9-6
かくして、私がエドをほとんど脅すようにして協力させているものが何かと言えば、ずばり『アリバイ作り』というやつである。(脅した内容については、またの機会に)
ちなみに『アリバイ作り』なんていうと聞こえが悪いけど、決して悪事に手を染めようとしている訳ではなく、そもそも悪いのはフィリーなのだということを訴えたい。
それは数日前、私が【とあるもの】を見たいと彼に訴えたことに端を発する。
別に私がそれを見たいと望むことに問題があるとは思わなかったので、当然叶えられると思った要望だったのに、フィリーはすぐに却下した。それだけでもかなり気分が悪いのに、その上【とあるもの】を見ることができるその日時と被せるように今日の公務を入れられたのだ。
理由があれば私も大人しく引き下がったかもしれないけど、フィリーはそれすらも教えてくれず、ただ駄目だの一点張り。カチンときた上に、そう隠されると何を隠したいか知りたくなるのが人の性。
表面上は引き下がった体を装った私だけど、腹の内では何が何でも見てやろうと心に誓ったわけである。
まず、考えたのは公務なんか放り出して強行突破すること。
私としては一番簡単で手っ取り早いけど、後の事を考えると面倒だし、周囲に多大な迷惑をかける事が目に見えたので諦めた。
となれば、公務をこなしつつ【とあるもの】を見に行かなくてはならず…それでは私の体が二つ必要ということになり、そんなもの物理的に不可能だと誰だって分かる。
そこで『アリバイ作り』という結論に至った。
仮病を使い公務を中断。その隙にエドとすり替わり、私一人で神殿を抜け出して【とあるもの】を見に行く。あまりに簡単すぎる作戦かもしれないけど、少人数・即席なので贅沢も言ってられない。
ちなみにエドが変身の魔導術を得意としているため、すり替わっている間は彼が私に変身してくれることになっているので、作戦中に誰かがやってきても私が抜けだしたとバレる心配は少ない。(ただ、魔導術では体は変身できても、服装は変化できないらしいので、エドも着替えを要する)
仮病といういつ誰に様子を見に来られても仕方のない理由しか思いつかなったので、エドの弱みを握れなければ難しい作戦だったけど、運は私に味方してくれた訳である。
さて、後は私が司祭服に眼鏡をつけて…よし簡単すぎるけど変装完了だ。
苦しい詰襟は軍服以来の着心地で窮屈だけど、鏡に映る司祭姿の私は何処にでもいそうな普通の司祭にしか見えまい。
と、自分のあまりの花の無さを自嘲していると、ルッティにしては珍しいテンションの低い声が聞こえてきた。
「あらあら、これは酷い…私も腕が鈍りましたか?」
『酷い?』と思いつつ、振り返るとその言葉も納得としか言わざるを得ない光景が目に入る。…笑っちゃだめだと必死で息を詰めようとした私だけど…
「クククク」
「笑うな!!あんたがさせた格好だろうが!!」
こらえきれずに笑い出してしまった私に、鋭い怒号が浴びせられる。
怒号とはいっても、外には他の騎士もいるので声は小さい。それに怒号を発したところでエドの格好が…その…女性の服装を着ているというのに、何処をどう見ても男にしか見えない、要するにめちゃくちゃ似合わない様子に、全く迫力がなくて余計に笑えてきてしまう。
「……あんた、俺にケンカ売っているのか?」
ドスがききまくった声は本来の威嚇の役割を果たさず、私の笑いを更に煽るだけのものとなる。
「ご、ごめんなさいっ。え・と…クク、いや、うんっ。ハハ」
喋ろうとするけど、笑いが止まらなくて上手く言葉が出てこない私に、段々とイライラを募らせるエド。
それを見て、へそを曲げられると面倒だと堪えようとするけど…やはり駄目だ。
何だろう?完璧な女装男子たるフィリーを知っているから余計に違和感を感じるのかもしれない。ともかく、可笑しすぎる。
別にエド自体は特に不細工でもないけど、特別凛々しい男らしい眉毛を弄らないままの微妙な厚化粧(ルッティさん、顔は魔導術で私に化かすんだから化粧はいらないんじゃ?)、何処までも男性らしい骨格にそぐわない優美なドレス。うん、今の彼は何もかもがちぐはぐで、あべこべ。結論、ともかく可笑しい。
笑っている場合じゃないのは分かっていても堪えきれない私にいい加減、我慢が限界に達したのか、エドは指を一つパチンと鳴らすと魔導術を使ったらしく、その姿は一瞬で私と同じものへと変わってしまう。
「これでいいだろっ!」
やけくそで言い捨てるエドに私の笑いもやっと落ち着く気配を見せたのである。一瞬だけ先に変身してから着替えればよかったんじゃ?という思い浮かんだ疑問は胸の内にしまいつつ。
▼▼▼▼▼
「じゃあ、ともかく行ってくるわ」
もはや、完全にへそを曲げてしまったエドは、既にベッドに入ってしまい、こちらを見向きもしない。まあ、とりあえず協力はしてくれるようなので良しとする。
「畏まりました。アイルフィーダ様、お気を付けていってらしてくださいね」
「うん。ルッティも後よろしく」
ニコリとほほ笑むルッティに後を託すと、神殿を脱出する手段を取り出そうとポケットに手を突っ込み、手に触れた物を取り出す。
それは片手にすっぽり収まるほどの、正方形のクリスタル。色は無色透明だけど、光を集めて様々な色がゆらゆらと揺れる。
「それは?」
ルッティが訝しむように問いかける。
「空間転移装置ってやつよ。魔導術を使えない人間でも一瞬で空間移動できる便利グッズ。まあ、何時でも何処でも転移できる魔導術と違って、移動できるのはこれと同じクリスタルがある場所に限られているけどね」
「まさか―――」
私の言葉にルッティがはっとしたように息を飲む。
「そう。これはこの間、貴方の部屋で見つかった物と同じオルロック・ファシズの軍事兵器(詳しくは『王妃付き侍女ルッティと秘密の小部屋』参照)。便利そうだったから、この間、実家から色々送ってもらうのに混ぜてもらっておいたの」
実はつい最近、オルロック・ファシズの領事館が本格的にレディール・ファシズで活動を始めるにあたって役人が私に挨拶に来た。
その役人にお願いしてオルロック・ファシズより私物をいつくか取り寄せてもらった内の一つだったりする。
「で、でも、アイルフィーダ様?軍事兵器ってそんな簡単に流出しちゃっていいんですか??」
「簡単じゃないけど、軍人時代のツテと返してもらっていない貸しを存分に活用した結果…かなぁ。まあ、もらったって言っても、クリスタルは4つしかくれなかったしケチいわよね…あ、言い忘れていた。私が転移した後、このクリスタルはこの場に残るから拾っておいてね」
私が行きたい場所には予めエドによってクリスタルは設置済みなので、後は一気に移動するだけだ。
魔導術が使えない人間にとってこの兵器は非常に便利なものだけど、唯一の難点は転移する時にクリスタルだけは転移せずにその場に残ってしまう点だろう。おかげで回収するために、またその場に戻らなくてはいけない。
今回も作戦終了後は、またエドにクリスタルの回収をお願いしなくてはならないだろう。
「それは分かりましたけど…ちなみに陛下はアイルフィーダ様がこれをお持ちの事をご存じなんですか?」
「知る訳ないでしょ?暫く内緒にしておくから、ルッティもよろしくね」
隠すつもりはなかったけど、今回のようなことがあった時のために奥の手を持っておくに越したことはないだろう。まあ、いずれはバレるだろうけど、バレるまでは内緒にしておこうと考えたのだ。
夫婦と言っても、フィリーだって今回私に何かを隠しているんだから、私だってフィリーに隠し事して悪いことはないはずだ。
うんうんと自分に自分で最後にもう一度納得させて、私は予め使用者として登録してある自分の親指の指紋をクリスタルに読み取らせる。(登録してない人間はクリスタルを使用できない)すると、クリスタルの中に無数の文字が浮かび上がった。
そして、何やら高速で文字が浮いては消えること数秒、視界が白くぼやけたかと思うと私は一瞬で違う場所に立っていた。
「ふう…成功かな?」
いきなりぶっつけ本番は怖いので後宮で何度か既にテスト済みではあったけど、どうにも緊張していたらしく無意識に大きな息を吐くと、足元に転がっていたエドが予め置いておいてくれたクリスタルを回収する。
辺りを見回せば何やら薄暗く埃っぽい物置のような場所。すぐに扉が見つかったので、一度扉に張り付いて傍に気配がない事を確認しつつ、音を立てずにドアを少しだけ開けた。
薄らと開けたドアから見える景色は静かな廊下で、周囲には全く人気もないようだ。それを確認してから、私は素早い動きで部屋から出た。
その後は記憶済みの建物内の地図を頭の中で思い出しながら、目的の場所へと足を向ける。
その間、何度も人とすれ違うが、皆同じ司祭服や似たような服装ばかりの人が私の顔なんか見ないで形だけの会釈をして通り過ぎていくだけだ。私も同じように会釈を返せば、特段怪しまれる様子もない。
さて、そんな明らかに教会関係者ばかりが集まる場所は何処かと言えば【教会本部】という場所で、たくさんの教会施設を束ねる総本山。(その割にあっさりと侵入できて拍子抜けしてしまうけど)
非常に大きな建物で、レディール・ファシズの建造物の中では世界王城の次に大きいらしい。外見は厳かで神秘的な雰囲気を有し、芸術的にも評価されている建物だけど、中はまるで要塞のような物々しさが随所にうかがえる。
外観は何度か見たことがあったけど、中に入るのは初めてなのでキョロキョロするつもりはないが、物珍しい気持ちは抑えられない。
だが、今回は別に教会について探りに来たわけではないのだからと自分で自分を切り替えて、目的の場所へと急いだ。
かくして、たどり着いたその場所は仰々しいほどに大きな両開きの扉の前。開かれた扉には私だけではなく幾人もの教会関係者がなだれ込んでいく。
私もそれに紛れるように扉を潜り、まず、広い場所にも拘らず集まった人の多さに息が詰まるような感覚を覚えた。
そこは部屋というよりホールといっても差し支えない程広く、円形に形作られた空間は扉から階段状に床が段々と下がっていく造りになっていて、一段一段には椅子が何重もの円を描くようにぐるりとホールを囲んでいる。ただ、中央であり、一番床が下がっている部分だけは椅子がなくぽっかりと空間があいている。
また、高い天井や壁面には荘厳な壁画が描かれ、壁の中ほどには人が何人か座れるほどの場所がせり出していた。
私は周囲を観察しつつ人の流れに逆らわないようにホール中ほどの席に着くと、隣から二人連れらしき男性たちが小声で話す声に耳を澄ました。
「アイン枢機卿はどんな言い訳を聞かせてくれるだろうな?」
「事が事だ。言い訳をせずに判決を粛々と受けるのが利口だろうよ」
これを聞けばここで今から行われ、私が見たいと願った【とあるもの】というのが、アイン枢機卿の裁判であることが分かるだろう。
彼は先日の世界王誕生祭における【神を天に戴く者】の襲撃に際して、賊を世界塔に入れる共犯者として今から裁かれようとしていた。