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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第一部 現在と過去
56/113

8-3

 私には理解できない根拠―――世界王と巫女だから分かる『何か』故に、フィリーを信じきっているリリナカナイに感じたのは恐怖という言葉が一番近い気がした。

 『信じる』事が悪いとは思わない。

 だけど、彼女の信じるもの以外は受け入れようとしないそれは、信頼を通り越して、もはや責任の全てを彼や周りに押し付けた依存にしか私には思えない。

 多分、それは信頼というよりは信仰に近く、願いというよりは妄執に近い。

 ただ只管にその信仰と妄執によって浮かび上がる一点の曇りもない無垢な笑顔。かつてはそれとよく似た、だけど全く違う笑みに救われたこともあったというのに。


(リリナの笑顔を怖いと思う日が来るなんて…)


 そうして、私はやっと気が付く。彼女が私の知っているリリナカナイと変わってしまったことを。

 知っていると言っても、一方的に私が知っているだけの関係だったけど、絶対に昔のリリナカナイとは何かが決定的に違っている。


「だから、安心してアイル。私を信じて」


 笑みを浮かべたリリナカナイが差しのべた手を私は無意識で弾く。


「アイル?」


 傷ついた幼気な少女のように美しく顔を歪めるリリナカナイに、恐怖する私が異常なのだろうか?

 頭の片隅でそんなことを思いつつも、リリナカナイに感じるのは何度問い直してもやはり恐怖だ。


「リリナ…貴方やフィリーを信じない訳じゃない。それでも何もできなくても、私はフィリーを助けに行きたいと思う。貴方にこそ問うわ。どうして、貴方はそう思わないの?」

「……何を言っているの?」


 聖女の笑みが歪んで消えた。

 彼女の思い通りにならない私への苛立ちが、声と表情に僅かに滲んだ。


「何度も言わせないで。フィリーは大丈夫なの」

「それでも彼が心配でしょう?フィリーが大切だったら」

 

 リリナカナイと対すれば対するほど、彼女の考え方のあまりの幼い…という言葉に収まりきらない不可解さと違和感に愕然とする。


「…タイセツ?」

「リリナ?」


 だけど、直後に魂が抜けたように感情の色を無くし、リリナカナイは首を傾げながら小さく言葉を返してきた。その異様な雰囲気にいよいよ私も混乱する。


(こういう違和感を私は前にも―――)


 何かを思い出しそうな気がしたその時、彼女と私の間にオーギュストが割り込んだ。


「お二人のお考えはよく分かりました。ですが、アイルフィーダ様…貴方の仰ることも分かりますが、現状では陛下を助けに行くのは無理なのです」

「どういう意味ですか?」


 問うとオーギュストは会場の奥の方を指し示す。

 侵入者との争いで倒れたであろう玉座と、その背後の壁ごと破壊されてできたような大きな穴、そして、その奥には上へと延びる階段が見えた。


「本来、あの場所には階段も穴もありませんでした。侵入者は壁を壊し、あの階段を陛下を連れて登って行きました」


 世界塔は解明されていない部分も多いと聞いているから、もちろんあの階段の行き着く先も分からないのだろう。

 だったら、さっさと階段を上って後を追えと言いたいが言えない。

 穴には出入り口同様に鉄格子が張り巡らされていて、人が通れる隙間はない上に、騎士がこれだけいて、未だに檻一つ破っていないことから、鉄格子は破ることができないという事も容易に想像できたから。


「他の壁を破壊しようとしてもできず、この中では転移魔導も使えません。要するに我々はあそこにいる貴族や騎士同様、この会場という檻に閉じ込められているんですよ。そうでなければ、巫女が許可しなくともすぐに陛下を追っています」


 いいながら苛立たしげに鉄格子を握りしめるオーギュスト。

 今まで穏やかに会話を続けていたので気が付かなかったが、彼は彼でフィリーの身を案じているらしい。リリナカナイの言葉がレディール・ファシズの総意でない事に僅かに安堵する。

 同時に鉄格子さえどうにかなれば、フィリーを助けに行けるのだと理解した。だけど、魔導ですら切れない鉄格子を破る方法というのは難しい。

 魔導より切れ味の鋭い剣や剣技を持つ人間というのもいるんだろうけど、残念なことに私はその両方とも持ち合わせてはいない。だからといって諦めて、考える事すら放棄するのは嫌だ。


(ランスロットが弱いから鉄格子の一つも切れなかった訳じゃないのね)


 考えながら、不意に魔導を使っても鉄格子を切ることができなかったランスロットを心の中で相当馬鹿にしたことを思い出す。


『その鉄格子には魔導を受け付けない術がかかっている』


 そして、その後に現れた侵入者のその言葉に、一つの可能性を見出して私は玉座に向かって走り出す。オーギュストやリリナカナイも突如として走り出した私に驚きつつも、慌てて追ってくる。

 そして、階段へ至ることを阻む鉄格子に近づくと、私は躊躇いなく指輪を外してそれを掴んだ。


「何を?」

「侵入者は鉄格子には魔導を無効にする『術』がかかっていると言っていた。その『術』が魔導力によるものだったら、私の能力で吸収できるのではないかと思って」


 その言葉にオーギュストは息を飲むと、私が指輪を嵌め直して場所を譲ると心得たように剣を抜く。魔導が込められた刀身が緑色に淡く光ったと思った瞬間、振り下ろされた剣は呆気なく鉄格子を切り倒した。

 カランカランという高い金属音が鳴り、オーギュストの顔に喜色が一瞬浮かび、次いで厳しい表情に変わった。


「これで…レグナ!!!」


 オーギュストの呼び掛けにレグナを始めとした騎士たちがわらわらと集まり、鉄格子が破られていることに歓声が上がる。


「これは!!」

「アイルフィーダ様の能力のおかげだ。お前は騎士たちを連れてこのままフィリーと侵入者を追え。私もあとから続く」

「任せろ。動けるものは俺の後に続け!」


 早口になりつつも的確にレグナに指示を出すオーギュストの言わんとすることなど、聞かずとも分かっているかのようにレグナは躊躇いな階段を駆け上がっていく。


「オーギュスト!!」


 リリナカナイのヒステリーな声。


「指示を出せというから、私は言った!このままフィリーを信じて待つと言ったわ!」


 先程の魂の抜けた表情はなくなり、怒りに愛らしい表情を険しくさせるリリナカナイ。

 この状況はオーギュストがリリナカナイの命令を無視して、フィリー救出に騎士を向かわせた事となるのだろう。


「指示を出せというのは当たり前だろう。この場の最高責任者は巫女だからな」

「だったら、その命令がどうして聞けないの?」

「―――これがフィリーの命令だったら聞いていたな」


 私に対しては丁寧過ぎる口調のオーギュストが、不必要なほどリリナカナイには強く冷たい口調になる。


「まあ、フィリーだったら絶対にそんな命令はしないだろうが…要するにお前は俺にもレグナにも巫女として信頼を勝ち取ってないんだよ。せめて、まっとうな命令をしてくれれば形だけでも従ってやろうと思ったが、お前が下したのは俺たちが到底受け入れられない命令だった」


 それは只管にフィリーを信じる者の言葉であり、リリナカナイの自尊心をズタズタに傷つけるための言葉だった。

 二人の間にどんな確執があるのかは分からない。いや、聞いている会話からこれはオーギュストからの一方的な確執で、リリナカナイは気が付いてすらいなかったようだけど、それが却って二人の間に大きな溝を作っている。

 そして、それを突きつけられたリリナカナイはわなわなと震えだす。

 

「私のいう事が―――」

「気に入らなければ巫女という地位を振りかざす。だが、それは伴う責任が負えるから使える手段だといい加減に理解しろ。その責任をフィリーと教会に全て被せているという自覚を持て…フィリーはそれを甘受していたが、俺はそれがずっと気に入らなかった」


 かっとリリナカナイの顔が赤くなる。

 それは彼の言っている事に思い当たる部分があるからなのか、ただ自尊心を傷つけられた怒りなのからなのか、言い返す言葉が見つからない苛立ちからなのか、はたまた私が想像できない違う感情からなのか知りたい気もするが、これ以上は止めたほうが良いだろう。

 ちらりと視線を檻の方に向ければ、貴族たちがオーギュストはともかくヒステリーに叫ぶリリナカナイを好奇の目で窺っている。


 リリナカナイにその素養があるかないかは別として、彼女は巫女だ。それは変わらない。

 そして、その巫女という存在は世界王妃としては守らなくてはいけない権威の一つなのだ……心境的には何で私がそんなことまで気を回さないといけないんだ!と言いたいが、まあ、ここで空気を読んでしまうのが私の性分なんだろう。

 目が覚めた瞬間に迸っていた感情の勢いが、会話のうちに削がれたことも要因だろうけど、仕方ないとばかりに私は再び二人の間に割って入る。


「その話は後でも構わないでしょう。先ほども止めましたが、周りに聞かせていい内容とは思えません」

「だけど!!」


 リリナカナイは私との会話など忘れたかのように、オーギュストが許せないとばかりに声を上げる。

 それはフィリーの安否より、自分の自尊心の方が気にかかると言っているようなもので、私も内心ではいい気はしない。しかし、今はこちらが大人なった方が早い。


「リリナ。今はお互いに現状の打開に専念しましょう。私の能力で檻も出入り口もすぐ解放できる。貴方がこの場の収拾が自分の責務だと思うのならば、それをするべきではないの?」


 目先の問題を提示すれば、案の定リリナカナイははっとしたように周りを見回す。

 どうやら自分しか見えていないらしいリリナカナイではあるけど、未だに檻の中に囚われた人々や入口で足止めされている騎士たちを見て自分の立場を思い出してくれたようである。

 すぐにフィリーを追いたい気持ちはあるが、この場の収拾も必要な事だ。私はリリナカナイにそう言うと、舞踏会場の鉄格子の術を片っ端から解いていった。(途中で檻から解放されたルッティは、私のことを心配しつつも妙に嬉しげだった)

 かくして、それが完了するとリリナカナイはその後の収拾をすることはなく、教会のお偉方に引きずられるように連れて行かれ、結局オーギュストが集まった騎士をフィリー救出の増援部隊と混乱する貴族の護衛など現場の収拾部隊に振り分けて指示を出すこととなったのだが、その前に彼は私に向き直った。


「さて…アイルフィーダ様、騎士をお付けしますのでこのまま後宮にお戻りを」

「え?」

「幸い、髪の色を変えているので貴方を王妃だと気付いているのは、近衛騎士だけだと思います。混乱なく後宮に帰れるでしょう」


 告げられた言葉が正しいと分かっていて、私はすぐに首を横に振った。


「陛下は私のために攫われたと…こんな状況でただ待っているなんて私にはできません」


 リリナカナイや彼とのやり取りで多少の冷静さを取り戻して、勢いだけでフィリーを追おうとはしなかったけど、私はフィリー救出部隊にくっついていく気満々だった。

 王妃がすることではないと理解していても、鉄格子があの階段の先にないとも限らない。今のところレグナ達が引き返してこないから、その可能性は低いかもしれないけど、私の能力が役立つ可能性があるのであれば、大人しく待つ気持ちは微塵もわいてこない。


「心配されずとも、侵入者たちはフィリーに何かを手伝わせたかった様子でしたので、すぐに危害を加えられることはないはずです。必ず無事にフィリーを貴方の元へお届けします」

「その言葉を信じていない訳ではありません。ですが、私の能力がまだ必要になる可能性はあるはずです」


 フィリーが無事に返ってくると信じたい気持ちはある。だけど、それと自分で助けに行きたいと思う感情は、心配する感情はまた別だろう。

 それに信じたところで、それが裏切られたことも、叶わなかったことだって何度もある。願っただけじゃ何も変わらない。だけど、無意味かもしれないけど、足掻けば何かが変わる可能性はゼロじゃない。

 何もできずに様々なものを今まで失ってきた経験が、私を頑なにさせていた。


(何もしないままフィリーに何かあって、このまま何も確かめられないまま終わってしまったら…私は許せなくなる)


 何を許せないと言われると自分でも難しい。

 それは侵入者なのか、騎士なのか、リリナカナイなのか、フィリーなのか、はたまた自分自身なのか…ともかく、落ち着いていたはずの感情がぐつぐつと煮えてくる感覚に拳を握りしめた。

 そんな私をどう捉えたかは定かではないが、オーギュストが嘆息する。


「はあ、分かりました。確かにあの鉄格子が先にないとも限りませんしね」


 その言葉にホッとする。もし、許してくれなければ、それこそオーギュストを倒してでも行くつもりだった。

 だけど、そんな私の心情を見通した訳ではないだろうが、ぎろりと先程リリナカナイを追い詰めた時の表情でオーギュストが私を睨み付けた。


「ですが、決して邪魔はしないで下さい。貴方が誰であろうと、もし貴方とフィリーを天秤にかけた時、フィリーに恨まれようとも、私はフィリーを選び貴方を切り捨てる。それに…貴方という人間を私が信用していないという事も覚えておいてください」


 言いながら剣の柄に手をかけるオーギュストから、私が怪しい行動をとればすぐに切りつけるという警告が伝わる。

 それはオルロック・ファシズの人間であることもあるだろうけど、同時に誰も知らないはずの私の能力を知っていたという侵入者がいたという事実もあるだろう。

 仕方ないと思いたくないが、今は言葉を尽くして彼に私を信じてもらう余裕はない。私は一つ頷いて、騎士と共に階段を駆け上がるオーギュストを追った。

活動報告に後書きあります。

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