り次ぎを願っている人物がいる事を知らせに来たんだ」

「誰かしら?」


 確か今日は特に誰とも面会の約束はなかったはずだけどと、不思議に思って首を傾げる。


「ベルネル司教だよ」

「リュファス?」


 傾けた首を更にもう一段階傾ける。その名前を聞いても、用件に心当たりが思い浮かばないのだ。

 まあ、リュファスは司教という教会の立場にいながら、教会を変えようとする私たちにも好意的でいろいろ助けてくれる人物だ。

 断る理由もなく、私はリュファスに会う事を了承した。



▼▼▼▼▼



「巫女様。突然の訪問にも関わらず、お目通りをお許し頂きましたこと、誠にありがとうございます」


 自室ではなく面会用の部屋で対面すると、リュファスはまずそう言って跪いた。


「気にしないで。今は特に何もなかったし…それより面会の用件は何?」

「はい。巫女様にゲイカより伝言を承っています」


(えっと【ゲイカ】…って?)


 瞬間、すっごい間抜けな問いが頭に浮かんだけど、それは何とか口に出すのは我慢した。同時に【ゲイカ】という言葉の意味をものすごい考えた。

 どこかで聞いた覚えはあるんだけど…


『リリナカナイ。【ゲイカ】に失礼のないようにしなさい』


 不意に頭をよぎったのは、お父さんの声。あれは確かヘリオポリスとの面会の前のはず…という事は、【ゲイカ】っていうのはヘリオポリスのことだろうと思うんだけど?

 それにリュファスはヘリオポリスの秘書的な事もしているので、彼からの伝言を請け負うも十分に考えられる。うん、きっと、そうだ。

 正確な事は後でビビアンに聞こうと思いつつ、とりあえずこの場では【ゲイカ】=ヘリオポリスという事で話を聞くことにする。

 ちなみに当然そんな間抜けな思考は読み取られないように、冷静な巫女の仮面を被ったまま私はリュファスの言葉を聞き続けている。自分でいられない巫女なんて窮屈すぎて、本当に嫌になる。


「ゲイカは先程の告解の儀につきまして、巫女様のご意見に大変感銘を受けられたようで再調査、告解の儀の再開をご検討されております」

「本当!?」


 驚きのあまり剥がしてなるものかと誓った巫女の仮面が、あっけなく剥がれた。


「はい」

(これでアインを救う事ができる!)


 さっきまでの落ち込んでいた気持ちが、一瞬で晴れる。だけど、言葉はさらに続いた。


「ですが、それには問題があるのです」

「問題?」

「再開をゲイカが指示されようとした所、数名の枢機卿たちから隠された情報がある中では再調査しても意味がないという意見が出たのです。公平な調査、告解の儀のためにも先日の一件の真相が必要なのですが、教会はそこを把握できていないのです」


 教会が把握できていない真相?

 レディール・ファシズの全てを支配し管理している教会以上の存在なんて、この陣営のどこにも存在しない。そんな教会に知らないことがある方が不思議で、リュファスの言葉に不信感を持った。

 多分、それが顔に出ていたんだと思うけど、リュファスは私に困ったような表情で笑った。


「確かに教会が把握してない事など、実際はほとんどないに等しいのかもしれません。ですが、先日の一件については教会より詳しく、正しい情報を握っておられる方がいるのですよ。巫女様をお尋ねさせていただいたのは、貴方がその情報を知っているのではないかと思いまして―――」

「教会が知らない事を私が?」


 言外にありえないと伝えるけど、リュファスはそうではないと首を横に振った。


「いいえ。巫女様が…というのではなく、陛下や王妃様より何か伺っていないかと」

「え―――?」

「先日の一件。事実上、陛下を救出したのは近衛騎士団…ということになっておりますが、その実、それは王妃様ではなかったのかという情報があるのです」


 アイルフィーダがフィリーを助けた?

 私が受けたのは、<神を天に戴く者>に捕えられたフィリーをレグナたち近衛騎士団が助けたという報告。残念なことに<神を天に戴く者>を捕えることはできなかったけど、フィリーが無事に帰ってきただけで私は十分だと思って喜んだ。


―――それ以上の真実なんてあるはずがない


 リュファスの言葉に私は強くそう確信する。

 疑う理由がないし、何より私は皆を信じている。教会に嘘の報告をするとしても、私には本当の事を教えてくれるはずだもの。


『フィリーを助けに行かないの?!』


 そんな風に自分に言い聞かせた私の中で、声が…アイルフィーダの声が響いた。

 私とフィリーが巻き込んでしまった、守ってあげなくてはいけない人。フィリーはそれを忠実に守ろうと、彼女を王妃にしてからずっと気を遣っている。

 私もそれを手伝いたいと、アイルフィーダが少しでもレディール・ファシズで心地よく生活できるように何かしたかったけど、巫女という立場ではそれも難しく、その辺りをフィリーに任せきりになってしまっている。

 だから…なんだろうな。


『それでもフィリーが心配でしょう?彼が大切だったら』


 あの時、アイルフィーダは彼が攫われたことに異常に反応した。

 フィリーが助かることなんて疑いようもないのに、アイルフィーダはそれを信じずフィリーを助けにいってしまった。彼女がフィリーの強さを、神の加護を知らないのであれば、まあ…仕方ないのかもしれない。

 彼女にとってフィリーはきっとレディール・ファシズで唯一信じられる、頼れる人なのだろうから、彼が居なくなることに恐怖や不安を覚えるのは当たり前だと思う。

 私だって今は友達も仲間もいるけど、こちらに来た当初はフィリーやお父さんくらいしか心を許せる人はいなかった。


 だけど、焦っている表情はフィリーが心配だからというのもあるだろうけど、フィリーを助けに行かない私を責めているようにも見えたて…うん、だからだと思う。

 舞踏会場の収拾にあたるためにフィリーの救出部隊に加わることができなかった私が、それに半ば無理やり付いていくアイルフィーダの背中に何となくモヤモヤしたものを感じてしまったのは―――


「そのご様子では巫女様は何もご存じないのですね」

「え?ええ、そうね。そもそも、その情報が間違っているんじゃないの?私もフィリーを助けたのは近衛騎士団だと聞いているのよ」


 舞踏会の時のことを考えて黙り込んだ私の様子を見てリュファスが残念そうに溜息をつく。


「そうですか…ちなみに巫女様はどのような報告を受けられているのでしょうか?」

「え?攫われたフィリーを近衛騎士団が助け出したけど、<神を天に戴く者>は捕まえられなかったって…」


 そう。アイルフィーダの名前なんて一度だって出てこなかった。

 彼女の事を忘れていた訳じゃないけど、私はリュファスに話を出されるまで彼女が近衛騎士団にくっついていったことすら頭になかった。


「より詳しい話は?陛下がどうやって助け出されたのか?どこに連れて行かれたのか?巫女様は不思議には思われませんでしたか?」

「え…あ」


 畳み掛けるように言われて咄嗟に言葉が出ない。


「ああ、申し訳ありません。しかし、教会にも同じような返答があったのですが、その辺りの詳しい話は一切教えて頂けないのです。勿論、陛下が無事に戻られたことが一番なのですが、今後の対策のことを考えれば詳しい状況の把握が求められます」

「―――それと王妃様が陛下を救出をしたという情報が、どう繋がるのでしょうか?」


 戸惑って何も言えなくなってしまった私を助けるように、ランスロットがリュファスに問いかける。


「貴方は?」

「巫女付きの騎士をしております。ランスロット・ファウルと申します」

「ファウル…まさか、ファウル公爵の?」

「はい。ですが、今は関係のない話でしょう。それより質問にお答えいただけますか?」


 丁寧な言葉遣いなのに、さっきまでとは全然違う固くて冷たい声は、親しい私でも何だか怖い。

 だけど、リュファスはそんなランスロットの態度に細い瞳を更に細めて笑うと快く質問に答えてくれた。


「巫女付きの騎士であれば先日の舞踏会場で、王妃様のお力は見ましたよね?」

「え?…ええ、まあ」


 リュファスの言葉にランスロットの表情が少しだけひきつったように見えた。


「あれだけたくさんの騎士も、巫女様ですら敵わなかった侵入者相手に陛下を奪還したとなれば、あの王妃様の未知の力が関わったのではないか…と我々は推測しているのです」


 未知の力…アイルフィーダが周囲の魔導力を吸い取ったあの恐ろしい力。

 そういえば、あの力については私も知りたくてフィリーに聞いたのに彼は何も教えてくれない。

 それを思い出して……ポツリ、心の中に不安が落ちる。


「ですから、その辺りの事情も含めて陛下にお伺いもしたのですがお答えを頂けないのです」

「だったら、王妃様に直接、話を聞いたほうが早いのでは?」

「そうですわ。わざわざ巫女様の手を煩わせるのはおやめください」


 リュファスの言葉に噛みつきだすファウル兄妹に私が慌てる。


「ふ、二人とも。私は大丈夫だから…」

「ですが!王妃様の事で巫女様のお心を乱すようなことを言うなんて―――」


 オルロック・ファシズの事だけじゃなくて、アイルフィーダが嫁いでからフィリーが私との時間がほとんど持てなくなってしまって、ビビアンは彼女の事をあまり良く思っていない。

 その度にビビアンにアイルフィーダは巻き込まれただけなのだと、事情を説明するんだけど納得してくれないのだ。


「アイルは私にとっても大切な人だもの…寧ろそんな嘘の情報が出回って彼女が心を痛めていなければと私は心配だわ」


 不安を悟られないように言葉を選ぶ。

 リュファスの言葉、何も言ってくれないフィリー、謎のままのアイルフィーダの力、心の中に落ちてきた小さな不安はすぐさま大きく私の心を満たしてしまう。


―――アイルがフィリーを助けたのは本当?

―――それが本当だったら、どうして私には何も教えられないの?


 だけど、それは表に出しちゃいけない。

 リュファスは私に好意的かもしれないけど、教会の人間である以上、全てを信用してはいけない。フィリーにもこの間そう言われている。

 それに気が付けばアイルフィーダの話が中心になっていて、再調査と告解の儀の再開の話はなくなってしまっている。このままそれをうやむやにされたら困る。

 私は話を元に戻そうと、リュファスに対する言葉を頭の中をフル回転させて考える。


「巫女様は王妃様が陛下の奪還に関与していないとお考えですか?」

「ええ…当然。私はそういう報告を受けているもの、その言葉を信じます。だけど、確かに近衛騎士団が情報を開示しないのは良くないわ。分かりました。その辺りは私がレグナに話を聞きます。そして、その情報を教会に開示しましょう。それで公平な告解の儀が開かれるのよね?」


 きっと、リュファスは初めから私にこの言葉を引き出させたかったんだと思う。

 教会側からでは分からない情報を、アインを人質に私を使って得るつもりなのだ。利用されている…そうは分かっていても、アインを助けるためには私は受けないわけにいかなかい。


(フィリー)


 揺すぶられる感情の中で、一番信じている人の名前を呼ぶ。

 浮かび上がった疑問や不安…それは私が弱い証拠だ。

 巫女としてもっと強くなるために、私ができる事はただ目の前の事を解決して、近くの人々を助けていくしかない。

 そのためにはこれが教会の思う壺かもしれないけど、今はそれを受け入れるしかないんだよね?

 とりあえずはフィリーに相談しなくてはと思いつつ、私は不安を押し殺してリュファスに巫女としての笑みを返した。

リリナカナイが理解できていない【ゲイカ】とは漢字に変換すると【猊下】。高い位の僧に対する敬称で、彼女の予想通りここでは教皇ヘリオポリスを指す言葉となります。


ちなみにリュファス・ベルネル司教は8-4辺りでチラリと登場していた人物となります。

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