9-5
「シモン枢機卿。後は私にお任せ下さいませ」
弱々しい演技続行中のまま、用意された神殿内の部屋のベッドに横になるしかない私の代わりに、有無を言わせない口調でルッティがシモンにお引き取りを願う。(ルッティは城内だけでなく、こういった公務にも付き添ってくれる)
「しかし、私も王妃様がしんぱ―――」
「そのお気持ちはアイルフィーダ様も感謝されることと存じます」
「だったら―――」
何故だか妙に私の傍にいたがるシモンの気持ちは有り難い…かどうかは置いておいて、とりあえず、私としては彼にこのまま部屋の中に居座られるのは非常に困る。
その辺りは事前に今後の打ち合わせをしてあるからルッティも心得たもので、世界王陛下に私の世話を一任されている王妃付き侍女の権力を盾にして枢機卿相手にも一歩も引かずに言葉を続けた。
「ですが、アイルフィーダ様が少しでも心穏やかにお休みいただくには人が少ない方がよろしいかと…ましてや、シモン枢機卿のように高貴なお方がお傍にいればアイルフィーダ様もお気を遣われてしまいます」
基本的には完璧な侍女然としたルッティの態度に(聞けば貴族出身ではないのに、イメージトレーニングだけでこの様子らしい)シモンは言葉も返せない。
「私のような使用人が枢機卿に意見するなど、本来あってはいけないことだとは思いますが、アイルフィーダ様のためだとご配慮頂けませんか?アイルフィーダ様がお目覚めになりましたら、すぐにご連絡差し上げますので」
シモンは最後までモゴモゴと何かを言いたげだったが、これが駄目押しとなり、大人しく退室してくれた。
パタンとドアが閉まる音と共に、たくさんの人の気配が離れていくのを確認して、私はようやく下手な演技をやめてベッドから起き上がる。
「堅物で有名なシモン枢機卿も案外チョロイものですわね?アイルフィーダ様☆」
先程まで恭しい口調だったのが一転、高すぎるテンションと共にルッティがクルリとジャンプしながら半回転し、私の方へ向きなおる。
「ああいう人の良さそうなおじさんを騙すのは気が引けるな」
部屋を見回せば、恐らく客室だろうけど結構な広さと豪華な内装。王妃相手に下手な部屋は用意できないだろうけど、わざわざこんな部屋を用意してもらって何だか申し訳ない気持ちが湧いてくる。
「アイルフィーダ様にいいかっこう見せたかっただけでしょうけど」
「え?」
小声で何を言っているか聞こえづらく問い返すと、ルッティは明るく首を振った。
「いいえ~、なんでもないです!何にしてもアイルフィーダ様が罪悪感を感じる必要はないってことです!まったく!!アイルフィーダ様の寝顔を見ようと必死な顔は聖職者にあるまじき形相でした!」
寝ているふりをする私の近くで、ルッティとシモンが何事か言い争っていた気配はしたけど、私の寝顔?そんなものを見てシモンはどうするつもりだったのだろう?
疑問は残るけど、とりあえずは何やら独り言(『ですが、いい年をした親父が年若い女王様にひれ伏す展開っていうのも…以下エンドレス』)を呟きだしたルッティを止めるのが先だ。
最近ではこの妄想モードに入ってしまうと、声をかけても反応してくれず、いくらか試行錯誤の結果、耳元で声をかけると大声で叫ぶよりもルッティが我に返ってくれる率が高いことが判明している。
「ルッティ」
「ヒギャハ!!!」
それにしてもこの方法、ルッティを現実に戻す有効な手段ではあるけど、変な声とルッティの顔が真っ赤になるという変な反応が返ってくるのが不思議だったり。
「とりあえず、時間がないからとっとと済ませましょう。体調を崩していることにしているとはいえ、時間が稼げるのは神殿での滞在予定時間までだとして、せいぜい2時間。それ以上寝込んでいると、さすがに怪しまれるか、医者を呼ばれるのも面倒だわ」
「あ、はい!!」
「貴方もよろしくお願いしますね、エド」
気配を完全に消しているらしくその存在をうっかり見落としそうになるけど、私とルッティの他にもう一人部屋の中にいたりする。
群青の飾り気のない服装は下級騎士のものらしいが、動きやすく汚れも目立ちにくそうで、かつては純白の軍服というやっかいな代物を着ていた私としては羨ましい限りだ。
ちなみに私の護衛には近衛騎士が数名と彼と同じ下級騎士が十人くらい付いていてくれて、エド以外はルッティがシモンに言ったような感じで部屋の外での護衛に留めてもらっている。
さて、他の騎士は下がらせたにもかかわらず、この場に残ってもらった下級騎士エド。
彼がどのような人物かと言えば、まずパッと見で目に付くのがその身長。年のころは私と変わらないと聞いたけど、その年齢の男性にしてはともかく小柄。私と変わらない…いや、多分低いだろう。
その身長に見合うというか、遅い成長期を待つしかない華奢な体つきは騎士というには不安を抱く程。顔はとりたてて特質すべき点もなく、私としては非常に親近感を抱く人物なんだけど、
「………ああ」
私の目も見ず、無愛想すぎる顔での返答。私に対しては始終がこんな感じで、彼からは一方的な拒絶を感じている。
隠す気も感じられない、あからさまなその態度。彼の主を気取る気はないけど、それにしても(多分)何の非もない護衛対象にその態度はどうかと思う。
だけど、今はそれについて議論している場合ではないので、仕方なく私が下手に出る羽目になる。
「貴方には業務外の事を頼んで悪いとは思うけど、協力をお願いします。大丈夫!今日の所はあのベッドで寝ててくれればいいだけだから」
「……着替えなくてもいいか?」
ちらりと視線だけ私に向けてポツリと呟かれた問いかけに、私は笑顔で即答する。
「それはダメ」
「~~~~!」
今更、計画を変更するはずもないのに、改めて確認して怒りに悶えるエドの反応は、普段邪険にされている分、非常に楽しいが今はそれに浸っている場合でもない。
「これ以上グダグダ言うようなら、【アレ】あげないわよ?」
「う…それは」
その言葉で明らかに動揺するエドに、私は更にルッティをけしかける。
「じゃあ、ルッティ、彼の着替えを手伝ってあげて」
「了解です!さあさあ、エドさん参りましょう!あ、ですが、同じ部屋でアイルフィーダ様もお着替えされますので、絶対に覗いちゃだめですよ」
「誰がこんなの覗くか!!」
『こんなの』で悪かったわね…なんて、ちんけな捨て台詞は吐きませんよ?まあ、王妃様と祭り上げられることが多くて最近忘れがちだったけど、エドの反応が私にとっては通常と言えば通常だし。
ただ、分かってはいても気分が悪いものは悪い。私は今私が着ているものと同じワンピースとドレスの間みたいな洋服を片手にエドに詰め寄っているルッティに一言。
「そうだ。ルッティ、せっかくだから女性物の下着も着てもらったら?プロはそこまで拘ったりするらしいし」
その言葉にキラリーンという効果音が聞こえそうなほどに、ルッティの瞳が輝き、対してエドが声もないほどに動揺した表情を浮かべたのが見えたけど、私はそれ以降は一切無視して自分も着替えに取り掛かった。
さて、どうしていきなりこのエドという青年が登場したか戸惑っておられる方も多いかと思う。
事の始まりは私が世界王妃という立場を隠して動きたいと、フィリーに打診したことがきっかけだった。
かくして、後宮からの軟禁状態は解除されてある程度の自由を得た私だけど、王妃であることを隠して動く事に対してはフィリーに散々反対された。だけど、元とはいえオルロック・ファシズ軍情報部所属のブランドは、フィリーの周りを固める人々には非常に有効だった・
彼らは私を百パーセント信用してはいないけど、監視付きだったら私の王妃という身分を隠しての単独行動を認めてくれた。(単独行動がないとできない情報収集をさせるつもりらしい)
その代わりに私も情報収集の手伝いをするよう条件を付けられたけど、もともと協力はできる限りするつもりではあったので、そんな条件はあってないようなものだった。
ただし、難点としては【監視】が付くという事で、仕方ないと思いつつも了承した結果、連れてこられたのがこのエドだった。
『見た目は頼りないかもしれないけど腕は確かだから、監視とは思わず護衛の一つと考えて欲しい』
とフィリーがにっこり穏やかな表情で紹介する横で、まるで親の仇でも視るような形相でエドは私を睨み付けていたことは記憶に新しい。
どうやら、元はフィリー付きの隠密を担っていたらしいけど、私に監視、もとい護衛を付けるにあたってフィリー直々にエドにお声がかかったらしく、それが気に入らなかったのだろう。
『なんで俺がこんな地味な女の護衛をしなきゃならないんだ。……これがフィリーからの命令じゃなかったら、死んでもやらねーのに。おい、あんた精々、俺に迷惑かからねーように大人しくしとけよ』
なんて、お互いの紹介が終わり、フィリーがいなくなったと思った途端のこの一言は中々に強烈だった。
別に私はお姫様育ちではないので、口が悪い人間がいる事も知っているし、そういう人間と会話だって何度も経験しているので、あまり気にしないことは簡単だった。
だけど、口が悪い事はいいとして、エドの私に対する悪意のほとんどは八つ当たりだ。
確かに私が自由に動きたいがために、護衛兼監視役が必要になった訳だけど、やりたくなかったら自分で断ればいいだけの事を、どうして私が八つ当たられなけならないのだ。と、そんな感じで私も私でエドにはあまりいい感情を抱けずに、互いにギスギスしたままに今に至る。
ちなみに、フィリー付きの隠密であるエドが、どうして下級騎士に扮しているかと言えば、私を護衛・監視するに当たり王妃付きの騎士になるのが一番自然な形だからである。
とはいっても、常に下級騎士でいるわけではなく、ある時は近衛騎士になったり、ある時は教会の司教、また、普通の若者にもなったりと、彼は私の近くにいて不自然ではない形で常に傍にいる。
また、フィリーには基本的に私の命令を聞くように言われているらしく、態度は悪いが私ができない情報収集などもしてくれるし、これまでに何度か彼の護衛だけで城外を散策したりもした。
もっとも態度が悪いだけでなく、基本、私の望みを叶える気がないエドはそうそう簡単には動いてくれず、最終的には、私が力尽くでも後宮を飛び出そうとする段階になってエドが重い腰を上げるのが常だった。
その度に情報収集も散策も、絶対に自分一人でした方が楽だったと思えるほど疲労させられて、絶対いつかギャフンと言わせてやると心に誓う。と、まあ、そんな感じで一応は役に立つ隠密さんなのであるが、彼には更なる問題が一つ。
『エド。いつもアイルの護衛ご苦労様』
『いえ、フィリーのお役にたてているなら、こんなに光栄なことはありません!』
いやいやいや、何ですか、そのいかにも無害そうな笑顔は?
貴方、いつもそのお顔をもんのすごく気怠そうにして
『めんどくせー』
って四六時中仰ってませんか?てな具合に、フィリーと私の前では180度、それこそ二重人格かと思うほどに態度が違うのだ。
要するにその意味については深く考えたくないけど、エドは基本がフィリー・ラブ。(これについてはルッティがものすごいはしゃいでいた)当然ながら、彼の中では私よりも何倍もフィリーの方が重要なのだ。
よって、彼が四六時中私の傍にいる事により、フィリーに隠し事ができなくなったのだ。これは非常に面倒だった。
『教会内部への侵入はフィリーから止められている』
『あの枢機卿へ近づくのも駄目だ』
私が調べたいなと思ったり、知りたいなと思ったことに一々制限が付き、更には
『アイル、今日は市街地に遊びに行ったみたいだけど、若い男に絡まれたんだって?』
と、まあ私から何も言っていないのに、フィリーからその日の私の行動を口にされて、ぎょっとすることもしばしば。
別に積極的に隠し事をするつもりもないし、フィリーに知られて困ることも無いのだけど、いくら夫婦と言えどプライバシーというものはあって当然だと思う。
その辺りをエドに訴えてみても、フィリー・ラブなエドが了承するはずもなく、妙な所で過保護なフィリーに訴えたところで、私には何も言わなくてもエドからの報告は随時受け続ける気もする。
いくら監視付きを受け入れたとはいえ、これではあまりにも息苦しい…と、いい加減イライラも頂点に達しようという時、私はエドのとある弱みを握ったのである。
家庭内ストーカー。
いつも本作を読んで頂いて本当にありがとうございます。
久々ですが拍手の小話を新しくしております。本編の関連話ではなく、とあるレディール・ファシズに伝わるお伽噺な感じです。興味がありましたらご覧ください。
一か所だけ【エド】のことを【フェイ】と表記している部分がありました。修正しましたが混乱させてしまいましら申し訳ありません。(フェイという名前は、エドの初期の名前でフィリーと微妙に被るので変えたんですが、修正しきれなかった部分がありました)
修正日H24.10.28