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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第一部 現在と過去
40/113

6-5

 上がった声に、貴族らの意識が玉座へと集中し、騎士らが一斉に殺気立つのが分かった。

 わらわらと玉座近くに集まる貴族たちを油断なく見つめ、彼らに気が付かれるように紛れながら騎士らも玉座近くに陣取る。

 大広間はかなりの広さがあるが、玉座の前にほとんどの人間が集まるという異様な状況が出来上がる。


 その様子をいくらか離れた場所で観察していた私だけれど、ふとまだランスロットに腕を取られたままであることに気が付く。

 手を離せと言おうとして背後のランスロットをみると、妙に真剣な表情で彼は玉座を見ている。

 彼も騎士の本分を思い出したかと思ったけど、その割には表情が緊張というよりは憎々しげな表情のように思えて、私はかける言葉を一瞬だけ飲み込んだ。


「……くだらない茶番劇だな。」

「今のはどういう意味ですか?」


 こぼれた言葉は腕をつかまれていて近くにいたから拾えた小声だった。現に少し離れた場所で、玉座そっちのけでこちらを興味津々の様子で見ているルッティには聞こえている様子はない。

 ランスロットも無意識のうちの言葉だったらしく、問いかけた私に虚を突かれた顔になる。


「ああ、王妃様…無礼を働きまして申し訳ありません。ですが、貴方もいけないんですよ。あんな風に悪役にされては私の立場も―――」


 言いながら丁寧に私の腕から手をどかして、一礼するランスロットに私は詰め寄る。


「そんな謝罪は結構。それより『茶番劇』…って言いましたよね?それはどういう意味なのか教えて頂きたいわ。」


 彼が言葉にした『茶番劇』というのは、恐らく今まさに始まろうとしている疑似結婚式についてだろう。

 考えてみれば彼は巫女付の騎士なのだから、私が知らない事を知っている可能性は大きい。


「意外ですね。普通は聞きたくないものじゃないんですか?」

「真面目にこのサプライズに参加するよりは、『茶番劇』っていう言葉の意味を教えてもらっている方がマシだというだけです。どうせ舞踏会が終わるまでは帰れないですし」


 リリナカナイが喜ぶだろう企画に、巫女付の騎士であるランスロットが乗り気でないことも気になる。


「貴方も物好きだなぁ。まあ、いいですよ。貴方を守っているという大義名分でここにいられるなら、空気の薄そうなあの人混みにいるより余程いい。そうですね、これは簡単に言ってしまえば『ごますり』なんですよ。」

「『ごますり』ですか?」


 そうして、私がランスロットの言葉を繰り返したところで、拍手と共に再びファンファーレが鳴り響く。


「世界王と巫女は結婚することは許されませんが、愛を誓い合ってはいけない理はありません。強い絆で結ばれておられるお二人の愛の宣誓を持って、我々はその証人となるのです!!」


 私たちが話している間にも疑似結婚式は着々と進んでいるらしい。

 『愛の宣誓』という言葉に何も感じないわけではないけど、ここで私が出て行ったところでただ空しいだけだ。


「この声の主。枢機卿ティーベボルト・アインのアルスデン伯爵夫人に対するごますりですよ。まったく、あのおっさんも聖職者のくせにやることが露骨で困るんですよねぇ。」

「どういう意味??そもそもこれは伯爵夫人が発起人だと聞いているけど、それがどうして彼女に対するごますりになるの?」


 むしろ誰かに対する伯爵夫人のごますりだと考えるのが、自然な流れではないだろうか?


「簡単なことですよ。考えてみてください。この時期に近衛を始め巫女様や陛下も知らないイベントをするなんて、はっきり言って狂気の沙汰だ。本来は近衛や巫女付が連携して世界王や巫女を守ってしかるべき状況なのですから。」


 ランスロットの話を聞きつつも、私は進行する疑似結婚式を無視することもできずにいた。

 視線は彼に向きつつ、話も聞いているつもりだけど、意識の半分以上は聞きたくない玉座の方へと向けられる。

 だけど、幸いにも『愛の宣誓』とやらにすぐには移行することも無く、枢機卿の講釈のようなものが続いていた。


「だけど、伯爵夫人はそれをやれと言ってきた。その方が陛下や巫女が喜ぶに違いないからと。当然、私たち騎士や近くに使える女官たちは大反対しましたよ?そのために巫女を危険な目に合わせるなんて、馬鹿馬鹿しいですからね。だけど、アイン枢機卿はそれを聞き入れることにした。伯爵夫人のご機嫌をとるために、巫女を危険に晒す事も厭わなかったんです。愚かだとは思いませんか?」


 そう言って皮肉に口元を歪めるランスロットは、王子面を完全に放り投げている。


「結果、枢機卿と彼に従う巫女付の女官長は伯爵夫人の持ち掛けたこの企画を、完全に秘密裏に準備することを私たちに命じました。」

「それに従ってしまったの?」


 まだ若い下っ端のランスロットに詰め寄ったところで仕方がない事だろうが、そんなごますりのために、フィリーたちを危険に晒そうなんてその枢機卿の度量が知れる。


「巫女付の騎士や女官は、世界王の臣下ではなく、教会に所属する人間です。枢機卿に逆らうことは、私たちにとっては教会に逆らうことに等しい。今回、それでも巫女のためにと近衛にこの事を話そうとした女官はあっという間に職を奪われ、家族ともどもでっち上げられた罪で投獄されました。」

「教会の腐敗は深刻ね。反教会陣営の台頭もありながら、どうして教会が排されないのか私には分かりません。」


 権力者が弱者を虐げ、その罪をもみ消しすらできるなんて聞いているだけで虫唾が走る。

 私は未だにフィリーたちそっちのけで話し続ける枢機卿…姿が人だかりで見えないけど、その方向を睨み付けた。


「弁明はしませんよ。そのために民衆の教会への信頼が揺らいでいるのは間違いない。だけど、その数と同じくらい教会を信仰する民衆は存在する。それがある以上、教会という存在は無ければならないものなんだと私は思いますけどね。」

「……軽々しく口にしていい事柄ではないですね。ごめんなさい。」


 教会に属している人が悪いことをしているからと言って、当たり前だけど教会の教えが悪いという事には直結しない。

 王妃という立場上、それは言うべき言葉ではなかっただろうし、そうでなくとも教会を信仰する人々に罪はないのだから、言っていい言葉ではなかった。私は素直に謝る。


「………貴方みたいな気の強い女性でも謝るんですね。」

 

 すると珍しいものでも見たと言わんばかりにランスロットが目を見開いて驚いている。


「当たり前でしょう。悪いと思ったら謝りますよ。私は。……いい加減、その開いた口を閉じないと、さっきよりひどい目に合わせますよ?」

「そ、それはやめてください!!」


 冗談抜きで驚かれていることに居心地の悪さを感じつつそう言うと、本気で泣きそうになっているランスロットにいっそ哀れな感情すら浮かぶ。

 私は気持ちを切り替えるように、咳払いを一つすると話を元に戻した。


「貴方たちが仕方なく、この企画を秘密裏に進めてきたことを納得はしませんが、理解はしました。ですが、結局のところそのごますりは一体何のためなんですか?」

「来年の春、次期教皇を決める選挙。70人いる枢機卿の中から選ばれるんですが、実質はアイン枢機卿を含む5人がその候補です。彼らの中のほとんどが今はそれしか考えていないでしょうね。そんな中で財力のある貴族で、教会にも影響力があるアルスデン伯爵夫人の力添えは喉から手が出るほど欲しいんでしょうよ。」


 唸るように吐き捨てるランスロットに、私の印象を改める。

 何も考えていない上面だけのボンボン騎士かと思いきや、一応考える頭を持ち、それなりに教会の現状を憂いているらしい。かといって、彼の私に対する態度の悪さに目を瞑るつもりはないが。

 それにしても、想像するに容易過ぎるごますりの理由に呆れつつも、同時に自分の無知さ加減にもうんざいりした。

 次期教皇の選挙の時期も知らないなんて、王妃としてはまだまだ勉強不足だとしか言いようがない。

 フィリーの横に堂々と立つ日がくるのかは分からないけれど、それでも、この場所で生きていく以上、無知のままでは自分の身も守れない。

 明日からはファイリーンにその辺りも聞いていこうと思い至ったところで、枢機卿の話になってすっかり抜けていたアルスデン伯爵夫人のことを思い出す。


「ちなみにアルスデン伯爵夫人がどうしてこんなサプライズを持ちかけてきたかなんて…知らないですか?」

「まだ、知りたいんですか?」

「ええ、まあ、知りたいというか(疑っているというか)、そもそもどうして伯爵夫人はそんなに秘密裏にすることに拘ったんで―――?」


 言葉の途中で地面が揺れたような気がして、私は言葉を止めた。


「どうかしましたか?」


 周囲を見回す私にランスロットが不思議そうに声をかける。それを無視して周囲を探るけど、揺れは何も感じない。気のせい…のようだ。


「ごめんなさい。何でもないの、それでその辺りの事情は知らないんですか?」

「私も伯爵夫人からの話を直接聞いてはいないので、夫人の思惑までは分からないですね。まあ、貴族なんて暇を持て余した変人ばっかりですから、単なる気まぐれじゃないんですか?」

「そうですか。ありがとうございます。じゃあ、行きましょうか、ルッティ。」


 知らないものは仕方ない。今回の事とは関係ないかもしれないけど、次期教皇争いとやらの中々興味深い話も聞けた。

 私を怒らせた代償はそれと、さっきの慌てた顔で帳消しにしてあげましょうと私は最後ににっこり笑ってやると彼に背を向けた。


「ちょっと、待ってください。私の質問にもひとつ答えてくれませんか?」


 するとどうしてだかランスロットに再び手を取られて引き止められる。別に手を取らなくても、質問くらい聞いてあげるわよ。そう思って手を引くが、ランスロットの手は外れない。


「さっき、貴方は何に対してあんなに怒っていたんですか?」

「どうしてそれを聞くんです?」


 まあ、さすがに私が怒っていたことくらいは理解していたらしい。

 この状況でそんなことを聞く悠長さに呆れる反面、何だか久々に自分の感情を誰かに気にしてもらったような気がして、気が付けば私も問い返していた。


「確かに私は貴方を怒らせるようなことを言ったと思います。だけど、貴方は私が思っていたところとは別の所で怒ったような気がしたので。」

「……」


 まあ、確かにそうかもしれない。彼の言動から私が怒るべき所で私は怒らず、結果として彼を助長させて、彼に私の逆鱗を触れさせた。

 別に隠すようなことでもないし、こうして面と向かって聞かれるのも新鮮だったので私は一瞬黙った後に言葉を続けることにする。


「私は『誰かのために』っていう言葉が大嫌いなんです。」

「はあ?」

「『誰かのために』ということは尊いことだと思います、人間って一人じゃ生きていけないから、皆が誰かのために何かをすることは必要です。だけど、それって結局、『誰かのために』といいながら『自分のため』だと、私はそう思うんです。要するに誰かのために『自分が』それをしてあげたいと思う感情。」

「まあ、そうかもしれないですね」


 今一つ腑に落ちないような言葉でランスロットは相槌を打つ。


「それは結局、自己満足の上に成り立つ感情です。自分が誰かのために何かをすることによって得られる優越感。人間はそれを美化して、相手に恩着せがましく『貴方のために』なんて言葉を使う。私、そう言われることも、そう言うことも大嫌いなんです。だから、私は例えどんな状況でも、誰かのためにしたことだとしても、それは自分のためだと思いたい。」


 捲し立てるように告げた言葉にランスロットがぽかんと呆気にとられたような顔になる。彼も全く想像していない言葉だったんだろう。

 それに乗じて力が抜けた彼の手から、私は自分の手を奪いかえす。


「とはいっても、これが一般的な考え方とは違うことは理解していますし、誰かに共感して欲しいと思っている訳でもなんです。だから、普段は別にそれほど腹も立てないんですけど、貴方がただでさえ苛ついている所に『陛下のためだけに存在している』なんてことを言うから、ちょっとだけきれちゃったんですよね。私は自分の意志で自分のためにここにいる。ただそれだけですから。」


 少なくとも今の自分の状況を誰かのせいにしたくない。

 そんな精一杯の私の強がりを聞いて、ランスロットは呆気にとられていた顔に笑みを乗せた。それはいかにも演技っぽい王子な笑顔ではなく、はにかんだ様な幼い笑顔。

 それを見て、私は彼がもしかしたら私よりいくらか年下の、まだ青年にも満たないくらいの年なのではないかと初めて思った。


「はははっ。王妃様は色々とお強いですね。私はもっとか弱くて、女性らしい人かと思ってました。」

(あれだけやりこめられていて、よくそんな感想が抱けるわね。それに『色々』って何よ。『色々』って。)


 笑うランスロットにそんな感想を抱きつつ、私も不思議と穏やかな気持ちになる。こんな風に肩ひじを張らないのも、久々なような気がした。

 そう、思わず玉座への注意を僅かに怠るくらいに。


「!?」


 再び感じた揺れに、一瞬でも気が抜けた私は高いヒールに乗った体がグラついた。

 それを今度はランスロットも感じたらしく、慌てて私の腰を抱いて支えてくれる。本来ならばそれに礼を言うなりするべきなのだろうが、その直後に起きた異常事態にそんなものはすっぽ抜ける。


―――ガシャンッ!!!


 大広間に響く高い金属音、次いで上がるパニックになった人々の悲鳴。

 私も目を疑う光景に絶句する。

 玉座の前に集まった人々は、気が付けば何故だか檻に閉じ込められていた。そちらを見ていなかった私にはどうして、急に檻が現れたかもわからない。


「何が起こっているの?!」


 ルッティが悲鳴を上げながら叫ぶ。私も同意見。

 だけど、それを教えてくれる人はなく、代わりにそれは私達にも降りかかろうとしていた。再びぐらりと地面が揺れる感覚。


「危ない!!」


 それを感じた瞬間に、ぐいっとランスロットに引っ張られる。先ほど聞いた金属音がまた鳴り響く。

 気が付くとランスロットに抱きかかえられ、目の前には檻の中にいるルッティ。


「アイルフィーダ様!」


 ルッティが鉄格子を揺らして助けを求めるが、それはびくともせずに私とルッティを隔てる。

 あまりの急展開に思考が全くついていかない。

 この突如として現れる檻が、大広間の天井から鉄格子が下に向かって生え、床に突き刺ささることによってでき上がっているのだと気が付いたのは、再び襲った揺れと鉄格子からランスロットに助けてもらった後だった。

活動報告に後書きっぽいものをのせています。

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