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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第一部 現在と過去
60/113

8-7

 明かされようとする事実に互いに真剣な表情で見つめ合い、間には緊張感漂う張りつめた空気。それが……


「ナ・イ・ショ」


 表情が一転したケルヴィンの、絶対語尾にハートマーク付けただろう的な一言によって瓦解する。


「あれ?アイル??怒らないの?」


 怒られるという自覚を持っての発言だったらしい…にも関わらず、無言の上に無反応な私を、酷く不思議そうにケルヴィンが覗き込む。


「反応してくれないと、つまらな―――グエッ」


 瞬間、私は近づいてきた首を両手で掴んだ。

 ぐっと気道を指で押さえつけ、確実に呼吸をできないように締め上げると、珍しく本気で焦ったようなケルヴィンが苦悶の表情を浮かべて必死で腕を叩いた。

 それを見て少しばかり溜飲が下りた気分だったけど、私はそれでも一呼吸おいてから殊更ゆっくりと手を首から外した。途端に咳込み、その場に蹲るケルヴィン。


「ゲホッ、僕を殺す気か?!」

「まさか、冗談に決まってるじゃない。私の怒りを言葉でなくて、行動で示してみたの。ついでにあんたのいつものおふざけを少し真似てみたんだけど…お気に召さない?」


 そう言ってにっこり笑ってやれば、顔を引きつらせ後ずさる。


「ア、アイルちゃん?怖いよ!その笑顔が怖い!」

「真剣に聞いた質問をあんな風に茶化されたら、怒るのは当たり前でしょう。しかも、あんたの場合、私の神経逆撫でするつもりでやってるから質が悪い」


 断じつつ、まあ、この男の場合、言わないと言うのなら私が本気で殺そうとしたって言わないだろうなあ、と思った。これはそういう男だ。

 ならば…と私は首を横に振る。


「まあ、理由を教えてくれないのなら、それでもいい。代わりに私は絶対にその任務を受けない。それだけだから」


 やりがいのある任務から、それこそ胸糞の悪くなる任務だって、軍人としても個人的にも私は様々な任務をこなしてきた。

 だけど、それは決してケルヴィンに借りがあるからと絶対的な服従を強いられて遂行してきたものじゃない。

 どんな任務にも目的や理由があり、それを自分なりに理解し納得…はしないものもあったけど、その任務に意味があったからこそ私はそれを引き受けてきた。そして、ケルヴィンも今までそれを隠すことは一度だってなかった。


(隠すのは何のため?それを知ったら、私が任務を受けなくなると思っているから?それとも別に何かあるの?)


 見えないケルヴィンの腹の中に、もやもやとしたものが胸に広がる。


(…まあ、何にしても得体も知れない任務な上に、レディール・ファシズに世界王……私にとっては地雷だらけな任務を好き好んで受ける道理はないわ)


 そのもやもやを打ち消すように、自分に言い聞かせる。

 かくして、そんな私の心情を察しているのかは知らないが、ケルヴィンは心底不思議そうに小首を傾げた。


「あれ?てっきり喜んで行ってくれると思ったに。フィリーに会いたくないの?」

「自分を置き去りした男に今更、会いたいとは思わない」


 言って、その言葉自体が何も割り切れていないことを如実に表していると気付いて、自己嫌悪に顔を顰めた。


「ふーん」


 彼は少しだけ考えるようなそぶりを見せた後、先ほどの必死な形相なんてなかったかのような晴れやかな笑顔で言い放つ。


「でも、行って」


 簡潔で、だけど、明らかな命令に呆気にとられた後、反射的に私は食って掛かった。


「だから、私のいう事を―――」

「アイルの気持ちは理解したよ。でも、行って。いや、だから、行って…だな」

「どういう意味?」


 ケルヴィンは椅子から立ち上がり威嚇するように唸る私とは逆に、近くにあった椅子を引き寄せると足を組んで優雅に座った。

 いるのが雑然とした部屋だろうが、座っている椅子が質素なものだろうが、優雅さというか威厳な様なものがケルヴィンからは滲み出ている。その余裕が一層憎々しさを倍増させた。


「そう猫みたいに毛を逆立てないでよ。僕はただ君がそうやってまだフィリーに想いがあるのなら行った方がいい。そう言っているだけさ」


 咄嗟に声を出して否定したい気持ちを抑え込む。ここでむきになったら、私がそれこそケルヴィンの言っていることを肯定するようなものだ。


(ここでケルヴィンのペースに巻き込まれたらお終いよ。落ち着け…誰だって思い出したくない過去を蒸し返されたら苛つくわ。私のこの感情はただそれだけ)


 頭にちらつく残像も、痛む心も、全部過去への郷愁でしかない。


(なのに…)


 フィリーと最後に会った夜の出来事が何度も何度も繰り返される。

 彼に恋をしていた時の楽しい思い出や穏やかな時間は全ておぼろげだというのに、苦しくて悲しいあの夜の事だけが只管に鮮明だった。


「これは僕の予感に過ぎないけど、多分、そう遠くない未来、フィリーは歴史上3人目の【闇の階】を引き起こした世界王になる。そして、巫女はそれを止められない」


 『予感に過ぎない』といいながら、私にはそれがケルヴィンの中で確固たる確信だろうと分かった。言えない理由という名の根拠が彼の中にはある。


「世界は滅亡の危機に瀕するだろうね。それでもオルロック・ファシズは僕が守るし、【闇の階】も起こさないように最善を尽くすつもりだよ。だけど、その最善のためには君が必要なんだよ」

「どうして私が『最善』なの?それも教えられない訳?」


 言葉は返ってこない。それはすなわち肯定だ。

 私はケルヴィンに詰め寄ると、その眼前に指を突きつけた。


「任務の『理由』を話せない?!その任務の何が『最善』かも教えない!?何のために命を懸けて、何をしていいのかも分からない状況で、私に任務を受けろと?残念だけど、私にそこまでのあんたへの忠誠心も、信頼もないわ」


 軍人失格と言われてもおかしくない言葉を、私は捲し立てるように吐き出す。その裏にある、向かい合いたくない自分の感情は一切無視して。 


「そんな風に熱くなるなんて珍しいね。アイル。その事が君の隠したい感情を露わにしていることに気が付いているのに、抑えられない。君もまだまだ若い」

「黙れ」


 だてに何年も戦いやごたごたに塗れた生活を送っていた訳じゃない。演技とはいえ、ドスの利いた声は自分で聞いても、とても若い女性が出す類の声とは思えない。

 だけど、それを最大限に利用して目の前の男を威嚇しているというのに、ケルヴィンはその全てを感情の見えない笑顔でないものとしてしまう。それがまた一層、私の苛立ちをあおった。


「その感情の裏にあるのが、どんなものにしろフィリーへの感情なら、君は動いたほうが良い。いいかい?君が動かなければ、フィリーの死ぬ確率がグンと上がる。それだけは確かなのだから。君はそれでいいの?」


 曖昧にはぐらかされいた言葉が、急に断定的で現実的なものに変わる。その言葉の威力に私はたじろいだ。


(死ぬ?誰が?)


「【闇の階】は世界を破滅させる災いだ。その途中までの発動でも、暴走する魔導力の量は甚大。数日で世界が滅亡、数時間で都市が壊滅、そして…数十分でその中心となる世界王の体なんて木端微塵。まあ、記録が残っているだけで、僕も詳しい事は知らないけど、少なくとも過去二回の発動で世界王は二人とも死んでいる」


 笑っていた顔は気が付くと、酷く真剣なものになっていた。その気迫に気圧されるように、私の激昂は急速に萎んでいく。 


「要するに【闇の階】が発動すれば、数十分でフィリーは死に至るだろう。それを避けるためには、何かがあった時にすぐに対処ができる距離にいる必要がある」


 確かに発動して数十分しか時間がないというのであれば、かなり近い距離にいないとフィリーを助けられないのは事実だろう。

 だけど、それに対処するために巫女がいるのでは…いや、過去は巫女が【闇の階】を止めていても世界王が死んでいるというのだから、それ以上の迅速性が必要という事なのだろう。

 それとも巫女では【闇の階】を止められても、世界王を救えないということ?だから、ケルヴィンは私というか、他にその可能性を託そうとしているのか?


「正直言って【闇の階】については、記録が少ない。起こした世界王が死んでいるし、どうしてそれが起こったか。それを止める手段もほとんど分かっていない。だけど、僕が世界王だから分かることがある。神の魔導力の制御は結局のところ、世界王の心の乱れ、体の状態が大きく影響する」

「【闇の階】も世界王の心と体で制御が可能だと?」


 ケルヴィンが先に語った神の魔導力が暴れる感覚、何がきっかけなのか分からなければ憶測の域を出ないが、それはもしかしたら【闇の階】の前兆なのかもしれない。

 だが、ケルヴィンはそれを自力で抑え込んでいるとも言った…ならば、世界王ならばその発動後も抑え込むことは可能なのかもしれない。


「僕はそう考える」

「だけど、過去二回は世界王はそれを果たせていない。それは発動と世界王の死が同義なんじゃないの?」

「限りなく同義だとは思う。だけど、【闇の階】の発動によって暴走を始めた神の魔導力を一瞬でもなくすことができたら、どうだろう?世界王を襲う魔導力の負担が少しでも消えれば、その間に自分を立て直して魔導力を制御する余裕ができるんじゃないかと僕は思う」


 なるほど、そこまで聞いて私がすべきことは見えてくる。


「要するに私にその暴走する魔導力を吸収させて、世界王が自分を立て直す時間稼ぎをさせたいわけね?」

「ご名答。君の能力ならフィリーを救う事ができる。いや、アイルじゃなければできないこと…そうだろう?」


 そうは言われても、そもそもフィリーが【闇の階】をおこすという根拠が謎のままだし、ケルヴィンが私なら救えるという確信もあくまで憶測に過ぎない。

 大体、『私じゃなければできないこと』といいつつ、魔導力吸収の能力という事だけならば私以外にも適任はいる。要するに『最善』の理由は、それが全てではないという事。

 だけど、気が付けば論点はそういった疑問云々ではなく、私がフィリーを助けるか見捨てるかにすり替わっていた。


「私をフィリーの命で脅す気?」

「脅す?」


 低く唸った私におっさんが可愛らしく小首を傾げる。ほんのりと浮かんだ笑みに、今度こそ殺意が芽生えた。


「いやだなぁ。ただ、僕は君がレディール・ファシズに行かなければ、もしかしたらフィリーが死んじゃうかもって言っただけだよ。誰もアイルのせいでフィリーが死ぬかもなんて言ってないよ。まあ、そうなったら僕は悲しくて泣いちゃうけど、任務を受けないってことはアイルはそうは思わないってことだよね?」


(人はそれを脅しという)


 ケルヴィンの真剣な顔が再び笑顔になるが、その笑顔には言外に『まさか、見捨てないよね?』という脅しがはっきりと滲み出る。

 本気でケルヴィンの真意を測ねた。これは私を思う通りに動かすための偽り?それとも真実?

 私が『最善』だという理由さえ分かれば、その辺りもはっきりしそうなものを、どうしてこいつは何も言わない?

 理屈では何を言われようが任務を断固として受けないことが、私の精神面での最善だと分かっている。


(だけど、任務を受けないで、もし本当に【闇の階】が発動してフィリーが死んだら?)


 任務を断れば、この不安がずっと付いて回ることになる。そして、それが現実になった時、私は絶対に後悔する。間違いなく。

 結局、どちらを選んでも私にとって良いことは少ないという事だ。ならば…と私は自分の気持ちが何となく定まるのを感じた。


(不安なまま何もしないっていうのは、性に合わないのよね)


 精神的にも身体的にも、断ってしまった方が楽なのは考えるまでもないのだけど、何もしないまま、何も知らないまま後悔するのは、苦しむより、悲しむより、もっともっと嫌だった。

 世界の存亡、フィリーの生死、ケルヴィンの思惑…色々悩む要素はあるんだろうけど、最終的には嫌かどうかで決断してしまう、あまりにも自分本位で嫌になるけど、これが私だ。


「視線が定まったね。どうするか決めたかい?」

「始めっから、私に任務を受けさせる以外認めないつもりだったのに、よく言うわ」

「勿論、どんな手を使ってでも受けさせるつもりだったけど。なるべくなら、君の意志で決めて欲しかったからね」


 そう言うとケルヴィンは珍しく年相応な表情で私に握手を求めてきた。

 それに応じつつ、緊迫した空気も霧散して穏やかに微笑み合った瞬間、にやりとケルヴィンが口元だけに笑みを浮かべた。それを見て、ぎくりと心臓が嫌な音を立てる。


「さて!善は急げだ。フィリーとすぐに連絡が取れるように準備してあるから、僕の執務室に行こうか?」

「はあっ?!」

「お膳立てはしてあげているから、後は君がフィリーを説得して自分が嫁げるようにしてね」


 握り合ったままの手を引っ張られ、ひょろひょろした中年オヤジの何処にそんな力があるのか、私は驚きのあまり抵抗することも忘れて詰所から連れ出される。


「な・なななっ、嫁ぐって―――待って、レディール・ファシズに行くのはいいけど、嫁ぐなんて了承してない」

「だって、その他に世界王のそばにオルロック・ファシズの人間であるアイルが居られる理由がないでしょう」

「いやいやいや!」


 かくして、かなり反発したんだけど、結果はケルヴィンに言いくるめられ私は世界王妃に祭り上げられることとなった。

 この後、画面越しに対面したフィリーに言ったオルロック・ファシズの事情というのがケルヴィンのいう所のお膳立てであり、それは偽りではなく、確かに私が嫁ぐことで影響を与える事情ではある。また、ケルヴィンの本当の狙いは未だに私も分からない。

 だけど、私の目的は【闇の階】の阻止、そして、フィリーの命を救う事……まあ、思わず再燃してしまった恋情のせいで自分で自分の首を絞めている感はあるけど、私はその目的のためにそれこそ結婚当初はかなり気を張り詰めていたりした。

 ケルヴィンがいつ【闇の階】が起こってもおかしくないとか言うので、フィリーの一挙一動に神経を尖らせ、魔導力を感知できないため、隠し持っている魔導力計に意識を集中させていて、フィリーに訝しまれたことも少なくなかった。

 結果、フィリーから発せられる魔導力は至って穏やか、不安定さの欠片もなく、フィリー自身に挙動不審な様子もなく、【闇の階】の『や』の字すら気配がない。結果、嫁いで数カ月して私は確信した。


(ケルヴィンに騙された!)


 もっともケルヴィンも予想の域を超えないとはいっていたので、フィリーの様子に気を配ることはやめなかったけど、私はやはりケルヴィンに担がれて、【闇の階】ではなく彼のなんらかの目的のために嫁がされたのだと結論付けた。



▼▼▼▼▼



(なのに、いきなり何の前触れもなく起こるのよ!)


 一瞬で様々な事を回想しつつ、私は吸収しろと言われた魔導力のあまりの大きさに、とりあえずただただ混乱するしかできないのであった。

活動報告に後書きがあります。

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