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愛していると言わない  作者: あしなが犬
第一部 現在と過去
23/113

第四章 現在4-1

――― 一難去ってまた一難


 リリナカナイ、強襲!(実際には襲われたわけじゃないけど、気分的には『強襲』という言葉がぴったりな邂逅になった)…により疲れ果てた私に更なる危機が迫りつつあった。

 それがこれから始まる大きな事件の始まりであることを、私はまだ知らない。



▼▼▼▼▼



 ギギギギ…来た時と同じように、重い音とともに開く扉を見て私はやっとここから出られるのだと、ルッティやレグナにばれないように僅かに息を吐いた。


(早くベッドに入りたい)


 まだ日の高いうちからそんな事を考えてはいけないけど、普段通りならば夜には寝室でフィリーと顔を合わせることになる。

 フィリーの方は何一つ困ることも無いだろうけど、今の状態で彼と同じベッドで寝るなんて拷問以外の何物でもない。

 だけど、フィリーに後宮に来るなとは言えないし、かといって私はどこにも逃げ場所も隠れ場所もない。

 気持ちを切り替える上でも、一度一人になって思いっきり泣いてしまいたかった。


 昔から私は嫌なことがあると、大抵一人で大泣きをして、そのまま泣き疲れて寝てしまうのが常で、そうしたところで現状は変わりはしないし、嫌なことが忘れられる訳でもないけど、気持ちが妙に軽くなる。

 だけど、フィリーが一緒のベッドにいては泣く所か、愚痴の一つも漏らせない。

 だったら、今の内にさっさと部屋に籠って思いっきり泣くことの一つでもしないと、感情が収まらない。

 リリナカナイとの会話で溢れた感情をフィリーの登場で飲み込んだ私だけれど、気が緩んだ今になってそれが喉元まで溢れてこようとしていた。

 今は何とか耐えられているけど、このまま急に泣き出すか、ヒステリーを起こしそうな自分がいとも簡単に想像できる。


(まあ泣くとか、ヒステリーくらいなら情緒不安で片付けられるけど…私の場合更に厄介な症状が出たらやばいし)


 ともかくさっさと後宮に戻って、いつもの自分を立て直さなくてはと思っていると、私たちを止める声が背後からかけられた。


「お待ちください!」


 声に振り返ると、颯爽とマントを翻しながら駆けてくるランスロットの姿。

 空中庭園に降り注ぐ太陽の光に銀色の髪がキラキラ光る。だけど、今は心の余裕の無さに、その髪の輝きにさえイラッとさせられる。


「ああ?また面倒な野郎がお出でなすったなぁ。」


 私たちを先導していたレグナが、だらしなく頭をかきながら酷く億劫そうにぼやく。

 そのあまりの覇気の無さに一抹の不安を覚えつつも、その発言には激しく同意をする。

 ランスロットが私ではなくレグナにしか視線を向けてないこともあり、私が口を出す場面でないことは重々承知しているけれど、色々我慢が限界な私は思わず………いけないいけない、この先は想像しちゃダメだ。

 私は両手をぐっと握りしめて、溢れる衝動をやり過ごす。


「よう、色男。今日も目が潰れるくらい眩しいねぇ。」


 誰が聞いても十中八九褒め言葉には聞こえない、明らかに馬鹿にしたレグナの挨拶らしき言葉ににランスロットの美しい顔が赤く染まる。


「どうしていつもそうっ…いや、そんな下らない挑発に私がいつも乗るとは思わないで下さいよ。」

「下らない挑発…ねえ。別に俺はそんなつもりはないぜ?単にお前のその無駄にキラキラしている眩しさが目に痛くてよ。」

「貴方は!!!!…くっ」


 そう言って両目を手で隠すレグナと言えば、髪も目も黒く、肌もこれは日焼けのためだろうが浅黒い。体の大きさも相まって、まるで大きな熊のようだ。(まあ、熊はこんなに減らず口が回らないだろうが)

 かくして、二人のこんな僅かなやり取りからでも、ランスロットが日常的にレグナにからかわれている様子が伺える訳なんだけど、斜に構えたランスロットをレグナがやり込めている事実は、両者への私の印象を大きく変えた。

 そのまま惰性で続くかと思われた二人の喧嘩(?)だけれど、ランスロットが大きく息を吸い、背筋を伸ばして、その空気を変えようとする。


「オル騎士団長殿。王妃アイルフィーダ様の護衛を今日は私が巫女より直々に承っております。それ故、貴公の手間は取らせません。私がこのまま後宮までお連れします。」


 優雅に一礼をして、役者が述べる様な口上を宣うランスロット……今更そんなことをしても、彼への崩れ去ったイメージは二度と戻らない。

 なんて、そんな風に思った私も酷いかもしれないけど、それに返答するレグナは私の更に上をいく非道さだった。


「イヤ」


 その礼儀の『レ』の字も感じられない返答にランスロットだけじゃない。私もルッティも息を飲む。


「はあ?!」


 目上に対する礼儀も忘れ、ランスロットが思わずそう聞き返したことも、私は仕方ないと思う。

 それに対してレグナは怒るどころか、寧ろ楽しそうにというか、意地悪く笑う。


「だから、イ・ヤだって言ったんだよ。王妃さんは俺が送っていくから、オメエは巫女の嬢ちゃんの所にさっさと帰れ。」


 しっしと動物を追い払うような仕草をするレグナに、ランスロットの怒りは頂点に達したらしい。


「んなこと、できる訳ないだろ!!!」


 上司(多分、騎士団長だっていうんだからレグナが上司だろう)相手に、敬語も使わずに胸倉をつかまんばかりの勢いで詰め寄るランスロットに、私に見せていた貴公子然とした優雅さの欠片も見当たらない。

 これは単にランスロットが逆上しているだけなのか、はたまたレグナによって表に出された彼の本質か…、どちらにしろ軽率だとしか言いようがない。

 彼らの関係がどんなものかは知らないが、少なくとも喧嘩を売るなら冷静さを欠いてはいけないだろう。

 冷静さを欠けば、どんどん相手のペースに乗せられる。ほら…


「なんでだよ?頼まれたお使いもできねー、ぼっちゃん育ちの使えない奴だと思われるのが嫌か?」


 その言葉はランスロットにとって図星だったのだろう。

 顔を真っ赤にして声も出ない彼に、私は自分の疲れも忘れてほんの少しだけ同情する。うん、ほんの少しだけ。

 レグナにいいようにからかわれている彼は、それほどに哀れだった。


「じゃあ、いいぜ?お前が王妃さんを送ったってことにしてもらっても、俺は一向に構わねぇ。だが、王妃さんを送るのは俺だ。お前にこの人は任せられねぇ。」


 ランスロットも小さいはずはないが、レグナを前にするとまるで少年のように華奢に見える。

 レグナは自分の強みをよく分かっているようで、その大きな体で相手を威圧しながら言い放つ。

 それに明らかに負けているはずなのに、それでもまだ立ち向かおうとするランスロット。…いや、負けていることすら気が付かない愚か者なのか?

 彼を見ていると、だんだんさっきまでリリナカナイに対していた自分を見ているようで、ほんの少しだった同情心がむくむくと大きくなるのを感じる。

 同族相憐れむという、悲しい人間の性。同時に急にレグナが憎々しく思えてしまう単純な私は、やっぱり疲れているのだろうか?


「どうしてだ!?馬鹿にするな!後宮に送るくらい私にもできる!!」

「オメエが弱いからなだよ。色男。弱い奴にアイツの王妃さんを任せられるか。」


 その簡潔で、あまりに鋭い言葉にいよいよランスロットは顔色をなくす。

 それを見て私は少しだけ息を吐き、傍観者から当事者へとシフトした。正直、自分と重ね合わせてしまったランスロットの境遇を、これ以上放っておけなかった。


「いい加減にして頂けますか?」


 リリナカナイと対面している時から張り付いた笑顔でそう言ったけど、自分の声がもんのすごく苛ついていることに声が出た後に気が付く。


(あれ?)


 それに対して自分でも一瞬驚く。

 どうやら、自分でも自覚がないくらい、相当苛々しているらしい。


「なんでえ?王妃さん。」

「こんな所で延々騎士同士の争いに付き合っているのは飽きました。もう、その辺りでやめて頂けませんか?」

「ほう…」


 刺々しい私の言葉にレグナの太い眉毛が片方だけ上がる。

 それからまるで値踏みされているように、下から上まで舐めるように見つめられる。

 その視線に厭らしさはないが、私に対する含む感情を彼は隠すこともしないらしい。

 それに対して常の私であるならば、にこりと感情が見えない笑顔という奴で煙に巻くところだけれど、今日の私は…ダメだ。

 レグナに真っ向から立ち向かうような挑戦的な顔をしている自分が、鏡を見なくてもわかる。


(ヤバイ…私、このままじゃ)


 発散できない溜りに溜まった淀んだ感情が、外に出たいと私の中で制御できないものとなっている。

 だから、早く後宮に戻って泣いて発散しようとしていたのに……


「貴方は黙っていてください!」


(なのに、この男のせいで!!!)


 さっきまでの同情心はあっけなく消え去った。

 私はレグナからランスロットへと向き直って、一言。


「どうして、黙ってないといけないんです?」

「え?」


 その声の冷たさに、そして、多分表情の冷たさにランスロットが固まった。

 ちなみに私の言葉は丁寧だし、浮かべている表情は至って笑顔。

 だけど、自分で言うのもなんだけど、こういう時の私の絶対零度の声と表情は死神よりも怖いと、昔から怖がられていた。

 どれくらい怖いかなんて自分と対することができないので分からないけど、同年代どころか年上の男の人もこの状態の私には昔から絶対に逆らおうとしなかった。


(こうならないように我慢していたのに。まったくこの男のせいで!)


 泣いたり、ヒステリーを起こすよりも、こうやって強い攻撃性を爆発させた方が印象は遥かに悪いだろう。

 オルロック・ファシズというだけで色々言われているというのに、更に口さがない人たちに餌を与えるようなことはしたくなかった。

 言っておくけど、これが私の本性ではないのよ?

 私は基本的には穏やかで平和を愛する性格なんだけど、どうやらこうして感情が沸点を超えるとものすごい攻撃的な性格になるらしい…いや、らしいっていうか、そうなる。

 自分では普段の私より少し怒っているくらいの感覚なんだけど、周囲に言わせると二重人格かと思うくらい人格が違うらしい。

 なので、あまり自分でもこのモードの自分にはならないように気を付けているんだけど、まあ、こうなっては仕方がない。


(私を怒らせたランスロットが悪いということで)


 実際に彼が私を怒らせた度合いなどたかがしれていたけど、最後の引き金を引いたんだと思って諦めて欲しい。

 色々と切れてしまった私はもはや自分でも止まらなかった。


「今、貴方たちが話していたのは、私を誰が送るかという事ではないんですか?その私がどうして黙っていないといけないんです?」


 笑顔で捲し立てながら、一歩前に出てランスロットを見上る。

 身長はランスロットのほうが私よりはるかに高い。

 だけど、心情的には私の方が彼を見下していた。


「それにこう申してはなんですが、私もか弱い女です。守って頂けるならより強い騎士様を望みます。貴方様とレグナ様…お二人の中で選べるとしたら、クス、言うまでもありませんわよね?」


 止めとばかりに笑顔を嘲笑へと変える。

 それに対してランスロットは美しい顔を歪め、詰め寄った私にたじろぎ、足をもつれさせてよろめく。


(これ以上言ったらさすがに泣くかしら?)


 私にすっかり気圧されて、言い返すどころか泣く寸前の顔をしているランスロットにようやく溜飲が下がる思いがした。

 泣くよりも遥かに手短ですっきりした気分になって、息をついて私はそこではっとした。

 ばちりと目があう、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべるレグナ。呆然とこちらを見つめるルッティ。そして、こんな時でも離宮の扉を守る職務を全うしようと、視線だけ興味津々でこちらに向けている兵士。


(やっちゃった)


 心の中でそれ以外には何も言えない私だった。

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