7-4
「さっすがの男前っぷり。白い衣装がこんなに似合う男もそうそういないわよねぇ。」
仰々しい婚礼の衣装に身を包んだ俺をオーギュストらしい褒め言葉というか、嫌味が囃し立てる。
今日は俺とアイルフィーダの結婚式であり、レディール・ファシズ史上において初のオルロック・ファシズの王妃が誕生する日となる。
現在は式までの時間もあとわずかと迫り、俺は控室でオーギュストとレグナとともに待機している所だ。
こうして今日という日を迎える事ができたわけだが、教会のお偉方はオルロック・ファシズの人間を側妃として迎える事には賛成だが、それが王妃となった瞬間に大反対した。
しかし、その辺りはオルロック・ファシズ側の要望として受け入れさせた。
ケルヴィン・ヘインズにアイルフィーダを娶る代わりに、王妃としての地位を教会に要求するように条件を持ちかけたのだ。
それをいけ好かない笑みを浮かべながら了承した奴には腹立たしいばかりだが、俺が教会にいう事を聞かせるより、援助という強みを持つオルロック・ファシズ側から言ってもらった方が、教会に了承させるのが早いことは目に見えていた。
結果、表面上はそれに了承して見せた教会であるが、それを良しとしていないことを彼らは隠すつもりもないらしい。狸爺どもの嫌味、オルロック・ファシズへの悪口三昧でいい加減、にこにこしているのも面倒になったくらいだ。
だが、それが教会だけの感情でない事を忘れてはいけない。
「まさか、本当にオルロック・ファシズの女を王妃にしちまうとはなぁ。」
「何か言いたい事でもあるのか?」
レグナにしては珍しく奥歯にものが挟まったような言い方。
「そういう訳じゃねえ。今回の事は頭じゃ必要なことだって納得してる。だが、オルロック・ファシズの人間を王妃としてそう簡単に受け入れられねーだろ。」
「そういう感情だけは何年こっちにいても理解できないわねぇ。別にオルロック・ファシズに直接何かされた訳でもあるまいし、どうしてそう毛嫌いするのかしら?」
宗教の問題と一言で片づけるには、レディール・ファシズの人間のオルロック・ファシズへの嫌悪感というのは根深い。
今まで互いに遺恨を残す戦争をした事実がある訳でもなく、ただ神を信じないというその一点だけで、会ったこともない存在を嫌悪するという安易さ。いや、ある意味、決して交わることの無い存在だったからこそ、これほど安易で徹底的に嫌悪することができたのかもしれない。
その安易さを軽蔑する一方で恐怖すら覚える。
かくいう俺も世界王という立場にありながらも、オルロック・ファシズで育ったというだけで長年苦労させられている。
「こればっかは理屈じゃねーんだよ。」
俺やオーギュストと親交のあるレグナでもこうなのだ。他のレディール・ファシズの人間たちの感情や幾ばかりだろう?それを想像するにアイルフィーダへの風当たりの強さは尋常ではないだろう。
(彼女はそれに一人で晒される)
今までもその問題を軽視してきたつもりはないが、アイルフィーダを迎えるにあたってその辺りの問題も早急に解決すべき問題になるだろう。それに―――
「理屈じゃなかろうが、ケルヴィン・ヘインズが本気になっている以上、向こうとの関わりは今後深くならざるを得ないだろう。それが良いものなのか、悪いものなのか、それに関わらず相手を知る前から悪だと決めつけるのは愚の骨頂だ。」
「あちらさんは神の権威を得たいだけだろう?だったらそんなに…」
「バカねえ。そんな訳ないでしょ。あのケルヴィン様に限って。」
アイルフィーダが告げたことが嘘だとは思っていない。
オルロック・ファシズの内部事情はこちらにも伝わっているし、この婚姻で自治議会は世界王ひいては神の権威を手にするのだろう。だが、それが全てではないはずだ。
「オルロック・ファシズはレディール・ファシズに何かを仕掛けてくるに違いない。」
「ならっ尚更!!王妃なんか!!」
「だが、それがどんな形であるにしろ、オルロック・ファシズとの関わりは、今後必要になってくることだと俺は考えている。教会を打倒すのも、この不毛の大地で民を導いていくのも、俺だけの力じゃ、レディール・ファシズの力だけでは、まだまだ力不足だ。教会を見習う訳じゃないが、利用できるものは何でも利用する。」
―――俺は目的のためなら手段は選ばない
教会を打倒する。レディール・ファシズの民を導く、それは俺の目的達成の結果、付随してついてくる俺にとっては、あくまでついででしかない。
この二人にすら告げていない目的。それを知るのは俺自身だけ…いや、違う。
『それは貴方のエゴよ』
彼女はアイルフィーダだけは知っている。俺の願いを、俺の望みを。
『だけど、人間の望みなんて所詮はどれもエゴでしかないのよね。私の望みなんて恥ずかしくてとても他人には言えない。』
そして、思い出す。八年前、最後に彼女と会った時、俺の目的を聞いて彼女が酷く自嘲して言った言葉。
あの時は自分の事で精一杯で彼女の様子がおかしいことに気が付かなかった。その言葉の意味も深く考えもしなかった。だけど、アイルフィーダの願いは何だ?
「フィリー?」
一人深く思いを巡らせ黙り込んだ俺は不思議そうに名前を呼ばれてはっとする。
「いや、なんでもない。ともかく、オルロック・ファシズとの関わりは今後避けては通れない道だ。彼女を王妃として迎えたことで、レディール・ファシズの人間がオルロック・ファシズへ偏見が少しでもなくなればいいと俺は思っている。」
「リリナちゃんへの言い訳はあながち嘘じゃないって訳ね。」
リリナカナイにはアイルフィーダを王妃として娶ることは、両陣営の友好関係を築くためだと説明した。
耳触りのいいその理由を疑いもせずリリナカナイはとても喜んだ。
リリナカナイは俺たちの仲間として教会と相対しているつもりだろうが、彼女に知らせている内容は万が一にも教会に知られてもいいものだけに留めていた。
巫女は世界王にとっては対になる存在ではあるが、その身柄はあくまで教会に所属している。
リリナカナイが教会に味方であるとは思わないが、彼女を通して情報が漏れる可能性はゼロではない。
「ともかく、理屈じゃないと言われようが、近衛騎士団長であるレグナ、お前にとって王妃を守ることは仕事だ。仕事に私情は挟むな。」
強く言い切れば、レグナも騎士の顔になり戸惑いの表情は消える。
「王妃は基本的に後宮から出すことを禁じる。王妃の身の安全。それが最優先だからな…半年後…いや四か月後には全て片を付ける。そのための下準備は済んでいるな?」
「それはばっちり大丈夫!あんたの誕生祭に向けて全部計画通りに進んでいるわ。」
世界王である俺がおおっぴらに動くことはできず、基本的に裏で計画を進めるのはオーギュストらの役目になる。
今日この日、いや、アイルフィーダを王妃として迎えることを決めてから定まった道筋を違えることはできない。全ては動き出したのだから。
「陛下。そろそろお時間です。」
ノック音とともに俺を呼ぶ声が聞こえ、俺は結婚式を執り行う教会へ向かおうとう一歩踏み出した。その瞬間、ふいに八年前の記憶が呼び起された。
「…今日の式、デュヒエ枢機卿は参加か?」
『はあ?』
立ち止まって急に問いかけた俺に二人が怪訝そうな表情を浮かべる。
「え~?枢機卿って言ってもかなりの人数が参加してるから…あっ!そう言えば、今日は外せない視察があるから式には出ないって…怒ってたわねリリナちゃん。多分、いないんじゃない?でも、どうして??」
問われた言葉には答えずに俺はレグナへの命令にもう一つを加えた。
「王妃にデュヒエ枢機卿を絶対に近づけるな。行事以外ではリリナカナイにも基本的には近づけさせないようにしろ。」
言い捨てて二人の反応を確かめることなく、俺は部屋を出た。
終わってしまいましたが、実は2月14日から拍手の小話をバレンタイン仕様にしていました(笑)本当に大したことがないというか…申し訳ない小話ですが、もし宜しければどうぞ。
後書きは活動報告にて。