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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第一部 現在と過去
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0-4

 後宮で私に宛がわれた部屋は、王妃専用らしく後宮の中でも一番広く豪華な造りになっている。

 白を基調とした中に金や赤といった色彩で施された細工は繊細で格調高く、基本が庶民の私には少し居心地が悪い。更にいつも誰かによって片づけられ埃一つない室内は、いつまでたっても私を受け入れてくれない。

 まるで他人の家か宿屋にでも泊っている感覚。

 眠りが浅いこともあるだろうが、どんなに疲れていても私はこの部屋で癒されたり、休養できたと思ったことは多分一度もない。


 その自室でファイリーンの教育というより苛めに近い講義に耐え、疲れすぎてすぐにでも寝てしまいそうになりながらも、私は夫を待っていた。

 どんなに遅くなろうとも夫はいつも私の部屋で眠る。表にも自室があると聞いているけど、結婚以来その部屋で眠ったことはないはずだ。

 その理由を彼に直接聞いた訳ではないけれど、偶然聞いてしまった侍女たちの噂話でそれは明らかになった。



▼▼▼▼▼



『ねえ!聞いた!?』


 私に傅いてる彼女たちからは信じられないほど生き生きした声が静かな廊下に響く。

 小さな声で話しているつもりだろうが、その廊下はとても声が響き、一人で散歩させてほしいと少しだけ許された自由の時間(とはいっても後宮内だけだけど)を満喫していた私の耳にそれはよく聞こえた。


『聞いたわよ!あのお静かな陛下が声を荒らげてお怒りになったんでしょ!?』

(へえ…それは確かに珍しい。何があったんだろう?)


 夫の話ということもあって、立ち聞きは悪いと思ったが、何となく物陰に隠れて聞き耳を立ててしまった。


『それも後宮の事で!!』

『そうそう!後宮に行く行かないでもめたって話じゃない!!』


 興奮する彼女たちの会話に比例して、私の心は冷たくなるのを感じた。


『まあ、オルロック・ファシズの王妃様じゃぁ。陛下が後宮に行く気にならないもの分かるけどねぇ。』

『へえ…それじゃあ、後宮に行きたくない陛下を重臣たちが止めようとしたってこと?』

『多分ね。まあ、陛下も我慢の限界が来たんじゃない?ここまでよく続いた方だと思うわよ?部屋の片づけとかしている感じ、あの夫婦…実際にはまだ夫婦じゃないし。』


 その言葉に同意の声がいくつも上がる。

 下世話な話…正直、侍女たちには関係ないと大声を張り上げたい気持ちもある。

 だけれど、ここで彼女のたちの前に怒って現れたところで、全て事実なのだから言い返す言葉もない。それよりも


(ああ、やっぱり本当は私の所なんかに来たくないんだ)


 侍女たちの噂によると、後宮に行きたくないと訴えた夫を重臣たちが諌めたことに彼は声を荒らげるほど立腹したということなんだろう。

 だが、結局夫はその後も毎日私の部屋にやってきている。

 夫の気持ちはともかく、現状オルロック・ファシズの心象を悪くしたくない以上、私がないがしろにされているという噂は問題なのだろう。

 そんな噂が立たないよう夫は毎日私の所に通うのだ。


 そうして、私は彼が私の部屋を毎晩訪れ、『愛している』と告げる理由を現実として突き付けられた気がした。

 それまでは彼の態度が私にどんなにそっけなくて冷たくても、心のどこかでもしかしたらと期待していた。

 だって、好きな相手と夫婦になった……どんなに心に強い戒めをしても、『愛している』と言われたら期待してしまう。

 だけれど、これはあくまで政略結婚でしかなく、夫にしてみればその相手が彼にとって扱いづらい厄介な相手だということなのだ。

 分かっていた。結婚する時、どれだけ自分に言い聞かした?

 私は夫の弱みを盾にして結婚を迫ったのだ。どうして彼に好かれるというのだ?嫌われても疎まれても仕方がない。

 だけど、侍女たちのその話を聞いて酷く傷ついた自分がいた。



▼▼▼▼▼



 そうして、今日も夫は私の部屋を訪れる。


「おかえりなさいませ、陛下。」


 いつもはぎこちなくなる一礼も、妙にはりきったファイリーンの特訓の成果か思わぬほどスムーズにできる。

 それが嬉しくて疲れていても思わずにやけてしまいながら頭を上げた私だったけれど、こちらを見やる夫の顔に強い嫌悪感が浮かんでいて気持ちは沈んだ。


「あの…陛下?」


 私を嫌っている彼でも、一礼したぐらいでこんな顔をされたのは初めてで戸惑う。


「…なんでもない。さっさと寝よう。」


 何でもないというが、とても何でもないようには見えない。

 お風呂に入った後らしく、ファイリーンと同じ金髪だが、夫の髪質の方が柔らいため、いつもはふわふわとしている髪がぺったりと張り付いている。

 とても整った顔立ちをしている夫であるが、私と同じ年のはずだが未だに十代後半と見紛うほどの童顔が、不貞腐れたかのような表情が彼を更に幼く見せていて、私はかつて彼と出会った頃を思い出した。


(昔の私だったら、無理やりにでも何かあったか聞きだすんだろうけど)


 夫の拒絶を恐れる私にはそれができない。

 嫌われている、疎まれていると理解していても、それを侍女の話を聞いただけでも傷ついているというのに、彼に直接言われた日には立ち直れる自信がない。

 それにそんな事を言ったら、もう彼は言ってくれなくなるに違いない。


「愛している。」


 与えられる毎日欠かされない言葉と、僅かの抱擁。それを惜しんでいる私が確かにいるのだ。

 通常なら最後のプライドでそれに答えることはしない私の沈黙のため、それ以上の会話は続かないけれど、今晩は絶対に聞かなくてはならないことを思い出して、私は今にもベッドに横になろうとする彼に声をかけた。


「あのっ!う・伺いたいことがあるんですけど。」


 焦ったあまり舌が絡まる。


「……何?」


 朝から晩まで仕事をしてきているのだ。私なんかより疲れているだろう夫は、うっとうしそうに私を振り返る。


「来週、陛下の誕生祭があると今日ファイリーン様に聞きました。私もそれに参加させて頂けるというのは本当でしょうか?」


 ファイリーンは私が出席するものだと決めつけて、今日は思い出したくないほど辛い講義だったけれど、実際に本当に私が出席するか否かを決めるのは結局は夫だ。

 彼が私の出席を良しとするか否とするか、そこを私ははっきりさせておきたかった。その答え次第で明日からのファイリーンの講義を受ける意識が全く変わる。

 もし、参加させて頂けるというのであれば、世界王である彼の隣りにいて釣り合いが取れる私でなくてはいけない。


(明日から少しは忙しくなるのかな?)


 ファイリーンの講義は気が重いが、何も目的がないまま過ごす日常で目標が出来ることが何となく嬉しくて、うきうきした気分になる。


「…ああ、それか。」


 だが、私の意気込みの強さに反して夫の反応は酷く薄いものだった。


「出たければ出てもいいし、出たくなければ出なくていい。ただ、国民に対する挨拶の時だけは隣にいてもらうことになるが。」

「え…?ですが、舞踏会もあると聞いています。その席に王妃はいなくてもいいんですか?」


 ファイリーン曰く、舞踏会は最初王と王妃が揃ってダンスを踊ることが開会の合図だという。

 全ての参加者の前でたった二人で踊るダンスは失敗が許されない。ファイリーンは特訓だと言って、今日は筋肉痛になるほどダンスを練習させられた。


「まあ、君が出ないなら代わりを立てるからいいよ。」


 だけど、夫はあまりにあっさりとそう言った。


「去年までは巫女がその役割を果たしてくれていたから、今年もそうすればいいし。多分、もう重臣たちから巫女には打診がいっているはずだと思う。今年はまだ結婚して間もないし、君の舞踏会の参加は見送ろう。」


―――巫女


 彼が何気なく発した言葉に、妖精のように可憐な少女の面影がよぎった。


「あ、そうですか…分かりました。」


 その声はいつもの私と同じ。だけど、鏡台に映る私の顔は今にも泣きだしそうだった。


(どうして?どうして?私は貴方の妻ではないの?私は王妃としての役割すら果たせないの?)


 愛されていないなら、せめて王妃として胸を張りたいと思っても、何もさせてもらえない。いや、寧ろ彼らにとって私なんていないと同じ存在なのだ。

 だから、私に何も聞かされないまま、すでに私の代役が当たり前のように存在する。

 そのことに強い憤りを感じているはずなのに、立ちすくみ何も言えない私。

 昔の私ならもっと思っていることを口にしていた。昔の彼ならもっと私の心を分かってくれていた。


(昔なら昔なら!!!)


 目の前が真っ暗になった私は、心の中に光を求めるように目をつぶり過去に思いをはせた。

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