6-3
そんな訳で私はレグナの罠とやらに協力することとなり、結果、もうすぐ始まる世界王誕生祭のフィナーレを飾る舞踏会場にいる。
舞踏会場は城の中央に位置する巨大な建造物、世界塔の中。後宮以外を知らない私にとって、城の中枢である世界塔は未知の領域だ。
だけど、その事を差し引いてもこの塔の難解な造りは私の想像を超えている。
私の侍女に付く前は城の清掃をしていたルッティの話によると、天高くそびえ立つ世界塔には階層という概念が通用せず、多くの階段や廊下が入り乱れ、廊下を歩いていただけなのに気が付けば大分上層に上がってしまっていたり、階段を上っていたはずなのに気が付けば地上に降りていたりするという。
なので働いている人ですら迷うことは当たり前。簡易地図のようなものを皆が携帯し、確実な経路以外は使わないのが常識らしい。
遥か昔に神が建てたというこの建造物は、何百年も経った今でもその全てを明らかにされておらず、開かない扉や不自然な場所で行き止まりになっている廊下などが数えきれないくらいあるらしい…。
かくゆう、この舞踏会場である大広間に来る行程も、世界塔の10階という話を聞いていたけれど、実際は廊下を歩き魔導で動く各階で止まるはずの昇降機を使って上った後に、階段で1階降りた。ルッティに何で降りるのかと問うと、そうしないと着かないんですとにべもなく答えられた。
多分、それが大広間にたどり着くための経路なのだろうけど、本当に迷宮のような塔である。
まあ、世界塔の難解さについてはこのくらいにしておいて、私がここにいることが、何故に協力に繋がるかに話を戻そう。ちなみに私がその罠の肝という訳でもなく、本当にただの協力にすぎないのだけど。
レグナの罠を簡単にいってしまえば【囮作戦】。それもその囮は本物を使用するという大胆な作戦。
私も思った通りこの世界王誕生祭は侵入者にとって侵入しやすい日であるに違いない。レグナもまたそう考えた。
彼は今日この日、更に言えば一番人が城内に溢れる、舞踏会こそがその舞台となるのではないかと睨んでいる。
溢れるばかりの人々はみな豪華な衣装に身を包んだ招待された貴族しかいないとされているが、どれほど厳重に来賓をチェックしたとしても、はっきりいって侵入者の一人や二人紛れ込む可能性はゼロじゃない。
だからこそ、レグナは城内には必要最低限の警備を場内に配置しただけで、残り全ての騎士をこの場所に集結させた。
警備の騎士が多いのは言うに及ばず、貴族に扮した騎士も相当数この場所にいるらしく、その圧倒的数を持ってフィリーに襲いかかろうとする侵入者を捕えるというのがレグナの作戦だ。
そして、その騎士の数を少しでも増やすために私はここにいる。
この舞踏会には不参加となった私は後宮にしか身の置き場がない訳だけど、私が後宮にいると、先の襲撃理由に確信が持てない以上、襲われる可能性があるため後宮の警備は減らせない。
すると舞踏会に割ける騎士の人員が減り、レグナの作戦の効果も薄れてしまう。
そのためレグナは舞踏会に私を参加させることによって、後宮に割く騎士の数を減らしたかったのだ。
私が舞踏会場にいれば後宮の警備は手薄くても問題ないという、割り切っているというか、大胆というか…まあ、レグナの中では私はもう狙われないという確信がある故の作戦だと言える。(これで私が狙いだったら、私が舞踏会場にいるせいで、人々を巻き込むことになってしまう)
だけど、既に不参加を表明しているうえに、教会のお偉方が私の参加を許すとは思えなかったため、王妃としてではなく貴族として紛れ込むことになった。
おかげでルッティに完全におもちゃにされるような形で私は、絶対着ないと思っていたクローゼットの奥に押しやっていたヒラヒラでフリフリのドレスを着て、髪の色まで変えてここにいる。
初めはそれに若干の抵抗をして見せたのだけど、『それが嫌でしたら、男装という手もありますが?』というルッティの妙にウキウキとした様子に何となく危機を感じて、私は今の姿に変装させられた。
ちなみにどうして金髪なのかといわれればレディール・ファシズの貴族は総じて金髪が多いから…というか、その度合いや風合いは違ってもそのほとんどが金髪だから。
それには理由があって、レディール・ファシズの貴族のそのほとんどが元をたどれば世界王の子孫だというから、必ず金髪である世界王の子孫の彼らは総じてそれが多くなる訳だ。
私やルッティのような黒や茶の髪は世界的に見ればありふれた色だというのに、レディール・ファシズの貴族たちの中ではあまりに異質になってしまうのだ。
(まあ、おかげで金髪になっただけで違和感なく貴族たちに紛れ込めているんだけど)
思いながら延々と留まることを知らない令嬢の話に耳を傾け続ける私。
「私などいつもドレスは白!と決めておりますのに、今回はそれが禁止されていますでしょう?おかげで似合わないピンクのドレスを着る羽目になりましたの」
それを聞くともなしに聞いていたが、そこで私は首を傾げた。
「どうして白ではいけないんですか?」
白いドレスを避ける理由が分からなくて問い返すと、令嬢は大げさに驚いた表情を浮かべる。
「あら!ご存じないのですか?では、ドレスを白にしなくて本当に良かったですわね。もし、白だったら貴方、二度と社交場には出てこれなかったところですわよ?」
別に出たくないしと思いつつも、まだ世界王が登場しないために実際は始まっていない舞踏会までの時間つぶしに彼女の話に付き合うことにする。
「そうなんですか。申し訳ありません。私、実はあまりこういった場所にはあまり出たことがなくて」
「まあまあ、それで連絡を受けていないんですのね。では、私がお教えして差し上げますわ。今日は結婚式なんですのよ。」
「え?」
世界王誕生祭じゃないの?
「もちろん、陛下の誕生日を祝う舞踏会というのが大前提です。ですが、今回は巫女様の周りの方々が色々動かれたようで、ほら、先日、陛下は盛大なご結婚式を上げられたでしょう?」
「え、ええ」
盛大…私にとっては好きな人と結婚したというのに、心から喜ぶことができなかった苦い思い出。祝い事だというのに、参加した誰一人として心からの笑顔は存在しなかった。
だけど、令嬢はその時の結婚式の話を蒸し返している訳じゃない。何となく雲行きが怪しげな話の展開に、私は笑みを浮かべながら顔を引きつらせる。
「陛下と巫女様は強く想い合われているのに、それぞれの立場のためにご結婚するのは叶わない運命。先日の結婚式では気丈にふるまわれていたけど、巫女様はさぞお心を痛めていたと思いますわ。」
じとりと手袋の下で汗がにじみ出てくるのを感じる。
「お話の途中で申し訳ありません、私たち―――」
「ルッティ、少し黙っていて。」
まだまだ続く令嬢の話にストップをかけようとするルッティを、振り返らずに私は黙らせた。
一瞬、そんなやり取りに戸惑った様子の令嬢に私は笑って先を促した。どうせ、舞踏会に参加するならこの話を聞こうが聞くまいが同じことだ。
「なので巫女様をお慕いする者たちの間で正式な結婚式は無理でも、それに似たことをできないかというお話になったようで、この舞踏会でサプライズ結婚式を企画されているらしいわ。私も詳しくは存じ上げないのだけれど、お二人には白い衣装を纏っていただいて、教会の司祭様が結婚の宣誓儀式を執り行われるそうです。なので、白い服は今回は禁止という訳ですの。」
結婚式において白い服はタブーだ。それは花嫁のドレスの色。そして、聖なる巫女の色だったりする。
だから、彼女はフィリーと私の結婚式の時にも白い巫女の衣装を纏っていた。それを咎める者は誰もおらず、むしろ花嫁衣装を着る私の方が邪魔者のような扱いを受けた。
あれは私の結婚式だったけど、フィリーの横に立ったリリナカナイの姿は、私が寄り添うそれよりもよほど神々しくお似合いで、それを見ただけで辛かったというのに、今度は二人の結婚式?
「なるほど。よく分かりました。それは巫女様もお喜びでしょうね?」
せめてもの意地で『世界王陛下もお喜びでしょうね』とは言わない。
想い合っている二人が立場上、結婚式を挙げられないうえに第三者がうっかり妻の座に収まってしまったのだ。
リリナカナイも会った時は何も言ってこなかったけど、思うところはあったに違いない。
だけど、このイベントがあると知っていて彼女が私に舞踏会にでるように勧めたのであれば、私は彼女に対して心底理解に苦しむ。
むしろフィリーが私を舞踏会から遠ざけたがっていた事に納得する。
別に私が知らないところで、私に知られないようにやるというのならば、元々私が二人の間に割って入ったようなもなんだから、嫌だけど仕方ない。そう思う他、私に残された選択肢はない。
だけど、それを私に見せつけようとしているのであれば、それは私に対する悪意である他のなんなのだろう?それに対して私は怒ればいいの?泣けばいいの?…馬鹿にするのも大概にして欲しい。
「それはそうなんじゃありませんこと?まあ、私も巫女様を直接存じ上げているわけではありませんので詳しくはしりませんけど。」
「うふふ。そうですわね。申し訳ありません、変なことを伺ってしまって。」
にこにこと笑顔で言いながら、自分の声が全然笑っていないことに気が付く。令嬢も私が放つ異様な雰囲気に気が付いたのか、さきほどまでにしつこさが嘘のようにあっという間に私の前からそそくさと去って行った。
同時にそろりと何食わぬ顔で私の傍を離れようとするもう一つの気配。
「ルッティ?」
「はい」
ちらりと後ろを振り向きながら名を呼ぶと、体をびくっと震わせる様はまるで怯える小動物。いやねえ、何も彼女に怒っている訳でも、そもそも怒っている訳でも私はないのよ?
「今の話、知っていた?」
うん、怒っている訳じゃない。ただ、どうにも収まりのつかない感情というやつが、私の声を妙に平坦にさせるのだ。
「も、申し訳ありません。わたしっも、その話はここに来るまで全く存じ上げず。どうやら、本当にごく一部の貴族の方の中だけで計画されていたことのようで。」
「そう…なら、私も貴方も知らなくて当然ね。」
例え知っていたとしてもルッティの立場上言いづらいことだったろう。
「だけど、レグナ近衛騎士団長も人が悪いわね。それがあると知ったら私が協力しないとでも思ったのかしら?」
これは一種の八つ当たりかな?とも頭の片隅で思ったけれど、私の言葉にできない感情の方向は気が付くとレグナへの苛立ちへと変わりつつあった。持っていた扇がぎしりと音を立てて軋む。
「そ、それは私にもっ分かりかねます。……ですが、恐らくレグナ様もそれをご存じないのではないのかと私は思います。」
「…どうしてそう思うの?」
「いえ、私も本当についさっき、他の方が噂をしているのを聞いて、この事を知ったのですが、潜入されている騎士の方もそれを聞いて慌てた様子だったので、レグナ様も知らなかった可能性が高いのではと。」
それを聞いて扇を持っていた手から力が抜けた。同時に頭が切り替わる。
「近衛が知らない?そんなこと可能なの?」
「どうやら貴族間でも今日まで箝口令が引かれていたようです。城の中の人間もほとんど知らされておらず、知っていたのは箝口令を引かれた招待客と、企画をした巫女の周りの人間だけ。」
噂を聞いただけという割には、ルッティの情報量は少なくない。恐らく箝口令が舞踏会場に入った途端に解かれたということなのだろう。話好きの貴族たちは我慢できずに話したくて仕方ないに違いない。
それより問題は近衛も知らないイベントの企画、厳重な箝口令、それは果たして本当にフィリーとリリナカナイのための善意からの催しなのだろうか?
騎士が慌てた様子だったという事は、恐らくすでにレグナには話が伝わっているだろうけど、だからといってこの土壇場で舞踏会が中止になるとも思えない。
だけど、警備の問題上、何の情報もないイベントを容認することはできないだろう。
「その企画…誰がしたかは分かる?巫女の取り巻きだと言っていたけど、私にはそれが分からないわ。」
「ああ、それなら―――」
ルッティがその人物の名を告げようとした瞬間に、入口では新たな来賓者の名前が高々に読み上げられる。私たちはこっそりと会場入りしたけど、招待された貴族は皆が名前を呼ばれて会場入りするのだ。
「アルスデン伯爵夫人様、ご到着!!!」
舞踏会開始時刻まであと5分。ずいぶんとぎりぎりの到着だなと、つい数十分前まではひっきりなしだったけど、久々に聞く声に私もふと視線が入口に吸い寄せられる。
同時にその名を呼ばれたとたんに、周りの貴族たちが一斉に色めき立つ。
(な、なに?)
たくさんの人が一気に入口に駆け寄り、私は一瞬だけドレスを着た女性の立ち姿を見た気がしたけど、その姿はすぐに見えなくなった。
「今、名を呼ばれたアルスデン伯爵夫人様がその発起人だと噂では聞いております。」
その言葉に私は僅かに目を細めて人混みを見る。
人混みの中心にいる、一際輝く金髪の艶やかな女性がそこで笑っている。年は私よりもいくらか上だろう。真っ赤なルージュが似合い、色気が匂い立つような大人の女。
彼女の外見は妖しいまでの美しさ、その一言に尽きた。
「あの方はファイリーン様の実姉でいらっしゃり、十年前にアルスデン伯爵様に嫁がれましたが、7年前に伯爵様はなくなっており現在は未亡人でいらっしゃいます。伯爵様が信心深くいらっしゃり、亡き後は夫人がそれを引き継ぐ形で教会にも強い影響力があるとか。」
「そう…伯爵様は事故か何かで?」
「いえ、ご病気でと窺っています。」
「それは残念だったわね。」
彼女の夫で7年前という事は、かなり若いときに亡くなったという事だ。
「いえ、伯爵様は享年78歳でいらっしゃいましたので。」
「……なるほど。」
金持ちの貴族とうら若き令嬢の政略結婚。詳しくは知らないけど、下世話な想像は容易につく。
信心深く金と力があった伯爵からすべてを引き継いだ未亡人…彼女は一体どういうつもりで、この企画をしたというのか?
別に貴族の道楽だけならばいいのだけれど、私は疑いすぎなのだろうか?
そんな風に考えながら公爵夫人を窺っていると、高々に声が上がり、楽器による音が響く。
「フィリー世界王陛下と巫女リリナカナイ様のご入場です!!!」
静まり返り、大広間に集まった貴族たちが腰を曲げ頭を下げる。私もそれに倣った。
大広間から歩き出るまるで一枚の絵のように美しい白い衣に身を纏った二人。にこやかにほほ笑みながら、まさに幸せな新郎新婦のように二人は舞踏会会場に現れたのであった。
まずは、一つお詫びを。
読者様からの連絡で私も知ったのですが、携帯からの閲覧されている方は拍手が見えないことが分かりました。私の確認不足と至らなさから、携帯から閲覧されている方にはご不便をおかけしてしまって、本当に申し訳ありません。
ですが、多分、携帯から拍手を送って頂くことはできない…と思います。(ごめんなさい!もしかしてできるかもですが、私には方法がよく分からなくて)
パソコンからは不具合などの連絡は聞いておりませんので、もし拍手小話に興味がある方は、お手数ですがパソコンにて閲覧をしてください。お手間を取らせますがよろしくお願いします。
また、ご要望とうがありましたら、いつかどこまでまとめて小話は番外編的な感じで表に出せたら(そこまでするような内容でもないかもですが)とも思っております。
本当に申し訳ありませんでした。