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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第一部 現在と過去
44/113

7-2

 レイデシ枢機卿を置いて部屋を後にした後、レグナを伴い俺はとある場所を目指した。

 複雑な構造と塔に満ちた魔導の影響により空間が捻じ曲がっている世界塔は、出鱈目に歩いていては建物の中で遭難すること請け合いの迷宮だ。

 八年の間に俺も色々と探ってみたが、その全ては未だに解明できていない。

 だが、世界王の特権と魔導のおかげで、一般には知られていない部屋や通路というものをいくつか発見し、周りにそれを知らせないまま使わせてもらったりしている。

 俺が目指しているのはそういった部屋の一つ。辿りつくには、壁と一体化している扉を探し当て、その先にある階段を下って、上って、また下る必要がある。

 そこは先ほどレイデシ枢機卿と会っていた部屋と同じような造りで窓がない空き部屋。だが、普段は人の出入りはないので、家具などはなく埃っぽい。


 部屋に入ると既に待ち合わせていた男がおり、俺たちに気が付くと軽く手を振ってきた。

 男の名はオーギュスト・ロダン。

 オルロック・ファシズにいた頃からの付き合いで、俺と一緒にこちらに渡った。

 今は世界王付筆頭秘書官という文官の中でも俺に最も近い役職に就いており、俺にとっては数少ない仲間といったところだ。

 がっしりとした長身で男性的な体に文官の制服を纏い、整ってはいるが厳つい顔立ちで、男の中の男といった雰囲気を醸し出しているオーギュスト。しかし、この男、話をしだすとがらりと印象が変わる。


「フィリー、遅いわよぉ!!こんな埃っぽい所で待たせるなんて最低ね!!」


 低い男の声で頬を膨らませて捲し立てる姿に、後ろのレグナの乾いた笑いを漏らす気配が感じられた。

 俺といえば人生の大半をこんな感じのオーギュストと一緒にいるので、今更何も感じない。

 最初に言っておくが、オーギュストは性別は男だが心は女性という訳じゃなく、一応体も心も正常な成人男性ではある。

 ただ、女言葉を使い、非常に少女趣味であるということを除けばの話であるが…まあ、趣味嗜好は個人の自由だ。

 ちなみにいつもこんな風に女言葉を話している訳じゃなく、仕事をしているオーギュストしか知らない者は彼がこんなキャラクターだとは知らないに違いない。男らしい話し方もできるが、女言葉の方が楽で自然体らしい。


「仕方ないだろう。ここに来る途中で教会の爺に捕まっていたんだ。それで?わざわざ誰にも見つからないこの場所で話したい事っていうのは何なんだ?」


 俺がここに来たのはオーギュストに呼び出されたからである。

 彼は俺の秘書官なのだから、それこそ毎日のように顔を合わせているというに内密で話をしたいというのだ。余程のことに違いない。

 俺がそう問いかけると眉間に深い皺が寄り、ますます彼の男らしさが倍増する。


「あら?それはどちらのお爺さんかしら?」


 その顔と紡がれる言葉のギャップに、彼の本性を知った人々は慣れるのに時間がかかる。数年の時がたっていてもレグナのように慣れない場合もある。


「レイデシ枢機卿だ。」

「まあっ!じゃあ、もう既に知っているかもしれないわね。フィリー、貴方にオルロック・ファシズから妃を娶って欲しいと教会に打診があったらしいわ。その話だった?」


 言いながらオーギュストは両手を胸の前で合わせて首を傾ける。

 その仕草に笑いを堪えられない様子だったレグナも、オルロック・ファシズの妃という言葉に驚く気配が感じられたが俺はそれを無視してオーギュストと会話を続ける。


「ああ……だが、その話なら別にこんな場所に呼び出さなくても良かったんじゃないのか?」


 教会の間者が何処にいるとも分からないので、教会に知られたくない話をする時に限り、誰も知らないだろう部屋を使うことにしている。

 ただでさえ世界王というだけで無駄に目立ちざるをえない俺が、人目を避けてこの部屋に辿りつくのは難しく、部屋の所在がばれない為にも、多用することは避けようということになっているのだ。

 だが、この話は教会も既に知っている話であるだから、この部屋を使う必要性はないはずだ。


「うーん。それはそうなんだけど、この話をあたしに教えてくれた人が人目の付かないところで話せっていうから。」

「何の話をしている?」

「ええ、あのね―――」


 頬に手を当てて、息を吐きながらのんびりと言葉を続けようとするオーギュスト。しかし、彼の言葉を待たずして軽い爆発音とともに煙が部屋の中に充満した。

 レグナが素早い動きで剣を抜き、俺も周囲の気配を感じようと警戒する……と、新たに発生した気配に馴染みを感じて俺は警戒をすぐに解く。


「ヤウ、相変わらず派手な登場だな。」


 俺の言葉とともに煙は一瞬で晴れ、その中から恭しく頭を下げた七色に輝くローブを纏う魔術師が一人。


「お褒めの言葉として受け取っておきます。ご機嫌麗しく、フィリー陛下。」


 言葉とともに上げた顔は八年経っても一切の変化もない。

 顔色は土気色で頬はこけ、目の下には消えそうもない隈。さりとて血走った瞳は爛々と輝き、そのアンバランスさに異様な雰囲気を感じずにはいられない。八年前、オルロック・ファシズにいた俺に世界王になるよう告げた筆頭魔導師ヤウ・ロスティーナ。

 相変わらず何を考えているか分からないその顔をヤウはニヤリと歪ませた。


「酷いわ、ヤウ!!あたしが事情を話し終えるまで待っていてって言ったのに、急に出てこないでよ!」

「これは失礼いたしました。ですが、フィリー陛下ならばこれくらいの無礼でお怒りにはならないでしょう?」


 霧散する緊迫した空気の中でも警戒を解かないレグナに手だけで下がるように指示をしながら、俺も笑って見せる。 


「ああ、構わないさ。無礼を咎めたところで、お前のことだ。何を反省する訳でもないだろう。」

「嫌ですねぇ。私はこれでも小心者なんですよ?フィリー陛下に怒られたら猛省しますよ??」


 笑顔だが笑っていない底知れぬ闇を湛える瞳。それが魔導で照らされている室内の光に妖しく揺れる。

 それに負けることなく対峙しながら、先ほどレイデシ枢機卿の話を思い返す。

 オルロック・ファシズからの援助、妃の打診、オルロック・ファシズと教会の思惑。ヤウが一体どれにどう関わろうとしているのか見当がつかないが、この魔導師が関わってくるとなると面倒に拍車がかかるのが目に見えた。


「それで?オーギュストを使って俺を呼び出してまで何の用だ?まさか、お前がオルロック・ファシズの妃を娶れというのではないだろうな?」

「ええ、別に貴方様が誰を妃にしようが私は全くもって興味ありませんな。」

「なら話は何だ?」


 問うと派手だが形だけは型通りの魔導師特有の裾の長いローブの中から、おもちゃのような杖を取り出す。

 それを一振りして再びの爆音と煙が発生したかと思うと、そこに人一人映すのにちょうどいい大きさの鏡を出現させた。


「私は興味がないのですが、その件に関してとある方よりフィリー陛下とお話をしたいと頼まれましたのでな。こうしてご足労頂いたわけですよ。」


 言いながら鏡を一つ撫でるような動作の後、鏡の中に人影がぼんやりと映る。


「ねえ、【ケルヴィン陛下】?」


 表情が動くことはなかっただろうが、ヤウが告げた名に心臓が跳ねたのが分かった。

 そして、次第に鮮明になる鏡に映る男の姿を見て、跳ねる心臓の音が大きくなったのを感じた。


「【陛下】はやめてくれ。僕は何十年も前に世界王をやめた男だ。それより、やあ、久々だね。可愛いニーア。元気そうで何よりだ。」


 『可愛いニーア』……それは昔からの男の口癖。会う度に男はそう告げて、俺を抱きしめた。

 その言葉に何の感情ものせず、ただ、義務的に告げられて行われるその儀式が昔から俺には苦痛で仕方なかった。


(八年経っても、忘れないものだな)


 言葉と共に思い出される苦い思いに自嘲じみた感情を抱く。

 対して鏡に映る男はゆったりとした椅子に足を組んで腰かけ、にっこりと誰からも好かれるような笑みを浮かべた。

 その笑みは中年に差し掛かったであろうとは微塵も感じさせない美しさを湛え、どう見ても自分とよく似た面差しは嫌でも男と自分が血縁関係であるという事実を突きつけた。


「ええ、お久しぶりですね。貴方もお変わりないようで。」


 八年前まで父親として接し続けた相手ケルヴィン・ヘインズ。

 だけど、男を目の前に俺の心に肉親に対する親愛など皆無で、あるのはただ前世界王にして、現在オルロック・ファシズ自治議長の座についている、俺にとっては間違いなく最重要注意人物である男に対する警戒心だけだ。


「いやぁ。八年前とは比べ物にならないくらい立派な青年に成長して!もう、『可愛いニーア』なんて呼べないなぁ。」

「そうですね。私もさすがに女装はできませんよ。」


 にこやかに、だけど中身のない白々しい会話が続く。

 笑顔の下で男が何を考えているか推測するが、同じような笑顔を浮かべる相手の思惑や感情は何一つ見えてこない。

 もっともオルロック・ファシズの妃の話が出た瞬間から、この男が関わっているんじゃないかという予感はあった。

 だが、この八年間、何一つ気配を感じさせてこなかった男が、急にその気配を感じさせたと思った瞬間に、こうして目の前に現れたことに混乱せずにはいられない自分がいる。

 何もかもが後手に回り始めているような感覚が、煩わしく苛立ちを助長させた。


「ははは。勿論そうだろう。それでね、そんな立派な青年に成長したフィリーはそろそろ結婚してもいいんじゃないかと思って、父さんがお嫁さんになってくれそうな女性を何人か選んでみたんだ。」


(何が『父さん』だ)


 当たり前だが、そんな額面通りの言葉は信じられない…というか明らか過ぎるほどの嘘に、いっそ呆れるより感心してしまう。

 こんな目に見えた嘘をつくくらいなら、いっそ脅迫まがいに妃を押し付けられた方がましだ。

 いや、多分、この男は俺のそんな感情まで想像してこの話を持ってきたんだろう。


「だけど、フィリーに連絡を取る手段がないから、初めは教会を通じて連絡を取ろうとしたんだけど、教会っていうのは何年たっても役に立たない石頭ばっかりで困るよ。全然話が前に進まないから、ヤウに頼んでこうして連絡をつけてもらったって訳だよ。ねえ?」

「ええ。知らない仲ではありませんしね。」


 そんな理由一つで世界王と自治議長が会話をしていいはずがない。

 苛立ちは募ったが、ここで冷静さを失っては相手の思う壺だろう。一瞬だけ奥歯を噛みしめて、俺はなおも笑う。


「そうでしたか。それはお心遣いありがとうございます。ですが、私の力不足でまだレディール・ファシズの情勢は不安定なままです。オルロック・ファシズから折角嫁いで頂いても、その女性に苦労をお掛けするのは目に見えています。それはあまりに心苦しいですし、やはり今はお断りせざるを得ない状況なのです。」


 男が嘘で塗り固めた言葉でオルロック・ファシズの妃を娶れというのであれば、俺も白々しい嘘でそれを断るまでだ。

 それで男が引くのであれば、他の思惑でこちらにコンタクトをとってきたのだろう。また、引かずになおもこの話を進めるのであれば、その理由を聞く中で男の思惑の何らかのヒントを得られるに違いない。


「謙虚だね、フィリー。だけど、心配するな!君と結婚できれば苦労なんて買ってでもしますという女性ばかりを集めたからね!!今日はその中でも僕の一番お勧めの女性を連れてきているんだ。是非、会って欲しいな。」


(女を連れてきている?)


 にこにこと言われた言葉に冷静さを失うまいと思っていても、一瞬だけ頭が真っ白になった。

活動報告に後書きがあります。

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