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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第一部 現在と過去
65/113

8-12

「女々しいのね、フィリー」


 フィリーの態度が腑に落ちて、出た言葉は自分でも驚くほどに鋭かった。そんな風にずばりと毒を吐いた私にフィリーが傷ついたと言わんばかりの表情を浮かべる。

 それを見て、僅かに気分がよくなるあたり、意外と私ってば苛めっ子気質があるのかも。


「私、そんな貴方を初めて見た」

「……悪かったな」


 いじけた様に再び視線を背けるフィリーは、到底先日、あんなにもたくさんの民の前で堂々と演説をした世界王には見えない。

 あの時、私はフィリーが八年前とは明らかに違うと感じた。だけど、今、目の前にいる彼はある意味八年前の彼よりも子供のようだ。


「ううん。別に悪くない。えっと、つまり、私が言いたいことは、私もフィリーも、お互いの事を何も知らないってこと。そして、相手を慮るばかりで、本当の相手を見ようとはしていなかったっていうこと。フィリーは知ってた?私が毎晩、何も話さない貴方に傷ついていたこと。舞踏会のパートナーに選ばれなくて、王妃としての自分も否定された気がして鬱々としてたこと…気が付いていた?」


 フィリーが目を見開く。


「え、いや、アイルは俺の何の感情も見せてくれないから、傍にいるのも嫌がられていると思ってた。だけど、傍にいたくて…でも、嫌われているのに何を話していいか分からなくて…。舞踏会の事は何か起こるのは分かっていたから巻き込みたくなくて」


 早口に捲し立てるフィリーに内心で苦笑。

  

「初めて知ったよ。フィリーが私の事そんな風に思っていたなんて」


 それが本当かは知らない。だけど、そんな風に思っているなんて微塵も考えたことはなかった。


「私はフィリーが私を嫌々娶ったのだと思っていたし、本当は巫女を愛しているんだと思ってた。だって、フィリーは何も言ってくれなかった。あんな冷たい態度でずっと接せられて、どうしてフィリーが思ってくれたように自惚れられるの?」


 私たちに足りなかったのは言葉。そして、相手を慮るばかりで、その真意を問う勇気。

 それさえあれば、こんな風に擦れ違いを重ねる事はなかった。重ねすぎた擦れ違いに、私が相手の気持ちどころか、自分の気持ちを見失うことも無かった。


「私、フィリーに恋…していると思う」


 するりと出た言葉は多分、私の本心。


「アイル」


 名を呼ばれ伸ばされる手。

 それに身を任せてしまえと、心がささやく声がした。だけど、それを振り切るように、手が届く前に私は更に告げる。


「だけど、それは八年前好きだった貴方への感情を引き摺って、悲劇のヒロインを気取っていたに過ぎない」


 失恋に浸ったフィリーのように、私は報われぬ境遇に酔いしれていたんだと思う。

 レディール・ファシズで孤立無援の王妃の私は、夫には愛されず、彼の横には完璧な巫女。そんな状況、正直、悲劇のヒロインくらい気取らせてもらわないと、私も本格的に病んでいたかもしれない。(いや、悲劇のヒロインぶっているってことは、十分病んでいたのか)


「私は『任務』とは別にここにいる理由が欲しかったんだと思う。そのために貴方に焦がれた。それは『恋』かどうかも分からないけど、少なくとも『愛』じゃない。それに気づかせてくれたのは、貴方の舞踏会での告白」


 八年前の恋情を延々と引き摺り続けて、ケルヴィンに利用されて世界王妃にまでなってしまったけど、それはあくまで八年前のフィリーへの恋情。

 今の彼と過去の彼が全くの別人だとは言わない。だけど、やはり違うんだ。いつもは冷たく遠い存在である彼が、ふとした瞬間に近づいてくる度にその違いを見つけて戸惑った。過去と現在が私の中でぐちゃぐちゃになって、自分の感情のありどころも分からなくなった。

 だけど、あの告白を受けて、私はある意味正気に戻ったのかもしれない。


「世界王としての貴方は正しいのかもしれない。だけど、少なくとも私の夫としての貴方は最低」


 『愛している』と本気で言われているかもしれないと思った時、世界王と王妃ではなく、フィリーとアイルとしてこれまでの経緯を思い起こしたら、何もかもが最低だった。


「だって、考えてもみてよ。会話はほとんどないし、後宮に軟禁されるし、その理由だって何も教えてくれない。私が王妃なのに、巫女の方が明らかに貴方に近いし、それに何?あの告白。私の他にも妃を持つだの、好意を抱くだの…告白しているのか、浮気の宣言しているのか、段々分からなくなってきた」


 まあ、それでも相手のことが諦められない、それだけで幸せ…っていうのが、真の悲劇のヒロインというものなんだろうけど、そこで私は自分がそうでないことに気が付いちゃった訳なんだろう。


「だから、それは―――」

「言い訳はいいの!悲劇のヒロインぶってた私はうっかり嬉しいとか思っちゃったけど、その後、冷静になったら、どんどん怒れてきたわよ。怒りが湧くってことは貴方に好意は持っていると思う。だけど、散々浮気されてまで、貴方を好きでいられるほど私は心が広くもない」


 私に向かって伸ばされたまま行き所を無くしたフィリーの手から、更に遠ざかる様に一歩下がって距離を取る。


「フィリー、貴方は私を愛していると言ったわ。だけど、あの告白も、それまでの態度も、私にそれを信じさせるものは何一つなかった。これからも私と今まで通りの会話も信頼もない関係を続けていくというのなら、私は永遠に貴方の言葉を信じる事はない。同じことは私にだって言える。貴方だってこんな上辺だけの関係で、ケルヴィンと通じているかもしれない私を本当の意味で信用できるの?」


 恋だの、愛だの、私たちの関係はそもそもがそれ以前の問題なのだ。


「信用している…って言っても信じないんだろうな」

「そうね。とりあえず、だったら後宮の監視を解いているはずだもの」


 ここまでフィリーの言葉を悉く切り捨てた私の言葉に、彼も自分が犯した過ちを正しく認識しているらしく、疲れた様に空笑いを浮かべる。すっかり打ちひしがれた様子は、この部屋に入った直後より色濃くなっている。

 それを見て、私は話を切り替えた。

 信用する、しないの話は、多分、ここで数十分話したところで進展するような話じゃない。だけど、私は【これから】のためにフィリーにそれを分かっていて欲しかったのだ。


「ねえ、フィリー?私はただ貴方を責める為だけに話に来た訳じゃない。貴方を拒否するだけなら、今まで通りの会話のない二人でいればいいだけ、ううん。<闇の階>を止めた以上、任務終了だと後宮からさっさと逃げ出すことだって私にはできた」


 そこで言葉を切って、大きく深呼吸。顔には出ていないだろうけど、私もこれで一応緊張している。私ばかりが一方的に話し続けて、私の言葉が心がフィリーに届いているのか不安はだんだん大きくなる。

 言葉で思い通りの意味で伝るとは限らない。それでも私は言葉を重ねる。今まで伝えきれなかった言葉の数を補うように。


「だけど、そうはせず、私は今貴方と一緒にいて、貴方に話を聞いて欲しいと願った。それがどういう意味か分かる?」


 だけど、沢山の言葉を重ねるより、行動や表情が気持ちを強く伝える事もある。

 私は右手をフィリーに向かって差し出した。


「八年前の貴方を無かったことにするわけじゃない。だけど、私は今の貴方と新しい関係を始めたい。愛とか恋とかの前に、まず信頼関係を築きたい。それではいけない?」


 ここまで散々の言い様だったので、この発言はフィリーにとって意外だったのだろう。目を見張って、それから、フィリーはゆっくりと私の手に自分の手を重ね…ようとして、それは私の手にもうあと少しで届くということろで止まった。


「アイル、それはお前の本当の願いか?」


 これまであわなかった視線が、ひたりと私を射抜いた。


「その提案は俺にとっては願ってもない言葉だ。お前は自分も俺も八年前と今を混同していると思っているみたいだが、少なくとも俺は今のお前を愛している。信用されなくても、俺の心は変わらない。だが、お前は違うんだろう?なら、どうして俺と新しい関係を築きたいと願う?同情か?」


 吐き捨てるようにそう告げた後、同情ならばいっそここを去って欲しいと彼は言う。


「同情されてまで傍にいられても、プライドが傷つく?」

「そうじゃない。同情で俺の傍にいて、いつかアイルがそれを後悔する日が来るのが嫌なだけだ。俺の傍にいれば、何度だって危険に晒される。同情だったら…いや、アイルが俺のどんな感情を抱いていても、きっといつか後悔する。だったら―――」


 言いながら伸ばしかけた手を引いてしまうフィリーに溜息一つ。


「ちょっと、私を見くびりすぎなんじゃない?」

「言っておく。多分、これから一昨日以上の騒動が続く。アイルに傍にいて欲しい、だけど、やっぱり巻き込みたくないんだ」

「騒動上等!後悔上等よ!」


 ダンッと私は床を一つ踏み鳴らした。後宮を出るとき、道なき道を突き進むために今日はヒールのある靴は履いていない。

 ここまで言ってやって、まだウダウダとごねるフィリーに若干苛つきつつ、仕方がないとフィリーが納得しそうな理由を捻りだす。


「昨日みたいなことがあって、それに巻き込まれたら弱音を吐くだろうし、後悔もバンバンすると思う。だけど、少なくとも私はそれをフィリーのせいだとは思わない。それは貴方の傍にいる事を決めた自分の選択。その選択に貴方が理由を求めるのなら…そうね、八年前の約束はどう?」


 オルロック・ファシズでフィリーと最後にあった日に交わした約束。それがあるから、私は多分フィリーを忘れられなかった。

 彼は私が叶えられなかった願いを叶えることができる、たった一人の人だから。愛じゃなくても、傍にいたいと、守りたいとも思う。だけど、それはまだ言ってやるつもりはない。

 だから、只管に傲慢に告げる。


「私はそれが叶う瞬間を見たい。だから、貴方の傍にいる。それで文句ある?」


 呆気にとられたように私を見ていたフィリーが、そういって小首を傾げた瞬間に笑い出す。


「ハハッ!なるほど、アイルにとっては愛より恋より、あの約束か……新しい関係をどう築くかは俺の心掛け一つってことだな」

「そうゆうことになるかしら?まあ、頑張って?」


 冗談めかして、フフンと鼻で笑ってやれば、フィリーもやっとかつての彼らしい美しくも、妖しげな笑みを浮かべて、私がのばし続けた手に手を重ねた。


「覚悟しろよ?」

「そっちこそ」


 かくして、夫婦になって数カ月だというのに、私たちはやっと八年前の関係である友達の一歩手前くらいまで前進した。


 『愛している』なんて言葉は、まだまだ遠い。

これにてとりあえずは一区切りです!まだまだ続きそうな気配ですが、ここまでお付き合い頂いた皆様、本当にありがとうございます!

拙い話の上、結局振り出しかい!というお叱りの声が聞こえてきそうな気もしますが、作者の至らぬ点だとご容赦頂けたら幸いです。


拍手の小話も新しくさせて頂きましたが、一応はこの直後のこぼれ話ですが、本編の雰囲気を壊したくない方は見ないことをお薦めします…何故なら小話はルッティ視点だからです。ルッティの番外編が大丈夫な方だけどうぞ(笑)

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