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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第一部 現在と過去
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第一章 過去1-1

―――もっと違う出会い方をしていたら、何かが変わっていたのかな?



▼▼▼▼▼



「アアアアア・アイルフィーダ!!!!!」


 そのヒステリックな怒号は静かな校舎によく響いた。

 ふるふると震えながら怒りをあらわにする女性教師を前に、私は耳がキーンとするのを我慢して殊勝に俯いていた……いや、本当は笑っている顔を見られないためだけど。


(『アアアアアア・アイルフィーダ』って、『ア』言いすぎだし)


 怒られているのは分かっていても、何があっても笑えてしまうお年頃な私は俯いていたけれど、体が堪える笑いで震えている。

 何しろこの女性教師、名をマリアは、全身を常に黒づくめの服装に身を包む厳格でストイックなお堅い人で、風紀委員の顧問教師でもある彼女はそこら中の生徒に些細なことでも注意をする所謂『説教ババア』(年齢的にはまだ20代らしいが)なのだが、今は服装どころか、その髪も顔もいつもはキラリと光る眼鏡のレンズすら全部黒に染まっていた。

 なので、黒く染まっていなければきっと顔どころか全身が真っ赤になっているのだろうけど、今はそれすらも分からないほど本当に黒い。

 マリア教師がこれだけ怒っているのだから、こういう事になった理由は勿論私にあるのだけれど、どうしてかと説明すると、数十秒前に話はさかのぼる。


 ここは全寮制の女学校クライン・スティリア。

 女性の社会進出が珍しくなくなった昨今、教養と品格を兼ね備え、自立した女性を育成するための学び舎……とまあ、非常に素晴らしい謳い文句を掲げる結構由緒ある学校だ。

 そういう理想的な女性を何人も輩出しているし、学校内にその片鱗を見せている生徒、また、そうとしか思えないようなすごい生徒もいるけど、その大半はごくごく普通な女子たちで構成された普通の女学校でしかないと私は考えている。(まあ、入学試験は難関だけど)


 今日は朝から美術で、一日がかりでクラス40名全員で巨大なオブジェを作成するという、美術的センスと協調性や計画性を養うための授業に取り組んでいた。

 私と言えばあまり美術は得意ではないけど、一日机に向かっているよりはクラスメイトとわいわい言いながら何かを創っていくという作業は楽しく、主にリーダー格の女子の言うことをはいはいと聞いて、材料を集めたり色塗りをしてみたり奔走していた。


―――そして、それは私がその過程でバタバトと階段を駆け上がっている時に起こる


 オブジェ造りも佳境に入ったが(私には美術的センスはないが、客観的に見て良く分からない塊ができつつあった)、黒色のペンキがなくなったため、私はそれを用務員さんの所に取りに行くこととなった。

 ……ここまで聞くと何となくお察しいただけるのではないだろうか?

 私は早くそれを届けたい一心で、『廊下・階段は静かに歩く』という基本的ルールは分かっていても、はやる心でやや小走りに階段を駆け上がっていた。

 黒色のペンキがある用務員室は一階、クラスメイト達が待つ美術室は四階。

 結構重いペンキが入った缶を両手で持ちながら最初は軽快に駆けあがっていた階段も、二階から三階に至る階段の半ばに差しかかると結構しんどくなり、四階へ向かう段階になるとゼイゼイと息を荒らげたりして……。

 まだまだピチピチの17歳。若いはずなのにと、私も半ばムキになっていて、歩けばいいのに最後まで走りきってやると無駄な決意を抱いてしまったのが全ての原因。


 息切れでふらふらとなっていた私は、上がらない足のせいで階段に引っ掛かり思いっきりこけた。

 人間、本能的に自分の危機になるととりあえず自分の身を守るもので、顔面強打を避けるため私はその時、何の躊躇もなくペンキの入っている缶を手放した。そうしないと、手で顔や頭を守れないからだ。

 ただ、不思議とこういうときって冷静なもので、


(あーあ、ぶちまけられたペンキの掃除は時間かかるだろうなぁ)


 などと呑気に考えていたのだ。


「キャア!!!」


 そんな悲鳴を聞くまでは。

 ちなみにこの悲鳴は私ではない。膝とか缶を放り投げたおかげで咄嗟に階段に付く事ができた手は、僅かに痛んだが、私には怪我ひとつないのだ。

 じゃあ、この悲鳴は?と振り向いて私、絶句。

 想像通りにペンキがぶちまけられていたのだが、同時に後に分かったのだけれど階段を走っていた私を注意しようと後ろにいたマリア教師が頭からペンキを被って立っていた。



 とまあ、そんな訳で私はそのまま廊下で黒色のペンキを全身に被ったマリア教師に怒られることとなった。

 私としては説教するより先に、マリア教師にかかったペンキをどうにかすべきだと思うのだけど、怒りのあまり彼女はそれすら考えが至らないようだ。

 教師の声の大きさに気がついて怒られている私を、四階からクラスメイト達が野次馬根性丸出しで覗いているのが見えたが、マリア教師はそれにも気がつかない。完璧に頭に血が上っているらしい。

 曰く『貴方は元々落ち着きがない』だとか『そんな事では立派な女性にはなれない』だとか、正直余計な御世話だと言いたくなるようなことを言われ続け、比較的彼女に怒られることが多い私は聞きなれた説教を右から左に聞き流すしかない。

 それには気が付くマリア教師が目を吊り上げた。


「聞いているのですか!!!」

「はい!」


 ずっと俯いていたが、そう怒鳴られて思わず彼女の顔を見てしまい、堪え切れずに吹き出してしまう。

 だって、眼鏡をしていたおかげで目の周りだけペンキを避けられたその顔は、まるで笑わせるためだけに化粧を施された変なピエロの様で笑わずにはいられなかったのだ。


「~~~~~貴方という人はぁあああああ!!!」


 しかし、そんな風に笑ったらマリア教師の怒りに油を注ぐことは明らかで(だから、顔を見ないように俯いていたのに)、彼女が握っていたペンキで黒くなってしまった眼鏡にひびが入るのが見えた。


(げえ…本格的にやばいかも)


 キーンと頭に響く怒号は更にヒートアップして延々と続き、私のクラスのオブジェは結局その日時間内に完成を見ることはなく、クラス総出で居残ることとなってしまった。

 クラスメイト達には申し訳なくて謝ったけど、皆、マリア教師のあの姿で笑わせてもらったと怒られることもなく、更にぶちまけたペンキの後片付けも皆が手伝ってくれたおかげで早く終わった。

 あれだけ怒られたことでさすがに凹んでいた私にはクラスメイト達の友情が身にしみて嬉しく、その日の事はそれで全て片が付いたと、寝て起きた次の日には全てを忘れていた私である。

 だから、その三日後、マリア教師に呼び出されて、一体何事だろうと思っても、その時の出来事なんて微塵も思い出さなかった。


「アイルフィーダ。貴方には先日の罰として、授業外に奉仕活動を申し渡します。」


 そうして、何を言われているのか分からずに『何の事ですか?』と聞き返してしまった私は、その後またマリア教師に説教を受けることとなった。

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