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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第一部 現在と過去
55/113

8-2

 意識が戻って感じたのは、天井のシャンデリアの眩しさと固い床の感触。

 どうやら床に寝かされているようだと理解した瞬間、意識がなくなる前の出来事が甦る。


(あの後はどうなったの?)


 起き上がろうとして、ふと自分の上に何かを掛けられている事に気が付く。見てみればそれは男物の上着。しかも、フィリーが着ていた物だ。

 咄嗟に夢の中で爆発した感情が喉元まで上がってくるのを感じたけど、無理やり飲み込んだ。

 自分の心の中では思うとおりに叫んでも問題ないだろうけど、現実となれば話は別だ。自分の感情のままに素直にあることは悪い事ではないが、大人になったのであれば時と場合を選ばないといけない。

 それでも、飲み込んだ感情は腹の中で燻りつづけているようで、フィリーの上着を爪を立てて握りしめる事くらいは許して欲しい。

 この感情の行き先を決める事は後回しでも構わないから、とりあえずは状況を確認しようと辺りを見回す…と、そこで声が響いた。


「もう、嫌よっ!」


 激情のままに叫んだ高く甘い声は、未だに助けてくれという貴族たちの怒号の中でもよく聞こえた。

 声のする方を見れば予想に違わず、私が寝かされている壁際から左程離れていない所でリリナカナイと十数人の騎士の姿見えた。だけど、そこにフィリーはいない。

 それを不思議に思いつつも周りを見回せば、舞踏会場は未だに貴族や騎士を捕えた檻が残っているし、入口も鉄格子のため出入りができない状況だ。

 どうやら私が意識を失ってから、あまり時間は経過していないらしいと想像できた。


「いつもは巫女だから守られていろ、何もするなっていうくせに、フィリーが居なくなった途端に全部、私に決めろって言うの?!」


(フィリーがいない?)


 何やらヒステリーに叫ぶリリナカナイの言葉に嫌な予感が過りながら、私は立ち上がる。

 すると、床の感触をダイレクトに感じて自分が靴を脱ぎ捨てたことを思い出すが、誰が拾ってくれたのか、すぐ傍に揃えられていた靴に再び足を入れる。

 そうしている間にも話は進む。


「そうだ。世界王がいない以上、巫女であるお前がこの場の最高権力を握る。守られていろ?何もするな?そう巫女付の者に言われて、どうして疑問を持たない?」

「どうしてって―――」

「フィリーはお前が巫女となることを選んだ瞬間から、いつだってお前自身に考える事、選択する事、決断する事を求めてきたはずだ。それは巫女になったものの、上に立つものの最低限の責務だからな。なのに、お前は―――」

「何よ!こんな時だけそんなしゃべり方して…私だって―――」


 巫女相手にも強気な態度の男にリリナカナイが言葉に詰り、その表情が泣きそうになる。

 このまま巫女が泣き叫ぶ様子を大衆に見せる訳にもいかないだろうと、私は状況が分からぬまま間に割って入った。


「声が大きいですよ。あまり周りに聞かせていい内容だとは思いませんが」


 ちらりと未だに檻の中で混乱し続ける貴族たちを横目にそう言った私に、リリナカナイや騎士たちが息を飲む。

 その様子に戸惑いつつ、誰かが『あれだけの傷を負っていたのに』と小さく呟いたことで、私はその態度に納得する。


(そういえば、私、リリナカナイを庇ったんだったわね)


 体に痛みもなければ、違和感もないので忘れていた。

 しかし、背中を切り付けられた時の衝撃を思い出せば、中々の重傷だったのは間違いない。現に微妙に鉄臭い気がするし、頭が重いのは恐らく血を流しすぎたせいだ。

 それが大した時間も経っていないのに、こんな風にぴんぴんとしていれば、気味悪がられても仕方がない。

 ……とそこで私はもう一つ重要な事に思い至って、右手を確認した。


(指輪が嵌っている)


 『魔導力の吸収』―――正式には難しい名前があるらしいが、端的に私の能力を表すとこうなる。

 この世界は基本的に魔導力で溢れていて、植物も動物もあらゆるものが魔導力を有しており、人間は許されたものだけがそのエネルギーを魔導という術に変えて使うことができた。

 ちなみに私は魔導を使えない人間で、その代わりではないけど魔導力を吸収する能力を持つ。

 魔導力とは生命力と言い換えても左程違いはないため、それを他から吸収することで今回のように傷を治すことも(自分限定で)可能なのだ。

 しかも、この指輪で能力を普段は封印しているけど、外したら最後、あたりの魔導力という魔導力を吸い尽くし、吸い尽くした対象物はミイラのように干からび命の危険すら伴う。

 だから、私の能力の何たるかは判然しておらずとも、そんな現象を目の当たりにすれば怖がられても仕方ない。

 更に言えばこの能力は一般的ではないのだから、気味悪がられようが、怯えられようが、それは当たり前の反応なのだ。


 そう。問題は他人の目ではなく、誰が指輪を嵌めたかだ。

 少なくともこのレディール・ファシズには私の能力を知る人も、それが指輪によって封印されていることも知る人はいない。

 だけど、能力が暴走し続けた形跡はないし、現に指輪は嵌っている。


(誰かが私の能力の事を知っている?だけど、誰が?)


 それにこの傷の治り加減からいって、2,3人は命はあってもミイラ化した人間が倒れていてもおかしくないのに、それもいない。


「目が覚めたようで良かった。気分は悪くないですか?」


 尽きぬ疑問に黙り込んだ私を遠巻きに見つめる騎士たちが醸し出す緊張感の中、穏やかな声が響く。

 それは先程まではリリナカナイに対して強い口調で喋っていた男だ。


「えっと、秘書官の……」

「オーギュスト・ロダンと申します」


 名前は咄嗟に出てこなかったが、後宮でも何度か事務的な話をする際に会った相手で見覚えがあった。

 薄く笑う美丈夫の態度はその時と寸分変わりない。腹では何を思っているか定かではないが、他が恐怖する異能を持つ相手に大した度胸をお持ちのようだ。

 皮肉ではなくそう思っていると、騎士たちの中にいるレグナに声をかける。


「レグナ、ここは私に任せて、騎士たちと共に怪我人がいないか確認してきてくれるか?」

「…了解。お前ら行くぞ」


 レグナと共に私に向ける視線を外して騎士たちが、バラバラと遠ざかっていく。

 微妙な沈黙が一瞬落ち、オーギュストが私に向き直った。


「あのような態度をとって申し訳ありません」

「いいえ。私自身もこの能力が畏怖の対象になることは理解しています。それより、状況を教えてください」


 私に対する怯えたような視線にも、オーギュストの慇懃無礼すぎる態度にも、この際あまり腹を立てるつもりはないが、如何せんフィリーのせいで気が立っている私は既に切れちゃっているモードにある。

 傍目には普通に見えていることを願うが、発する声は自分でも低いことを自覚していた。なるべく、八つ当たりをしないように感情を抑えているから余計かもしれない。


「仰るところの能力の事を先に伺っても?」


 『それより先に現状を教えろ』と詰め寄りたくなるのをグッとこらえる。彼らとしても私が危険か否かの判断をしない訳にはいかないだろう。

 王妃でも敵方の人間がよく分からない能力を発揮したのだ。私がオーギュストやレグナの立場だったら、私を拘束していたっていいくらいだ。


「能力を見ていたのならお分かりかと思いますが、私は他者の魔導を吸収する能力があります。信じてもらえないかもしれませんが、誓って王妃になってこの力を使うつもりも、まして周りに害を与えるつもりも私にはありませんでした。ですが、先程はそれ以外に巫女と自分の身を守る手段が思いつきませんでした」


 オーギュストは表情を変えないが、リリナカナイは怯えたような表情を浮かべる。

 まあ、実際に能力を見た後では、こんな事を言っても信じてもらえなくても無理はない。


「能力について詳しくお知りになりたければ、オルロック・ファシズにお問い合わせください。私自身よりあちらの研究所の方が詳しいと思いますよ」


 これ以上話さないという意思表示も込めて言い切ると、意外な言葉が返ってくる。


「オズ魔導研究所…ですか」

「よくご存知ですね」


 研究所としか言わなかったのに、オーギュストから零れた研究所の正式名称に驚きを隠せない。

 魔導研究所としてかなりの規模を持つ場所だけど、あそこはオルロック・ファシズの人間でもごく一部しか知らなはずだ。

 リリナカナイもはっとしたように目を見張る。その反応に彼女も知っているらしいと察して、元軍の情報部として、機密が当たり前のように敵方に知られている事実に情けなさを感じていると、


「まあ、私も昔あそこにいたので」


 と、またサラリと告げられる。


「それは―――」

「まあ、積もる話はお互い後にしましょうか」


 オーギュストの方もこれ以上は話すつもりがないらしく、ニコリと笑うと話を変えた。


「見て頂ければお分かりかと思いますが、アイルフィーダ様が庇って下さったおかげで巫女は傷一つなく、その能力を持って巫女の周りにいた敵は悉く倒れました。ですが、その後にもう一人敵が現れました。巫女の話によると、どうやらその敵が貴方の能力を止めたようです」


 そう告げられて、思わずちらりとリリナカナイに視線を向けると目が合う。

 彼女の視線は怯えた色から一転、こちらを同情するような様子へと変わっていた。そんな表情に変わる理由が分からなくて怪訝に思いつつ、続いているオーギュストの話に耳を傾ける。


「その人物は貴方の能力に付いて詳しいらしい。その後、貴方によって倒された敵を全て回復させ、貴方を人質にてフィリーを誘拐して去りました」

「フィリーが?」


 私が気を失っている間に現れた敵とやらが私の能力を知っているという事にも驚くが、それよりもフィリーが誘拐されたという事実の方が重要だ。

 リリナカナイの言葉から嫌な予感はしていた。だけど、まさか自分のせいで敵に捕まったとは…考えたくなかった。

 私だってまだまだ生きていたいから、フィリーのためだったら命を捨ててもなんてエゴ丸出しの自己犠牲をしたいとは思わない。

 だけど、自分のために敵に捕まったフィリーにどんな感情を抱いていいか分からない。

 嬉しいと思えばいいのか、それとも、世界王としての自覚が足りないと怒ればいいのか。


(それに<神を天に戴く者>の目的はフィリーだったという事?だったら、どうしてこの舞踏会場でも私が狙われたんだろう?)


 何だか釈然としない。

 だけど、今はそれよりフィリーの安否だ。フィリーの事が心配なのは勿論だけど、彼が無事でいてくれなくては、この腹の中で燻っている感情も行き場を完全に失ってしまう。


「それでフィリー救出部隊から連絡は?何か分かっているんですか?」


 フィリーが攫われたというのに騎士を始め、リリナカナイまでが現状に苦慮している様子はあるが、焦りや動揺の様子は見られない。

 そのことから、『救出部隊』の話なんてオーギュストは何もしていないけれど、それは既にフィリー救出へ向かっており、その目途も立っているのだろうと勝手に推測した。だけど、その問いには思わぬ言葉が返ってくることとなる。


「心配しないで大丈夫!救出部隊なんてフィリーには必要ないわ」


 突如として割って入ってきた明るくて、自信に溢れたリリナカナイの表情と声が、酷く場違いに感じるのは私だけだろうか?


「アイル、遅れてしまったけれど、守ってくれてありがとう。そして、さっきは変なことを言い出して、ごめん!私…フィリーが貴方を特別に想っているのに気付いて動揺したの。だけど、それは貴方もフィリーと同じ魔導研究所で辛い思いをしたから。二人が仲間だったからなのね。私、それを知らなくて―――」

「え?」


 何がどうなってリリナカナイが話をしているか繋がらない中、かろうじて聞き取った部分に声が漏れた。


(フィリーがオズ魔導研究所あそこにいた?)


 リリナカナイはそこでフィリーと私が知り合ったものだと思い込んだらしいが、そんな事を私は一言だって言っていない。

 その間違いを訂正する間もなく、リリナカナイは私からオーギュストに向き直ると言葉を更に捲し立てる。


「オーギュストもごめん。私、動揺して自分を見失ってた。フィリーがいない以上、個々の指揮を執るのは私…うん。できるよ」


 腕に手を当てて一つ頷くリリナカナイ。

 血塗れで、ドレスもボロボロの私と違って、ほとんど無傷と言っていいリリナカナイは美しいまま自分に自信を取り戻す。混乱する私を置いたまま。


「私にできることはこの混乱を収拾して、フィリーが戻ってきた時の負担を減らすこと。そのためにはあの鉄格子を何とかしな―――」

「リリナ!」

「アイル、何?」


 思わず声を大きくした私にリリナカナイがきょとんした顔になる。

 その表情には何の憂いも焦りもない。


「フィリーを助けにいかないの?!」


 フィリーは敵に攫われたのだ。


(命の危険だっていうのに、この余裕はなんなの?それとも巫女には世界王の様子が手に取るように分かって、フィリーから助けは必要ないって言われているの?)


 そう考えなければ、あまりに平然としたリリナカナイの様子に説明がつかない。だけど、それならそれでそう言ってもらわなければ、私が落ち着かない。

 だけど、詰め寄る私をリリナカナイは心底分からないといった風で見返す。


「アイルったら何を言うの?フィリーは世界王。神に、世界に愛された人間が、敵に後れを取る訳がないの。貴方には分からないかもしれないけど、私には分かる。大丈夫」

「でも、私を人質にされたとはいえ、攫われたんでしょう!?何があってもおかしくないわ!」


 フィリーがどんなに強いか知らないけれど、神の子だろうが、魔王の子だろうが、人間に絶対はない。


「それはあの場にいた私たちを危険から遠ざけるため、今頃、フィリーは別の場所で心置きなく敵を倒しているに違いないわ」

「その状況が見えるの?」

「見えないわ。だけど、信じているの」


(意味が分からない)


 会話をしているはずなのに、言葉が何一つ噛み合わない感じがした。

 陶酔して夢を見るように瞼を閉じる彼女は美しいけれど、私はその美しさに気味の悪さを感じた。


「巫女じゃない貴方には分からないだろうけど、世界王と巫女は強い絆で繋がっているのよ。だからこそ、何があっても信じられるの」 


 にこりと微笑む表情は聖女の如く、だけど、私にはまるで別の世界の人間を見ているような気がした。

女言葉を話さないオーギュストは普通です(笑)

アイルとも実は今まで何度か話していたし、舞踏会場でも他で戦っていました。

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