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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第二部 現と虚ろ
73/113

9-7

 本来、レディール・ファシズには裁判というものは存在しない。


 何故ならそもそもレディール・ファシズには法というものがないから、それによって人を裁く裁判というものが存在するはずがないのだ。(オルロック・ファシズにはどちらも存在する)

 忘れることなかれレディール・ファシズは神が君臨する場所。オルロック・ファシズで言う所の法は、こちらでは神の意志そのもの。

 しかし、実際に神が人々にその意志を示すはずもないので、神の意志は教会の意志というように都合よく解釈され、教会に従うことが善行であり、教会に逆ったり、意に沿わぬことをすれば、その善悪など問われずに僧兵によって捕えられ罪に問われるという…オルロック・ファシズ育ちの私にしてみれば信じられない無法地帯なのだ。(内乱が起きるのも当然と言える)

 なのに、どうして私がこれから始まるものを『裁判』と称したかと言えば、名こそ違え大体似たようなものだから。しかし、オルロック・ファシズの裁判とは違い、これから始まる裁判は既に判決が決まりきった出来レースではあるのだけれど。


「静粛に。これから告解の儀を始める」


 木槌を叩く音と共に低い声がホールに響く。憶測、噂…飛び交っていた様々なものが、それに呼応して一斉に静まり返る。

 【告解の儀】とはこれから始まる裁判もどきの正式名称。その名が表す通り【罪を告白する儀式】。

 教会内部における重要案件のみにて行われるもので、何らかの罪に対して疑いをかけられ、ここに召喚された人物は自らの罪を告白するもよし、無実であればそれを訴えるもよし。神の御許で全ての真実を明らかにするという趣旨らしい。

 とはいうものの私が先ほど出来レースと称したとおり、この儀式が開かれる時点で絶対的にその人物は罪人であることが決定している。何しろこの儀式の中で無実の人物が現れたことは未だかつて一度もないのだから。

 要するにこれは周囲を納得させるための確認作業。枢機卿など地位が高い人物を罰するにあたり、自白させ、教会が罰する正当性を示すための儀式なのだ。


(何を言っても罪人になるのに…こんな大勢の前で罪を告白させられるなんて、晒し者の他の何者でもないわよね)

 

 そんな事を考えつつ声の出所を探すと、ホールの上方の壁にせり出したテラスのような場所に、厳めしい顔のご老体が5人並んでいた。その中央にいる人物には見覚えがあった。


「教皇ももうすぐ退位されるというのに、最後の最後までご苦労なことだな」

「だが、告解を行うのが枢機卿である以上、その上位である教皇にお出まし願うしかないだろう」


 教皇ヘリオポリス。

 直接会ったのは結婚式の時だけで、言葉という言葉も交わしたことはないけど、フィリー曰く老人とは思えない実力と、老人しか持ちえない博識さを持つという厄介な御仁らしい。

 教会における最上の色とされる藍色の法衣を身にまとい、彼は静まり返った聴衆を見下ろして口を開いた。


「お集まりの諸君。敬虔な神の信者たる我らの中から、神の意に背き、罪を犯したと疑わしき者が現れたことを私は辛く思う。しかし、その真偽を皆で確かめ無実であれば幸いを、罪人であればそれに相応しき報いを…我らは彼の告白を真剣に受け止めよう」


 お決まりの口上というやつなのだろう。

 既に結果は決まっているのに馬鹿馬鹿しいと思いつつも、それでも私がここにいるのは単にフィリーに対して意固地になっているだけじゃない。

 そもそも、私がこの儀式を見たかった理由は罪人になるアインの生の反応。この場で彼が本当に罪を告白するのか、それが本当に真実なのか…それを自分の目で確かめたかったから。


 あの舞踏会の夜から時間は過ぎたが、【神を天に戴く者】の手掛かりは何一つ確かなものは出てこない。そんな中で【神を天に戴く者】と関わっている可能性のあるアインが重要な手がかりであることは間違いなかった。

 だけど、すぐに教会に捕らわれてしまった彼とはフィリーすらも面会できず、また、彼と同じ立場であろうアルスデン伯爵夫人に至っては、何がどうなっているのか教会が罪に問うことも無く、更には完全な雲隠れ状態で居所すら掴めていない。

 これらの状況を鑑みると、教会が二人に関して何かを隠していると思うのは当然で、その隠している事というのが教会自体が【神を天に戴く者】と繋がっている、もしくはそれ自体であると考えるのは安直かもしれないけど、可能性としては大いにある。

 だけど、憶測を証明する証拠はなく、教会や【神を天に戴く者】が次に動くのを待つしかない状況で、アインの【告解の儀】が行われるという情報が入ったのだ。

 もしかしたら、その場で彼が何か重要な情報を漏らすかもしれない、言葉にしなくてもその様子から何か分かることがあるかもしれないと思うのは当然だろう。


(それを何で駄目だって言われないといけないのよ)


 確かに王妃として堂々と参加したとして、この教会関係者だらけの中に入るのは針の筵状態で非常に居心地が悪いだろう。しかし、こうして変装して紛れ込む分には全く問題があるとは思えない。

 なのに、どうして―――?と改めて考えを思いめぐらせていた時だった。


「そして、今回は事が重大であったこともあり、また、今回の告解にも関係があるため世界王陛下と巫女をこの場にお呼びしている」


 その言葉に静かだったホール内が再びざわめくとともに、私も大きく息を飲んだ。


(そんな話聞いてないわよ!)


 フィリーが私を遠ざけた理由はこれか!と頭に血が上る感覚を覚える一方で、反対にヒヤリと自分の一部が酷く冷める。

 私が入ってきたのとは違う扉が開かれて、藍色の装束と純白のドレスに身を包んだ、相変わらず似合いの二人が現れると特別に用意された上段の椅子に並んで腰掛ける。その姿に嫉妬するより、フィリーがこれを隠したという事実が嫌だった。

 世界王と巫女、二人がこのレディール・ファシズで常にセット扱いされているという事実を私は重々承知しているし、リリナカナイと一緒になる時は、毎回予告して欲しいなんて束縛が強い妻を気取るつもりもない。

 だけど、隠した上に妨害までしてくるなんてフィリーに疾しい感情があるのでは…と邪推しても仕方がない。

 要するにフィリーは口では私に好きだ惚れたと言いつつも、やはりリリナカナイの事が―――と考えてふと思い出す。


(あれ?この間、リリナカナイと一緒に出ないといけない式典については私に予め話してくれていたよね?)


 城外の式典で夜が遅くなるし、大々的な国民行事らしく噂もたつだろうからと、それから私の耳に入るより先にとフィリーは教えてくれた。


『ヤキモチやいてくれたら嬉しいけど、それでアイルを悲しませるのは本意じゃないからね』


 なんて余計なひと言も付け加えてくれだけど、どうしてこの時は予告しておいて、今回はこれほどに私にそれを隠したんだろう?


(何かほかの理由が―――)


 と、ぐるぐると考え込んでいた私だけど、二人の後から入ってきた人影にその全てが停止した。


「おい、あれはデュヒエ枢機卿じゃないか」

「親子で公に出られる事はほとんどないのに珍しいな」


 アルバルドン・デュヒエ。枢機卿の一人であり……リリナカナイの父親。

 神経質そうな顔立ちに、深く刻まれた眉間の皺、少しの乱れも許さずに着こなされた法衣。数年ぶりだが全く変わらないその姿に酷く動揺する自分が悔しい。

 同時にフィリーがこの場から私を遠ざけた理由が、この男なのかもしれないと思い至る。


(フィリー…知っていたの?)


 八年前は知らなかったはずの、私と男の関係。だけど、彼はそれを知り、私を彼から遠ざけようとしてくれた?


(あの男は枢機卿なのよ?どこかで会う覚悟くらいしてたわ)


 心の中だけで強がって見せても、動揺する自分が抑えられない。悲しいことに小さく震えてさえもいる。

 そんな自分の弱さを嫌悪しつつ、同時にそれをフィリーに見破られていたことに愕然とする。何故ならそれはすなわち、私のその弱さは他人に見破られるくらい分かりやすいという事だから…それは弱いという自覚があっても、それを隠して強くあらねばならないと、気を張り続けて生きてきた私にはとても屈辱的なことだった。


「それではアイン枢機卿をここへ」


 混乱と困惑の渦に飲み込まれたままの私を置いて、この裁判における最後にして一番注目されるべき人物が呼ばれる。

 私は動揺を忘れたふりをして、とりあえず目の前の事に集中することにした。

 それは小柄な老人…といった印象だった。

 私が見たアイン枢機卿と言えば、先日の舞踏会の時に遠目で見た限りなので、以前の彼と今の彼の何が違っているとは分からない。

 だけど、僧兵に連れられてホールの中央に立たされた彼は、裁判が始まる前から既にその背中に不幸を背負っているかのように見えた。

 その姿から【告解の儀】が始まろうとも、彼は教会の総意に沿わぬ発言をせず、決められた罪を告白するだけに終わることは想像がついた。

 それが彼の本意かどうかは分からないけど、教会はそれにて事件の決着をとするだろう。その真意を問う事も、調査することも無く。

 果たしてそれは煩わしい事を早く解決したいためだけなのか、それとも、教会そのものが先日の一件に関わっているからこそ、早々の決着を望んでいるのか。その辺りを見極めたかったのだけれど、さすが教会もボロは出さないようだ。


 進行役らしき司教が先日の事実確認をしつつ、アインにいくつか質問をする。それに否定することも言い訳をする訳でもなく、ただ頷き続けるアイン。

 しかし、その内容はあまりにお粗末だ。

 【神を天に戴く者】と通じていた彼は巫女の世話役としての立場を利用し、先日の舞踏会で作戦を決行する仲間たちが動きやすいように場を整えた…らしいが、その割には【神を天に戴く者】とどうして通じていたのか、その正体は何か、そもそも目的は何かなど、その辺りについては進行役は一切触れずに質問している。

 【告解の儀】というものの前例を見たことがないので何とも言えないけど、質問に頷くだけのこの作業は【告解】と言えるのだろうか?

 穿った見方をすれば、アインに余計な事を言わせないために教会が誘導しているようにしか見えない。


 私の位置的に彼は背中しか見えないが、その背中からは諦めという雰囲気しか漂っていない。これがせめて自分は無実だと叫ぶ気概でもあってくれればとも思うが、それもなさそうだ。

 折角、フィリーを出し抜いてまで潜入したというのにその甲斐もなかった。あの男・デュヒエを見てしまったために、私としては寧ろ来なかった方が数倍良かったと今更ながらに後悔がのしかかってくる。

 おかげで気分的に段々と憂鬱になり、視線まで大きく下げていると、その場にそぐわない声に顔を上げた。


「ちょっと待ってください」


 その声に私だけじゃない、ホールにいる多くの教会関係者が一斉にその人物を注視する。

 何十、何百という瞳に射抜かれて、なおもその全てに臆することのなくただただ澄んだ瞳がこちらを見返す。

 銀の髪、赤い瞳、純白のドレス。

 巫女だけに許されたその全てを完璧な美しさで身に纏う、現巫女リリナカナイ・デュヒエ。

 彼女はいつも浮かべている聖女の微笑みを打ち消して、決然とした光を瞳に宿し、この場にいる教会関係者の全てを支配するかのように見下ろしていた。

活動報告にあとがきがあります。

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