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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第二部 現と虚ろ
70/113

9-4

 遡る事、数週間。

 誕生祭の騒動の事後処理が一段落したらしく、以前のようにフィリーが後宮にやってくるようになった頃。彼はいつもより幾分か早い時間帯に私の部屋を訪れると、これからの事を話し合おうと言ってきた。

 それぞれの隠していた思惑が明らかになった以上、私も何も変わらないままに暮らしていることに居心地の悪さを感じていたので、それに頷いた。

 とはいうものの、私の方は誕生祭直後に強引に押しかけて色々とぶちまけたこともあり、特段話すこともなく、フィリーからも話し合いというよりは、確認をするようにいくつか問いかけてくるだけだった。


「アイルは王妃として、このままレディール・ファシズにいても…本当にいいのか?」


 そう、それは確認だ。だって、私が王妃として留まる事は、先日に一応の決着をみた。

 私はフィリーに言ったはずだ。お互いに信頼関係から築いていこうと…それは私が世界王妃であり続ける事が前提だと考えていたし、フィリーだってそうだと思っていた。

 なのに、何故だか緊張感を漂わせて問いかけてくるフィリー。


(ひょっとして、私達、また微妙にすれ違ってる?)


 何となくそう思い至って、ここはちゃんと意思表示をしなくてはと、改めてフィリーと向き合う。瞬間にかち合う、真剣な表情の中で揺れる青とも緑とも言えない不思議な瞳の色に思わず見惚れた。


「…アイル?」


 黙った私が承知しないとでも思ったのか、酷く悲しそうな顔で名を呼ぶフィリーにはっとして、慌てて頷く。


「いいの?」


 慌てるあまりに言葉が何一つ出てこず、再び頷くしかできなかったけど、意味はちゃんと伝わったらしい。途端に安堵したように張りつめていた表情から、まさに花が綻ぶ様にフィリーの表情が和らぐ。

 その変化を見ながら、どうしてそうも悪い方に想像が働くのかと呆れる一方で、それよりも浮き立つような気持ちになっていることに気が付いて、とりあえず思う事は一つ。


(私って、やっぱりフィリーの顔が好みなんだなぁ)


 口にしたらフィリーが凹みそうなので言わないけど(いや、却って図に乗るのかも?)、どうやら自分が面食いらしいと認識を改める。

 そういえば性別を誤っていたとはいえ、フィリーと初対面の時も、あまりの美少女っぷりに私がナンパしたようなものだったし。自覚はないけど、私は相当の面食いなのかも。


「ありがとう」


 なんて下らない事を考えていると、笑みを一層に深めて礼を口にするフィリー。

 頷き一つで、それほど喜ばれることに戸惑いつつも、『おお、私ったらそんなに好かれているの?』なんて自惚れをほんの…うん、ほんの少しだけ感じる。

 そんな風に私が自惚れるようになったのも、疑う気持ちがない訳じゃないけど、誕生祭後のフィリーからの好意を私が感じられるようになったからだと思う。

 え?それがどんなものかって?…うーん、そんなにあからさまな感じじゃないんだけど。

 例えば今まで何一つあった訳じゃないけど、私達、一応同じベッドで寝てたじゃない?それをフィリーがいきなりやめて、別室で寝ると言い出した。(別室とはいっても、王妃に当たられた部屋の内の一つだけど)

 私といえば何で今更?という考えしか思い浮かばず、別に今までと同じでいいのではないかと言ったのだけど、フィリーは頑として受け入れない。

 確かに夫婦と言えど、男女の関係にない私とフィリーが同じベッドで寝ていることは、私にとって貞操の危機なのかもしれない。(夫婦だからいいのか?でも、私は今のところそんな気分じゃないし)

 だけど、私相手に襲いかかるフィリーの図というのも正直あまり想像できないし、例えそうでも返り討ちにするから大丈夫だと。それよりもベッドを別にして不仲を噂される方が面倒にならないかと。私は言ったんだけど、


『俺が気持ちを伝えてアイルがそれを受け入れる状況じゃない以上、同じベッドで寝ないことは精神安定上必要な事だし、けじめだ』


 とまで言われてしまっては、私からそれでも一緒に寝たいと言える訳もなく、現在私たちはベッドを別にしている。

 他には私と一緒にいるときに笑顔が増えたとか、食事を一緒に取ることが増えたとか…まあ、一応は夫婦なんだし当然と言えば当然なことが増えてきただけなんだけど。


 さて、そんなこんなで私も何となくフィリーに絆されつつある気がする今日この頃、だからって何となくそれをサラリと表に出せるほど、私は素直じゃないし、何よりまだ自分の中でやはりフィリーへの感情を整理できていない部分は多い。

 なので、こうしてフィリーが素直に好意を示してくれているというのに、その笑顔に私と言えば―――


「まあ、任務も中途半端だからね」


 なんて、自分でも可愛くないわぁと思うような感じで言葉を返していたり。いや、でも、これも真実。誕生祭では<闇の階>を阻止できたけど、カルラがまたいつ何時同じことをしてくるとも分からない。

 それを阻止し、かつ、カルラを捕まえるためにも、私はフィリーの傍にいることを選んだ。これだって私の中では立派な理由だ。


「分かってる。それでも俺は嬉しいんだ。本当はアイルを巻き込まないことが、一番いいんだってわかってる。だけど―――」

「言っとくけど、世界王妃じゃなくなっても助けに行くわよ。任務だもの」


 ここまできてまだグダグダ言うかと詰め寄ると、暗い表情が再び笑顔になる。


「うん。そう言うだろう思った。結局、そうやって巻き込むことになるんだったら、いつだって傍にいて欲しい。だけど、それは俺の我儘だって分かっているから、ありがとうって言いたいんだ。アイル」


 ……なんて、どうしてフィリーはそんな事を、あんな顔で言えちゃうのかしら?

 長年の軍人生活のおかげでフィリーの前ではかろうじて平静さを装っていた私だけど、一人になるたびに何度思い出しては悶えたことか。

 いや?何?嬉しくない訳じゃないの。うん、私だって乙女の端くれ…だと思いたいから、言われて『嬉しい!』っていう気持ちはあると思う。

 だけど、それよりも恥ずかしさとか、照れとかが先行してしまうのも真実。言われた時も、思わずギャーと叫ぶのを耐えていたくらいなんだから。


 ともかく、そういう感じで誕生祭後はお互いに利害が一致して協力し合う事を確認した訳なんだけど、その一つとしてフィリーから頼まれたのが数十人いる枢機卿の調査というものだった。

 5か月後、次期教皇を決める選挙がある。

 教会のトップ、強いて言えば実質のレディール・ファシズのトップを決める選挙である以上、オルロック・ファシズの軍部の人間として、その動向には注目していた。

 だけど、教会と複雑な関係にあるフィリーらにとっては私のそんな感覚以上の重要事項。

 どんな思惑というか野望を持つ枢機卿が教皇になったかで、彼らの対応も大きく変わる。

 更に現教皇へリオポリスから誰に変わろうが、基本的には現状より状況は悪くなると言うのが、フィリーたちの見解らしく、それならば少しでも条件のいい枢機卿に教皇になって欲しい、少しでも早く誰が教皇になるか分かって対応策を模索したいと言うのが基本的な考え方らしい。

 無論として私に頼むよりずっと前からフィリーたちはその辺りを探ることを始めているが、私を使って一つ効果的に探りを入れられることがあるのだ。

 それは―――



▼▼▼▼



「シモン枢機卿はオルロック・ファシズの事をどう思っていらっしゃいますか?」


 私はここ数日、勉強と称してフィリーから私の視察を受け入れた枢機卿達、全てに同じ質問をぶつけている。

 途端にシモンの顔に浮かんだのは、純粋に驚いたというような表情。


(ふーん、これを演技でしているとしたら、相当の狸ね。シモンはとりあえずシロ…と)


 私の言葉に反応するシモンの表情を観察しながら、私は自分の頭の中のメモ帳にチェックを一つ。

 『シロ』とはすなわち、オルロック・ファシズと繋がっていないという事。逆に『クロ』だったら、繋がっているという事。

 そう、私ならではの情報収集とは、オルロック・ファシズとの関わりを探る事。


「どうされました?」

「いえ、突然こんなことを言って申し訳ありません。ただ、オルロック・ファシズの人間としてレディール・ファシズの王妃などという身分不相応の立場に居続けておりますと、段々と不安な気持ちや疑心暗鬼な気持ちが強くなっていくのです」


 ここで悲しそうな顔をして、僅かに視線を落とすことで、気落ちしている演技+引きつりそうな表情を咄嗟に隠す。


「表面上は私と普通に接してくださっていても、心の中では私などを嫌悪されているのではないか。相手の方を傷つけていないか…それが心配で不安でつい聞いてしまうんです」

「なるほど」

「仕方がない事とはいえ、オルロック・ファシズの人間というだけで嫌われることは辛いです。ですが、私が嫁いできた理由として両陣営の友和があります。それに少しでも貢献したいとは思っているのですが、私には何もできなくて…すみません、こんなことを申し上げても仕方ありませんのに」

「いえ、お気持ちはお察しいたします」


 レディール・ファシズの人間がこの問いを正面から切り出せば、何かを探ろうとしているのではないかと勘繰られるだろうけど、私というか、オルロック・ファシズの王妃だったら、この問いかけは左程不自然じゃないはずだ。しかも、正面から聞くことで咄嗟の反応で素が見れるという利点もある。

 シモンは単純に驚いただけの反応だったように思えるが、これがオルロック・ファシズを本気で嫌いな枢機卿だと嫌悪感丸出しの表情になったり、また、関係を持っている枢機卿だとオロオロと動揺を隠せない場合もあった。

 勿論、その時の反応だけで全てを決めつける訳ではないが、フィリーたちはそれを判断材料の一つにするらしい。

 詳しくは聞いていないけど、どうやら枢機卿の中にオルロック・ファシズと繋がっている者がおり、その人物が先日の<神を天に戴く者>の襲撃などを裏で手引きしているのではないかとも考えているらしい。また、そういった人物が次の教皇になることも避けたい思いがあるようだ。

 そういう訳でまだ協力できることは少ないし、正直、暇でもあるのでフィリーに頼まれてすぐに了承して、こうして私は毎日せっせと視察に勤しみ、枢機卿と対面している。

 視察の要請はフィリーの方から打診をしており、それを受け入れる、受け入れないでも、オルロック・ファシズに対する心証を判断する材料にしている。


 まあ、そういう訳なのでシモンの反応を見た今、とりあえずは私の任務は完了したと言えるだろう。後は案内や説明を最後まで聞き、後宮へと戻るだけだ…いつもなら。


「あ…」

「王妃様!?」


 ふらりと体が崩れ、床に蹲る私。勿論、演技。

 自分でも非常に似合わない演技で、ちゃんとうまく演技ができているかも心配だったけど、どうやら周りは私が本気で倒れたと思い込んでくれたらしい、シモンを始め多くの人間が一斉に私の周りに群がってくる。


(ああ、騙してごめんなさい)


 罪悪感からくる謝罪は言葉にはできないけど、心の中で土下座する。


「医者をすぐに呼べ」

「いえ…少しめまいがしただけですから、少し横になれば大丈夫です。突然、申し訳ありません」

「そうですか?しかし―――」

「私の事で大げさにしたくないのです。お願いします」


 女性の同僚にかつて習った、男に簡単にいう事をきかせられるという【涙目上目使い】を駆使して(瞬きをしないようにするだけ)、シモンを弱々しく見上げれば、急に鼻息の穴を膨らませる様子が見てとれて心の中で失笑。


(おお、私の弱々しい演技もまあまあなんじゃない?)


 この技を伝授してくれた同僚には鼻で笑われそうだけど、とりあえず自画自賛する。


「分かりました。私がすぐに横になれるお部屋を用意いたします!」


 護衛の一人に抱えられながらぐったりと俯きつつも、その言葉に私はニヤリと口元をゆがめた。

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