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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第一部 現在と過去
34/113

5-4

 フィリーの言葉にヤウが大きな目を更に大きく見開いた。


「ほほう…世界王になる気になりましたかな?」

「なるとは言っていない。お前が言った事柄…もし、世界王になることで分かるんだったら、考えてやってもいいと思うだけだ。」

「いやいやぁ!私としてはそれだけでも嬉しいですぞ!」


 ヤウがぱちぱちと手を叩くと、魔導か手品か花火のようなものがその手から瞬いて散った。

 私はそれを見つめるしかできず、動くに動けなくなりつつあった。

 ここは強引にでもフィリーを連れて逃げるべきなのだろうか?それともフィリーとヤウの会話を最後まで見届けるべきなのか?

 現状ではどちらとも決められなかった。


(せめてフィリーが表情さえ見れれば、どうして欲しいか分かるかもしれないのに)


 結局、何も理解していない私ではなく、現状はフィリーが何を考えているかが全てである。

 だけれど、私に顔を見られたくないかのようにフィリーは頑なに背中だけを向け続けているので、私はどうしていいか分からない。

 私はその事に強い焦燥感を感じ始めていた。

 このままではフィリーが世界王になってしまう。それはある意味、永遠の別れを意味するのではないだろうか?

 レディール・ファシズの王となった彼と、オルロック・ファシズの一市民でしかない私に、まみえる機会は永遠にないだろう。

 二度と会わないと自分で決めたはずなのに、会えるけど会わないのと、絶対に会えない存在になってしまうのでは、その重みが全く異なる。


(そんなの嫌!)


 今の私がそれを口に出せる雰囲気ではないことは分かっている。それを言う資格がない事も。

 だから、フィリーとヤウの会話を私は固唾をのんで見守った。


「それで?世界王になったら、お前がそれを教えてくれるのか?」

「まあ、そうですね。分かる部分はお教えしてもいいですよ?ただ、色々私も調べてはみたものの未だわからない部分も多いものでね。それについては世界王にしか会わないと言われる【あの方】に聞くのが早いでしょうな。私に教えないことも、世界王になら教えてくれるはずです。」


 【あの方】?


「なるほど、レディール・ファシズで世界王にならなければ、お前が言うところの【あの方】には会えないからな。ここでお前に口を割らせたところで、俺が知りたい真実は全部は分からないという事か。」

「ふむ。世界王になってもいいと口では言いつつも、それは方便ですかな?私が全てを知っているか確かめていただけでしたか。私が全て知っていたらどうしていました?」

「手段は選ばず、口を割らせる。」


 フィリーは自分の容姿とは裏腹に、演技をしていないときは割と乱暴な物言いをする。だけれど、育ちが良いためか、それがあまり下品に聞こえなくて好感が持てた。

 女性っぽい話方も気品があって私は嫌いではない。

 だけど、今ヤウと対しているフィリーの話し方を私は今まで一度も聞いたことがなかった。

 冷静で感情の起伏がなく、容赦なく的確な言葉のみを淡々と語るのは、本当に私の知っているフィリーなのだろうか?

 私にはフィリーを何処か遠くに感じた。


「おお!恐ろしい!!ですが、そうしても貴方が知りたいことは真実、世界王にならなければ一生分からぬままでしょう。」


 あからさまな演技で気持ち悪くヤウが自分の体を抱きしめた。


「だが、初めにも言ったはずだ。世界王はまだ親父のままなんだ。資格があっても俺が世界王となるには、親父が俺に世界王の力を渡さなければならない。だが、親父は多分渡さないだろうな。結果、力がない以上は俺は【あの方】とやらにも会えないだろう。」

「それに付いてはノープログレムですよ☆お教えしましょう、貴方はすでに世界王の力を有しているのですよ。それも生まれた瞬間からね。」


 ばちんと音が鳴りそうなほど大きなウインクと共に、星が散らばる。


(……なんなんだ、このメルヘン親父は)


 そんな場合でもないけれど、彼から飛び出す小道具の数々に思わず心の中だけで突っ込む。

 正直、話の内容は何一つわからない。だから、余計にヤウの鬱陶しさに苛ついた。


「と、いいますか。そうでなければ困るのですよ。フィリー様?世界王の力の無い貴方が仮初の王となったとしても、レディール・ファシズは簡単に滅びてしまう!ここ最近の自然災害、それに伴って深刻化する飢饉、流行病…どれ一つとっても世界王の不在こそが最大の原因。貴方もそれはご存じのはず。」

「だから、それは親父が―――」

「いいえ。」


 軽すぎる声が一転し、潜めるように低く囁かれた。

 その声に、ヤウが私の背後で最初に発した声のような殺気を感じた。


「貴方が世界王になれば、全てが解決するのですよ。何度でも言いましょう、貴方こそ生まれながらの世界王なのです。」

「どういう意味だ?」


 これについてはフィリーも意味が分からないらしい。


「さあ?それは私にも何とも?ですが、【あの方】がそう仰った。それが全て!!フィリー様、貴方は世界王になるべき方なのです!!!」


 言いながら満面の笑みでヤウが両手を広げた瞬間、彼の背後からクラッカーがなるような音とともにハトやらリボンや紙吹雪が飛び出た。

 なんというかいちいち反応に困るというか、面倒なオッサンである。

 分からない話が続いて、苛つていることもあるだろうけれど、その感情がダダ漏れな表情をしていたのだろう。

 私を見て自分の演技に悦に入っていたヤウがむっとした表情を浮かべ、気味が悪い笑みで私に近づいてきた。


「おやおやぁ?そういえばすっかり忘れていましたね、お嬢さんの事。どうしましょうか?もう、人質としての意味はありませんし、こんな重要な話を聞かれてしまったことです……ここで消しましょうか?」

「なっ!?やめろ!!」


 物騒な発言をするヤウに、フィリーが久しぶりに私の方を見た……だけど、私と目が合った瞬間にそれは逸らされる。


(どうして?)


 自分の中でそう思って…ああ、自分は先ほど彼を拒絶したのだと思い出す。


「ですが、今の話を言いふらされても面倒でしょう?心配めされるな!我が魔導にかかればこんな小娘、跡形もなく消して差し上げましょう!」


 そう言ってステッキが鼻先に突き付けられた。

 だが、すぐにフィリーが私とヤウの間に入る。


「聞こえなかったか?俺はやめろと言った。」


 再び向けられる背中。それはもしかしたら私が知るフィリーの背中ではないのかもしれない。

 ヤウとの会話で彼が見知らぬ人のように思えた。だけど、それ以前に私が拒絶したことで、彼は私から遠のいただけなのかもしれない。


(だったら…自業自得よね)


 そう思うと体から力が抜けて、私はすとんと座り込んだ。同時に影につかまれていた腕が外れて、だらりと下がる。


「おんやぁ?」


 俯く私の頭上でヤウのへんてこな声が上がる。


「彼女の事は俺が自分でどうにかする。この影も消せ。」

「あ?ああ、はいはい。畏まりました。」


 生返事のヤウの言葉の後にぼんと小さな爆発音がした後に影の気配が消え、フィリーが私を気遣って肩に手をかけようとしているのが分かった。

 それを察して、咄嗟に私は彼の手を避けるように立ち上がった。同時に手の中にあった、指輪を再び嵌める。


「アイル?」

「ごめんっ。何でもない、大丈夫よ。それよりも―――」


 それ以上は言わずに、彼に先を促すために頷いて見せた。この場面、少なくとも悲しくとも私が口を出していいところではないだろう。

 フィリーもそれは心得ているようで、私に頷き返し、改めてヤウに向き直った。


「ともかく、お前の話は理解した。」

「それは有難き幸せ、で……お答えは?」


 私はフィリーの言葉を前に唾を音を立てて飲み込んみ、


「正直言って、これは俺がすぐに決断を下せる内容じゃない。混乱もしている。確かめたいこともある。……時間をくれ。」


 その言葉に大きく息を吐いた。

 ヤウは少しだけ考えるように顔に手を当てた後、ポンッと音を立ててペンと紙を何もない所から出現させると、そこに何事か書き付けた。


「畏まりました。こちらとしては完全拒否されるよりは、よほど良いお答えです。では、決断を下されたらこちらにご連絡を。オルロック・ファシズにおります協力者の名前です。」


 そして、その書いたメモをフィリーに渡す。


「ですが、フィリー様。こちらもあまり時間がございません。我らは世界王を求めております。その事だけはお心に留めおいていただきますよう。何卒お願いいたします。」


 ヤウはそういながら恭しくフィリーに頭を垂れた。

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