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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第一部 現在と過去
37/113

6-2

 目がちかちかするほど煌びやかな空間の中、見渡す限りの人、人、人。

 ここしばらく人の集まる場所に行くことがなく、元々そういった場所が苦手な私にとって、酸素が薄いと感じるほどの人混みは辛い。更に言わせて頂くと、目の前に対している人物に閉口している状態だ。


「とても素敵なドレス!それはどちらの仕立て屋で仕立てたのかしら?」


 初対面にもかかわらず、挨拶よりも先にドレスの話をするご令嬢。

 彼女のような浮世離れした人が溢れる空間……レディール・ファシズの貴族たちの人混みに私は今紛れている。

 彼女だけにかかわらず、この場所に紛れ込んで数十分の間に私は様々な人に話しかけられた。しかも、彼らは取り立てて私に用があったわけではなく、他愛もない世間話をしては去っていく。

 偏見を持つのはよくないと分かっているけど、何て暇な人々なんだ、もっと他にやることがあるだろうと思わず心の中で苦言を呈す。(まあ、そんな中にいる私がいえる事じゃないかもだけど)


「こちらはティック・ア・リーセントのドレスとなります。お嬢様。」


 用はなくとも彼女を無視することもできず、さりとて、このドレスがどこのドレスなのかなど知らない私が曖昧に笑っていると、後ろに控えているルッティがすかさずそう答える。


「ああ!やっぱり!!趣味が良いドレスだと思いましたわ。その鮮やかなブルーが貴方の金色の髪に美しく映えていますし、デザインも豪華!良くお似合いですわ!!」


(絶対、嘘!似合っている訳ないし)


 心の中でそう断言しつつ、豪華な【ふりふりのドレス】を纏った、【金髪】の…王妃とは誰も思わないだろう姿で私は引きつった笑みを浮かべるしかない。


(はあ……なんだってこんな目にあってるんだろう、私?)


 思いながらぼんやりと、ここに至った経緯を思い出す。



▼▼▼▼▼



 事の始まりは侵入者からの襲撃を受けた翌朝。

 かなり深刻に悩んで、泣きながらいつの間にか寝たはずなのに、私の目覚めは酷く清々しいものだった。

 その理由が疲れが取れたことで体が楽になったためか、寝て覚めたら全部忘れてしまう私が単純なだけなのか、はたまたその両方なのかは分からない。

 かくしてそんな清々しさのためか、レディール・ファシズに来て一番の笑顔だろうと思える顔で私はレグナと対面していた。


「おはようございます。レグナ様。いい朝ですね。」

「…ああ、そうだな。」


 私の言葉に同意を示しながらも、絶対にそうは思っていないだろう投げやりな返事をする、目の下に大きな隈を作って、明らかにお疲れモードのレグナ。


「あらあら、近衛騎士団長様ともあろうお方がそんなお疲れな顔をしていては他の方に示しがつかないのではありませんか?私も困ります。」

「あんたに心配されなくても、業務に支障はきたさねーよ。それより、さっさとあんたに報告してフィリーの警護につかなきゃならんのでな、さっさと終わらせてもらうぞ。」


 この後も仮眠なしに働くらしいレグナに、若くないのにと思わないでもないが、そんなことを言って血圧を上げて倒れられても困る。

 私は大人しく彼の話に耳を傾けることにした。


「昨日の侵入者が言っていた<神を天に戴く者>についてだが、まあ、平たくいやあ、<名もなき十字軍>のチョー過激派って感じだな。まあ、正直、この情報もどこまで正確かは分からん。うちの情報部でも、ほとんど知られていねーようなマイナーな集団らしいからな。」


 『チョー』の部分だけ妙に高いトーンになったレグナを半眼で見つめながら私はその意味を考えた。

 <名もなき十字軍>とは教会に相対する民間軍事組織だ。

 始めは教会の圧政に耐えかねた民衆たちによって結成されたテロ組織のようなもので、かなり過激なことを繰り返し、レディール・ファシズの内戦はそれによって激化したと言ってもいい。

 しかし、近年、特にフィリーが世界王になってからは、その態度を軟化させ、同時にテロ組織というよりは軍事組織といった色合いを強くしつつある。

 現在も教会からは目の敵にされ、小競り合いは続いているようだけれど、一般市民相手や貴族の護衛など正規の仕事を増やしているのだ。


「それは<名もなき十字軍>と関係があるということですか?」

「それは現在調査中だが、まあ、俺の勘から言わせてもらうと多分関係ないな。」

「その根拠は?」


 勘といっても、本当の意味の直感ではないだろう。

 彼はうん十年、騎士をしているのだ。私の知らない情報の上での判断に違いない。


「<名もなき十字軍>は教会とは相対しているが、世界王の存在については容認している。そのおかげでフィリーが世界王になってからは態度が軟化した。しかし、<神を天に戴く者>の最終目的は教会だけじゃねえ、『世界王から神を解放する』ことにある…らしい。どこかで繋がっている可能性はゼロじゃねーが、<名もなき十字軍>としても同じにされちゃ困るんじゃねえか?」

「…そうですか。まあ、その辺りは推測の域を出ない訳ですね。」


 レグナの勘とやらを否定する訳じゃないけど、その全てが確信を持って言えるとも思えない。


「それよりも<神を天に頂く者>は『世界王から神を開放する』という論理にどうやって行き着いたんでしょう?」


 世界王は神の血を引く、神の代弁者という側面を持つ。

 世界王を倒すことが、どうして神を開放することにつながるのだろう?


「人間て奴はどこまでも強欲だ。どん底だった十年以上前に比べれば、今は大分状況が楽になった。それが全て世界王の存在のおかげだとは誰しも思っていない…が、その存在が大きかったのは確かだろう。だが、それも八年もたてば更にもっともっとと思うやつが現れる。現状は八年前に比べれば、良くなっていると言っても緩やかな改善になったしな。」

「それを気に入らないのが<神を天に戴く者>という訳ですか。要するに彼らは世界王に成り代わりたいという事なのでしょうか?」


 『神を解放する』というのは建前で、その裏にはレディール・ファシズの全権を奪おうという野心が私には見え隠れしているように思えた。

 それを率直に伝えるとレグナが疲れた顔で苦笑する。その顔は年齢よりも老けて見えた。


「世界王を廃する…か。さすがオルロック・ファシズ生まれの王妃様はいう事が過激だな。そんな事、俺は想像もしたくない。……だが、今時代の流れはあまりに不安定だと言わざるを得ない以上、あんたの言っている事を頭から否定はできんな。」


 世界王を廃し、自分たちがレディール・ファシズの王となった方が上手くいくはずだ。そういう考えから世界王を、フィリーを狙っているのであれば、なるほど確かに過激だ。

 オルロック・ファシズの代表や自治議員は選挙によって選ばれ、金持ちとか会社の社長とかが多いけれど、普通のどこにでもいる一般市民がその中に混じることだって現実にある。

 だけど、レディール・ファシズにとっての世界王は神とさして変わりない、雲の上の存在だと私は認識している。少なくとも、この城の中の人たちはそういう風に彼を扱っている。

 それを廃そうということは、もはや神や教会が植えつけてきたイデオロギーは、壊れ去ったことを意味する。

 今は過激派として扱われているけれど、一歩間違えばあっという間にそれは常識に取って代わるかもしれない。

 オルロック・ファシズ生まれの私としては、神なんて見たこともないおとぎ話と同列の存在を、そこまで信心深く敬っているレディール・ファシズの人々を理解できない部分はある。

 だけれど、それはレディール・ファシズにとっては歴史であり、存在の根幹そのものといっていい。

 それが揺らいでいる…結果、どう転ぶか分からない中、果たしてフィリーはどう舵取りをしていくのだろう?

 私が口をはさむところではないけれど、彼の立たされている立場の難しさを改めて実感する。


「……まあ、その話はここで私たちが論議しても始まらないでしょう。侵入者をとっ捕まえないことには分からない話です。問題はこれからあちらがどう出てくるか……これは今後分からないでは済まされない問題です。そちらについては何か考えがあるんですか?」


 大体、目的が世界王を廃することならば、私を狙った理由がいまいち分からない。

 オルロック・ファシズとレディール・ファシズが繋がることを阻止するためという可能性は捨てきれないけど、それより可能性としてあるのは……


「正直なところ、昨日の襲撃は囮じゃねーかと俺は思う。」


 声を落としてそう告げたレグナと私は同意見なので頷く。


「順当に考えればそうですよね。私が狙われていると思わせて私の警備を厚くさせ、陛下の警護が手薄になるのを待っている……可能性はあると思います。ですが…」


 だからこそ、昨日からフィリーが後宮に来ることを中止してもらうよう進言した。


「何か引っかかるところがあるのか?」

「自分で言うのも何ですが囮…というのに私はあまりに力不足ではないかと思うんですよね。」


 そうなのだ。私やレグナの考え通り、昨日の襲撃はあくまで囮と考えて問題はない。囮だからこそあんなに派手な襲撃で、あっさりと退いたことも納得がいく。

 だけど、果たして私に囮としての価値が如何ほどにあるかが引っかかる。


「もし、私が普通にレディール・ファシズの人間で王妃だとしたら、百歩譲ってまだ理解しましょう。警備だって厳重になる可能性は十分あるでしょう。だけど、客観的に考えて私という王妃に陛下の警備を削ってまで新しい警備をつけると考えるでしょうか?」

「結果としてフィリーの奴はあんたの警備を増やすつもりだぞ?」


 それはそれで問題だけど、今はそれについての論議は後回しだ。


「それはあくまで結果論です。増やさない可能性だってあるはずです。普通に考えるならとりあえずオルロック・ファシズに面目が立つ程度の警備を配備しても、間違っても陛下の警備を手薄にするなんて可能性はないはずです。それにオルロック・ファシズの王妃よりも遥かに確実に囮となる存在がいるのに、どうしてそれを襲わなかったのでしょう?」


 私が強く引っかかっているのはそこだった。

 私という囮として不確かな存在より遥かに確実な存在がいるではないか。


「どういう意味だ?」

「要するに巫女リリナカナイではなく、私を襲った理由が全然わからないんです。私の方が襲いやすかった…と考えることもできるかもしれないですが、あれだけの手練れの侵入者だったら襲撃するくらいは可能だったはずです。」

「それは―――」


 私の言葉にレグナが考え込むように髭に手を当てた。

 そう。別にリリナカナイの警護を厚くさせるための襲撃という結果だけを求めるなら、あの侵入者なら難しいことはなかったんじゃないだろうか?

 リリナカナイ自身を傷つけることではなく、彼女を狙っている事実だけ知られればいいのだ。

 それをわざわざ私を狙って、実際に攻撃まで仕掛けてきた。そのことに何か意味があるのだろうか?


「巫女リリナカナイを襲えない理由があったのか、それとも私でなくてはいけない理由が何かあったのか……そこに何か彼らの目的があるような気がするんですよね。」

「なるほど。だが、それもまた結局は侵入者をとっ捕まえなけりゃ分からない話だな。」


 レグナからもたらされた情報が全くの無意味であるとは言わない。

 しかし、彼が言うとおり結局、全ては侵入者をとらえてみない事には分からないだろう。


「では、侵入者を捕まえる宛てはあるのですか?」


 警備が薄いとは到底思えないこの場所をあれほど堂々と襲撃してきた以上、どれほど警備を厳重にしようと捕まらない限りあの侵入者の影を気にし続けなければならないだろう。


「<神を天に戴く者>には<名もなき十字軍>のような実質の実体はない。構成員が誰で、どこでどんな集まりをしているかも全く分からない以上、闇雲に街中を探し回るのは馬鹿げているし時間もねえ。だが、こっちもただ侵入者に怯えているだけじゃ始まらねえことは十分承知している。」


 疲れが残るレグナの顔が、引き締まり騎士団長の顔となる。鋭い眼光が私に飛んだ。


「だから、罠を張ろうと思っている。ついては王妃さん、あんたに一つ頼みがあるんだ。」

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