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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第一部 現在と過去
29/113

4-7

 久々に帰ったような気分になる自室は、後宮でも奥まった部分にあったためか、被害の気配一つない。

 それに安堵しつつ、私はルッティが用意しておいてくれた風呂に入ることにした。多分、私が事後処理に付き合わされることはないだろうと思ったし、正直、やれと言われてもやりたくない。


「ふいぃぃぃ」


 温かいお湯に浸かった瞬間に、体中の凝りが解れていく快感に腑抜けた声が出るけど、今はそれを咎める人は誰もいない。

 大人が10人くらいは足を延ばして入る事ができる、大浴場と言っていい豪華な浴室が自室に併設されている時にはビビったものだ。更にお世話をさせて頂きますと侍女たちが一緒に入ってきて、一層驚いた。

 お風呂くらい一人でのんびり浸からせて欲しいと、泣きそうになりながら頼み込んだ結果、勝ち得た一人の入浴は私の数少ないリラックスタイムだ。


「ほんっとに今日は散々だった……」


 だから、こんな独り言だって存分に呟ける。

 私は大きく息を吐きながら、縁に凭れ掛かって天井を見上げる。

 宗教画だろう神々しいステンドグラスが描かれているが、その輝きも今日は目に入らない。

 私のさしあたっての問題は、明日のレグナからの報告よりも、ルッティが今日のことをどう思っているか…という事。彼女が今後、どう出てくるかが重要事項だった。

 今日はもう何も考えたくないというのが正直なところだけれど、これだけは早急に手を打たないと手遅れになる問題だ。


 侍女という役職の女性はこの王宮に数多くいても、オルロック・ファシズの王妃に仕えてくれる侍女が果たしてどれくらいいてくれることか。

 いや、彼女たちも仕事だから、やれと言われればやるんだろう。

 さりとて、ルッティの仕事は私から言えばほぼパーフェクトに近い仕事をしてくれている。

 今にしたって、疲れている私が一番求めている入浴を勧めてくれた上に、用意してくれた着替えは寝間着。

 それを着るには早い時間帯だけれど、彼女は迷わずにそれを用意してくれた。私が疲れていると察しての行動を、果たしてやっつけ仕事の侍女がしてくれるだろうか?

 ルッティが私のことをどう思っているかは分からない。だけど、現状、ルッティ以上に私に仕えてくれる侍女がすんなり現れるとは到底思えない。


(あー、やっぱりルッティに嫌われるのは困るわぁ)


 湯船に浸かっているせいか、どうにも言葉に深刻さが足りない気もするが、私の悩みは案外深い。

 自分でも反省しているんだけど、今日は自分でも我慢が足りなかった。……いや、今までが我慢のしすぎだったのかもしれないけれど、どちらにしても今日の私はこれまでの私と大きく違いすぎた。

 ルッティがその事をどう思うか…やっぱり、オルロック・ファシズの王妃は怖いと私を倦厭するだろうか?私の侍女をやめたいと思っているだろうか?

 私としてはこのまま続けて欲しいというのが願い。

 だけど、ルッティにそれを強要することは難しいだろう。

 レグナのように脅迫まがいなことはしたくない。それをしてルッティに留まってもらっても、それでは彼女じゃない他の侍女に代わってもらっても大して変わらないに違いない。

 できることなら、今まで以上に彼女に働いてもらいたかった。…だけど、それをお願いするための言葉が見つからない。


(ええい!もう面倒臭い!!)


 疲れた頭では何も思いつかず、私は勢いのまま湯船から出ると寝間着に着替えて浴室を出た。

 すると件の侍女が私をいつも通り完璧な所作で迎え入れる。


「アイルフィーダ様。ご夕食は本日は如何いたしますか?」

「あ…うん。今日はもういいや。このままもう休むよ。」


 そう私に対するルッティの様子は、いつもと変わらない…ように見える。

 むしろ、私の方が微妙にびくついている気がする。


「畏まりました。今夜からしばらくは今までの倍の人数の警備兵が後宮の警備に当たります。私もしばらくは後宮内にお部屋を頂くこととなりました。何かありましたら何でもお申し付けください。」


 その言葉に引っかかる。


「後宮の兵を倍に?」

「はい。何か問題がありましたか?」


 再びの侵入者を許さないための処置か、はたまた危険因子かもしれない私への牽制か。元々少なくはなかった兵を増やす意味が分からない。

 兵を増やす代わりにレグナ一人を置いてくれと、暗に含めたつもりで言ったのだけれど、その意味を彼は察してくれなかったという事なのだろうか?


「陛下がご心配をされて指示されたようです。今日もお渡りがありますし、それくらいの警護があったほうがよろしいかと。」

「何ですって!?」


 訝しみつつ、湯上りの冷たい飲み物を飲んでいた私は口の中のものを思わず吹いた。すかさず、ルッティがハンカチを渡してくれたが、私の驚きに彼女も眉を顰めている。


「それは本当なの?陛下が今日、お渡りになるの?」

「…はい。そのように連絡がございました。侵入者のこともありますし、アイルフィーダ様のご心中を心配されているのかと思いますが。」

「そんなことはどうでもいいの。」


 湯船の中でルッティに侍女をやめてもらわない方法を必死で考えていたはずなのに、気が付けば彼女をはねつけるような言い方をしている自分がいて、内心まずいとは思った。

 だけど、それよりフィリーが今夜ここに来ることの方が大問題だ。


「悪いけれど、至急今日の陛下のお渡りをやめて頂くように表に伝えてきて。レグナ様に言ってもいいわ。」


 自分で言った方が早いかとも思うけれど、安易に後宮からは出れないし、後宮内でも寝間着で外は歩けない。


「どうしてですか?」

「どうして…て?」

「陛下はアイルフィーダ様をご心配されて今夜お渡りになられますのに、拒否される意味が私には分かりかねます。アイルフィーダ様も陛下を憎からず思われている様子ですし、こんなおいしい状況で陛下の気持ちを掴むいい機会ではありませんか。『守って下さい』と纏わりついては如何でしょうか?往々にして男性とはか弱い女性がお好きなものです。他にもこんなシチュエーションなんていかがですか―――」


 と、延々とどこかのメロドラマのような展開がルッティの口から次々に出てくる。いつもはこんな風に意見を言う彼女ではないけれど、何だか妙に輝く表情に私は一瞬だけ言葉に詰まった。


「普段は気丈にされ、あのようにご気性も実は激しいアイルフィーダ様が、陛下の前だけでは弱弱しく振る舞われる…ああ、これは今はやりの『アレ』の予感がします!おいしいです、アイルフィーダ様!!」

「おいしい???」


 いまいちルッティの言っていることが理解できない。『アレ』って何だろう?

 だけど、彼女の案は却下。


「今日の侵入者のおかげで後宮が安全でない事が分かった以上、侵入者が捕まるまで陛下がこちらにお渡りになっていい訳がないないでしょう。後宮よりも安全な場所にいて頂かなくては。」


 後宮は世界王の妃が集う宮だ。警備自体は厳重にされていると思うけれど、その場所の大きさがその警備を完全なものにはしない。

 そのあたりの改善や、少なくともほとぼりが冷めるまでフィリーが後宮に来ることは、私が軍人として警備にあたっていたら絶対に許さない。


「ですが、そのために警備の兵を倍にしたのでは?」

「後宮の警備兵を倍にするくらいなら、陛下の普段お守りする兵を倍にするべきなのよ。広い後宮の警備の兵を倍に増やすだけで、どれだけの兵が必要な事か想像に難しくないでしょう?それより、後宮より守りやす場所で、陛下の身辺警護を増やす方がよほど効率的で有意義だと私は思う。」


 侵入者は私を狙っていると言っていたけど、世界王を狙っているとも仄めかした。目的が不確かな今、私より優先されるべきはフィリーでなくてはならない。

 その考えを曲げるつもりがない私は、こちらを大きな目で見上げてくるルッティの視線を真っ向から受けた。彼女は私にも聞こえない声でぶつぶつと呟いた後。


「それが軍人としてのアイルフィーダ様の見解ですか?」

「それもあるけれど、王妃として…と今回は言って欲しいわ。優先すべきは陛下の安全でしょう?」

「畏まりました。なるほど、ご自分よりも相手のことを心配する健気な姿勢…そういう展開もあり!ということですね。とても参考になりました。」


 どうやら了承してくれたらしいけれど、やっぱりどうにも話がかみ合っていない気がして私は腑に落ちない。

 大体、今の会話でどうして【健気】なんて言葉が出てくるのだろう?


「あの、ルッティ、さっきから何を―――」

「アイルフィーダ様」

「はい」


 彼女の語りかけようとして、名前を呼ばれれ遮られた。

 しかも、背後に妙な迫力をしょっていて、思わず背筋が伸びた。


「こんなことを申し上げては不敬にあたるかと思いますが、私…ずっと王妃付きの侍女なんて望んでいませんでした。」


 うん。まあ、そうだよね。


「だって、私が見たかった後宮のドロドロなんて、後宮に王妃しかいなければ絶対に見られません。巫女様と陛下が強い絆で結ばれているという噂でしたから、陛下の姿も王妃付きの侍女では見られないだろうし、アイルフィーダ様も…そのあまり特筆していらっしゃらないので、キャラクター的に弱いと申しますか―――」

「???」


 だんだん話が私の知らない方向へ向かっている気がする。

 ごにょごにょと言葉をつづけた後、ルッティはこちらを強い視線で射抜く。そして、


「いいえ!ともかく、私、今日のアイルフィーダ様を見て考えは変わりました。これからは、今まで以上に侍女としてアイルフィーダ様のお近くで、じっくり観察…いいえ、お仕えさせて頂きます!」


 と高々に宣言。

 いや、私としては願ったり叶ったりなお言葉だけど、どうして今の流れでそうなったのか全く分からない。更に彼女は止まらない。


「今日のアイルフィーダ様は乙女の夢!姿形はこの際、置いておきまして、状況、ご性格、強さ!何をとっても今までの私の中になかったキャラクターでございます!ああ、今までどうしてそれに気が付かなかったのでしょう?傍におりましたのに、私の最大の失敗です。ですが今後は違います!是非、陛下との色々も併せて私、参考にさせて頂きますから!侍女としても頑張りますので、これからもよろしくお願いします!!!」


 かくして、散々捲し立てた後、『それではレグナ様に会ってまいります』と頭を一つ下げて部屋を颯爽と出ていくルッティ。

 それをぽかんと口を開いて見送って、私は訳が分からないけれど、ともかく自分の憂いが一つ除かれたんだよね?と自分で自分に問いかけた。(ルッティは侍女をつづける気満々のようだし)

 だけど、何故だか、別の憂いが…それも大きな憂いが誕生してしまったような気がしなくもないけれど。



(…本当に疲れた)


 かくして外に見張りの兵の気配がうじゃうじゃしていようとも、やっと自室に一人になった私はのしかかる疲れに抗うことなく、ベッドに倒れ込んだ。途端に体が鉛のように重く感じられる。

 だけど、すぐに眠気は襲ってこず、ベッドの上でごろごろしていると、二人で寝るのにも大きいベッドが、一人ではそれがより一層強く感じられた。


(思えば…この部屋で初めて一人で寝るんだ)


 一緒に寝ていても何があったわけじゃないけれど、これまでずっと眠るときにはフィリーが横にいた。

 触れ合うことはなくても、その気配が寝息が近くに感じられる。それが辛くもあり、だけど、やっぱり嬉しいと思う自分が確かにいた。

 それがないと思うだけで、急に寂しさがこみ上げる。自分勝手だよね…今、自分で来るなと言ったのに。


『愛している』


(ああ、今日はそこの言葉も聞けないんだ)


 ぼんやりとした思考でそんなことを考える。

 リリナカナイの部屋を出た当初は泣きたくて仕方なかったはずなのに、今は一滴の涙も出てこない。

 ランスロットやレグナに八つ当たりをしてみたところで、結局根本が解決していない以上、泣きたかった心はただ只管に疲れただけ。

 そして、その疲れすぎた心は、涙を流すことすら億劫だと訴えている。


(フィリー、少しは私のことを心配してくれているの?)


 兵を倍しようとしたのは、本当に彼の指示なのだろうか?それを指示した彼は何を思ったの?

 本当に今日も私の所に来てくれるつもりだった?

 理屈ではフィリーが後宮に来ることは絶対にありえない。だけど、それとはまた別の感情的な部分でフィリーに会いたいと切に願っている自分がいる。

 ルッティが言うように、『守って欲しい』と纏わりつくまではないかなくとも、『大変だったね』と言葉をかけてくれるだけだっていい。

 そばにいて辛いのは分かっていても、会いたいと思ってしまう厄介で面倒で…だけど、私にとっては大事な感情。


(こんなに会いたいのに、自分で会うことを拒否するなんて…本当に嫌。ああ、だけど、前もそんなことがあったなぁ)


 鈍い思考で過去へと思いをはせる。

 だけど、それを思い出す前に重くなる瞼が自然と閉じて私の意識は段々と遠のいて行った。


『愛している、アイルフィーダ』


 フィリーがいなくて久々にぐっすり眠れたからだろうか、頭の片隅で優しい声がそう囁いて私の体を暖かい何かが包んだような気がした。

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