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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第一部 現在と過去
28/113

4-6

「この近衛騎士団長の目の前で王妃様を殺そうなんざあ、いい度胸してるじゃねえか、くそ餓鬼。」


 両手の細身の剣、恐らくレイピアだろう、を手の中で器用にぐるぐる回しながら、どうみても騎士の物言いじゃない恫喝を吐くレグナ。

 剣は全体が青白く光っていて、夕日が沈みかけて暗くなりかけた庭の中で幻想的な雰囲気すら漂わせている。

 レグナの登場に攻撃の手を止めた侵入者は、それでもその前髪に隠れた表情を焦りに歪めることもなく、にやりと気持ち悪く笑う。


「近衛騎士団長レグナ・オレ……神を冒涜する怪物か。」

「言ってろ。お前らみてぇな、違法魔導師の方が余程神を冒涜してる。」

「……貴様も何も知らぬ愚か者か。まあ、いい。」


 私を殺そうとした時の激しさはあっという間に消え去り、勝手に自己完結しながら侵入者は大剣を振り上げる。同時にこれまで以上に禍々しい赤い光が当たりを包む。

 それに対抗するようにレグナが剣を構え、侵入者へと突っ込んだ。


「何をする気だ!!」

「言ったろう?今日はあくまで警告だからな、これで失礼させてもらう。本番はまた後日。その時は必ず命を貰い受けよう、世界王妃。」


 侵入者は私にそう告げながら大剣を振り下ろし、レグナがそれを二本の剣で受け止めた…瞬間、赤と青の光がスパークして目もくらむ光が満ちた。

 光はすぐに消えたが、音を立てて発生した熱い水蒸気のような白い霧に視界がほとんど効かなくなった。


「逃げるな!!」


 近くでレグナの怒鳴る声が聞こえても、彼の姿はどこにも見えず、私は闇雲には動きは無なかったが忙しなく辺りを見回す。

 しかし、侵入者の気配は何処にも感じられない……どうやら侵入者は言葉通り警告だけして逃げたようだ。


(<神を天に戴く者>…か。教会を敵とする<名もなき十字軍>とはまた別なの?世界王…フィリーを敵だといったけど、どうして私を標的にしたの?)


 王妃と言えど政略的な意味合いが強いことは百も承知だろう。その政略的な繋がりが、彼らには邪魔だということだろうか?

 憶測は色々浮かぶけれど、混乱し疲れた頭ではいまいち考えが纏まらない。

 何だかとても遠い出来事のような気もするけれど、リリナカナイと対峙した時のダメージも蓄積されて限界なんてとうに昔に越えている。

 私は額に手を当てて溜息をつく。本当に疲れた。


「おい、大丈夫か!?」


 霧はすぐ晴れて、すっかり辺りが暗くなっている中、レグナがぐったりした私を心配そうに覗き込む。

 先程までは私を親の仇のように睨み付けていたけど、今はまるでしょげた犬のように、妙に愛嬌のある顔をしていた。


「今回のことは完全に俺の失態だ。すぐに助ければ良かったのに、あんたに対する懐疑心がそれを僅かだが躊躇させた。騎士として決して許されることじゃねえ。」


 律儀なもので、そういって私に大きく頭を下げるレグナ。だけど、私は言葉を返さずに周辺に目を走らせた。

 侵入者の攻撃によって壊された後宮、抉られた美しい庭、傷ついた兵士、放心した侍女…そして、応援の部隊が今となっては遅くなったがやってきて救護が始まっている。

 昼までは変化のないただ美しくて穏やかだった世界が、音を立てて崩れ果てた姿に私は何ともいえない気分になる。


(私は確かに変化を望んでいた…だけど)


 刺激のない毎日、誰にも相手にされない日常、そんな穏やかに死に絶えるような毎日を辛いと感じていたのは嘘じゃない。何か刺激が欲しいとも望んだ。

 だけど、こんな変化は絶対に望まない。


「怪我人の容態は?」

「あ?ああ、部下達が食らった攻撃は派手だったが、軽い火傷くらいだ。後宮の侍女達もほとんど無傷だ。むしろ、今回一番の被害者はあんただよ。」


 言われて改めて自分を見下ろしてみると、庭を転げまわったり、全力疾走したりで、足からヒールは脱げていて傷だらけだし、綺麗なドレスも汚れたり破れたりしている。これじゃあ王妃の威厳もないだろう。(まあ、元々ないのかもしれないけれど)


「私も掠り傷程度です。それより人的被害が最小限に抑えられて良かった。レグナ近衛騎士団長…貴方のおかげです。礼を言います。」

「んな…やめてくれ!!あんたに懐疑心を抱いていたとはいえ、俺は王からあんたの警備を頼まれていた!あんたを守るのが仕事だったんだ。それを侵入者に入りこまれた上に、あんたに怪我をさせたなんて…俺の首が吹っ飛んでもおかしくない。」


 まあ、そうだろうとは思う。

 後宮に侵入者を許しただけでも警備を任されていた近衛騎士団の責任を問わなくてはいけないだろう上に、王妃である私が命を狙われていたというのに、この騎士団長殿はそれを僅かな時間だろうが助けに入らず黙って見ていたのだ。

 これで私が普通の王妃だったとしたら、彼が言うように首が吹っ飛んでも文句は言えないだろう。


「それでも貴方が遅くても助けに入ってくれたから、私も掠り傷程度で済みました。まあ、私が挑発したのも悪かったかもしれませんし…だから、助けてくれたことには素直にお礼を言わせてください。ありがとうございました。ですが、心配しなくても別に貴方の職務怠慢を許したとは言ってませんよ。」

「あんたに許されずとも、今日の事はフィリーに報告して、しかるべき処分を受ける。」


 私の上からな物言いに気分を害したのか、むっとした顔をするレグナ。


「そのしかるべき処分とやらで、近衛騎士団長を勝手に辞められたら困るんです。」

「何?!」


 彼にどんな処分が下されるかは分からない。

 王妃を危険に晒した以上、重罰が下るだろうと思うけれど、私はここでは規格外な王妃であるし、レグナ自身はかなり特殊な立場にある騎士のようだ。

 案外、大した罪を受けないのかもしれないけれど、彼自体は私に申し訳ないと思っているらしいから、この際それに付け入らせてもらおう。

 私は疲れた心と体に鞭打って、レグナに対した。もうひと踏ん張りである。


「貴方が近衛騎士団長をやめたら、誰が私をあの侵入者から守ってくれるんですか?今の侵入者は私をまた狙うと言っていました。当たり前ですが、私にはこの城の中に頼りにできる人なんて誰もいません。誰が強いのか、弱いのか、私を嫌っているのか、疑っているのか、それすらも分からない。だけれど、今あなたの実力は十分に見せていただきました。貴方が私をどう思っているのかも、大体把握できました。私を守るのに貴方ほどの適任は他にはいないんです。」


 私は背筋を伸ばし、胸を張って、精々王妃らしく偉ぶってみる。


「近衛騎士団長レグナ・オレ、貴方には私の護衛を命じます。そして、必ずや私の命を狙い、ましてや陛下に弓引く輩を捕まえなさい。」


 こちらを遠巻きに見ていた兵や侍女たちが、何事かと聞き耳を立てているのが分かる。

 それを意識しながら、私は力強く告げた。

 この城で私がほとんど身動きが取れない以上、自分の身を守るため、この場所で生きていくためには、私の手となり足となる駒が必要だ。それも量は用意できないから、少なくて質のいい駒。


「あんたに命令される筋合いは―――」

「貴方、こんなことで陛下の傍を離れることになってもいいの?」


 私の言葉にかっとなったレグナに、他には聞こえないよう囁く。

 悪役になっても構わない。レグナを私の駒にするために、手段は選べないと思った。


「貴方と陛下の関係は分からないけど、貴方は陛下を守りたいんでしょう?それは近衛騎士団長という職を失ってできることなの?」


 気安い言葉をかけあう二人に絆を見た。

 レグナとのやりとりで、彼のフィリーへの強い想いを見た。

 多分、フィリーにとってレグナは重要な人物だ。そして、レグナにとってもフィリーは大切な主であろうと想像がついた。


「そ・れは……」


 予想通り、レグナがの表情に躊躇いが現れた。ここで畳み掛ける。


「だったら、ここは私のいう事に従った方が利巧よ。今回の事、オルロック・ファシズに知られたら、どうなるか分かるでしょう?例え私が即席の自治議長の娘であっても、それを蔑にされたと聞けば、あちらも対面がある以上、約束していた支援は見送るかもしれない。」


 私とフィリーの結婚は、対外的には両陣営の歩み寄りが大きくあるとされているが、実際のところは長い内乱で疲弊しつつある教会が欲した、オルロック・ファシズの支援が目的なのは明白であった。

 オルロック・ファシズを認めなという割には、利用できるものは何でも利用しようとする狡猾な教会の思惑ではあったが、実際国民生活が破綻する一歩手前まで状況は悪化の一途を辿っていた。

 オルロック・ファシズは継続的に教会を通して支援を続ける代わりに、レディール・ファシズの技術とこちらに駐在員を置くこと、そして、私を嫁がせることを認めさせた。

 はっきりいって、自治議長と血縁関係のない私に人質としての価値を故郷は微塵も見出してはいないだろうけど、体面というものを鑑みればオルロック・ファシズが私に何かされて、放っておくとは考えられない。


「こちらの上層部は今回のことを隠そうとするでしょうが…私は元軍人ですよ?それを自分で伝える方法なんて五万とありますよ。そうなったら…貴方、どうするおつもりですか?あなたの首一つでそれは贖える?」


 十中八九、脅迫でしかない言葉を多分私は人の悪い顔で吐き出しているんだと思う。

 だけど、既に悪意の目で見られているんだから、今更いい子ぶって色々我慢するのも飽きた。


「…本当にフィリーの話と全然違うのな。だけど、うちのお偉方から俺の罷免の話が出たらどうする?」


 そんな私に意外にもレグナは笑いかける。…まあ、その笑顔に覇気はなく、疲れて草臥れたような笑みだったけど。


「そんなの今と同じように、今度は貴方を罷免するならオルロック・ファシズに言い付けるっていうだけです。どうですか?貴方にとっては悪い話じゃないと思いますけど?」

「了解!分かったよ、王妃様…なんつーかあんたは王妃っていうより女王様の方が似合っているぞ?」


 最後は降参というよう両手を上げてレグナが叫んだ。それに、「よし!」という気分になった私だけど、最後の言葉は聞き捨てならない。


「誤解を招くような発言は慎んでください。誰が女王様なものですか、私は普通です。ふ・つ・う。」


 小声でそんな風にレグナと言葉を交わしていると、ルッティがこちらに小走りで近寄ってくるのが見えた。


「ともかく今日は疲れました。これ以上の話は明日にしましょう。…是非、<神を天に戴く者>の話を伺いたいです。」

「了解した。」


 疲れたのはレグナも同じらしい、私の言葉に素直に頷くと、部下たちの所に足を向ける。

 入れ替わりにルッティが私の前に到着した。


「アイルフィーダ様、大丈夫ですか?動けるようでしたら、人が多く集まっています。すぐに部屋へ、着替えを用意いたします。」

「ありがとう…ああ、レグナ様?」


 確かにこの格好で沢山の兵などに姿を見られるのは避けたい。

 ルッティに礼を言いながら、私はこちらに背を向けるレグナに声をかけた。それに億劫そうに返事をするレグナ。


「今夜は後宮に詰めてくださいますよね?それとも私は別の場所で寝た方がいいんでしょうか?ああ…また、あの侵入者が来るかと思うと怖くて!」


 いいながら大げさかなと思いつつも、よろりとよろけたふりをしてルッティにもたれ掛かった。


「~~~かしこりまりました!王妃を後宮から出すわけには参りませんので、不詳私が今夜は警護に当たらさせていただきます!!!」


 それを聞きながら見えないようにぺろりと舌を出して、その後、にこりと彼に笑って見えた。


「本当ですか!ありがとうございます!!では、また明日、なるべく早い時間に今日の報告を聞きたいので、その時にお会いしましょう!」

「なっ!早朝!?おい、待て!!!」


 追ってくる声には振り返らずに、ルッティとともに自室に引っ込む。

 レグナは恐らく今夜は後宮の警備で寝ずの番だろう。にもかかわらず、早朝に報告しろというのは、明らかな嫌がらせだ。


(悪役やるなら徹底的に…よね)

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