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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第一部 現在と過去
30/113

閑話 声を大にして言いたい(レグナ編)

アイルフィーダ視点ではなく、レグナ寄りの話になります。

(いやいやいやいや、違うだろう)


 レグナはそう声を大にして言いたかった。



▼▼▼▼▼



 彼の名前はレグナ・オレ。レディール・ファシズ世界王直轄近衛騎士団団長という誉ある役職についている騎士だ。肝っ玉が据わった妻に、既に成人した息子が二人いる。

 生意気な若者などは、彼の事を粋がった中年と蔑む者もいるが、彼自身としては脂がのりきった男盛りだと自負していたりする。

 確かに47歳とはとても見えない鍛え上げられた体と、役職に見合うだけの実力を彼は実際に有しているのだから、言っている若者の方が余程粋がっているといえるだろう。


 そんな彼が声を大にして言いたかった言葉を言えぬ相手は、彼が家族とは別次元で一番守りたいと思う相手、主君・世界王フィリー。

 そもそもの始まりは…何処から話していいものやら、まあ、フィリーの妻である王妃アイルフィーダが後宮に入った侵入者に襲われたこととしよう。



▼▼▼▼▼



(あの王妃…いや、女王様は曲者だ。何が悲しくて騎士団長にまでなった俺が寝ずの見張り番をしにゃならんのだ……まあ、あの侵入者を許したのはこちらのミスだが)


 そのせいで狡猾に責め立てられ、気が付けばレグナは何年ぶり…いや、何十年かぶりに夜通しの警備に立つこととなった。

 まあ、それは仕方ないとしよう。

 レグナ自身もあの侵入者がアイルフィーダを狙うと宣言した以上、彼女を守らない訳にはいかないのだ。

 だが、近衛騎士団長としてアイルフィーダだけを守っている訳ではない以上、あれこれと後宮に詰めながらも部下に指示を出したりしていたところに、件の王妃付きの侍女が現れた。


「アイルフィーダ様より、本日は陛下のお渡りを中止してほしいとお申し出がありました。」


 元々そのつもりでフィリーには報告の使者を立てていたレグナであったが、その伝言を聞いて感心する。

 さすが元軍人だと思いつつも、彼女が普通の女性でないことを改めて感じ入った。

 普通の神経ならば、あれだけのことがあったのだ。夫であるフィリーに泣きついたっていいだろうし、彼がいなければ心細いと思っても仕方ない。


(まあ、あの女王様ならそんな風には思わんか?)


 だが、この王妃は侵入者を許した後宮では危険があるとして、一番身を守らなくてはならないフィリーを遠ざけようというのだ。自分はその場で留まらざるを得ないとしても…だ。

 まったくもって王妃の鏡ともいえる彼女の対応に感嘆しつつ、レグナは侍女に了承の意を伝えた。



▼▼▼▼



「なのに、どうしているんだよ?」


 詰めていた表と後宮を唯一つなぐ次の間に現れた人物に、レグナは頭を抱えた。


「王が後宮に来て何か問題があるのか?」


 レグナと比べると非常に華奢で、身長も男性としては左程高くないレグナの主は、見ようによっては美女とも見紛う程の美貌で彼を睨みつけた。

 どうやら、あまり機嫌はよろしくないらしい。


(ん?珍しいな)


 それを感じ取ってレグナはそんなことを思う。

 世界王フィリーはその柔らかな美貌に見合う穏やかなイメージを損なうことのない人物としてしられていたが、レグナから言えば結構腹黒くて性格の悪い男だと常々思ってはいた。だけど、それをあまり表には出さない面の皮の厚さがフィリーにはあるはずだった。


「その後宮の前に『今日、侵入者に入りこまれた』と付けてくれよ。まだ、どこに侵入者が隠れているともしれない場所にお前をいさせられない。」

「後宮に侵入者があったのなら、どこでも同じだろう?」


 だから、入れろとばかりに横を通り過ぎようとしたフィリーをレグナは通せんぼする。


「馬鹿言うな。地上にある後宮より、お前の自室や巫女の嬢ちゃんの離宮がある【世界塔】の方が遥かに防衛面では優れているし、護衛もしやすい。お前はしばらくそっちで寝泊まりしろ。」


 一つの都市のように広い世界王城の中で後宮は入り口から一番遠い地上に位置する。対してフィリーの自室やリリナカナイの離宮があるのが城のど真中にそびえ立つ【世界塔】だ。

 天を突き抜けるほど高く、まっすぐではなく入り組んだつくりになっている塔は遥か昔から存在しているが、人間の技術では決してつくることができない神が残した居城であり、代々世界王の住まいとされている。


「その分、お前が頑張ればいいだけだろう?それが近衛騎士団の仕事だろう。」

「なっばっ!!お前はどうしてそういう事を、俺がどれだけ!!」


 赤くなって怒鳴るレグナにフィリーは淡々と言いながら彼に詰め寄った。


「大体、今日の数々の失態。お前はどう釈明するつもりだ?王妃を後宮から無断で出した上に、侵入者を許した?彼女に何かあったらお前でも容赦しない。」


 女性的な美しさを有するフィリーであるが、今彼が浮かべている表情にその柔らかさは微塵もない。鋭い刃のような美貌はそれを見慣れているレグナでさえ一瞬たじろいだ。


「ともかく、現状お前以上の騎士はないからな。後宮の兵を倍にするように指示をしたが、お前はしばらくは王妃付きの護衛に付け。」

「何言ってるんだ!お前の誕生祭も近いのに、王妃にかまけている暇は!!!」


 今夜はアイルフィーダの嫌がらせに乗っても、明日以降は世界王付に戻るつもりだったレグナは驚く。


「俺は自分の身くらい自分で守れる。だが、王妃…アイルは違う。彼女は普通の女性なんだ。今日の事も怖かったと思う。もう二度と彼女を危険な目に遭わせるなよ。」

「あの女王様がか?冗談いうなよ?今日分かったけど、お前が言っている王妃と俺が話した女王様はどう考えても同一人物じゃない。」


 直接話したのは今日が初めてだったが、レグナは前からアイルフィーダの事をフィリーから聞き及んでいた。そのギャップに今日は只管振り回された。なのに…


「何が違う?アイルは俺とは違って普通の女性だ。そんな彼女を【また】巻き込んだのは俺だ…【今度】は、【もう二度と】俺は彼女を傷つけたくないんだ。」


 どうやら冗談など言っている様子じゃないフィリーにレグナは気が遠くなるように感じた。彼は本気でアイルフィーダを『か弱い普通の女性』だと思っているらしい。


「だけど、元軍人だぞ?」

「だから、なんだ?元軍人だろうがなんだろうが、彼女がか弱い女性だということに変わりはないだろう。俺が傍にいてやれない以上、お前が彼女を守るんだ。」


 そして、話は冒頭に戻る。


(いやいやいやいや、違うだろう)


 確かにアイルフィーダが戦力的に強いかと言われれば、今のところ否と答えるだろう。

 見る限り体格的にも、体力的にも普通の女性と確かにアイルフィーダが特別違う部分があるとは考えにくい。だけど、レグナは思う。


(あの女王様がか弱いってキャラじゃねーだろう。)


 自分とフィリーの中のアイルフィーダ像が、大きく食い違っていることにレグナは思わず天を仰いだ…とその瞬間にフィリーが彼を振り切って後宮に入っていく。

 慌ててフィリーを追うレグナ。フィリーはレグナと話をするために人払いをしていて、彼に護衛はついていないのだ。


「おい!待て!!さっきも言ったが、今日は―――」

「分かっている。今日は世界塔で休む。だけど、ここまで来たんだ。少し顔を見るくらいいいだろう?」


 こうなっては頑固なフィリーの事だから、アイルフィーダに会うまではいう事を聞かないだろう。レグナはそれ以上は何も言わず彼に付き従った。


(それにしても…【あの】フィリーがあんなに感情的というか、お優しくなるとはねぇ。あの女王様、違う意味でも大物か?)


 それは言葉にしないままアイルフィーダの自室にはすぐに到着する。

 傍の部屋で控えていた先ほどレグナが会ったばかり侍女が応対し、フィリーは案内されて部屋に入っていく。さすがにレグナは王妃の部屋には入れず、その扉の前でフィリーが出てくるのを待つしかない。

 ―――とフィリーを案内した侍女もまた、外に出てきたが動こうとしない…どころか何やら扉に張り付いている。

 その明らかに不審な動きにレグナは眉を顰めた。


「おい、何をして―――」

「きゃー!陛下ったら、そんなことしちゃいます!?」


 問いかけようとしたら、小声で侍女が叫んだ。

 その言葉から彼女が鍵穴から部屋の中を覗いていることが分かる。

 何となくはしゃいだ彼女の雰囲気から危険はないと判断しつつも、そんな出歯亀のようなことを許すのは近衛騎士団長として無理だ。

 溜息を吐きつつレグナは侍女の首根っこを引っ掴むと、自分の顔のあたりまで彼女を持ち上げる。すると小動物のように彼女が体をジタバタさせるが、それに動じるレグナでもない。


「何するんですか!」

「それはこっちのセリフだろう?」

「見るくらいいいじゃないですか!別に減るもの―――」


 まるで猫のように毛を逆立てようとする若い女を、どうしてやろうかと思った次の瞬間に扉が中から開いた。


「いいや、減る。」


 そう一言言ったフィリーに侍女が顔を青ざめて、体を硬直させた。それを確認してレグナは彼女を床に下した。


「もういいのか?」

「ああ。アイルはもう寝ていたし。俺も休むよ。」


 そう言ってさっさと歩きだすフィリーの顔は、何故だかとても嬉しそうというか、優しそうというか…近年レグナが一度も見たことも無いような顔をしていた。

 しかし、少し歩いた後、振り返ったフィリーの顔を見てレグナはそれが幻であったと思い直す。


「ああ、ルッティ?次の【アレ】楽しみにしているね。」


 そう言ってにやりと笑った人の悪い顔は、いつの通りレグナが知るフィリーであった。

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