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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第一部 現在と過去
42/113

6-7

戦闘描写、流血表現がありますので苦手な方は避けてください。

「この程度の炎で私に敵うとでも思っていたのか?」


 そう笑いすら滲ませているというのに、底知れぬ恐ろしさを感じさせるようなフィリーの声を私は初めて聞いた。

 それは同じ声のはずなのに、まるで他人の声のような気がして、私は反射的に掴んでいた彼の服の裾を放した。


「はははぁあ!そうこなくてはっ!!!これはどうだ!?」


 完全に振り切れたテンションで狂ったように笑いながら、侵入者は人間よりも大きな火の玉を何発も放つ。

 あまりの炎の強さに辺り一帯の空気が熱くなり、息が詰まった。

 しかし、その全てもフィリーの前に跡形もなく消えてしまう。原理はよく分からないけれど、フィリーに対して魔導は通用しないらしい。

 侵入者もそれに気が付き、魔導を使う事をあっさり諦めると、今度は大剣を振りかざして襲いかかってくる。

 それを咄嗟に避けようと体が動きそうになったところを、フィリーが私の腕をとった。


「傍を離れないで。」


 その言葉とともに私を掴んでいない方の手をかざすと、見たこともない文字が宙に浮きあがりフィリーと私を囲んだ。


「ははははははっ!」


 侵入者は笑いながら大剣を私たちめがけて振り下ろすが、それは見えない何かによって弾き返された。その後も怒涛の攻撃が続くけれど、その凶刃が私たちに届くことはなかった。

 何が起こっているか分からなくて、それを呆然と見ているしかないでいると、フィリーがいつもの声に戻って話しかけてくる。


「大丈夫。あの程度の攻撃なら魔導障壁を張った以上、絶対に破られるはずがないから。どうだ、俺も結構強いだろう?」


 そういってどこか得意げに笑って見せるフィリーは、世界王として再会してからのフィリーとは少し違って、私がかつて知っていた少年のフィリーの面影が色濃い。

 こちらにきて初めて見るその面影に、私は無性に切なさや恋しさが募って胸に何かがぐっと迫って、彼に縋りたいような感覚に陥る。だけど、現状ではそれに流されている場合じゃない。


「助けて頂いたことは感謝いたします。ですが、陛下がいくら強くとも、貴方は自ら戦うべきではありません。この障壁を張ったまま、すぐに安全な場所へお逃げください。」


 これだけの魔導を操る彼ならば、この場から逃げることも容易いはずだ。


「……どうして名前を呼んでくれない?」

「え?」


 問われた言葉の意味は分かっていたけれど、思いもよらぬ問いに私は戸惑う。


「さっきは名前を呼んでくれただろう?言葉遣いだって、昔みたいな感じだった。ずっと、君が俺を許してくれないのが分かっていたから聞けなかった。どうして、そんなに他人行儀に接するんだ?君は俺の妻だ。それを守って何が悪い?」


 本当はこんな悠長な会話をしているときじゃない。

 魔導障壁の外では侵入者がなおも攻撃を続けているし、リリナカナイたちも戦っている真っ最中だ。ランスロットはのびたままだし、ルッティやほかの貴族だって檻の中から助けなくてはいけない。

 だけど、妙に切羽詰ったフィリーの突然の問いに私はどうしていいか分からなくなっていた。


(ええ?なんで?どうして、今それをここで聞くの?!)


 王妃としてここに来てから、彼に八年前と同じに接したことは一度もなかった。だけど、それは私のけじめであり、フィリーもそれを察しているからこそ何も言ってこないんだと思っていた。それを再会して数か月後の、こんな状況で聞いてくるなんて!!

 胸中ではかなり混乱してパニックになっているのだけれど、不思議と冷静な声がするりと私の中からは出てくる。


「昔とは何もかも違うのは分かっておいででしょう?貴方が世界王でいる以上、私が敬意を払うのは当然です。そして、貴方が世界王でいる以上、貴方はどれほどに強くても微塵の危険も冒してはいけないんです。」


 フィリーが世界王で、私が王妃である以上、もう、過去の関係のままでいられるはずがない。

 その覚悟をもってフィリーは世界王になったはずだ。少なくとも私はその覚悟をもって王妃となった。


「陛下もそれはお分かりのはずですよね?八年前の言葉、私は忘れていませんよ?」


 見据えたフィリーが表情を揺らす。

 それを見て彼を困らせたい訳じゃないと思う。だけど、昔のような友達の関係を続けるのは私だって辛いんだ。近い距離のままフィリーとリリナカナイを見守って、それを自分の幸せだと思えるほど私は人間ができてはいない。

 だけど、フィリーが表情を揺らしたのは一瞬の事だった。彼はすぐに真剣な表情になると、私の両肩を掴み視線を合わせた。

 近づく美しい顔と視線の強さに、胸が高鳴った。


「分かっている。八年前の言葉を違えるつもりもない。だけど、君が俺の妻だという事実とそれになんの関わりがある?」

「だ、だからそれは…」


 フィリーがどういうつもりでこんな事を言い出すのか分からず、混乱しつつも続けようとした言葉を飲み込んだ。いや、飲み込まざるを得なかった。

 次の瞬間、私は彼に強く抱きしめられていた。驚愕のあまり息が止まった。


「愛している。」


 そして、その言葉を聞いて完全に思考が停止した。


「初めは夫婦になったんだから、身体を繋げることはできない以上、言葉でくらい夫婦らしいことをするべきだと思って君に『愛している』と言っていた。気持ちがなくても、そういう言葉が言える。俺はそういう男になった。」


 分かっている。ずっと、そうだと分かっていても、私は多分救われていた。同時に傷ついてもいたけれど。


「だけど、気が付いたら俺の言葉に返事を返してくれないアイルに苛ついている自分がいた。ずっと、アイルのことを想い続けていたと大それたことは言わない。それでも八年前からずっと君に惹かれていた自分を、君を王妃にできると分かった瞬間から俺は無視できなかったんだと思う。だからこそ、君を選んだ。」


 それは嘘。だって、私は選ばせるように仕向けた。これは【契約】のはずでしょう?だけど、あまりの驚きでそんな反論も出てこない。


「だが、それはあくまで俺だけの感情。八年前のことを思えば、アイルが俺を許すはずがないと分かっていた。だから、返事をしてくれなくても、表面上だけの夫婦であっても、それは仕方がないと思っていたし、君に何も言うつもりもなかった。」


 強く押し当てられた胸から、彼の心臓の音が早く聞こえてくる。それが彼の言っている事を真実だと伝えてくれているような気がした。いや、こんな夢のような展開を私を信じたかった。


「それでも俺は世界王だから。周りが望むのであれば、リリナカナイと結ばれなければならないだろうし、オルロック・ファシズの人間である君に辛く当たるかもしれない。側室だって迎えるだろうと思う。君に惹かれていても、俺はそれができる冷酷な人間だ。それは否定しない…だけど、さっきリリナカナイと結婚式の真似事をするってなった時に、一つ確信したことがあるんだ。」


 ぎゅっと私を抱く力が強くなる。


「俺はリリナカナイや他の女を妻とするかもしれない。彼女らに異性としての好意を抱く可能性も否定しない。だけど、その誰もアイル、君以上に想う人は誰もいない。何の根拠もないけど、そう唐突に思えた。そうしたら、君を諦めたくないと思ったんだ。こんなに想っている女がいるのに、他の誰かなんていらない。君が欲しいと俺は思ったんだ。」


 淡々と感情も込められていない声。だけど、どうしてだか胸に染み入るフィリーの声。


「だから、答えてほしい。」


 抱擁が解かれて、再び見つめあう。私を見る瞳に嘘は見当たらない。だけど、どうして、こんな展開が信じられるというのだろう?


「君は俺の事をどう思っ―――」

「巫女様!!!」


 フィリーしか見えなくなっていた私の思考を、悲鳴のような声が現実に呼び戻した。

 それはフィリーも同じようで、私の肩を掴んだままだけど、はっとしたように辺りを見渡す。

 未だに懲りずに攻撃を続ける侵入者を通り越した先に、リリナカナイと騎士たちが侵入者たちに囲まれているのが見えた。

 先ほど見た時は確かに明らかに優勢だったはずなのに、目の当たりにしたのは彼女らの絶体絶命の姿。

 騎士たちが盾となり守っているリリナカナイの様子も精彩を欠き、酷く動揺したような表情でこちらを見ている…え?【こちら】を見ている?

 敵から一瞬たりとも目を離せる状況ではないはずなのに、リリナカナイは確かに【こちら】を、私を見ている。

 泣きそうに歪む赤い瞳。それを見た瞬間に記憶がフラッシュバックした。


―――アナタは私の子供じゃない!!


 つんざくような高い声が頭の中で木霊する。


「アイル。この魔導障壁の中から出るなよ!!」


 フィリーがリリナカナイたちを助けに走る。魔導障壁は中からは出入り自由らしく、何の抵抗もなく彼はリリナカナイ達を一直線に目指す。

 しかし、すかさず魔導障壁を攻撃し続けていた侵入者が邪魔をする。

 襲いかかる剣を魔導で弾くフィリー。だけど、身体的能力は侵入者の方が上らしく、フィリーはすんなりとリリナカナイを助けに行けない。その間にも騎士がまた一人、床に倒れる。


(このままじゃ、リリナカナイが危ない)


 それを鈍くしか動かない頭が理解した瞬間、体は勝手に走り出していた。


「アイル!!!」


 フィリーが呼ぶ声に振り向くこともなく、高いヒールなど既に脱ぎ捨てて、私は全力疾走で大広間を駆けぬけていた。

 外すことのない視線の先では侵入者が騎士をまた一人倒し、彼女を守るものはその手にある細身の剣だけ。

 リリナカナイも剣で襲いくる侵入者と戦うが、如何せん彼女の動揺は激しいらしく、先ほどまでの体のキレもなく防戦一方となってよろめき、そして倒れる。

 数人の侵入者に囲まれ、逃げる隙間もなく、茫然と振り下ろされる剣を見上げるしかないリリナカナイが、侵入者たちの間から見える。


―――分かるか?あれが完璧な巫女だ。星のように輝く銀の髪、宝石のように赤い瞳、何人も傷つけられない美しい姿と魂


 リリナカナイを助ける事しか頭にないはずなのに、あの男の声が脳裏に過った。

 私はそれを振り払うように首を振ると、倒れている騎士の剣を奪い、そのままリリナカナイを囲む侵入者の一人を切りつけて蹴り倒した。そして、そのまま侵入者と彼女の間に割って入ると、振り下ろされようとしていた剣を受け止める。

 私の気配に気が付いていなかったらしい侵入者たちは一瞬ひるみ、その隙をついて私は受けた剣を弾くとそのまま侵入者の一人の右腕を切りつけた。相手も手練れのようで、咄嗟に後ろに避けられたが傷は浅くないようで血飛沫が飛ぶ。

 他の侵入者たちも一斉に私から距離をとった。


「リリナ、大丈夫!?立てる?」


 それを油断なく見つめながら、私は座り込んだリリナカナイを促す。見た限り大きな怪我をしている様子もないので、ひとまず安心だ。

 ちらりと確認すれば、フィリーが大きな魔導をぶつけて侵入者が床に倒れているのが見えた。

 彼らを守るはずの騎士が倒れている以上、この際、彼女を守るためにフィリーに頼る選択肢しかないだろう。私は自分の不甲斐なさに強く口を噛みしめた。


「―――して?」

「え?」


 彼女が座り込んだまま何かを呟いた。

 それに気を取られた瞬間に、こちらを囲んでいた侵入者たちが一斉にこちらに襲い掛かる気配がした。私はそれに対して迷いなく指輪に手をかけて、それを外す。


(こうなったら、出し惜しみしている状況じゃない!!)


 何があっても彼女を守らなくてはならないという使命感に臨戦態勢に入った私であったが、背中にぶつけられた悲鳴のような声に身体がびくりと震えた。


「どうして、巫女じゃないアイルが選ばれるの?!」


―――巫女になりえぬお前には何の価値もないのだ。分かっているな?


 振り向いた先にあるのは、こちらを睨み付ける赤い瞳。その瞳には周りの絶望的な状況は見えておらず、私しか映っていない。


「巫女じゃないくせに!!!その辛さも知らない貴方がどうしてフィリーに選ばれるの!?」


―――どうしてアナタは【巫女色】を持っていないの!?アナタなんて私の子供じゃない!!


 そこにいるのはリリナカナイのはずなのに、私の目には彼女と同じ髪と瞳の色を持つ思い出でしか会えない人が立っているように見えた。

 その瞳は悲しみと憎しみで一杯だ。


「ごっごめんな―――」


 誰に対する何の謝罪なのかも分からない。だけど、それは最後まで私の口から出ることはなかった。

 次の瞬間に私を襲うのは、侵入者たちの剣が体を切り裂く衝撃と痛み。無防備に曝け出した背中に切り付けられた以上、傷が深いのは確かだろう。一瞬で気が遠くなるのを感じた。


「あ……いやあああああ!!」


 そんな私を引き止めるリリナカナイの悲鳴。彼女はやっと状況を理解できたらしく、泣きながら私に手を伸ばす。

 だけど、私たちの間を黒い侵入者の影が遮る。侵入者はもはや戦う力がないと判断された私に背を向けて、リリナカナイに襲いかかろうとしている。


(ダメ!!)


 幸いに指輪は既に外れている。私は倒れ込みながらも、すぐそばにある侵入者の足を右手で掴んだ。

 侵入者が驚きながら掴まれていない方の足で切り付けられている私の背中を踏みつけた。激痛のあまりに悲鳴が上がる。それでも私はその手を離さない…次の瞬間、侵入者が苦しみだす。


「が!?あああ」


 がくんと体から力が抜けて倒れ込む侵入者。その体は若々しい男性のはずだったが、あっという間に皺くちゃで色つやも悪くなる。同時に私の体の中に流れ込んでくる熱い力が、急速に私の傷を癒そうとしているのが分かった。

 しかし、僅かな時間に流した血の量があまりに多かったらしい。


「アイル!!!」


 すぐ近くから聞こえてくるフィリーの声に、後は彼が何とかしてくれるに違いないという安堵を感じた瞬間に、意識が急速に遠のいていった。

後書きは活動報告にあります。

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