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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第一部 現在と過去
58/113

8-5

戦闘描写があります。苦手な方は避けてください。

 一気に距離を詰めて男が戦う態勢を整える前に腕を伸ばし掴みかかろうとしたけど、男が身を引くことで呆気なく躱される。

 舌打ちしたい気分で空ぶって前に崩れる体を立て直そうとした瞬間、すぐさま反撃に転じた男の剣を間一髪で避ける。

 その後も連続で仕掛けられる男の攻撃を避けながら、私は苦々しい気持ちを隠せない。


 私の魔導吸収の能力は、自慢にならないけれど、自分では全く制御できない。

 指輪を外せば勝手に魔導力を吸収し続けるし、特定の対象だけ選んだり、自分で加減して魔導力の吸収量を調節することもできない。ちなみに、吸収量は基本的に私自身の魔導枯渇度に比例する。

 『魔導枯渇度』なんていうと仰々しいけど、要するにさっき切りつけられて倒れた時のように、生命力という名の魔導力を膨大に消費して傷を治そうとする時などは、尋常じゃないほど吸収してくれるけど、今みたいに私自身がぴんぴんしている時は、その量も少なくなる。

 指輪をはずしている今も周囲の魔導力を吸収しているだろうけど、それは男をどうこうできる量ではないのだ。

 だけど、魔導力を吸収したい対象に触れることができれば話は別だ。

 手でも肩でもどこでもいい、触れている所から私は意識して魔導力を吸収でき、相手を干からびさせて再起不能にすることもできる。


 だからこそ、先の攻撃を躱されたのは辛い。

 卑怯とののしられようが、意表をついた瞬間に男の一部に触れられさえすれば、魔導力を一気に奪って勝負を決めていたというのに、それが失敗したのだ。

 丸腰の私にとって、その瞬間だけが、最大にして、たった一つの好機だったというのに。

 私が襲いかかった以上、男は剣を振り回し、一定の距離を保ったまま私と対することとなる。武器がない私にはその剣を躱すことはできても、それを受け止めたり、払ったりして、その後男と距離を詰める方法がない。

 かといって、男の身のこなしから私では男の攻撃を避けて、そのまま男の懐に飛び込む俊敏さはない。触れられなくては魔導力を吸収できても大した量ではなく、男を動けなくする事なんて不可能だ。


(まだ、私にも勝機はある。焦るな、冷静になれ)


 それでも、好機を失ったからと諦められる状況ではない。

 ちらりとフィリーの方へ視線を向ければ、より一層顔色を悪くして、立つこともできずに座り込んでいる姿が見えた。あれでは私が男をひきつけている間に、彼だけ逃げるのも無理だろう。


(何にしても時間がない)


 フィリーの体調もそうだけど、ここに辿り着くまでの階段で体力を思いのほか消耗したのが悪かった。男の攻撃を躱しているだけなのに、既に息が上がっている。

 大して男はあたりまえだけど疲れた様子もない…このまま持久戦に突入したら私が自滅するのは目に見えている。


(懐に飛び込めたら)


 手を伸ばして届く位置に行ければ私の勝ちだ。

 だけど、戦っている敵をそう易々と懐に飛び込ませる隙を見せる馬鹿もいない。懐に飛び込もうとして、一体何度私の柔肌が傷ついたことか……と、そこでハタと一つの案を思い至る。

 体力も時間も余裕もない現状で、それ以外に他に何か思いつくような気もしなくて、私はすぐさま案を実行に移す。

 続けざまに襲い掛かる斬撃を武器のない私は避けるしかない所を、腕で受けた。幸いにフィリーの上着を着ていることが功を奏する。

 ドレスならば腕を切り落とされていても不思議ではないが、フィリーの上着の前腕部分にはそこそこ分厚い金属製の飾りが付いていた。盾のような頑丈さはなく、受けた瞬間には強い衝撃と共に、腕の飾りが音を立ててひん曲がった。

 だけど、腕は切り落とされることはなく、男の攻撃から私の身を守ってくれた。

 男が私の意図を察して身を引き距離を取ろうとするのを、剣を掴んで阻止する。素手でつかんだ刃に肌が肉が切り裂かれる痛みと感触に顔を顰めながら、それでもそのまま私は腕を伸ばす。


(捕まえた!!)


 男の腕をつかんだ感触に、私は勝利を確信する。同時に魔導力を吸収すべく意識を掌に集中しようとした瞬間だった。掴んでいたはずの男の腕が男もろとも消える。


「!?」


 転移魔導かとも思ったが、魔導を発動する際の魔導力だって私が掴んでしまえば全部吸収することができる。

 では、どうして消えたかと言われても私には分からなくて、何処に消えたかと男を探す。すると、彼は再びフィリーの傍に立っていた。すぐにそちらへ足を向けようとする私に男が口を開く。


「貴様はどうして自分の体が傷つくことすら厭わずに、俺に立ち向かう?」


 抑揚のない声は変わらないが、僅かに小首を傾ける男は本当に不思議がっているように見えた。


「貴様は政略と策謀のために嫁がされたオルロック・ファシズの王妃。こいつに命を懸けてまで助けたいと思う感情がある訳がない。ここで引けば、お前の命は助けてやるぞ?」

「逃げろ!」


 男の言葉にフィリーが苦しげだけど、強く叫んだ。


「頼むから、アイル!!」


 先程と同じように咄嗟に言い返そうとした言葉は、フィリーの今にも泣きそうな顔に飲み込んでしまう。

 フィリーのその言葉を先程は彼が私の気持ちを何一つ考えていない故の言葉だと思った。だけど、私が想像した理由とフィリーの浮かべる表情が一致しなくて、私は戸惑った。

 美しい顔は歪み、色艶も悪く、精彩は全くない。だけど、毎夜、先ほども言われた『愛している』という言葉より、その表情も言葉も余程私の心を揺さぶった。


「世界王…お前にしてもそうだ。どうして自分の身より名前だけの王妃の身を心配する?舞踏会場で王妃を見捨てさえすれば、お前はこうして俺に囚われる事も、こんな状況になる事も無かっただろうに」

「…黙れっ」


 苦しげな声で言葉を吐き出すと、何かに耐えるように蹲るフィリー。

 それに駆け寄ろうとすると、男が私に向かって剣を突きつけて牽制し言葉を続ける。


「人間という生き物は、理由もなく誰かを助けたりはしない。例えそれが無意識であろうと、その行動には理由がある。そのほとんどは自分のためだ…誰かのためといいながら、結局はその誰かに好かれたい自分のため。人間は独善の塊だとは思わないか?」


 饒舌に訳の分からない事を話し出した男より、蹲ってしまったフィリーが気になる。

 最初、あの顔色の悪さは私が魔導力を吸収しすぎたせいかと思っていたけど、尋常ではないフィリーの様子にそれだけが原因ではないような気がしてならない。

 近づけないもどかしさに、拳を握りしめた。


「貴様たちの行動はまさにその象徴だ。誰かのために命を投げ出す覚悟…か。だが、八年前の幻影に縋りついているだけのその行動では、何一つ守れないだろう。それは独善的であるだけでなく、傲慢すぎる何一つ意味をなさない行動だ」


 『命を投げ出す覚悟』なんてそんな大層なものを携えてこの場にいるつもりはないけど、『何一つ守れない』『何一つ意味をなさない』と言われていい気はしない。

 それに会った覚えもないこの男が『八年前』と口にしたことも気にかかる。私の能力の事と言い、この男は一体何者なの?


「どういう意味?貴方は誰?私たちの何を知っているというの?」

「そういえば名乗りもしていなかったな。俺の名はカルラ。何を知っているか…そうだな、少なくとも貴様らが互いを大切に思っているのは、今の相手ではなく、過去の相手だという事は知っている」


 男―――カルラはそう言って無表情な顔に、皮肉気な笑みを浮かべた。

 名前は分かったけど、その名前にはやはり聞き覚えはない。


「考えてみろ、もし、相手が本当に知らなかった相手だったとして、ここ数か月の夫婦として生活してお前は、今のように危険を冒してまで世界王を助けに来たか?」

「仮定の話をして何の意味があるの?夫婦の事に他人が口を出すなんて、余計なお世話でしかないわ」


 男は要するに私たちが仮面夫婦だから、危険を承知で身代わりになったり、助けに来ることがおかしいと言っているらしいことは分かる。

 だけど、それに何の意味がある?男の目的は何?


「過去は確かに美しい」


 だが、男は私の言葉など聞いていないように言葉を続ける。


「お互い憎からず思っていた八年前…だが、それは果たして現在に繋がる感情か?」


 八年前、確かに私はフィリーに恋をしていた。

 告白することなく置いていかれてしまった恋は、未だに私の中で引き摺られ続けている。だけど、問われて、ふと、自分の中で本当は蟠っていた感情が顔を出す。


―――私は今のフィリーを本当に愛している?


 なんて、今更な問いかけだろう。

 感情ではなく、『理由』があって私はフィリーに私を娶る様に強要した。そして、その『理由』故に私はフィリーと共にあらなければならない。そう割り切って嫁いだつもりだった。

 だけど、八年ぶりに再会したフィリーに私は様々な感情を感じた。

 彼に『愛している』と言われて戸惑ったし、突き放されて孤独を感じた、リリナカナイと一緒にいるところを見て嫉妬もしたし、苦しげな彼に不安だっていっぱいだ。

 でも、それが今の彼に感じている感情なのか、それとも八年前の彼への感情なのか、私はそれには見て見ぬふりをしてきた。


「王妃よ、お前は今の世界王を愛しているのか?それは本当に愛か?命をかけるべき意味がある相手か?」

「意味はあるわ」


 感情の話は置いておいて、私にはフィリーを守る『理由』があるから躊躇いなくそう答えた。それは彼に嫁がなくてはならなくなったのと同じ『理由』だ。


「ちなみに命は賭けない。さっきもいったけど、私は貴方からフィリーを絶対助け出して言いたいことが山ほどあるの」

「最近の女は本当に勇ましい。これでは王妃が勇者で、世界王が囚われの姫だ」


 その言葉に何かを言いたげに身じろぎしたフィリーが、突然叫びをあげた。


「フィリー!?」


 俯いていた顔を天へ向け、喉元を掻き、雄たけびを上げる姿は常軌を逸している。

 何が起こっているのか全く分からないまま、もうカルラの牽制など気にしている余裕などないと駆け寄ろうとした瞬間、一際大きな叫び声と共にフィリーを中心に強い風が吹き、風圧に目が開けられなくなる。


(まさか、これって―――)


 脳裏を過る予感に心臓が嫌な音をたてた。同時にゾワリと這い上がる寒気、毛穴から緊張のために汗が吹き出す感覚。

 それは魔導力を吸収する能力を持つ割には、その目に見えない存在を感覚として捕えきれない私ですら、本能的に圧倒される魔導力の爆発。

 風圧で吹っ飛ばされた辺りの霧、代わりに現れた抜けるような青空には、一瞬太陽かと見紛うほど大きな白い月と、申し訳ないくらいに小さな真っ赤な太陽が浮かんでいる。

 『神域』とカルラはこの場所を称していたが、確かに現実の世界とこの場所は違う次元にあるらしい。


「アアアアアアアア」


 フィリーが発する衝撃波は収まったが、彼に近づくほどに感じる強い抵抗力に歩は進まず、寧ろ見えない力に押し返される。

 なのに、その横で悠然と立ち尽くすカルラは顔色一つ変わっていない。


「フィリーに何をした!?」


 苦しむフィリーの横で、その時、無表情だったカルラがにやりと歯をむき出しにして笑った。


「『レデイル・ファウスト』」


 発せられた言葉に最悪の予感が当たったことを確信する。


「だから、逃げろと言ったんだ。まあ、逃げたところで死が少しだけ遅くなるだけの話だが」

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