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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第一部 現在と過去
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1-2

 生家を離れ学校内の寮で生活しているため、校外に出るには外出届けというものが必要になる。

 基本的に理由のない外出は許されないけれど、休みの日などは買い物などに出かけたりといった理由でも外出届が受理されやすい。もっとも夕刻の門限は非常に厳しい。

 私も何度か外出届を提出したことはあったが、その外出理由に『奉仕活動』と記入する日が来るとは思わなかった。


「残念だったな、アイル。今日はお前が楽しみにしていたカフェに行く予定だったんだろ?」


 寮の管理人に記入を終えた外出届を渡しながら肩を大きく落としていると、後ろから声がかかる。

 そこには同い年の姉エリーが立っていた。

 背がすらりと高くショートカットがよく似合う彼女は、姉とは言え同い年にも関わらず非常に大人びた容姿をしていて、女子高ではありがちな皆の『お姉様』と崇められたりしている。(しかも、本人も悪い気がしていないらしく、今やファンクラブ的なものまである)


「笑わないでよエリー。ますます凹むから。いいのお土産は既に依頼済みだし。」


 元々、今日は数人の友達たちと新しく出来たカフェでお茶をするはずだった。

 それを何が悲しくて奉仕活動に貴重な休みを費やさなくてはならないのか……自業自得なのかもしれないけど、正直マリア教師を恨みたくなる。

 今までだって彼女に罰として反省文を書かされたり、校内の清掃をしたり、色々させられてきたが休みを潰されるまでの仕打ちはされた事がなかった。

 まあ、あの『マリア女史真っ黒事件』(新聞部命名)はここ最近で一番の衝撃的な事件ではあったけれど……だって、わざとじゃないのに。


「そうか。まあ、校外の奉仕活動なんてなかなか体験できるものじゃないし、きっといい経験になるさ。腐らずに頑張るんだぞ。」


 根が真面目で優等生のエリーらしい言葉に、内心閉口しつつも私は受理された外出届の自分控えを鞄に押し込むと彼女に笑顔で手を振った。


「はいはい。じゃあ、行ってきます。」


 そう言った言葉は自分で言うのもなんだけど、かなり心がこもっておらず、エリーが微妙な顔をして見送っているのに私はぺろりと舌を出した。



▼▼▼▼▼



 クライン・スティリア女学校があるのは、オルロック・ファシズの中央都市・メルトファウストの郊外だ。

 現在、この都市を中心としてオルロック・ファシズの自治都市は今や三十三に及ぶ。ここまで陣営が大きくなるまでには、それはそれは大変な苦労と時間がかかった。


 幼い頃から教わる昔話によると、遥か昔、創世神話の時代にはこの世界は雑草すら育たない不毛の大地だったという。

 それを豊かにし、人間が住める環境にしてくれたのが神という存在だ。

 しかし、時を経てその神から離反した先人は、当初食べていくのも難しいほど困窮したという。

 離反した以上、神の加護のない大地に追いやられる結果となった先人たちであったが、その大地は無論、不毛で雨が降らず、更には度重なる自然災害もあり、今まで受けられていた神の恩恵の大きさを実感し、自然の偉大さと人間の無力さを悟ったらしい。

 直後は一度は離反したけれど、やはり神の御許に逃げ帰る人たちも後を絶たなかったということだ。


 だけれど、そんな過酷な中でも生きることを諦めず人々を導いたのが、聖女ファミリア・ローズ様。

 オルロック・ファシズの人間ならば、知らない人はいない正に伝説の人である。

 彼女は特に人知を超えた力を持っていた訳じゃないけど、その素晴らしい人徳と人々に対する献身的な愛情は、彼女が亡くなって数百年という時を経ても未だに伝説として語り継がれるほどで、当たり前だけど無神教者の集まりにも関わらず、彼女の教えを後世にも伝えようとする集団はメジャーに存在する。

 ファミリア・ローズ様の名前をとった集団の名は【薔薇の会】。

 どこの町にも必ずと言っていいほど、その集会場などがあり彼らはファミリア・ローズ様の教えを広めるだけでなく、それを実践すべく無償奉仕を行い、恵まれない人のために生活する場所を提供した。


 と、まあ少し話はずれてしまったけれど、そのファミリア・ローズ様をはじめ偉大な先人たちは過酷な環境下であっても、大地を耕し、灌漑整備を進め、災害に対する対策を進め、段々と自分たちが少しでも住みやすい環境を整えていった。

 そして、神の力ではなく、人間の力『科学』や『機械』を用いて今や、<神を信仰する陣営>の大都市にも匹敵するほどの豊かな都市となるまでにオルロック・ファシズを発展させていったのである。



 以上、オルロック・ファシズの歴史講座終了!

 もっとも、私は生まれた時から既に豊かな街並みと生活しか知らないので、それがどれくらい大変だったとか、貧しかったのかも知らない。

 だけど、実際には親世代の子供時代くらいまでは結構苦しい生活を強いられていたと授業で学んだ。

 …ということは、本当の意味で豊かになったのはここ数十年ということなのだと思う。


(数百年間、苦しかったというのに…ここ数十年の間に劇的に変化する何かあったってことかな?)


 授業の内容を思い出そうとするが、授業自体をぼんやりと聞いていたのでそれに思い当たる部分が浮かんでこない。


(う~ん…帰ってからエリーにでも聞いてみよう)


 成績優秀な姉に聞けばいいかと、安易に考えながら私は見慣れた活気と豊かさに溢れた街並みを横目に目的地へ足を速めた。



▼▼▼▼▼



 大通りを裏道に入って、建物と建物の間にできた迷路のような道を地図を頼りに進む。

 難解な迷路に道を誤り、その度に近所の人に道を聞いて修正を繰り返す事、数回……私はやっと辿り着いた。

 一見すると少し大きなお屋敷っぽい外観。

 小さな白い花が咲く生垣と、そこからはこじんまりとした白い石造りの古そうな建物と、あまり手入れされているとは言えない色々と生えっぱなしの庭、その庭で走り回る子供たちとその声が聞こえた。

 生垣に沿って歩くと、立派な門とその門に【ローズハウス】という札が掲げられている。

 そう、マリア教師が私の校外奉仕活動の場に選んだのは、先程説明した薔薇の会の施設の一つだった。


(詳しい内容は行ってから聞けって言われたけど、子供がいるってことはここは孤児院みたいな場所ってことだよね。)


 どんな場所に放り込まれるのかと気が重かった私は、子供の相手くらいならどうにかなるかと少しだけ安堵する。

 門をくぐり、玄関のチャイムを押すと、カランコロンと可愛らしい鐘の音がして、人がパタパタと近寄ってくる足音が続いた。


「いらっしゃい!貴方がクライン・スティリア女学校の生徒さんね。私はレイチェルよ、よろしくね!」


 出てきたのはとても溌剌とした若い女性。

 白シャツにダボダボの厚手のズボンを履き、茶色の髪は一つに結ばれ、顔には化粧の一つもしているようには見えず、美しいとは言えなかったが、その生き生きとした笑顔は初対面の私にすら元気を与えてくれるような感じのいいものだった。


「は…はい。クライン・スティリア女学校から来ましたアイルフィーダ・ファシズと言います。今日からよろし―――」

「まあまあ!!そんな堅苦しい挨拶は抜きにして早速皆に紹介しなくちゃ!皆、若いお客さんが来てくれるって楽しみにしてたのよ!!」


(若い?)


 昨日の夜から考えていた挨拶をいい終わる前に、レイチェルさんに背中を押され建物の中に押し込まれる。

 遮られたレイチェルの言葉に少し疑問を感じながら、何の心の準備もできないまま、色々とぐいぐいと押され私は驚くやら、どうしていいやらで混乱する。

 玄関からまっすぐ廊下を進むと、大きな扉を開いてレイチェルさんが私を中に案内する。

 その向こうにある多くの視線に私はぐっと緊張が押しあがるのを感じ、更に目の前の光景に頭が真っ白になった。


(え?え?ここって孤児院じゃないの?)


 中々大きなリビングらしき場所に、たくさんの人が私の顔を興味深そうに眺めていた。

 その中には私の予想通り何人かの子供もいたが、それよりもはるかに多い人数の想像していなかった人たちがいた。

 円らの瞳、小さくて細い瞳、眼鏡で拡大されて歪な大きさを持つ瞳、病気だろうか白く濁った瞳、うたたねしているのだろうか目脂が張り付いたまま閉じられた瞳……ずらっと十数人並んだその瞳たちは、それぞれの歴史が積み重ねた個性を持った瞳をしていた。


「はーい!!皆さん、今日は若いお客様が遊びに来てくれました!お名前はアイルフィーダさんと仰るそうです。今日はよろしくお願いしますね!」


 レイチェルさんがビビっている私を一歩前に押し出す。


「よ…よろしくお願いします。」


 思わずどもった私を笑う人は誰もいなかった。だけど、数人の子供が私の言葉に返事をしたけど、ここにいる大多数の人がぽかんと私を見ているだけだ。


「あはは!もっと大きな声で言わないと聞こえないわよ。ねえ!?」

「はああ?」


 レイチェルさんが豪快に笑いながら、近くにいた人の耳元で叫んだ。するとそれすら良く聞こえていないのか、しゃがれた声が返ってくる。


―――その人はどうみても齢を相当重ねられたご老人にしかみえず……


 薔薇の会が運営する施設【ローズハウス】、ここは身寄りのない子供を世話する孤児院であると同時に、身寄りがないご老人達も一挙に世話する老人ホームでもあったのだ。

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